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〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その1

 四月十九日……朝八時……。


「ご主人、起きて。ねえ、ご主人ってば……」


「……う……うーん……ミサキ……頼むからもう少し寝かせてくれよ……」


 ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)は、布団を深くかぶりながら、そう言った。

 彼を起こしにきたのは『四聖獣』の一体『玄武』こと『ミサキ』である。

 黒髪ベリーショートと水色の瞳が特徴的なボクっである。


「……ご主人、いいから外に来てよ。ちょっと厄介なことになってるから」


「……厄介なこと? それはいったい何だ?」


「まあ、とりあえず起きてよ。見れば分かるから」


「そうか……。じゃあ、起きようかな……」


 彼はムクリと体を起こすと、背伸びをしながら大きなあくびをした。

 彼が寝ぼけまなここすりながら外に出ると、十一人のモンスターチルドレンとその他の存在たち(エージェンツ)が巨大な亀型モンスターと合体しているアパートの二階の廊下に一列横隊で整列していた。


「おーい、朝から何の騒ぎだー? というか、今日の朝ごはんは何だー?」


 ナオトがやる気のない声を出すと、ミノリ(吸血鬼)が彼に双眼鏡を手渡しながら、こう言った。


「そうね……。まあ、見れば分かると思うから、これで見てみて」


「うーん? ああ、分かった」


 ナオトが双眼鏡を持って、ミノリ(吸血鬼)が指差した方を見ると、そこには黒いローブをまとった集団がいた。

 その集団は『理想草原ドリームグラスランド』の上に逆三角形になるように整列している。

 こんな朝早くから、こんなにもきれいな逆三角形を見るのは生まれて初めてのことだった。

 しかし、ツッコムのはそこではない。

 問題なのは、なぜ怪しげな集団が自分たちの行く手をはばむように整列しているのかだ。


「……えーっと、あれは……いや、あいつらはいつからあそこにいるんだ?」


 ナオトは、自分のとなりにいるミノリ(吸血鬼)にそうたずねた。


「えーっと、最初に気づいたのはミサキなんだけど、その時は朝の七時くらいだったらしいわよ」


「へえ、朝からご苦労だな。でもおかしいな。このアパートとミサキとヒバリとハルキの外装は、不可視の結界で覆われているはずだから、誰かに見つかるなんてことはないはずだが……」


 その時、ミサキ(巨大な亀型モンスターの本体)が彼にこう言った。


「まあ、たしかにそうなんだけどね。でも、時々いるんだよ。僕たちの結界を察知できる人間が……。ほら、ブラストさんだってそうでしょう?」


 ※ブラストとは、ナオトと同じ『誕生石』使いのことである。(誤って『誕生石』の一つ『柘榴石ガーネット』をその身に宿してしまった)

 かなりの大男でおの使い。

『ケンカ戦国チャンピオンシップ』にナオトと共に参加した。

 今はナオトたちと共に旅をしている。


「いや、ブラストの場合は俺の体の中にある『誕生石』の気配を追って、ここまで辿たどり着いたから極めてレアなケースだろ?」


「そうだね。でも、今回はそれ以上にレアケースだよ。僕たち『四聖獣』の不可視の結界を見破る人間なんて、そんなにいないからね」


「そうなのか……。でも、このままじゃ先に進めないから、とりあえず話をしてくるよ」


 彼は双眼鏡をミサキに手渡すと、例の集団のところに行こうとした。

 しかし、それを止めた者がいた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんたが行く必要はないでしょう?」


 それは吸血鬼型モンスターチルドレン製造番号(ナンバー) 一『ミノリ』(黒髪ツインテール)だった。


「いや、だって、こういう時はいつも俺が対応してるだろ? だから、俺はいつも通り……」


「もうー! どうしてあんたはいつもいつも誰にも頼ろうとしないのよ! 自分から危険に向かおうとするなんて、そんなのおかしいわよ!」


「……ミノリ」


 彼女は、必死で彼を止めた。

 半泣き状態になりながらも、みずから危険に飛び込もうとする彼の両手をギュッと握った。


「ごめん……。俺、また一人でなんとかしようとしてた。やっぱりダメだな、俺は……」


「ううん、あんたはダメなんかじゃないわよ。ただ、そういう悪いくせがあるってだけよ」


「そうか……。そうだったな。でも、ありがとう。俺、お前に助けられてばっかりだな」


「ううん、あんたはここにいるみんなを助けてきたすごい人間よ。だから、そんなに気を落とさないで」


「そうか……。まあ、お前がそう言うなら、そうかもしれないな」


「……よし、それじゃあ、これからあそこに行くメンバーを決めるわよ。あたしたち、みんなで」


「おう、分かった。じゃあ、やるか」


「ええ」


 こうして、ミノリ(吸血鬼)というストッパーのおかげで彼が危険に飛び込むことはなかった。

 それから例の集団のところに行くメンバーが決まったのは数分後のことである……。


 *


 朝……八時十五分……草原……。


「リボル隊長。やつが来ました」


「そうか……。やっと来たか」


 コユリ(本物の天使)とミノリ(吸血鬼)に運んでもらう形でその場に舞い降りたナオトは、ニコニコ笑いながら、挨拶あいさつをした。


「やあやあ、みなさん。こんな朝早くから何の用ですか?」


 その直後、黒いローブに付いている黒いフードから顔を出しながら、彼の前に姿を見せた者がいた。


「久しぶりだな。『鎖の悪魔』……いや『漆黒の堕天使』」


「うーんと、それは前に使ってた異名だな。今は……というか、昨日まで『真紅の大天使』っていう異名を使ってたんだが、知ってるか?」


「うるさい、黙れ。お前の名前なんて、この際どうでもいいんだよ」


 その時、ミノリ(吸血鬼)とコユリ(天使型モンスターチルドレン製造番号(ナンバー) 一)が彼を攻撃しようとしたが、ナオトは両手を肩まで移動させて、それを止めた。


「それで? あんたはここに何をしに来たんだ?」


「そんなの決まってるだろ。復讐ふくしゅうだよ」


「へえ、復讐ふくしゅうね……。俺があんたに何かした覚えはないんだけど、あんたは覚えてるみたいだな」


 彼は歯を食いしばりながら、ナオトをにらんだ。


「忘れるものか。お前が俺の同志たちを次々に倒していくさまは死んでも忘れない!」


「うーん、ひょっとしてアレか? 『ハイノウ国』付近で起こった戦闘の……」


 ナオトが最後まで言い終わる前に、彼は怒りくるった。


「戦闘だと? あれは、戦闘ではない! 一方的な蹂躙じゅうりんだ! 俺はお前のようなものを見たことがなかった! 圧倒的な強さを見せつけるかのようなお前の戦い方は悪魔そのものだった!」


「それで、仲間のかたきを取るために俺の前に姿を現したということか」


「ああ、そうだ。俺はあの日のことを忘れない。俺はあの日からずっとお前を殺すためだけに生きてきた。だから、俺と戦え。あの漆黒の鎧をまとった悪魔のような姿で、俺と……」


「残念だけど、それはできない。なぜなら、あんたには戦う理由があっても、俺にはそれがないからだ」


 ナオトは彼が最後まで言い終わる前に、ピシャリとそう告げた。


「な、なんだと? それはどういう意味だ?」


 黒髪の男は、彼にそうたずねる。


「そのままの意味だよ。俺とあんたが戦ったとして、それがいったい何になる? あんたが俺に勝っても、俺の家族が……仲間が……俺のかたきを取ろうと、あんたたちに襲いかかるだけだし、俺が勝っても俺があんたの仲間たちを傷つけた事実がなかったことになるわけじゃない。俺とあんたが戦ってもメリットなんて一つもない。だから、俺はあんたと戦わない」


「なんだよ……それ……。じゃあ、俺が今日までやってきたことは全部、無意味だったっていうのか?」


「それは、そうだな……。そうかもしれないな。けど、あんたは一つ、重要なことを忘れてるぞ?」


「……?」


「俺はたしかにあんたたちの仲間を傷つけた。自己防衛のためとはいえ、それは事実だ。けど、あの時、俺は言ったよな? 戦死者は一人もいないって」


「……!」


「今のはさっき思い出したことだから、完全に同じことを言ったかは分からないけど、俺はあの時、あんたたちを殺そうだなんて、一度も思ってなかったよ。ただ、先に進むためだけに抵抗してただけだ」


「そ、そんな……なら、俺のこの感情は何だ? この体の奥底からにじみ出るものはいったい……」


「それを一言で言うなら『憎悪ぞうお』だ。けど、あんたのは少し違う。あんたの心の中にあるその感情は、その時、何もできなかった自分へのいかりだ。それが自分から俺に変わっただけの話だが、それが分からなくなるくらい、あんたは追い詰められてるんだよ」


「じゃ、じゃあ、俺はお前のことを勝手につべき対象だと錯覚さっかくしてただけなのか?」


「まあ、そういうことだ……」


「そ、そんな……そんなのって……ありかよ」


 彼はひざから倒れると、頭をかかえ込んだ。


「……じゃあ、俺たちは先を急ぐから、そろそろ行くけど、あんたはどうする?」


「俺は……これから……どうすれば……いいんだ?」


「それは、あんたが自分で考えることだ。俺なんかにいても何も分からない」


「そうか……。そうだな……。だけど、俺は……」


「自分一人で決めようとするな。あんたの周りには仲間がいるんだから、そいつらにけばいいんだよ」


「俺の……仲間……?」


 彼は不安そうな表情でナオトの顔を見た。


「ああ、そうだ。あんたの周りにたくさんいるだろ?」


 彼が後ろを振り返ると、そこには黒いローブをまとったものたちが立っていた。


「そうか……。そうだったな……。俺は一人じゃない。これからのことは、みんなで話し合って決めればいいんだ」


「まあ、そういうことだ。じゃあ、俺たちはそろそろ行くぞ」


「ま、待ってくれ! せめて、名乗らせてくれ!」


 彼はナオトの足元にすがった。


「ん? あー、そういえば、あんたの名前は知らなかったな。別にもう会うこともないだろうけど、まあ、一応聞いておくかな」


 彼はナオトがそう言うと、スッと立ち上がった。


「ありがとう。感謝する。コホン……。えー、俺の名前は『リボル・ヴィダール』。よろしくな」


 彼はナオトに手を差し伸べた。


「『本田ほんだ 直人なおと』だ。よろしくな」


 ナオトはリボルの手を握ると、ニシッと笑った。

 その直後、リボルは彼に微笑みを浮かべた。


「じゃあな、リボル。また会えるといいな」


「ああ、そうだな。気をつけろよ、ナオト」


「ああ、ありがとう。お前も気をつけろよ」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 二人は別れ際にそんな会話をすると、それぞれの道を進み始めた。

 これから先、彼らが再び出会うことはおそらくないだろう。

 しかし、道は違えど、彼らはきっとまたどこかで出会えることだろう。

 その日までお互い、精一杯生きよう。

 この日、二人の間に小さなきずなが生まれたことを知るものは誰一人としていない……。

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