〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その2
巨大な亀型モンスターと合体しているアパートの二階の廊下……。
「みんなー、ただいまー」
『おかえりー』
ナオトがミノリ(吸血鬼)とコユリ(本物の天使)に運ばれる形でアパートの二階の廊下に降り立った時、他のメンバーが出迎えてくれた。
「いやー、正直、戦うことになるかと思ったけど、相手が話の分かるやつで助かったよー。普通、ああいうのって交渉決裂して、戦いに発展するからなー」
「もうー、縁起でもないこと言わないでよ。それに戦いにならなかったのは、あんたがあいつをいい感じに止めたからでしょ?」
ミノリ(吸血鬼)は腕を胸の前で組みながら、そう言った。
「うーん、まあ、そういうことになるのかなー。けど、実感湧かないなー」
「マスター。あなたは人より優れた能力と広い心を持った、まさに非の打ち所がない人物です。ですから、たまにはそのことを誇りに思っても構わないのですよ?」
コユリ(本物の天使)は、ナオトの方をチラチラ見ながら、そう告げた。
「うーん、そうかなー? 俺は別に大したことはしてないと思うけど……」
「はぁ……相変わらず、あんたは謙虚よね。もうちょっと喜んでもいいのよ?」
ミノリ(吸血鬼)は彼の顔を覗き込みながら、そう言った。
「うーん、まあ、戦うことにならなくて、良かった、良かった。あははははははは!」
「そうね、そうならなくて良かったわね」
この後、みんなは笑い合った。
その光景はとても微笑ましいものであった。
こんな集団が世界にたくさんいれば、戦争なんて起こり得ないのだが……そんな集団ばかりではないのが現実というものである……。
彼らは部屋に戻ると『赤き雪原』を目指し始めた。
一つ補足すると、ミサキ(巨大な亀型モンスターの外装)がそこまで運んでくれるため、彼らはその間、とても暇なのである……。
*
その頃……『赤き雪原』では……。
『誕生石』たちがその地に集まりつつあった。
『誕生石』というのは、その昔『帝龍王 エンペラードラゴン』を天界へと追い払うために使用された物である。
ちなみに全二十八個のうち、先代の誕生石使いが使用しなかった『紫水晶』は、ナオトの体内にある。
「……この地には『四聖獣』の一体『白虎』がいるらしいが、本当だろうか?」
「さあね。それはまだ分からないよ」
「行ってみないと分からない……ってことだな」
「そうだね。行ってみないと分からないね」
「しかし、少し急いだ方がいいかもしれないぞ。我々の力を欲している者たちにいつ見つかってもおかしくないからな」
「まあ、その時はその時だ。返り討ちにしてやろう」
「そううまくいくかなー? まあ、その時になってみないと分からないから、別にいいけど」
「こ、怖いな……。もし、そんなやつがいたらと思うと、さらに寒くなってきたよ」
「バーカ。体が石でできてるんだから、寒さなんて感じるわけないだろう?」
「そうとも限らないよ。体が石でできていても、痛みなんかは感じるわけだからね」
「こらこら、あんまり不安にさせるようなことを言うもんじゃないぞ。縁起でもない」
「だが、たしかに警戒はした方がいいな。気をつけて進もう」
「だね……って、ねえ、なんか誰かに見られてる感じがするんだけど、気のせいかな?」
「うーん、気のせい……ではないな。どうやら我々は囲まれてしまったらしい」
「そ、そんな……こんな遠くまで来たのに……」
「まあ、『誕生石』がこんなに集まることなんて、先代の誕生石使いがいた頃以来だからね。波動を感知されてもおかしくないよー」
「ふむ、そうだな。しかし、かなりいるな。五十……いや、六十人はいるな」
「えー……そんなにいるのー……?」
「弱音を吐いている場合じゃないぞ。なあに、我々の力を一つにすれば、何人来ようがちょちょいのちょいだ!」
「でもこういう時って、かなりの確率で『ダイヤモンドラゴン』が助けに来なかったっけ?」
「あー、たしかにそうだな。もしかしたら、もうその辺にいるかもしれないな」
その直後、そいつは上空から舞い降りた。
「『誕生石』たちよ! よくぞ、ここまで来てくれた! しかし少々、厄介なことになってしまった。本当に申し訳ない……。だがしかし! 私が来たからにはもう安心だ! 皆の安全は私が保証する!!」
赤い瞳と白と銀を合わせたかのような鱗と背中に生えた金剛石製の二枚の翼と雄々しき尻尾と二足歩行が可能な後ろ足と敵を切り裂く鋭い三本の爪がギラリと光っているのが特徴的な翼竜は、大きな声でそう叫んだ。
「な、なんだ! こいつは!」
「おいおい、こんなの聞いてないぞ!」
「に、逃げろー!」
『誕生石』狩りたちは彼を目にした途端、一斉に逃げ始めたが、彼はそれを見逃さなかった。
「私の同志たちに手を出そうとした罪は重いぞ! 人間ども!!」
彼は冷気を吐きながら、彼らを追い始めた。
それからのことは言うまでもない……。
しかし、ここはあえて伝えておこう。
「お前たちはいつもそうだ! 我らの力を悪事に利用し、その利益を己の物とするために、ただただ平和に暮らしていただけの我らを捕獲しようとする! ああ、なぜ人間はこうも愚かなのだろう! 誰か教えてくれ!」
彼は『誕生石』狩りたちを倒しながら、そう嘆いていた。
彼とて、最初からこうだったわけではない。
しかし、人間たちがしつこく襲ってくるせいで人間を害悪だと思うようになってしまった。
「ば、化け物め! お前たちの居場所なんか、どこにもねえんだよ!」
腰が抜けてしまったせいで蜘蛛歩きしかできない男性が『ダイヤモンドラゴン』に向かって、そう言った。
「化け物? 化け物だと? ほう、ではお前たちはいったいなんだ? お前たちの先祖はこの世界を荒らし、欲望のままに資源を消費し続けていたせいで、あの『帝龍王』に目をつけられたのではないのか? その後、お前たちの先祖はやつを退けるために我らの力を借りた。さて、ここで問題だ。お前たちの先祖はその後、我らに何をしたと思う?」
「そ、そんなの知るか! 大昔の話だろ!」
「なるほど。では、教えてやろう。お前たちの先祖はやつを退けた後、我らの力を自分たちの物にしようとしたのだ。脅威が去れば、自分たちこそが最強だと、この世界の支配者だと勘違いする。それがお前たち、人間という種族だ!!」
「うわああああああああああああああああああ!!」
彼は、一方的に彼らを蹂躙した。
血飛沫を体に浴びて、真っ赤に染まった彼の体は彼の瞳の色とは異なるものだった。
彼が彼らを皆殺しにした直後、二十一個の誕生石たちは彼のところへと集まった。
「すまないな……久々の再会だというのに、お前たちを厄介ごとに巻き込んでしまった……。だが、もう安心だ。やつらの魂は私が地獄に送ってやったからな。ははははははは!」
『………………』
『誕生石』たちは、自分たちの代わりにその身を汚してまで守ってくれた彼に対して、感謝の気持ちを伝えようとしたが、彼の瞳から流れている雫がいつまで経っても止まらないのを見て、そんなことを言える雰囲気ではないことを悟った。
「さぁ、行くぞ! 我らの力を狙っている者たちがどこかに潜んでいるかもしれないから気をつけるのだぞ?」
彼が進み始めた時、『誕生石』たちは彼の寂しげな背中を見た。
それは自分一人で罪を背負い続けてきた……というより、自分の心を鬼にしてでも仲間たちを守るという覚悟と……後悔が感じられるものだった。
『誕生石』たちが彼の後を追い始めた時、彼は二十一の同志たちを絶対に守ってみせると、歯を食いしばりながら心に誓ったのであった。
*
それから少し後、ナオトたちは……。
「……はぁ、なんか暇だな……。というか、ここから目的地に着くまで結構かかるよな……」
ナオトは床に寝転がった状態でそんなことを呟いた。
「まあ、あれだな。この世界に来てから色んなことがあったな……」
彼はこれまでの出来事を振り返ろうとしたが、二週間と少しの間に色んなことが起こりすぎていたせいで思い出す必要はあまりないなーと思った。
「そういえば、俺の体の中にある『誕生石』たちとかは元気でやってるのかな?」
彼がそう呟くと、彼の体の中にある『紫水晶』がこう言った。
「安心しろ、ナオト。みんな、元気でやっている」
「おっ、久しぶりだな、アメシスト。しばらくお前とも話してなかったから心配してたんだぞ?」
「ふん、そうか。だが、その必要はないぞ。エメライオン、ゴールデンサファイアント、ハトパーズ、ウシトリン。先代の誕生石使いまでとはいかないが、それに近い状態になりつつあるからな。それなりに楽しいぞ」
「そっか。なら、良かった。でも、俺の体の中にずっといて大丈夫なのか? 腐ったりしないのか?」
その時、アメシストは急に笑い始めた。
「な、なんだよ。普通、そう思うものだろ? 何がそんなにおかしいんだよ」
アメシストは笑いを抑えながら、こう答えた。
「いやあ、まあ、あれだ。先代の誕生石使いと同じようなことをお前が言ったものだから、つい懐かしくてな」
「へえ、そうなのか。でも、先代の誕生石使いってお前の力を使わなかったんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうか。お前にはまだ言ってなかったな。よし、いい機会だから伝えておこう。我ら誕生石と誕生石使いの話を……」
アメシストが語ったそのお話は、ナオトのこれからに影響するものであった……。
『帝龍王 エンペラードラゴン』と戦い、天界へと退けることに成功した誕生石たちと誕生石使いが、その戦いに赴く前の話……。
それは実に面白く、そして、悲しいものであった。
「……そうか。俺と出会う前にそんなことがあったんだな」
「ああ、そうだ。だが、後悔はしていないぞ。そのおかげでお前と出会えたのだからな」
「そうか……。でも、なんかあれだな。誕生石使いって、なんか俺に似てるとこあるよな」
「まあ、そうだな。たしかにあいつとお前はよく似ている。だが、同一人物であることはないだろう」
「そりゃそうだろ。俺がその時から生きてたら、とっくに死んでるよ」
「ああ、そうだな。もしそうなら、奇跡としか言いようがないな」
「まったくだよ。あはははははははははははは!!」
彼が笑っている時、アメシストは気づいた。
この男が彼ではないと断言しなかった……いや、断言したくない自分がいることに。
そして、それと同時に彼があの男の生まれ変わり、もしくは偶然に偶然が重なって、この時代、この世界にやってきたのではないか? ……と。
「おい、アメシスト。聞いてるか? おい」
「あ、ああ、すまない。少し考え事をしていてな」
「ふーん、そうか。まあ、また暇な時にでも話そうぜ」
「あ、ああ、そうだな。だが、体を休めることも大事だぞ?」
「ああ、それは分かってるよ。ただ、たまにでいいから、そうしてくれると助かるってだけだ」
「そうか。では、またな。ナオト。無茶をしすぎるなよ」
「ああ、分かってるよ。じゃあ、またな」
ナオトがそう言うと、アメシストは彼の体の中にいる複数の存在たちのところへと戻っていった。




