〇〇の本性? その7
さて、ツキネのかわいい顔が見られたことだし、そろそろ次に……。その時、何者かが俺の背中に体を預けてきて、俺の両目を両手で覆い隠した。
「……え、えーっと、もしかして……コユリか?」
俺がそう言うと。
「正解です。さすがは私のマスターですね」
天使型モンスターチルドレン製造番号 一の『コユリ』は俺から離れながらそう言った。俺は、コユリ(本物の天使)がいる方に体を動かすと、こう言った。
「たまたまだよ、順番的に次がお前だったのを思い出しただけだ」
「いえ、そんなことはありません。私が言葉を発する前にマスターは私だと気づきました。これはもう、そういう関係になっているということで間違いないでしょう」
「えーっと、それはつまり、どういうことだ?」
コユリは、自分の両手を俺の両手に重ね合わせながら、こう言った。
「お互いの体の感触だけで、お互いを認識できるようになっている、ということです」
「そ、そうかな?」
「はい、きっとそうです」
「まあ、そうかもな」
「はい、そうであってほしいです」
「……ところで、コユリは俺に何をしてほしいんだ?」
「私ですか? 私は、マスターとお話しできたので、それで満足ですよ」
「本当か? まあ、目の色が変わってないから大丈夫なんだろうけど」
「……と思ったのですが」
「お、おう、何か思いついたのか?」
「いえ、私はもういいです。その代わりと言ってはなんですが、私に何かしてほしいことはありませんか?」
「俺が、お前にしてほしいこと?」
「はい、私なら性行為だろうと、キスだろうと、なんでもありですよ」
「ちょ、お前なー。そういうことを他の人に言っちゃダメだぞ?」
「安心してください。マスター以外の男性には微塵も興味がありませんから」
「そ、そうか」
つまり、俺にはコユリを虜にしている何かがあるということか。
「マスター、心の声が聞こえていますよ?」
「え? あー、そういえば、モンスターチルドレンは近くの人間の心の声が聞こえるんだったな」
「はい、その通りです。ち、ちなみに私は毎晩マスターで……」
「あー! 聞こえなーい! 聞こえなーい! 俺には何も聞こえなーい!」
「冗談です」
「冗談なのかよ……。なんか、お前が言うと、冗談じゃないように思えるな」
「そうですか?」
「ああ、そうだ」
「では、これからは気をつけますね」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
「……ところで、私に何かしてほしいことはないですか?」
「……いや、いきなりそんなこと言われても、パッと思いつかないから」
「なんでもいいんですよ? 私にあんなことやこんなことをしてもいいんです」
「お前はいいかもしれないが、俺の良心がそういうのはダメだと言っているから無理だ」
「では、マスターの欲望を解放して差し上げましょうか?」
「えっ? そんなことできるのか?」
「私は天使型モンスターチルドレンですよ? 人の願いを叶えるくらいのことはできます」
「へ、へえ、そうなんだ」
「信じていないようですね。では、ここで証明しましょう。マスター、私の目を見てください」
「い、いや、俺は……」
「見ないと、マスターに襲われたと全員に言いますよ?」
「り、理不尽だ……」
「人生は短いんですから、早くしてください」
なんか『宇〇兄弟』でそんなことを言っていた人がいたような……。まあ、いいか。
「分かったよ。見ればいいんだろう、見れば」
「よろしい。では、いきます」
「お、おう」
コユリ(本物の天使)は俺の両目を凝視し始めた。
何かを懸命に探すかのような眼差しは少し怖かったが、俺はしばらくの間、コユリの両目を見続けていた。(ちゃんと瞬きはしている)
数秒後、コユリは急に俺を抱きしめた。
「えっ? ど、どうしたんだ? コユリ。お前、いったい俺の何を見たんだ?」
「マスター……あなたの過去を見てしまった私をどうかお許しください」
「えっと、それはどういう意味だ?」
「マスター」
「な、なんだ?」
「私はマスターが自分の過去をなかなか語らない理由を知りたいがために、あなたの過去の記憶を覗き見してしまいました。ですから、どうか私に然るべき罰をお与えください!」
「……コユリ」
「は、はい」
「俺の目を見ろ」
「どうしてですか? 今の私には、とてもそのようなことはでき……」
「いいから、見ろ」
「……はい、分かりました」
コユリ(本物の天使)が俺と目を合わせると俺は、こう言った。
「俺の過去を知って、お前はどう思った?」
「そ、それは」
「遠慮するな。正直に言ってくれ」
「……そう、ですね。それを目の当たりにした瞬間、私はそれを地獄だと思いました」
「それだけか?」
「はい、私にはそうとしか……」
「コユリ、お前は少し勘違いをしているぞ?」
「……勘違い? いったい何をでしょうか?」
「いいか。お前の見た光景は、たぶん俺が一番辛かった頃のものだ。高校での最初の一年間は、たしかに地獄だった。けど、あの一年があったから俺はここでお前と話していられるんだ。だから、これから先、俺の過去のことは気にするな。いいな?」
「……分かりました。しかし、あんな過去がある人は、きっとマスターだけですよ……」
「……まあ、そうだろうな」
「マスターは、どうしてあんなところに三年間も居続けることができたのですか?」
「ん? 言ってなかったっけ? 俺の好きな人が俺を支えてくれたから、俺はここにいられるんだぞ?」
「……そ、それは同級生ですか?」
「いや、年上であって年下だ」
「そう……ですか。名前はなんと言うのですか?」
「いやあ、懐かしいな。あの頃を思い出すよ」
「あ、あのー……」
「おっと、すまない。名前だったな。待ってろ。今、思い出すから……な……」
「マスター? どうかしましたか?」
「あれ? 俺は……俺はどうして、あの人の名前を覚えていないんだ?」
「名前を覚えていないのは、しばらくその方と会っていないせいではないのですか?」
「そんなことはない! 俺は、あの人に全てを救われたんだぞ! それなのに、俺はあの人の名前すら覚えていない!」
「お、落ち着いてください、マスター。そんな大声を出しては他の子たちが起きてしまいます」
「分かってる! けど、落ち着いてなんかいられないんだ! 俺は自分の恩師の名前を忘れるようなクズなんだから!」
「それでもです」
「だけど!」
「マスター!」
「な、なんだよ」
「マスターは、その人のことを今でも好きなのですか?」
「ああ、もちろんだ」
「その人のためなら、なんでもする覚悟がありますか?」
「ああ。俺は、あの人のためなら死んでも構わない」
「そう……ですか。マスターにそんなセリフを言わせられる人がいるなんて、なんだか悔しいです」
「コユリ、お前……」
「マスター、この件はこれで終わりにしましょう。私はマスターの過去など見ていませんし、マスターは好きな人の名前を忘れていなかった……。それで、いいですか?」
「あ、ああ、そうだな。そういうことにしておこう。すまない。取り乱してしまって」
「いいえ、問題ありません。……それでは、改めまして。マスター、私に何かしてほしいことはありますか?」
「コユリ!」
「マ、マスター、い、いきなり抱きつくなんてらしくないですよ?」
「なんとでも言え。だけど……今だけは俺を慰めてくれないか……。恩師の名前を忘れてしまった愚か者の俺を……」
「……はい、分かりました。よしよし、もう大丈夫ですよー」
コユリ(本物の天使)は俺の頭をそっと撫で始めた。本当の母親であるかのような手つきで幼い子どもをあやすように……。
コユリの体温が俺に伝わってきているのが分かる。それが俺の体の中にまで浸透してきて、心の中のドロドロとした部分を浄化してくれている。
なんだかこうしていると、お袋に抱きしめてもらっていた時のことを思い出すな。
ああ、なんというか……すごくいいな、これは。とても落ち着くし、体中に優しい波動が広がっているのが分かる。
あー、なんかもう、ダメになりそうだ。
俺がそんなことを考えていると、コユリ(本物の天使)が俺の耳元でこう囁いた。
「これからも私を頼ってくださいね。じゃないと、私は寂しいが故にあなたを襲ってしまうかもしれませんから」
「そ、それは、やっぱり性的な意味でか?」
「はい、その通りです」
「あ、あははは。勘弁してくれよ。本当に」
「できるだけ気をつけます」
「おう、そうしてくれ」
「……では、そろそろ私は寝ることにします」
「おう、おやすみ。コユリ」
「はい、おやすみなさい。マスター」
俺がコユリ(本物の天使)から離れようとすると、コユリは。
「この世界の誰よりも、マスターのことが大好きです。……チュ」
「…………!」
俺の額にキスをしてきた。
俺は、それがおやすみのキスだということを瞬時に理解したが、それでも不意をつかれたせいで少し混乱してしまった。
「コ、コユリ、お前」
「ふふふふ……私の『てんしのキッス』は、いかがでしたか? それでは、頑張ってくださいね。マスター」
コユリ(本物の天使)は、そう言うとパタリと横になった。その後、スウスウと寝息を立て始めた。
まったく、いったい何なんだよ。
はぁ……まあ、いいか。よし、次に行こう。