〇〇は『蒲公英色に染まりし花畑』に行くそうです その2
ナオトがフィアと共に部屋から出てくると、待っていたみんなが一瞬でナオトの目の前に集合した。
「な、なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」
みんなを代表して、ミノリ(身長『百三十三センチ』の吸血鬼)が。
「あんた、いつからフィアとそういう関係になったの?」
「ん? なんのことだ?」
「おかしいわねー、あたしにはあんたとフィアが仲良く手をつないでいるように見えるのだけれど?」
「いや、俺はフィアと手をつないだ覚えなんて……って、なんで俺はフィアと手を繋いでるんだ? ん? でもおかしいな、さっきまで感覚があったのに今は全く触っている感じがしないぞ?」
それを聞いた全員がざわつき始めた。
「ナオト様、本当に触っているという感じがしないのですか?」
「ああ」
「では、左耳を甘噛みしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、やってくれ」
「それでは失礼します」
左耳は彼の性感帯である。
故に刺激を与えれば、必ず反応するはずだと思ったフィアは彼の左耳を甘噛みした。しかし……。
「……やっぱり何も感じない」
左耳を甘噛みするのをやめたフィアが。
「どこか叩いてみてもよろしいですか?」
「ああ、やってくれ」
「では失礼します」
フィアはナオトの頬をビンタした。しかし……。
「痛くないし、触られた感触もなかったんだけど、俺の体……どうなってんのかな?」
フィアは何か心当たりがあるかのようにナオトにこう訊ねた。
「ナオト様。副作用がなかったものはありませんか?」
「え? 副作用?」
「はい、そうです」
「えーっと、紫水晶を纏って戦った時は体が敏感になったし、第二形態になったら身長が百三十センチになったし、第三形態になったら、しゃべり方が少年っぽくなったけど、お袋がそれを治してくれたから、大丈夫だよな。えーっと、あとは確か……」
その時、ナオトは副作用がなかった形態を思い出した。それは……。
「あっ、『黒影を操る狼の形態』だけ副作用がなかった気がする」
フィアはナオトに。
「今、ナオト様がそんな体になっているのはおそらくその形態になった副作用だと思います」
「え? そうなのか?」
「それ以外に心当たりはありますか?」
「いや、ないな」
「分かりました。では『蒲公英色に染まりし花畑』に向かいましょう」
その時、みんなと何かの会議をしていたはずのミノリ(吸血鬼)が話に割り込んできた。
「ちょっと! 勝手に話を進めないでよ!」
「ミノリ。フィアは多分、俺の体の異常を元に戻せる方法を知ってるんだよ。なあ? フィア」
「はい、ナオト様の言う通りです。私はナオト様を元に戻せる方法を知っていますし、それがその花畑にあることも知っています」
「だからって、フィアの一存で決められるものじゃないでしょう?」
「ミノリさん、ナオト様のためなのですから、ここは私の案に……」
「……嫌よ」
「……それはなぜですか?」
「フィア。あんたは、ナオトの守護天使なのよね?」
「はい、そうです。それがどうかしましたか?」
「なら、訊くけど、今までナオトのことを見守ってきた守護天使である、あんたがどうして『ケンカ戦国チャンピオンシップ』に出場して、必死に戦っていたナオトのそばにいなかったの?」
その言葉を聞いたフィア以外の全員が、たしかに、その通りだと思った。
「……今、この時、この場所で答えないといけませんか?」
「じゃないと、あたしはあんたを信用しないわ」
「そうですか。では、お話しましょう。私の正体を」
ミノリ(吸血鬼)はナオトの手を引っ張ると、自分の背後に移動させた。
「……私は守護天使ですが、ただの守護天使ではありません」
「あんたが四大天使の遺伝子を持ってるのは知ってるけど、それ以外にあたしたちに話してないことがあるの?」
「はい、ありますよ。たくさん」
「細かいプロフィールはいいから、あんたが何者なのか一発で分かる内容を話して」
「別にいいですけど、後で後悔しないでくださいね?」
「そういうのいいから、早く言いなさいよ」
「まってく、あなたはせっかちですね。コホン、ではお話しします」
その場の空気がガラッと変わったのは言うまでもないが、フィアの手の平から出現した短剣を見た瞬間、ナオトとフィア以外の全員が戦闘態勢に入った。
「私は天界でその名を知らない者はいないとまで噂された伝説の殺し屋……『悪夢を司りし天使』です」
「へえ、あんた殺し屋だったのね。正直、予想してなかったわ。けど、あんたの目的がはっきりするまではあんたをナオトに近づけるわけにはいかないわ!」
「別にいいですけど、【完全契約】を結んだ私とナオト様は一心同体です。私を殺せば、ナオト様も死ぬのでおかしな真似はしないでくださいね?」
「なら、さっさと話しなさいよ。あんたの目的を」
「……分かりました。では、お話ししましょう。私の目的を……」
フィアは短剣を手の平から体内にしまった。
「私は……ナオト様が記憶を取り戻した時にすぐに殺すよう、クロノス様に命じられた者です。ですので、もしその時が来たら私は躊躇いなくナオト様を殺します」
「……なら、その時が来るまであんたはナオトに何もしないってことなの?」
「はい、そうです。ですが、ナオト様が先ほどの大会で『夏を語らざる存在』の力を使用するとは思っていませんでしたから、生きた心地がしませんでした」
「もしかして、その蛇神って、結構やばいやつだったりするの? あたし殴っちゃったんだけど……」
「やばいどころか、神様を殺せるぐらいの猛毒を持っちゃってますよ?」
「解毒方法は?」
「ないです」
「えーっと、それじゃあ、あたし、死ぬの?」
「少なくとも、ここにいるメンバーは死にません」
「……え? そうなの? なら、よかったわ」
「他に私に質問したいことはありませんか?」
「じゃあ、クロノスに会わせて」
「え? クロノス様にですか?」
「無理だったら、音声だけでもいいわ。とにかくクロノスに言いたいことがあるから、早く繋いで」
「別にいいですけど、殺されても知りませんよ?」
「いいから、早く!」
「は、はい!」
その時、ナオトはミノリ(吸血鬼)の手をギュッ!と握った。
ミノリは、ナオトの方を向くと優しく頭を撫でながら「大丈夫。あたしは死ぬつもりはないわ」と言った。
ナオトは静かに微笑むと「頑張れよ、ミノリ」と言った。
ミノリ(吸血鬼)はニコッと笑うと、フィアの方へと歩いていった……。