〇〇は『橙色に染まりし温泉』でまったりする? その30
彼らの勢いは止まらない。誰にも止められない。影と雷の攻防は、もはや人の域を超えていた。
「お前は……制御ユニットを破壊するのが目的だったな!」
「ああ、そうだよ。じゃないと、俺はこの鎧を一生外せないし、『ビッグボード国』にいるモンスター化した人たちを元の姿に戻すことだってできない! だから、俺はこの部屋にある制御ユニットを破壊する!」
「制御ユニットを破壊するということは、この要塞をそのまちに落とすことになるのだぞ! お前はそれでもいいのか!」
「こんな鉄の塊がいくら降ってこようと俺がなんとかするから大丈夫だ! というか、まだあのまちの温泉に浸かってねえから、どっちにしろ絶対に守るけどな!」
「そうか! ならば、お前をここで終わらせても構わないな!」
「やれるもんなら、やってみろ! お前の全力を見せてみやがれ!」
「ならば、この一撃でお前を消し炭にしてやる! 覚悟しろ!」
「来いよ! お前の本気を……俺にぶつけてみろ!」
二人は距離を取ると、力を拳に溜め始めた。
「はぁああああああああああああああああああ……」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお……」
ブラックの拳に黒雷がバチバチと音を立てながら、集まる。
それは線香花火のような可愛らしいものではなく、殺意と絶望が込められていた。
ナオトの拳に黒影がジワジワと集まる。それはブラックホールのような無へと誘うようなものではなく、優しさと希望が込められていた。
二人の拳に溜まった黒雷と黒影は、部屋を半分ずつ埋め尽くすほどのものになっていた。
彼の背後には、いつのまにか赤い瞳が特徴的な猛虎が立っていた。
ナオトの背後には、いつのまにか黄緑色の瞳が特徴的な黒龍がとぐろを巻いていた。
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルル……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」
まさに龍虎の睨み合い。二人の戦いがこれほどまでのものとなると、誰が予測していただろうか?
二人の戦いがこれほどまでに危険なものになると、誰が推測していただろうか?
そんな誰もが予想しないような戦いは、今終わろうとしている。
この一撃に己の全てを賭ける。
これでこの戦いを終わらせる。例え、どんな結果になろうとも、絶対にこれで終わらせる。
それで世界が終わっても、命が尽きたとしてもそれでこの戦いが終わるのなら、そんなことなどどうでもいい。
さぁ、決着の時だ。今こそ、全身全霊で正々堂々と戦う時だ。
後悔などしない。これで終わらせよう。
自分たちが今まで積み上げてきたものを、ここで全て出し切ろう。
二人の背後にいた虎と龍は、一振りの剣になると、それぞれの周囲に黒雷と黒影を放ち始めた。
彼らの纏うオーラは、部屋中の空気をガラッと変えた。
それは、決着をつけるのに相応しいものだった。
「『猛虎の牙でできた剣』」
「ん?」
「この剣の名前だ。まあ、まさか、ここで使うことになるとは思わなかったが……」
「へえ、そうなのか……。じゃあ、こっちもこの剣に名前を付けてやるかな……」
ナオトは数秒間、自分の剣に付ける名前を考えた。
「『黒龍の牙でできた刀』」
ナオトは彼に対抗して……というより、ナオトのそれは剣というより刀であったため、その名前にした。
「それが俺の剣……いや、俺の刀の名前だ」
「なるほど……では、行くぞ」
彼はそう言いながら、ナオトに居合の構えを見せた。
「ああ、いいぜ。ただし、俺も全力で行くぞ」
ナオトも彼と同じことをすると、その時を待った。
しばらくの間、沈黙が流れた。
それは、ほんの少しだけのものだったが、二人にはその時間がとても長く感じられた。
そして先ほどブラックがめり込んでいた壁の欠片が床に落ちたその瞬間、二人の戦いはいよいよ最終章へと移行した。
「『黒龍の誇り』!!」
ナオトはそう言うと、刀に込められた膨大な黒影を己の体に注入した。
それは一時的に身体能力を爆発的に高めるものだが体に大きな負担がかかるため、その効力は一分しか保たない……。
彼はその力を体に纏わせると、少しの間、それを体に馴染ませていた。
まともに動けるのは、一分ってところか……。
けど、逆に言えば、その間に終わらせれば、いいってことだよな……!
彼はそんなことを考えた後、彼に向かって前進し始めた。
お前は必ず真っ直ぐ突っ込んでくる。
俺はそれを一度、躱せばいい……。
そんなの冗談じゃない!!
ブラックは、剣に込められた黒雷が外に漏れ出ないように意識を集中させた。
俺の周囲は危険しかない。だから、お前に勝ち目はない!
ナオトは、一歩ずつ前に進みながら、こんなことを考えていた。
これが俺と戦ってくれたこいつへの誠意……そして、俺自身の挑戦だ。
ブラックは、その時、こんなことを考えていた。
受けて立つ……。この俺の全力で……!
ナオトは、歯を食いしばりながら、こんなことを考えていた。
もう俺の命がどうとか体が人じゃなくなるとか、そんなことはどうだっていい!
ブラックは、その時、剣に意識を集中させながら、こんなことを考えていた。
俺は『漆黒の裏組織』最強の幹部の座を守りたいんじゃない!
その直後、二人は同じことを考えた。
俺は、この最高で最強な強敵に勝ちたいだけだ!!
「全力斬撃……『黒龍の雄叫び』!!」
ナオトは彼の腹に横一文字の斬撃を放った。
「全力絶剣……『猛虎の遠吠え』!!」
ブラックはナオトの腹に横一文字の斬撃を放った。
ナオトは、その時、自分の限界を超えるために、体に無茶をさせた。
分かっている……。こいつは半端な力じゃ倒せないことも……自分がモンスターチルドレンの力に頼っていることも……。
なら、足りない分はかけ集めろ。頼るのが嫌なら、せめて己を信じ抜け!
一分も要らない。一秒あれば、充分だ!
その時、彼の鎧の隙間という隙間から血液が溢れ出した。
さぁ、今こそ、魂を研ぎ澄ませろ!
そして、駆け抜けろ! 極限の一瞬を!
『…………………………………………………………』
しばらくの間、沈黙が流れた。
両者はお互いに背を向けたまま、しばらくその場に立っていた。
すると……ブラックの剣に小さな亀裂が入った。それは次第に広がっていき、最後には剣が砕け散った。
その直後、ブラックは力尽きた。
己の全てを出し切った一人の戦士は、何も言わずに静かに倒れた。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
体から血が吹き出すほどの一撃を放ったナオトは、息を切らしながらも、その場に立っていた。
彼は背後に倒れている戦士に対して、罵声を浴びせようとはしなかった。
正々堂々、真正面から戦ってくれた彼に対して、そのようなことをしようものなら、この場で切腹するしかない。
彼がそう思っていたのかは分からないが、少なくとも今はそのようなことを言える状況ではなかった。
彼はゆっくりと左手を天に向けると、それを痙攣させながらもギュッと拳を作った。
「……勝負あり……のようね」
「そのようですね」
「こ、これが……『本田 直人』の実力……なのですか?」
アイとアリサとグレーは、それぞれそのようなことを言った。
その直後、二人の戦いを見ていた天使型モンスターチルドレン製造番号 零の『リア』と悪魔型モンスターチルドレン製造番号 零の『ロスト』がナオトに向かって走り始めた。
「……ひ……久しぶりに……無茶したから……な。さすがに……体が……重い……な……」
ナオトは、それを言い終わるのと同時に倒れ……かけたが『リア』と『ロスト』がそれを支えた。
「おう……お前らか……。なあ、今の戦い……どうだった? 俺……結構、頑張った……よな?」
弱々しい彼の声を聞いた二人は彼を支えながら、涙を流していた。
「人間のクセに……無茶しすぎだよ……。勝てたのは奇跡だよ……」
白髪ツインテールと金色の瞳が特徴的な美少女……いや美幼女『リア』は、唇を噛み締めながら、そう言った。
「リアちゃんの言う通りだよ……。どうしてこんなになるまで戦えたのか……不思議なくらいだよ……」
黒髪ロングと赤い瞳が特徴的な美少女……いや美幼女『ロスト』は、手を震わせながら、そう言った。
彼は、そんな二人をギュッと抱きしめると、二人にこう言った。
「俺はな……昔から……こうなんだよ……。自分より他人を優先する生き方しか……できねえんだよ……。だからさ……もう泣くのは……やめてくれ……。俺がお前らを……泣かせたみたいに……思われる……からよ」
その直後、彼の黄緑色の瞳から血の涙が噴き出した。
それは、赤黒いというより、ルビーのような色をしていた。
彼の赤い鎧より、さらに赤いその液体は彼の頬を伝うと、静かに落下した。
それが彼の足元に着地した瞬間、それは始まった。
まず、たった一滴の血が……一瞬にして真っ赤な天使に変わった。
それには、四枚の翼と先端がドリルになっているシッポが生えていた。
それは、彼と合体している天使型モンスターチルドレン製造番号 四の『ミカン』だった。
その美少女……いや美幼女は、彼に近づくと彼を支えている二人の頬を突いた。
「な、何?」
「あなた……誰?」
二人が疑問符を浮かべながら、彼女の顔を見ていると彼女は二人の頭を撫でながら、微笑んだ。
それは、ここから先は私に任せて……と言っているかのようだった。
二人は顔を見合わせると、コクリと頷いた。
その後、二人はナオトから離れた。
彼女は、彼を抱きしめると目を閉じた。
そして、四枚の翼で彼の体を包み込んだ。
それはあらゆる災いから、身を守るための繭のようだった……。
二人は、その光景に目を奪われていた。
モンスターチルドレンの中でも……ずば抜けて強い彼女らでさえも、そのような現象が起こったところを見たことがなかったからである……。
「『復活』。いいえ、これはもうそのようなものではないわね。そう、これはただの復活ではなく完全なる復活。つまり、これは『完全なる復活』。マスターであるナオトを助けるために彼女が新たに習得した『固有魔法』を超えた魔法……。名付けるなら……『固有大魔法』」
アイは、その光景を目の当たりにしている時、そのようなことを呟いていた。
これはもうモンスターチルドレンのそれではなく、モンスターチルドレンを超越した存在の魔法であると彼女は確信していた……。
「……これは……なんだ? 俺はもう……倒れてもおかしくないのに……どうして俺は……」
その時、ナオトは自分を抱きしめている存在がいることに、やっと気づいた。
「そうか……。お前だったのか……。なんかごめんな。俺、また無茶しちまった……。でも、俺とお前の力を全部使わないと……正直、あいつには勝てなかった。だから、みんなには内緒に……」
その時、ミカンは人差し指を自分の唇の前に移動させた。
それは、大丈夫だよ……最後まで言わなくてもちゃんと分かってるから……とでも言っているかのようだった。
「はははは……そうか……お前には全部、お見通しか。なら、今は少しだけ……休ませてくれ。あとでちゃんと……お礼するから……よ……」
彼はそう言うと、彼女に身を委ねた。
戦士を癒す真紅の大天使と己の全てを出し切った戦士の姿は、神話に出てきそうなものだった……。
この部屋にある制御ユニットは、彼が目を覚ましてから破壊しよう……。
神秘的で幻想的な光景を目の当たりにしていた者たちの頭の中には、なぜかそのような考えが思い浮かんでいた。
それが真紅の大天使の力によるものなのかは分からなかったが、この不思議な現象が終わりを迎えるまで制御ユニットを破壊するのはやめておこう……という考えを皆に与えていたのかもしれない……。




