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〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その10

「ふぅー、さすがにここまで来れば大丈夫だろ」


「ナオトさん、油断は禁物です。部屋にいなかったメンバーがどこにいるか分かりませんし、ナオトさんのことをよく知っているミノリさんが考えたものですから、強行突破するのはかなり難しいと思います」


「そんなことは百も承知だ。まあ、だからこそ、みんなには頑張ってもらいたいんだけどな」


 ナオトの髪の中に身をひそめているチエミは今でも不安そうな顔をしているが、彼がここで引き返すことはまずないということを知っているため、それは徐々に消えていった。


「さあて、最初は誰かな?」


 彼が呑気のんきにそんなことを言っていると、彼の行く手を天使がはばんだ。


「おっ、最初の相手はミカンか。けど、数日前まで俺と合体してたから、お前の技は全部、お見通しだ!」


「サテ、ソレハ、ドウカナ?」


 オレンジ髪ロングとピンク色の瞳と背中から生えた四枚の天使の翼と先端がドリルになっているシッポが特徴的な美少女……いや、美幼女『ミカン』はニッコリ笑いながら、そう言った。


「さてと、それじゃあ、行くぞ! ミカン!!」


「ノゾムトコロ……ダ!」


 天使型モンスターチルドレン製造番号(ナンバー) 四の『ミカン』は『ケンカ戦国チャンピオンシップ』の時に出会った存在である。

 両目から放たれるピンク色のビーム砲や無数の羽を発射して自分の分身を作り、相手を翻弄ほんろうする。

 最も厄介なのは先端がドリルになっているシッポ。音速並みの速さで敵を自動追尾するそれは、ナオトの右腕をなんなくつらぬいたほどである。

 しかし、接近戦はあまり得意ではない。

 長距離または中距離での戦闘で力を発揮するため、超近接戦闘型のナオトとの相性は悪い……。


「ウワアアアアアアアアアア……ヤラレター」


 ミカンはそう言いながら、落下していった。


「よしっ、なんとか無傷で突破できたな。あー、そうだ。なあ、チエミ」


「はい、何ですか?」


「俺の部屋に落ちてる俺の髪の毛とミカンの位置を入れ替えてくれないか?」


「えーっと、いったいそれはどういう……」


 彼女は一瞬、その場で考えた。今の自分に何ができるのかを考えた……。その答えは案外、簡単なものだった。


「あー、そういうことですか。もちろん、できますよ」


「よし、じゃあ、久々に頼むぞ」


「はい、分かりました!」


 チエミは、ナオトの髪から飛び出ると固有魔法を発動させた。


「固有魔法『強制選手交代(バトンタッチ)』!」


 その直後、ミカンは一瞬で姿を消した。代わりにナオトの髪の毛が一本、ゆらゆらと落下していった。


「よしよし、これで先に進めるな」


「そうですね、先を急ぎましょう。いやあ、それにしてもデコピンでモンスターチルドレンを倒せるようになるなんて、ナオトさんは強くなりましたねー」


「いや、倒したというか、単に先に進むためにやったというかなんというか。まあ、いいや。とにかく先に進もう。さあて、次は誰かなー?」


「まったく、相変わらず呑気のんきな人ですねー、ナオトさんは」


 チエミはそう言うと、彼の髪の中に身をひそめた。


 その頃……『赤き雪原』では……。

 誰の物でもない残りの『誕生石』たちは、とある洞窟の中に身をひそめていた。


「なあ、『ダイヤモンドラゴン』。一ついていいか?」


「なんだ? 『ラピスラズリス』。何か用か?」


「いや、まあ、大したことじゃないんだけどよ。俺たちって、四月三十日の午後四時三十分に集まる予定だっただろ? なのに、どうして……」


「こんなところにいるのか……。そう言いたいのだな?」


「ああ、そうだ。ついでに言うと、どうして予定していた場所も日時も急に変わったんだ?」


「うむ、それはだな。やつが……『本田ほんだ 直人なおと』が進路を変えたからだ」


「そうか……。あいつのせいか……。先代の『誕生石使い』並みに強いっていう……」


「それはまだ分からない。しかし、すでにやつの体内には『アメシスト』、『エメライオン』、『ゴールデンサファイアント』、『ハトパーズ』、『ウシトリン』がある。これが普通の人間にできると思うか?」


「いや、たしかにそれはおかしいな。というか、先代の『誕生石使い』が使わなかった『アメシスト』を宿している時点で、もうおかしいだろ」


「ああ、問題はそこだ。『アメシスト』の力は『誕生石』の中でもズバ抜けている。一度でも、その力を使えば普通の人間なら死に至る。だが……」


「そいつはいまだに生きている。はぁ……いったいどれほどの化け物なんだよ。そいつは……」


「だから、残りの『誕生石』たちには、ここに集まってもらったのだ。やつが残りの『誕生石』を宿す存在にあたいするかどうか見極めるためにな」


「まあ、そうだな……。いきなり体内に取り込まれるなんてことが起こらないように気をつけないといけないな」


「ああ、その通りだ。だから、やつには『試練』を受けてもらうのだ。強大な力を持った人間が何をするのかは、嫌というほど知っているからな……」


『ダイヤモンドラゴン』は、先代の『誕生石使い』がこの世を去った後、彼のおかげで助かった人間たちのおろかさやみにくさを嫌というほど知っている。

 だから、人間がからむと途端とたんいかりをあらわにしてしまう。

 けど、人間が必ずしも、そんなことをするとは思えない。

 なぜなら、先代の『誕生石使い』も……人間……だったのだから……。


「なあ、『ダイヤモンドラゴン』。そいつが来るまで俺たちはここで待機してたらいいんだよな?」


「ああ、そうだ。やつとは必ず相見あいまみえる。だからこそ、今は力を温存しておかなければならない」


「まあ、それはそうなんだけどよ。こんな薄暗い場所に引きもってたら、体がなまっちまうよ」


「ふむ、それもそうだな。いざという時に体が動かなければ、ただの小石同然……。ならば、久しぶりに『アレ』をするとしようか」


「おー、『アレ』か。いやあ、また『アレ』をやれる日が来るなんてな。生きててよかったー」


「何を言っている。『誕生石』に寿命がないのは知っているだろう?」


「まあまあ、別にいいじゃねえか。そんなことばっかり言ってると、体が石化しちまうぞー?」


「ふん、安心しろ。『誕生石』はみな、鉱石でできている。つまり、もう石化している……ということだ」


「へえ、お前が冗談を言うなんて、あの頃以来だな。明日は雨が降るかもしれないな」


「それは困るな。いくら頑丈がんじょうでも、万物を溶かす液体を浴びてしまっては、一瞬で溶けてしまう」


「おいおい、そんなに早く溶けるわけないだろう? あー、でも俺たちの一年は人間の一生くらいだから、もしかしたら、あり得るかもしれないな」


『はははははははははははははははははは!!』


『ダイヤモンドラゴン』と『ラピスラズリス』の笑い声は、他の『誕生石』たちにも聞こえていたため、それに反応して、彼ら、彼女らがぞろぞろと集まってきたのは言うまでもない……。


 *


 ナオトがアパートから飛び立って、しばらくった頃。ミノリ(吸血鬼)はやっと目を覚ました。


「……あー、よく寝たー……って、どうしてあんたがここにいるのよ」


 コユリ(本物の天使)は、いつもの表情で……つまり、真顔で正座をしていた。

 彼女が目覚めたことに気がついたコユリは、何も言わずに彼女に近づいた。

 そして、ミノリ(吸血鬼)が疑問符を浮かべているすきに彼女のひたいに優しくキスをした。


「な……な、なな、何すんのよ! いきなり! あんた、頭おかしいんじゃないの!」


 赤面し、動揺どうようするミノリ。

 彼女があわてふためく姿をの当たりにしたコユリ(本物の天使)はクスッと笑うと、こう言った。


「失礼ですね、私は高貴でかしこく、なおかつ慈悲じひぶかい存在なんですよ? あなたのようなアホ吸血鬼に頭がおかしいなどと言われる筋合すじあいはありません」


「ふ、ふん! どの口がそんなことを……」


「おやおや。仮にも私はあなたの命の恩人なのですよ? そのようなことを言える立場ではないことぐらい、分かっていますよね?」


「くっ……! こ、この腹黒天使め……! いつか絶対にギャフンと言わせてやるんだからね!」


「心の声がれていますよ。相変わらずアホですね、あなたは……」


「う、うるさいわね。あたしのことは、ほっといてよ。というか、さっきのキスはどういう……」


 ミノリ(吸血鬼)が最後まで言い終わる前に、コユリ(本物の天使)は彼女に抱きついた。


「ちょ、いきなり何を……」


「もう我慢できない……」


「へ?」


「いつまでも私のことを思い出してくれないお姉ちゃんが悪いんだからね……」


「ちょっと、あんたさっきから何を言って……」


「カプッ!!」


 コユリ(本物の天使)は、いつもミノリがナオトにするように彼女の首筋にみ付いた。


「あいたっ! ちょっと銀髪天使! いきなり何すんのよ! あたしの血を全部飲みす気なら、全力で抵抗するわよ!」


「あー、やっぱりお姉ちゃんの血はおいしいなー。いくらでも飲めるよー」


「くっ……! いい加減に……しなさあああああああああああああああああああああああああああい!!」


「はにゃ!?」


 コユリはミノリの体から放出された黒いオーラによって、部屋のすみまで吹き飛ばされた。


「もうー! なんでこんなことするのよ! いつものあんたなら……」


 ミノリがコユリにいかりをあらわにして、スッと立ち上がった直後、コユリは突然泣き始めた。


「うええええええええん! 痛いよー! どうしてこんなことするのー!!」


「えっ? あっ、その……わ、悪かったわよ。だ、だからその……もう泣かないで。お願いだから……」


 ミノリはコユリのもとると、彼女にそう言った。


「お姉ちゃん、もう怒ってない?」


 純粋な眼差まなざしをミノリに向けるコユリ。

 ミノリは彼女の金色の瞳から、とめどなくあふれ出す涙をどうにかして止めようと考えた。


「え、ええ、あたしはもう怒ってないわよ」


「ぐすっ……本当?」


「え、ええ、本当よ」


「そっか……。じゃあ、頭撫でて」


「へ?」


「いいから撫でて!」


「あー、はいはい。よーし、よーし」


 ミノリがコユリの頭を撫で始めると、コユリは母猫にあまえる子猫のように頭を彼女の胸にこすりつけた。


「わーい、お姉ちゃん、だーいすきー」


「はぁ……どうしてあたしがこんなことを……」


 どうしてコユリがこんなことになってしまったかはよく分からないが、とりあえず今はコユリの相手をすることにしたミノリであった。

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