06:午前1時27分 交戦場所『出来根市駅東口付近高層ビル群 ポイントE1』
06:午前1時27分 交戦場所『出来根市駅東口付近高層ビル群 ポイントE1』
雨あられと降り注ぐアストラル弾を、正光とレイは前方をガードしながら後方へ跳躍してなんとかやり過ごした。オーガにより射出されたそれの射程は長く、結構な距離を戻されてしまった。香奈子を置いてきて正解だと二人は思った。彼女のAOFは強力ではあるが、あんな豪雨のように降り注がれてはとっさに対処出来なかったであろう。彼女はチャコを拾って後方で待機する手はずとなっていた。
「くそッ! なんだよこりゃー!」正光がぼやいた。「オーガのサブウェポンだ、野郎、ひでぇ事しやがる!」痛みをとるように両手をぶんぶん振って、レイが返答する。
そして二人はまたもや突進した。
「睦月のAOFがほとんど感じられねぇ……! 頼むぞ……!」
正光は嫌な予感がしていた。そして、大体彼の嫌な予感はよく当たる。だが、こういう時だからこそ思い過ごしであってほしいものだ。
視界が開け、睦月とオーガの姿が映った。かなり接近されている!
「睦月!」
正光は叫んだが、睦月はオーガから逃げるので精一杯だ。この距離。到達するまではあと数十秒かかる。
「ッ!」
正光の頭がズキンと痛んだ。インテュイントの激しい警告である。睦月がオーガから一度距離を離した。ズキン。オーガがアストラル弾をバラージュする。
「やめろ……やめろ止めろ!!」
ズキン。頭が痛む。睦月は左右に動いてバラージュを回避した。ズキンズキン。
「……ッ!!」
正光には既に見えてしまっていた。最後が。オーガの蹴り。ズキン。睦月の両腕がぐにゃりとへこむ。そして……
ズドンッ!
右腕の強烈な一撃を喰らい、さらに追撃として謎の衝撃を受けた睦月は、力なく対面するビルに突っ込んでいった。
正光は呼吸する事を忘れた。声も出なかった。呼吸しようにも、肺が空気を吸い込もうとしない。一瞬だけ飛んでいく睦月の姿が見えた。左半身はぼろぼろに破けていた。AOFの反応も無い。これは……これは……これは…………!!
「睦月いいいイイイイーーー!!!!」
正光の体を中心に、オーガをも凌駕する程のアストラルストームが吹き荒れた。そのアストラルストームはやけに熱を持ち、しかも青ではなく黄色の輝きを帯びている。
「まさみつ……!?」
レイは正光がエーテルドライブしたのを悟った。それができるモリエイターは稀で、レイ自身にすらそれを展開させる事ができない。しかもエーテルドライブできる人物というのは古来からの血筋も関係し、モリエイターの中でも生粋な人間しか展開する事ができないのだ。
正光のエーテル体が一気に膨張し、アストラル体と同調、そしてエーテル体ごとAOFにチェンジされ、彼を纏うAOFは黄金の輝きを放つ。そしてそこからダイレクトに感じられるのは、ただひたすら『怒り』の感情だった。レイの全身にゾワゾワと鳥肌が立つ。彼のAOFは周囲に『怒り』と、その矛先に対して『恐怖』を撒き散らしていた。
「よくもオオオオオーーーッ!!」
正光がいきなり飛んだ。一瞬にしてレイの隣から姿を消した正光は、オーガの目の前にいた。そのスピードのままオーガをぶん殴る。
ズンッ!
こぶしが装甲にめり込み、オーガが地面に叩きつけられる。正光は我を忘れてその胴体に乗り上げ、何度も両のこぶしを胴体へぶち込み続けた。まるでガラスが割れるように、細かい装甲の欠片が空中へ勢いよく飛散する。
倒れた姿勢でオーガが腕を振るい、正光はそれを避けた。すかさず起き上がると空中へ舞い上がりキャノンを放つ。絶妙なタイミングだ。並みの者であれば確実に喰らっていただろう。だが正光はそれを回避した。
正光に気を取られたオーガは、後方から飛来するレイのパワーショットに気づけなかった。十五発のそれを狭い範囲の放射状にして撃ち出され、背中のブースタ回りへ被弾する。着弾と同時にアストラル爆発が起こり、綺麗な丸い形の青い爆風が複数上がった。それで人工オリハルコン結晶が傷ついたのか、背中のブースタの片方が停止する。
「てめエエエッ!」
キャノンを撃たれた正光が叫び、飛んだ。巧みな空中制御で翻弄し、迎撃しようとするオーガの攻撃を回避する。一瞬の隙を突いてオーガの腕を掴むと、無理やり空中で背負い投げして地面に叩き付けた。そこにまたしてもレイのパワーショットが直撃する。今回は十五発フルにヒットした。
「ナイスッ!!」
レイの見事な追撃に感謝すると、正光は真下に加速しながら蹴りを胴体にぶち込む。またしても装甲が飛散した。しかし、どうにも妙だ。いくら装甲を削っても、いつの間にか元通りになっている。
[正光! コアを狙え! じゃねーと無限に回復しやがるんだ!]
「了解だ! 頼む、俺は攻撃で手一杯だ! そっちで弱点を見つけてくれ!」
[OK、まかしとけ!]
不意に、倒れた姿勢のオーガが右腕を正光に向けた。
「……!!」
ズドンッ!
右腕からショットガンが放たれた。正光は至近距離でまともに喰らったが……。
「『きくかよ』」
すさまじい形相をする正光が平然と立っていた。至近距離の射撃であるのだが、ただ左腕で顔辺りを防ぐようにしかしていない。彼のAOFは異常なまでの硬度に達しているようだった。ゆっくり唸るように言い捨てると、ギロリと右腕を睨んだ。この攻撃で、睦月が……!!
突如オーガが浮き上がった。足場を失った正光はとっさに跳躍して地面につくが、またもやジャンプしてそれを追う。左腕からアストラル弾を連射してきたがそれすらも空中制御で容易く回避し、こぶしを振るう。避けられた。また殴る。避けられた。
オーガも反撃する。正光と違い、オーガは空中で滞空できるのだ。両腕による重みのある素早い攻撃を正光に仕掛ける。だが左、右とフットワークで攻撃するも、左は片手でいなされ、右はヒョイと避けられた。最後に巨体をぐるりと回転させた回し蹴りをかますが、それもやはり片手のみでいなされた。そうやって双方が素手による格闘戦を続ける。
だがそれは、本来ならありえない光景であった。たかが人間がオーガ相手に対等しているなどと。普通ならば先ほどの睦月のように、オーガの蹴りを防ごうものなら骨ごと持っていかれる程のパワーとスピードだ。レイが地上で援護しているのも、やはり近距離ではかなわないためである。
それなのに正光は、その桁違いな攻撃力とスピードを持つオーガの攻撃を、まるで人間相手の時と同様に防ぎ、あまつさえ回避しているのだ。
正光のジャンプ力がなくなってきた頃、オーガがぐるりと下へ回りこんでショットガンを放つ。
「ッ!!」
両腕で防いだ。しかもどういう事か、反動で吹っ飛ぶはずなのに、彼の体はそこからピクリとも動かない。オーガは吹っ飛び効果を狙って撃ったらしいが、それがならなかったため自分で後方へ移動する。
「逃がすかよ!」
唸るように叫ぶ。彼は腕を伸ばしたが、届くはずがない距離だ。だが正光から伸びた『見えない腕』が、オーガの片腕を掴んだ。
正光自身としては、その時はただ『奴を掴む』としか考えていなかった。彼のインテュイントがイマジネートを活用し、彼の意思を現実化すべく自動的に透明な腕をモリエイトしたのだ。本体の手は空をきったが、その手には確実な手ごたえを感じる。
「ぜえェイ!」
六メートルはある巨大なオーガを片手でぶん回し、地面へ向けて投げつけた。だが投げ方がまずかった。一回転させたまではよかったが、投げる瞬間上に持ち上げて勢いをつけたので、真下に投げられる事を予測されたのだ。
オーガが地表スレスレで落下の勢いを殺すと、同時に肩のキャノンを二発発射した。
「くおォッ!?」
無意識に出した腕のおかげで、硬直が長かった正光がまともにそれを喰らった。球状の爆風が立体的に広がり、さすがのエーテルドライブといえど、彼のアストラル体は急速に燃焼、消耗してゆく。
着地が狙われる……! レイが動いた。
「ねぇい!」
パワーショットを水平に広く撃ち出してけん制し、正光とオーガの間に割り込んだ。レイ向けて迫り来るオーガ。一応分かりきっていた事だが、レイは両手に持つグロックを何度か撃った。さっぱり効果がない。
「これじゃマッキーは歯が立たないわけだな……」
やはりオーガに通用するのはモリエイトしたAOか、正光のようにAOFによる打撃のみであるようだ。しかも、何処かに収納されているコアを攻撃しなければならない。そしてコアを攻撃するには、まず表面の装甲を剥がさなければならない。正光が先ほど殴って打ち破った装甲はすでに完璧に修復されてしまっている。
「厄介だなぁオイ! 正光! 死んだわけじゃーあるまい!」
「ソイツをぶっ殺すまで死なねぇ……ッ!」
レイがなんとかオーガの相手をしていると、正光が前方に躍り出た。すぐさまレイと入れ替わると、またもや先ほどのような攻防が繰り広げられる。しかし持久戦となれば確実にこちらが不利だ。
奴のコアはどこだ……? 多少支援の手が減ることになるが、レイはオーガを霊視した。しかし敵が動き回るあまり、補足し続けるのは一苦労だ。
[レイ、聞こえる?]
突如として美咲の声が響いた。どうやらレイに直通の通信らしい。全体に流して正光の気を散らせまいという配慮だ。まったく気が利く女だ。
「美咲か? 無事なのか、どこだ?」
[マッキーと瑞穂ちゃんを回収していたわ、現在E1とD1のけんざかいにいる]
その場所に振り向いて見たものの、暗くてよく分からない。すぐに目をオーガに戻した。
「美咲、動けるのか?」
[なんとか。かなり痛いけど]
「オーガの霊視を頼みたい。そっから見えるかどうかわからんが……」
[……。難しいわね。でも、了解。移動します]
「見つかるんじゃないぞ」
[私はレコンも担当の一つよ? 今だって、がんばって二人を回収してきたんだから]
「そうだったな。次も上手に出来たら、優しく抱きしめてキスしてやるよ」
[言っちゃって]
通信を終えたレイは、正光とオーガを挟み込む位置へ移動した。美咲が本体のコアを探しやすくするため、後部ブースタのコアを見つけるのだ。だが、瞬く間に移動するオーガのホバー移動はそれを許さない。
「正光! 貼り付けるか!?」
「やるしかねえんだろ!? やってやろうじゃねーか、コラ!!」
正光がオーガの懐に潜り込み、ジャンプして顎をぶん殴る。しかし彼のAOFは無尽蔵なのだろうか、さっぱり疲労の色を見せてはいない。それとも、本当に見せていないだけか。
彼が張り付いている間は若干動き回るものの、オーガの背中は丸見えだった。レイはここぞとばかりに集中し、そこを霊視する。
「見えた! 正光、後部ウェポンラックを狙え! 丁度背中の首の付け根あたりだ!」
レイが手をかざしてそこへパワーショットを発射する。十五発ものアストラル爆発が続けざまに起こり、オーガの背中パーツがバシバシと砕け散る。よし、効いている!
「ぐぬゥッ!?」
正光の右半身にオーガのこぶしがめり込んだ。初めての直撃である。やはり正光も消耗していたのだ。入ったのはオーガの左手。やはりそこから、例の如く密着状態でアストラル弾を連射する。着弾するたび正光の体が振動し、発射方向へ吹っ飛ばされた。
「正光ッ!?」
途端にオーガが百八十度回転すると、背中に位置するレイに左腕を突き出し、砂塵を上げて突進する。
「ヘッ、来るか? こいよ……!」
ドウンッ!
威嚇するようにレイはAOFを再展開させる。
オーガは突っ込みながらバラージュ。それに対してレイは弾幕に向かって前進した。それはまさに瑞穂が出来なかった行動である。多少の被弾は確定するが、しかし全てAOFで防ぎきれる。
「ハァァッ!」
急接近して突き出された左腕を蹴り上げた。睦月と違ってオーガの腕は上部へ打ち上げられたが、彼の足にもかなりの衝撃が走る。やはり正光と同じようにはいかないようだ。だが、彼にはパワーショットがある。次に右から迫ってきたこぶしめがけ、それを五発ぶち込んだ。
「!!」
同時に着弾地点から遠ざかるように跳躍、爆風から遠ざかった。一瞬だが彼のインテュイントはその時、右腕のコアをおぼろげながらも見つけ出した。
「正光! 腕のコアは肘の中にある!」
不意にオーガがえびぞりに吹っ飛んだ。
「了解。だがまず、背中のブースタをぶっ壊す」
顔面から地面に激突したオーガの背中には正光がいた。そしてまたもや打撃のラッシュをコアめがけて連打する。正光が連打するたびに破片が舞い上がり、光を乱反射させて辺りをキラキラと輝かせる。
ヒュボンッ!
背中のコンテナが二つ、真上へ飛び出した。これは……!!
「ちッ!」
とっさに右腕を向けてレイがパワーショットを放つ。だがそれが到達するコンマ数秒の時点で、アストラル弾が全方位に吐き出された。
「いづッ!?」
「くぅッ!」
一秒にも満たないものであったが、一瞬でも吐き出された無数の針は二人に鋭く突き刺さった。至近距離ならなおのこと殺傷力は高くなっている。射撃体勢であったレイは無論、エーテルドライブしている正光ですら、肉体に無数の穴を掘り込まれた。
「いってぇんだよ!!」
正光が渾身の一撃を首の付け根にぶち込む。ひときわ激しく破片が舞い上がると、衝撃波を放ってウェポンラックが粉みじんになった。同時に、その内側へくっついていた二本のブースタも砕け散る。
「うおおォォーー!?」
その衝撃波に飲まれて正光が吹っ飛ばされた。レイは倒れているオーガに追撃のパワーショットを撃ちたかったが、まだAOFのチャージが終わっていない。それにさっきから連射で撃ちすぎたせいで、結構体力を消耗してきた。
「面白くなってきやがったなクソ……。美咲、どうだ」
[今ので背中が丸見えになりました。制御コアらしきものを発見。胸の中心、若干上の位置です]
「いい仕事だ。愛してるぜ、キスじゃ足りないくらいだ」
それに対する美咲からの返答はなかったものの、レイも言われたとおりその部分を見つめた。確かにありやがる! ……しかし妙だ。何故ヤツは倒れた姿勢のまま動かないんだ?まさか気を失ったわけではあるまい。何か狙ってやがる……。
「正光……」
「オオォォラアアア!!」
レイが呼び止めようとするより早く、正光が突っ込んでしまった。
「待て、様子が変だ!」
遅かった。正光は低く跳躍し、こぶしを振り上げて落下している。
ズゴンッ!
正光のこぶしがアスファルトにぶち当たると大きなクレーターを作った。オーガはいない。当たる瞬間、体を回転させて横へ回避したのだ。そのままぐるんと起き上がると、大きく旋回しながらホバー移動で再接近してくる。
砂塵を上げて突進するオーガは正光の足元にアストラル弾を放つ。それぞれは命中せずに地面を狙ったものであるが、肩透かしのようなものだ。正光はグッとりきんだが衝撃はなく、微妙な防御態勢のままオーガの蹴りを喰らった。
「……ッ!」
足元の地面ごとえぐりとられ、正光の体が宙を舞う。
ズキン……ッ
その時、正光は自分の視覚ではない誰かの風景を見た。それも今現在の映像ではない。
それは断片的な映像だった。それぞれが目の前をちらつき、フラッシュバックしてゆく。
「前へ出ろ!!」「できない!!」睦月と瑞穂の叫び声。
瑞穂がオーガのバラージュをジャンプでよけたが、キャノンを喰らってビルごと吹っ飛ばされるシーン。
その後、追撃のキャノンが回りで爆発している中で、睦月が前方のオーガを鋭く睨みつけるシーン。
「あぁ、あにさま……あにさまぁ……」瑞穂のかわいそうな声。
激しくオーガと殴りあい、「ビーブレッド……!」「射出ッ!」ビーブレッドをぶち込んだシーン。
「見えたぞぉーー!」「死んでたまるかよ……!」「睦月!」正光の二つの叫び声と、睦月の声。これは若干重なるようにして聞こえた。
そして両腕が蹴りによってひしゃげてゆくシーン。パッと目の前が明るくなり、唐突に、だがゆっくりと右へ視界がぶれた。現在正光の身に起きている状態とダブって見える。そして。
ズドンッ
……これらを見ている最中、回りの時間はまるで静止しているかのように、全てのものが動く事を忘れていた。正光からしてみれば、止まった時間の中でそれらをゆっくり見ていた感じになる。そしてまだ、彼の時間は止まったままだ。
これは……これは、睦月の、アイツの視覚なのか……? この視覚と同時に感じる感情は、瑞穂ちゃんを守れなかった悔しさと、そして自分すら殺められた事の切なさと怒り……。お前はボロボロになりながらも、AOFが途切れた最後の最後も、必死で戦った。戦ったんだ。だが……、お前は……、おまえは…………お前はァァッ!!!
正光の目がカッと開いた。止まっていた時間はいきなり動き出し、周りの音がいきなり聞こえ出した。先ほどの睦月同様、正光の左半身にオーガのこぶしがめり込んだ。
ズドンッ!
めり込んだ状態でショットガンをぶち込まれ、正光が対面するビルへ衝突する。
「正光!」
「アアアァァァァァァアアアアア!!」
レイはたまらず叫んだが、めり込んだビルの中からすぐに正光が飛び出した。眩い光を放った金色のAOFが尾を引いて、オーガへ向かって一直線に伸びる!
「お前が睦月をオオオオオオ!!」
右のこぶしがオーガの頭部にめり込む。そこは半壊し、破片が散弾のように飛び散った。今度は左手が胴体をえぐる。豪快に開かれた正光の手のひらが、胸部の装甲をやすやすと切り裂いた。
「お前がアアアアアアア!!」
オーガが右腕をせり出したが、正光が左手を掲げる。するとオーガの右腕がまるで粘土のように、正光の左手を内部へめり込ませてゆく。彼が目をぎらつかせながらグルッと顔をその腕に向けると、オーガの右腕の間接部、コアのある部分に、縦に伸びる空間の断裂が襲った。途端に右腕部分は炸裂し、衝撃波を放って破片をばら撒いた。それは彼のAO『牙』であったが、通常のそれとはあまりにも威力が違いすぎる。
衝撃で仰向けにオーガが倒れた。あがくようにして左腕をせり出す。
「ジャマだ!!」
またもや正光が視線を送るだけでコアが粉砕し、左腕が盛大に吹っ飛んだ。
「おまえが、おまえがおまえがおまえがおまえが!! お前が!! お前が!! お前が!!!」
もはや無力化したオーガに対し、正光が無慈悲な打撃の連打を加え続ける。殴られるたびにオーガの両足はビクついて、胸部からは破片が幾度となく宙へ舞い上がる。その行為はただひたすらむごたらしく、もはや悲惨にすら思える。
「まさみつ……あ、アイツがやろうとしてる事は!」
レイがその様子を動揺しながら見ていたが、ハッと気づいた。正光はコアの場所を知らない。知っていたとしても、アレだけ殴れば制御コアなど既に粉砕しているはずであった。しかし今の彼はコアとかそういうのはお構いなしで、胸部の装甲だけを削り続けている。
そして最後の装甲が破られた時、顔を出したものは……。
「お前が睦月を殺した!!」
「(や、やめてくれッ!頼む、やめろ!やめてくれエエエ!!)」
仁王立ちした正光の真下に、内部でオーガを操作していたスナイパーの男の顔があった。顔を涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃにしながら、恐怖に怯えて叫んでいた。
「くたばりやがれ!!」
正光はその顔向けて怒りの鉄拳を放つ。そのこぶしは男の顔面はおろか、その後部の装甲をも貫いた。途端に両足がぴんと伸び、次の瞬間オーガ自体が木っ端微塵に吹っ飛んだ。人工オリハルコン結晶を制御する人間が絶命した事により、それは機能を停止したのだ。
オーガ全身を構成していた大量のアストラル体が一気に放散された事で、回りのアストラル体も流動する。さしずめ、気化爆弾を盛大に爆破したような感じだ。球状に広がるアストラルの波は数キロにも及び、その圏内にあった建物の窓ガラスを割り、アストラル結合の弱かった建造物を崩壊させた。
「……むつき、睦月ィ!!」
振り返った正光の目には大粒の涙が浮かんでいた。睦月の名を叫び、ボロボロに泣きながら彼は、ビルの残骸の中に埋まった睦月を探す。
「くそっ、クソォッ! むつきぃ、ドコだよ!? 教えろよ! オイ、オイ!!」
「正光……」
ガレキをかき分けてゆくものの、睦月のAOFはドコにも感じることはない。AOFどころか、霊視によるエーテル体の探知にすら引っかからなかった。はたしてソレが弱すぎるのか、消滅してしまったのかはまだ分からない。だが、もしエーテル体が消滅していたとするならば、すなわちそれは魂の消滅である。
[こちらシルバー3。イーブルアイが逃走した。追おうとしたが、逃げられた]
刃の声が全員に送られた。レイは、奴がオーガがやられた事で戦力的に敗北したことを察したのだろうと思った。目の前では正光が嗚咽交じりにガレキを必死にかき分けている。
「……。こちらシルバー1、了解。オーガは殲滅した。敵戦力の排除完了。こちらの勝利だ。シルバー4、5、9、2が負傷。7は……」
「まだ死んじゃいねえ! このどっかにいんだ、待ってくれよォ、なぁ、頼む、待ってくれ!」
正光が泣きながら反論した。こんなに感情的になった彼の声は、全員が始めて聞く声だった。
「……現在E1、オーガの殲滅地点で、シルバー7を探索中。シルバー2、霊視を頼む」
[了解]
レイの言葉は淡々としていた。それは普段どおりの口調であったが、今の正光にとってその声はとても冷血であると思えた。続いた美咲さんの声もだ。
「どこだ、どこだどこだ、どこだよおい、睦月! む……!!」
ガレキの隙間から睦月の足が姿を現した。正光がハッと驚くやいなや、その上部の邪魔者を払いのけた。
「…………」
そして現れた睦月の体を見て、正光は言葉を失った。最後の最後、睦月はAOFでショットガンを防いだものの、アストラル弾は彼の左半身をズタズタに引き裂いていたのだ。奇跡的に左腕は胴体とくっついてはいるのだが、彼の胴体からろっ骨や内臓がはみ出していた。
「むつきぃ……ッッ! くそおおおあああああああ! ああぁぁぁあああ!!」
血に染まった睦月の胸に顔をうずめて正光が号泣する。その体はまだ冷たくはなっていなかったが、もはや体温とはいえない無機質な温かみだった。心臓の鼓動も聞こえない。
だが彼の体には、わずかながらではあるが、アストラル体に包まれたエーテル体が存在していた。睦月はイマジネーターである。よってエーテル体とアストラル体の結合を強固にする技術はきわめて高い。それのおかげで生命活動を停止した今でも、彼の魂は未だにその体へと留まっていられたのだ。
睦月の魂を感じてハッとした正光が、唐突に顔を上げた。
「泉さん! 泉さん、すぐ来てくれ! 早く!」
ひらめいたのだ。睦月を助ける方法を。しかしはたから見れば、正光は睦月が死んだ事を認めようとしていないだけのようにも見れた。
[えっ!? う、うん!]
通信機からすぐに香奈子の声が聞こえた。そして本当に彼女はすぐにきた。チャコをおんぶしながら、大きな跳躍を繰り返してやってきたのだった。なんというAOFのパワーであろうか。
「(イテェ! いてぇってばよ、オイ! 泉! イデデデッ!)」
「ご、ごめんチャコ……」
いつの間にか回りに集まっていた美咲達にチャコを任せる。その時彼女は全員の顔を流して見たが、どれも表情を暗くしている。だが哀れみではなく、『戸惑ったような感じ』だ。
「……」
それは、人が死ぬのが普通の世界で、いちいち誰かが死んだ事に対し正光のようにわめき散らすのは、ここではありえない風景であったからだ。香奈子は何も言わずに正光へと駆け寄った。そして睦月の成れの果てをまともに見てしまい、ハッと息を呑む。とっさに目をそらしてしまった。
「泉さん……泉さんは、この前俺を助けてくれた。死にかけた俺を、治してくれたんだ……」
正光は血みどろになりながらも、睦月の体を丁寧に持ち上げて広い場所へ置いた。
「だからお願いだ! 今度は、コイツを、こいつを助けてくれェ……おれぁ、おれぁコイツからあの時助けてもらったんだ! あの時コイツがいなかったら! おりゃあ、死んでたぁ……」
「正光君……でもっ」
「俺の命を使ってもいい! あの時はコイツもそうして俺を助けてくれたんだ、今度は! 今度は俺が、コイツを助けるんだ、返してやるんだ、コイツからもらった分を、返すんだ、だから!!」
「でも……」
涙をポロポロと落としながら正光は必死に懇願する。香奈子だって睦月を助けてやりたい気持ちは一緒である。しかし、香奈子にはどうしていいか全く分からなかったのだ。あの時は睦月がある程度教えてくれたからなんとかなったが……。
睦月のそばに香奈子は膝をつく。思い出すんだ、あの時、どうやったのかを……。睦月を霊視すると、わずかばかりの三種類のオーラを確認できる。こんなに小さくなってしまって……。あの時の正光は、もっと大きかった。そして、こんなに時間は立っていなかったのだ。この状態では、もう……。
その時ふと、あの時の睦月の声が思い出された。「理屈じゃねぇ、ただ思うだけでいいんだ。こいつを、正光を助けてやりてぇッて、強くそう思ってるだけでいいんだよ……」
「思う……」
何故だろうか、睦月の声を思い出した香奈子は今現在の彼を眺めた途端、ぶわっと涙が溢れ出した。喉がジンジンと痛み出す。わかる、わかるよ、睦月君!
「正光君、あなたの力を貸して」
「もちろんだ!!」
無意識の内に二人は片手を取り合っていた。あの時はこうはしていない。だがその行為より、正光からのエネルギーがダイレクトに香奈子へと流れ込んだ。不思議と彼の意思も香奈子に伝わる。彼の心はただひらすらに、睦月を助けたいと願っていた。またもや彼女の涙腺がゆるむ。
強く思う事。一心同体となった二人のアストラル体が融合した。それにより青色であった香奈子のそれも正光と同じ金色に輝きを変え、一つとなったそれは睦月をも覆い尽くして大きな円をえがき出す。はるか上空まで延びた金色の光は雲をも飛び越えた。
「睦月……」
「睦月君……」
香奈子の脳裏に、正光から送られてきた普段どおりの睦月のイメージが映し出された。彼女のインテュイントとイマジネートが自動的にそれへ反応をしめし、それを元に睦月の体を徐々に復元させてゆく。思うだけでよいといった睦月の言葉どおり、それらは香奈子からしてみれば『何故か勝手に治ってゆく』状態である。
暖かい金色の光に包まれていると、不思議と二人は『睦月は生き返る』と思えた。そしてその光を見ていた全員も、同じような感情が湧き上がってきた。
「……奇跡だ。これが、オリハルコンの力なのか……」
レイがつぶやいた。もともと穏健派を抹殺するために無理やり覚醒させられた彼女は、いま目の前で、とても暖かな心休まる光を放っている。生物学的に言えば既に死亡していた睦月だが、ここにいる全員が『まだ大丈夫だ』と思えるくらいに回復していたのだ。
しばらくすると光は力を弱め、双方へと縮小していった。あわてて二人は睦月の胸へ手をやる。そこには確かな心臓の躍動を感じることが出来た。
「泉さん……!」
正光の表情がパッと喜びに満ちた。それを見た香奈子もうんと頷く。彼女は睦月を助けれた事と、同時に正光が喜ぶ顔を見れたのが嬉しかった。しかし彼女の意識はそこでゆっくり遠のいていった。過度のソウク、チェンジを行ったために、彼女のアストラル体が酸欠を起こしたのだ。いきなり倒れそうになった香奈子を、正光がとっさに支えた。
「だ、大丈夫ですか泉さん!」
彼は彼女を抱きしめていた。それは別にいやらしい感情や出来心からではない。ましてや、いつもの調子で「うひひ、今ならこうしても大丈夫だよね?」などといったおちゃらけた事など一切考えていない。
「泉さん、よかった、助かった、泉さん、たすかった! ありがとう!」
感謝していたのだ。彼女に。
それから、それぞれが二人に駆けつけて、この場を去る準備を始めた。刃も姿を現したが、彼の体には斬られた箇所がいくつもあった。出血もしているようだが、彼はいつものように表情一つ変えていない。
「正光君。睦月君の体は元に戻ったみたいだけど、血が足りないわ」美咲が睦月の体を霊視して言った。「じゃ、俺のを献血するぜ!」「あなたはB型でしょう?」「うお、しまった」正光が涙の跡を残した顔で言うが、美咲は冷静にいなす。
「(こちらエルベレス。マジックアローの排除完了。イーブルアイが逃走した)」
[アストラルガンナーズ、了解。そちらの戦闘終了と同時に、こちら側の敵部隊も後退して行く。イーブルアイの姿はこちらからは確認出来ない]
[(こちらリベリオンカウンター、了解。こちらも同じだ。だがイーブルアイとおぼしき影を部隊が捉えた。追撃をやりたいが、被害も大きい。増援を求む)]
[アストラルガンナーズ了解。こちらから分隊をよこす。後続が来るまで維持出来るか?]
[(十分可能だ)]
[了解。エルベレス、そちらはどうだ?]
[(こちらエルベレス。二人くらいなら送れるぞ。残りは全員作戦エリア外まで後退させる)]
[了解した。ではリベリオンカウンター側へクロスオーバーする]
[(了解)][(了解)]
部隊間の通信を終えたレイは、エルベレスの状況を再確認した。今動けるのは、やはり自分と刃だけだ。正光も動けそうであるが、さすがにいまは彼を動かす気にはなれなかった。
「刃、いけるか」
「無論」
「よし、残りは帰還部隊が到着するまで待機。俺と刃はイーブルアイを追う。美咲、後は任せていいか」
「了解です」
動けない者もいるので三十分程そこで待機していると、大型車が数台到着した。そうして今夜の作戦は終了したのだ。
「……」
揺れる車内、瑞穂は睦月のそばにずっと寄り添っていた。
「……ッ」
そして彼の手を握り締めながら、ひっそりと泣いていた…………。
◆O-GA
Oreichalkons(オリハルコン)
Gigantic(ギガンテック)
Armor(アーマー)
人工オリハルコン結晶で製造された鎧を人間に装着する武装を総称して『O−GA』と呼ぶ。
鎧というよりはむしろパワードスーツである。オリハルコン製であるがゆえ、いくら巨大化しようが物質界に具現化した所で重量は無く、無限に肥大化させる事が可能である。だがそうなるとインビュードハンターからのハントランクが跳ね上がるため、より小型、より携帯性を重視した設計となっていった。
基本的なオーガのサイズは2、3メートル級で、小さければ人間の体の一部が露出する程の簡易型もあり、大きいものであれば数十メートルを超え、人間を胸部、または頭部に搭載して行動するタイプも存在する。
オーガを起動させるにはコアとなる人工オリハルコン結晶が必要となる。人間と同じく四足を形成するには『両腕』『両足』『制御コア』の五個の結晶を必要とし、それぞれの結晶を常に持ち歩く必要がある。この結晶構造というのが厄介で、結晶の小型化というのが非情に困難なため、最少でも縦横30cm、幅15cm程度の大きさになってしまう。しかもかなりデリケートで、起動する前に少しでも傷が付くと、起動した姿は『その部分にダメージを受けた状態』となって具現化する。起動する前と後では装甲が桁外れに違うため、そうなるとかなりの無駄となってしまう。
起動の方法は、制御コアにモリエイターが触れ、制御コアのアストラル体と自分のアストラル体、エーテル体を同調し循環させる事で起動する。同調すれば感覚的にどの結晶がどの部分のパーツであるかがわかり、AOFを展開する(攻勢な意志を持つ)事で腕や両足へ勝手にくっつき、一瞬にして装甲を形成する。無論、AOFを展開するので周囲にはアストラルストームが発生し、モリエイター、インビュードハンターの探知対象となる。
オーガを形成する人工オリハルコンは強固なアタッシュケースやショルダーパックに詰め込まれ、戦場に投入される。小型で部分的なオーガであれば、腰や足に装着するサイドパック等に組み込まれたりする。だが部分的なオーガ(腕だけとか足だけ)などはもっぱら個人的に開発されたもので、正式な製造元から作られた完成品と比べれば幼稚で、性能も粗悪である。本人と相性が合えばそれに越したことはないのだが、その製造経費と取り扱いの難しさゆえ、部分的なオーガを使用する者はほとんどいない。なにより、一つや二つ手数が増える(武装が増える=戦闘能力が上がる)だけの効果で、インビュードハンターからのハントランクが跳ね上がるというのは割りに合わない話である。
そんな一長一短なオーガであるが、一度起動してしまえば戦場はひっくり返ってしまうだろう。モリエイトされた装甲はいかなる現代兵器の攻撃もはじき返し、その機動力と攻撃力はハンパではない。唯一この装甲を破る事が出来るのは、AOによる攻撃のみである。さらに、オリハルコン自身がアストラル体を発生させる結晶であり、装着者のソウク・チェンジエッセンスもあいまって、傷ついた装甲はすぐさま自己修復(オートリペア)される。
弱点とすべき箇所は、やはりその分厚い装甲に守られた結晶である。ここまでAOを貫通させる事が出来れば、結晶が傷ついた部分の自己修復は停止する。もっともオーガ化した状態の結晶はいわばアストラル体の塊みたいなもので、よほどの攻撃力を持つAOでなければ傷一つつける事は出来ない。
もう一つの弱点は、装着者本体を攻撃、疲労させる事である。コックピット型でなければ、装着者の腕が折れていた場合腕を持ち上げる事は可能だが、装着者にはかなりの激痛が走るだろう。
銃弾などは論外、ミサイルやレーザーをもはじき返すオーガは、まさにモリエイター専用の最強の武装である。これに対等できるのも、やはりモリエイターだ。さてこれは困ったことになる。果たして生身の人間が、4メートル以上もある機動兵器に太刀打ちできるのか?
作品の盛り上がりには欠かせないアクターとして、大いに(やられ役で)活躍してくれるに間違いないが、非常に残念な事は、作者はその仕方を知らないことだ!!