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〇〇は『橙色に染まりし温泉』でまったりする? その11

 四月十八日……午前八時十五分……。

 この日、ビッグボード国内でモンスター化した人たちがまちや人を襲う事件が起こった。

 今から始まるのは、その事件のほんの一部である。


「どうして…………どうしてあなたたちはこんなことをするんですか! 自分たちのまちを自分たちで壊すのはやめてください! そうじゃないと、私はあなたたちを倒さなければならなくなります! だから、私の話を聞いてください!」


 しかし、モンスター化した人たちは坂井の話を無視していた。

 まるでそこに彼女がいないかのように……。


「私の拳は人を傷つけるためではなく、守るためにあります。だから、私はあなたたちと戦いたくありません。しかし、この国を滅亡へと導くのであれば、私は容赦しません!」


 黒髪ショートヘアと黒い瞳と黒縁眼鏡が特徴的な美女『坂井さかい 陽代里ひより』はそう言うと、眼鏡を外したのち、それを眼鏡ケースに入れた。

 その後、それを自分の頭の中に入れた。


「さぁ……血祭り(パーティー)を始めようか!」


 その直後、彼女の髪と目が赤くなった。

 そして、彼らを攻撃し始めた。


「おら! おら! おら! おら! どうした! どうした! お前たちの力はそんなものか!」


 坂井はそんなことを言いながら、拳で彼らを倒していった。


「はーはっはっはっは! どんどんかかってきていいぞー! 返り討ちだー!」


 彼女の動きについていける者は今のところはいないようだが、周りに気を配っていないと……。


「ぐぁああああああああああああああああああ!!」


 回避できるものも回避できなくなってしまう。


「く……くそ! 聞いてないぞ! 私の動きについてこられるやつがいるなんてよ!」


「シュ、シュシュ!」


「ちっ、ボクシングでもやろうってのか? まあ、いいさ。私にできるのは拳で相手をぶん殴るってことだけだからな!」


 坂井は軽やかなステップで自分の攻撃をかわすそいつが疲れるまでひたすら拳を放った。

 しかし、残念ながら時間切れになってしまったため、まだ倒せそうにない。


「あ……あああああああああああああああああ!!」


 坂井は二重人格であるが故に、坂井式撲殺術を使う時は眼鏡を外さなければ、それを使うことができない。

 そして、時間切れになると、全身を大地に叩きつけられるような痛みが彼女の体と心を徐々にむしばんでいく。


「く……あ……ぐう……!」


「シュ、シュシュ!」


 坂井は少し息を切らしながら、そいつにこう言った。


「お前……強いな……。私が時間切れになるまで渡り合えるなんて……な」


「シュ、シュシュ!」


「……ったく。お前はそれしか言えねえのかよ!」


「シュ、シュシュ!」


「あー! もうー! なんとか言えよ! ボクシング野郎!!」


 坂井はそう言うと両拳を地面に叩きつけた。


「坂井式撲殺術……壱の型一番『大地鳴動拳』!!」


 その後、半径十メートル圏内の地面が急に揺れ始めた。

 これには、さすがのボクシングのような戦い方をするモンスター化した人もバランスを崩してしまった。

 それを坂井が見逃すわけがなく……。


「坂井式撲殺術……壱の型二番『大地の叫び』!!」


 坂井はそいつのふところに入ると、彼の腹を思い切り殴った。


「シューーーー!」


 そいつはそう言いながら、まちのどこかに飛んでいってしまった。


「よしよし、今回は暴走しなかったみたいだな。それにしても、こいつらはいったいどこから湧いて出たんだ?」


 坂井は疑問符を浮かべながら、そう言った。


「うーん、まあ、いっか。それよりも今は……」


 坂井は拳を構えると、ニシッと笑った。


「こいつらを倒さねえとだよな!」


 坂井は次々と襲いかかる彼らを一人につき、一撃で倒していった。


「ふぅー、まあ、こんなもんかな」


 彼女の周りには五十人ほどのモンスター化した人たちが倒れている。

 坂井はパンパンと手を擦り合わせると、このまちに取り残されているであろう生存者を探すことにした。


 *


「おーい! 誰かいないかー!」


 坂井は建物の屋根に登ってから大声でそう言った。

 しかし、何の反応もなかった。


「……ちっ、やっぱりこんな方法で見つかるわけねえよな」


 彼女がそう言った直後、どこからか声が聞こえた。

 彼女には「誰か助けてー!」という少女の声がたしかに聞こえた。


「よし、じゃあ、行くか!」


 坂井はそう言うとその声の主のところまで急いで向かった。


「や……やめて……やめてよ。お父さん! 私のこと分からないの!」


「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルル……」


 金髪ツインテール(三つ編み)と緑色の目が特徴的な幼女はモンスター化してしまった実の父親に襲われかけていた。

 その子は恐怖と絶望と悲しみを同時に感じていた。

 先ほどまで普通に会話をしていた父親が突如としてモンスター化してしまったのだから、無理もない。

 今さっき誰かの声が聞こえたため助けを求めたが、声の主はいっこうに現れない。

 だが、そんなことはなかった……。


「その子から……離れやがれええええええ!!」


 建物の屋根の上から現れた彼女は自分の父親……だった者のところに向かっていた。


「や、やめて! 私のお父さんを傷つけないで!」


 その子は彼女にそう言ったが、彼女はこう言った。


「そいつがお前の父親だと? だとしたら、お前の目は節穴だ! よく見てみろよ! そいつが人間に見えるか! どこからどう見ても、モンスターじゃねえか!」


「で、でも、さっきまではたしかにいつもの優しいお父さんだったんだよ!」


「そんなこと知るか! そいつはもうお前の知ってるやつじゃねえんだよ! 現実から目をらそうとするな!」


 彼女はそう言うと、モンスター化した父親を背後から殴った。(右のもみあげあたり)


「……あっ」


 その子は自分の父親……だった者を彼女に倒される様を見てしまった。


「ふぅー、危なかったな。大丈夫か? ケガしてないか?」


 その子は涙を流しながら、彼女にこう言った。


「なんで……なんで私のお父さんを殴ったりなんかしたのよ! それも私の目の前で……!」


 その子の目は父親を傷つけた者を決して許さないという恨みの感情が込められていた。

 歯を食いしばりながら、両手で拳を作ったその子は少し震えながらも、彼女を威嚇いかくしていた。


「あぁん? そうしないとお前は今ごろ、あいつに殺されてたんだぞ? お前はそれでもいいのか?」


「別にそれでよかったわよ! 私が今、どんな気持ちかわかる? いいえ、あなたにはわからないでしょうね! だって、あなたの髪と目は血の色に染まっているもの!」


 その時、坂井はその子をぶった。


「私の髪と目が血の色に染まっているだと? ふざけるな! 私のこの髪も! 目も! 返り血を浴びてこうなったわけじゃねえんだよ! というか、私だってお前と同じなんだよ! いいか? 私が二重人格になったのは目の前で両親を殺された時、そいつに怒りっていう感情を向けちまったからだ! そのせいで私はこの姿になって一定の時間が経つと二分の一の確率で暴走するようになって困ってんだよ! だから、お前はそうはなるな! 分かったか!」


 その子は頬に平手打ちをくらったことよりも、彼女が自分と同じような体験をしていることに対して、驚きを露わにしていた。

 そして、それと同時に自分と同じことにならないように現実を受け入れるようにうながしてくれたことに対して、感謝していた。


「……うん……分かった。私、ちゃんと現実を受け入れるよ……。ありがとね、お姉さん」


「ふん、分かればいいんだよ、分かれば。それで? お前はこれからどうするんだ?」


「そう……だね。とりあえずお母さんを探すことにするよ」


「そうか。じゃあ、私も協力してやるよ」


「え? いいの?」


「ああ、もちろんだ。ところでお前、名前はなんていうんだ?」


「え? あー、えーっと、『マーラ・グリーンウッド』っていいます」


「へえ、そうなのか」


「ええ、そうよ。お姉さんの名前はなんていうの?」


「ん? 私か? 私は『坂井さかい 陽代里ひより』だ」


「へえ、変わった名前だね」


「そうか? まあ、別に否定はしねえけど」


「そう……。じゃあ、少しの間だけど、よろしくね。ヒヨリお姉さん」

 

 お、お姉さんか……。まあ、悪くねえな。


「ああ、よろしくな。マーラ」


 二人は手を繋ぐと、マーラの母親を一緒に探し始めた。

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