〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その19
夜の十時になると、ナオトはトワイライトさんと共にアパートの屋根に登った。
「さてと……それじゃあ、これからのことについて話そうか」
「そ、そうですね。ですが、これだけは言わせてください。助けていただき、本当にありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、この体を好きにしてもらって構いません」
水色のショートヘアとテニスウェアのような服と水色の瞳が特徴的な『トワイライト・アクセル』さん(『ケンカ戦国チャンピオンシップ』の実況をしていた人)は頭を下げた。
「……はぁ……あんたは男が全員、体目当てで女性に接してくると思ってるのか?」
「え? 今のナオトさんの体はパッと見、十歳くらいでも心は大人ですよね? 異性に興味はないのですか?」
「異性か……。まあ、興味がないと言ったら嘘になるけど、俺はそこまで興味はないな……」
黒いパーカーと水色のジーンズを身に纏った少年は夜空に輝く星々を眺めながら、そう言った。
「それはいったいどういう意味ですか? 私の体を見ても興奮しないのですか?」
「……あんたって、意外とグイグイ来るんだな……。まあ、興奮してるって言うより、ドキドキしてるって言う方が妥当だな」
「ドキドキ……ですか?」
「ああ、そうだ。あんたの頭のてっぺんから、つま先に至るまで全てにドキドキしてるよ」
「そ、そうなんですか?」
「……っていうのは、冗談だ」
「そ、そうですか……」
「けど、近くに女の子がいるとドキドキするのは本当だ。フワフワしている髪、希望に満ち溢れている瞳、小さな口、細い手足、想像以上に柔らかい肌、膨らみかけの胸……。どれか一つでも当てはまるものがあれば、俺はドキドキするし、どれにも当てはまらなくても自分と異なる性が近くにいるだけで、いつもより心拍数が上がっちまう。まったく、どうしてだろうな」
彼女は彼の手をそっと握ると、微笑みを浮かべた。
「それじゃあ、私と手を繋ぐだけでもドキドキしちゃうんですね?」
「……ま、まあ、そうだな……」
彼はポリポリと頬を人差し指で掻きながら、彼女から目を逸らした。
「か……可愛い……。もう死んでもいい……」
彼女は満足そうな顔をしながら、彼を抱きしめた。
「お、おい、そういうのはやめてくれよ。というか、あんたはこれからどうするんだ?」
「えー、そんなの決まってるじゃないですかー」
「えーっと、一応、訊いておくが、次の目的地まで俺たちの旅に同行させろ……だなんて言わないよな?」
「もうー、私がその程度で満足するわけないじゃないですかー」
「へ?」
「私は残りの人生をあなたと過ごしたいと思っています! 例え、火の中、水の中! どんなところにだって、ついていく覚悟です! なので、私を旅に同行させてください! お願いします!!」
その直後、彼は彼女を守るために、こう言った。
「……ダメだ。それはできない」
「……それはどういう意味ですか? 私では力不足ですか?」
「そうじゃない……。けど、あんたにはあんたの人生がある。俺はモンスターチルドレンを元の人間の姿に戻せる薬の材料を探しているだけだから、それが終わり次第、俺は元の世界に帰る。だから、これ以上、俺に関わるな。不幸になるぞ」
彼は心にもないことを彼女に向けて発した。その時の彼の顔はとても辛そうだった。
「……そうですか……。分かりました……。では、今ここで死んでもいいですか?」
「……!!」
彼は『死』という言葉に反応した。
彼は真顔の彼女を押し倒すと、彼女を睨みつけた。
「俺の前で死ぬなんて言うな! 嫌いなんだよ! その言葉は!!」
「……ナオトさんって、意外と単純ですよね……」
「わ、悪かったな。単純で……」
「いえ、私は好きですよ。ナオトさんのそういうところ」
「まったく……あんたは無知というかなんというか。とにかくもっと自分を大事にしろよ」
「いえ、それはできません。私はあなたと生き、あなたと死にたいと心から願っていますから、自分を大事になんてできません」
「まあまあ、そう言うなよ。お前の帰りを待ってくれている人くらいいるだろう?」
「……いません……」
「え?」
「私には……そんな人いません」
彼は彼女の心に大きな傷を付けてしまった気がした。
「そ……その……なんというか……。すまない……。今のは俺が悪かった……」
「いえ、そんなことないですよ。あなただからこそ、私の秘密を打ち明けることができました。むしろ感謝です」
「そ、そうなのか?」
「はい、そうです。あっ、でもそろそろ退いてくれませんか? こんなところ誰かに見られたら、厄介なことになりますよ?」
彼女はニコニコ笑いながら、そう言った。
「あ、ああ、そうだな。それじゃあ、少し動くぞ」
「あっ、ごめんなさい。前言撤回します」
「え? それはいったいどういう……」
彼が最後まで言い終わる前に、彼女は彼をギュッと抱きしめた。
彼は彼女から離れようとしたが、彼女の目尻に透明な液体が溜まっているのに気づくと抵抗するのをやめた。
「ナオトさん……。私をあなたの近くに居させてください。必ずお役に立ちますから……」
彼は彼女の心臓の鼓動を聞きながら、こう言った。
「あんたは、本当にそれでいいのか? 無理に俺たちの旅についてくる必要はないんだぞ?」
彼女は彼の頭を優しく撫でながら、こう言った。
「……今の私には、生きる目的も理由もありません。けれど、あなたはそんな私に温もりをくれました。ここで別れてしまったら、私はまた一人ぼっちになってしまいます。そうなると、私はきっと長くは生きられません。ですから、私を見捨てないでください。お願いします」
彼は彼女の涙を拭うと彼女の目を見ながら、微笑みを浮かべた。
「……分かった。俺は……いや、俺たちはあんたを歓迎する。だよな? みんな?」
彼がそう言うと、たくさんの影が屋根に登ってきた。ナオトの部屋の中にいたはずのメンバーが揃っていることに気づいたトワイライトさんは、目をパチクリさせた。
「みなさん……どうして……」
その時、彼女の目の前に歩み寄った吸血鬼が彼女にこう言った。
「そんなの決まってるでしょ……。あんたを歓迎するためよ」
「……ミノリさん」
「……さあてと……今日はもう遅いから、明日のことは明日決めましょう。それじゃあ、解散!!」
ミノリ(吸血鬼)がそう言うと、ミノリとナオト以外のメンバーがトワイライトさんを連れて、部屋の中へと戻っていった。




