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05:午前0時0分 交戦場所『出来根市駅東口付近 高層ビル群』

 05:午前0時0分 交戦場所『出来根市駅東口付近 高層ビル群』



 十二時を過ぎて電車はストップしているものの、電気の消えた駅前にはまだちらほらと人の影がある。だがAOFを展開してしまえば、これら一般人はアストラル体をかき乱され、全員が意識をうしなってばたばたとその場へ崩れ落ちていくことになるだろう。

 黒塗りのバンニ台が駅前通りに止まると、その中から俺達が続々と吐き出されてゆく。

「(エルベレス、配置についた)」レイが流暢りゅうちょうな英語でつぶやく。[(了解。リベリオンカウンターも配置についた)]同様にリベリオンカウンターからの言葉も英語だ。

[同じくアストラルガンナーズ、配置完了]

 しかしアストラルガンナーズからの言葉は普通の日本語であった。無線ではそれぞれの部隊が状況を報告しあっているが、やはりそこだけ日本語である。だがそれでも三チームのリーダー達は違和感無く会話をしている。言語統一したほうが絶対にいいと誰しもが思うだろうが、うーむ。まぁ『そういうもの』なのだろう。

「(了解。フロント、前進する。AOF展開と同時にインゲージ)」

[(了解)]〔了解〕この了解は二つ同時に言われた。

 レイが俺達全員に目だけを流すと、前へ歩き出した。

「……」

 俺は後ろを振り返って夜空を見上げた。憎たらしくも満月が、俺たちを高みの見物でもしようと洒落こんでいる。顔をしかめ、また前を見た。その様子を瑞穂が見ていたようだが、奴はなにも言わなかった。

 そして分岐ポイントに差し掛かると、俺、師匠、チャコ、美咲さんは右側へ迂回する。

「睦月」

 別れ際、正光が俺を呼んだ。向こうは右手を握り、腕を突き出している。

「ぬかるなよ」俺も同じように左こぶしを突き出す。「やってやろうぜ」正光は言い返した。

「……隊長、上!」

 その時瑞穂が声を上げた。隊長とはすなわちレイを呼んだものだが、全員が視線を暗闇の夜空へ向ける。

「……ッ!?」

 前方から小さな光の粒が上空へと舞い上がっていた。それは徐々に上昇力を失うと、今度は下に向けてゆっくり降下してきた。だが、次第に大きくなっているようにも見えるが……、これは……!?

「『クラスター弾』だ!!」

 レイが叫ぶのより早く、その光は無数の粒に拡散した。

「AOF展開! 対空防御!」

 全員が直ちにAOFを展開すると、周囲のアストラル体が急速に吸引される事で竜巻状になり、一瞬にして真っ青な突風『アストラルストーム』が巻き起こった。勢いよく砂塵が舞い上がり、周りのガラスやシャッターがやかましく震える。その突風は瞬く間にストラクチャー全土をかき回し、突風を喰らった一般人はいきなり意識を失う羽目となる。この中で意識を保っていられるのは、モリエイターとインビュードハンターだけだ。

 この距離ではカウンターシールドを出す暇はない。俺は即座に左腕を上空へと向けた。……来た!

 ヒュダダダダッ!

 降り注いだのは光り輝く『矢』だった。鋭く突き刺るソレはコンクリートの地面を一瞬にして穴だらけにする。

「チィィーー!」

 俺に矢の雨が降り注いだ。AOFを展開してもこの衝撃……まるで無数のカナヅチで殴られるような痛みだ。だがやはりAOFを展開していたので傷一つ負わずにすんだ。ジンジンと左腕が痛むが問題はない。

「(この距離で捕捉されんのかよクソったれ!!)」

 チャコが叫ぶ。

「拡散する矢か……。かなりの荒手(あらて、手練れと同意味)。B隊、移動するぞ」

 師匠は先頭をきって走り出した。それに続き、俺達も移動する。しかし、嫌な出だしだ。こちらはAOFを展開してしまったので、俺達がどこを移動しているのかが敵には分かってしまう。逆に敵はまだAOFを展開していないので、どこに潜んでいるか検討もつかない。

 こんな時こそ美咲さんの出番だ。

「シルバー2、索敵」

「やってます……!」

 師匠が言うと、美咲さんが走りながら小さく返答した。集中しているようで、時々目を薄くして遠くを見回している。その目の向こうにあるのは高層ビルなのだが、彼女にはその先にいるであろう敵のアストラル体が透視できる。実際は目で見つけている訳ではなく、周囲のアストラル体の気配を察知し、それが視覚として認識されるのだ。機械では難しいプログラムや長いプロセスが必要なことを、人間は全て『感覚的に』という単語だけで済ませられる、なんとも高性能な脳を持っている。

「いました。右前方。距離ざっと二百メートル」美咲さんが慎重な口ぶりで言った。「待ち伏せか」師匠が壁の向こうにいる敵を見るように顔を向ける。師匠もすでに見えたのだろうか? 俺に見えるのは壁だけだ。

 右手に曲がり角があるが、大きな四斜線道路からそれる道だ。二車線くらいの広さであるが、そこに四人とプラスアルファが乱戦になると思うと気が引ける。

「シルバー7。行くぞ」

 しかし師匠はやる気だ。彼はとても冷静であったが、戦法はあくまで大胆かつ豪快である。「了解」俺は短く返事をする。

「(シルバー4、適当なビルに登って狙撃しろ)。ガンナーを上部に配置させる。シルバー2は後方から続け」

「了解」

「(ハデに頼むぜ)」

 つまり待ち伏せにわざと突っ込むという事ではなく、逆にこちらも敵を『はめてやる』作戦であるようだ。俺達を捕捉した敵は攻撃してくるが、逆に攻撃してきた奴をチャコと美咲さんが迎撃する。

 この辺の地形は熟知している。ここから曲がるとすぐ、さらに左右に分かれる小さい道があり、背の低い商店街が立ち並んでいる。屋根あたりに登れば十分な奇襲が可能だ。

 俺と師匠がAOFを集中させ、足に力を込める。そして一気に跳躍して、その商店街に突っ込んだ。

「(今だ!)」

 いきなり「ナウ!」という英語の叫び声がこだました。敵部隊だ。やはり上部に位置し、三人が隊列を組んでこちらへ飛びかってくる。予想通りの展開だ。俺と師匠は同時に抜刀すると、それぞれの攻撃をはじき返した。

「(ソードマンだ!)」敵が英語で「イッツァソードマン!」とまたまた叫ぶ。「(ガンナーもいるぜ)」続いたのはチャコの声。

 彼女はビルのニ階の窓を突き破り、そこからバルキリーアローを放った。同時に美咲さんもローズブラスターのトリガーを数回絞る。アストラル弾の青い弾頭が無数の光の針となり、各々の一番距離が近い敵に突き刺さる。距離があるので致命傷ではないが、出鼻をくじくには申し分ない威力だ。

 片方の敵が火を噴いた。まさにそのまんまで、火の玉をモリエイトしてチャコへ投げつけたが、建物の中にヒョイと身を隠して難なくかわした。だが今度はそれを俺に向けて投げてよこす。

「ねぇいッ!」俺はどれもGHではぶった斬った。

 インゲージしてから五、六秒しかたっていないが、待ち伏せの状況を打破し、若干有利だ。ここから乱戦が始まった。俺と師匠は作戦通りV字の両先端の位置、美咲さんは交点の位置。チャコは上部から俺達の攻撃をかわした敵の追撃を行う。こっからが勝負だ。敵は包囲し、戦線を乱そうとしてくるが、三人の息の合った立ち回りでソレが出来ない。

 敵の攻撃方法を判別する。やはり情報どおり、正光やレイのように、肉弾戦と銃で戦闘する近距離型インテュインターのようだ。その中の一人に炎をモリエイトする奴がいるのだが、やはりインテュインターらしく、どうやらその性能はあまり高くない。

 三人ともかなりすばやいが、しかし俺でも追える速度である。

 跳躍し、空中制御で左右に揺さぶりをかけて敵に接近しようとしたが、敵は格闘射程に中々入らない。俺はターゲットを変え、師匠と対峙している男に目を向けた。

 空中の何もない空間、自分の足元付近に、俺本来の能力『クリスタライズ』を瞬時にモリエイトする。クリアグリーンの長い六角形をそれは空中に固定され、一時的な足場の役割を持たせることが出来るのだ。俺はソレを蹴り付け、下方斜めに鋭く降下した。

「オラァ!」

 横なぎにGHの一手を出したが、敵はそれをかわした。だがそれでいい。一瞬気をとられた敵を師匠は見逃さず、鋭い太刀さばきで一気に詰め寄る。

 今度俺は先ほど逃げていった敵が戻ってくるのは予想済みであったので、意表を突く形で俺は急接近し、GHで応戦した。その後方にいた奴も俺に目を向け、火の玉を嫌な位置へ投げてよこす。

「まず一人」

 師匠の声。先ほどの奴を美咲さんの支援で血祭りに上げたのだ。師匠の持つ百七十センチ級の太刀が敵を真っ二つに一刀両断していた。

 俺の方はなにげにヤバそうな感じだった。いつの間に前に出すぎたのだろう? 敵の動きに翻弄されたのか、師匠達と離れすぎた。

[(セブン! 出すぎだ莫迦!!)]

 チャコが支援してくれる中、俺が死に物狂いで後退していると、無線からレイの声が聞こえた。

[B隊! スナイパーだ! 射撃地点、B1!]

 どうやらA隊はスナイパーから狙われているらしい。だから狙撃がこちらにはなかったのか。だが俺から一言いわせてもらえるとするならば、『それどころじゃねェ』!!

 左手にSAG、右手にはM93Rを持つと、飛んだり跳ねたりしながら両手でそれぞれの敵にけん制する。

「くっそ!」

 弾はさっぱり当たらないが、敵がけん制を嫌がり近づくのを躊躇ちゅうちょする。やっぱり持ってきておいてよかったぜ。と安心したのもつかの間、着地にあわせて敵の火の玉が飛んできて、俺の体を焼いた。

「おがァァーーッ!?」

 直撃のダメージはさ程でもなかったが、コイツはアストラル体を徐々に燃焼させていく炎のようだ。まるで油まみれの状態で火がついたように、俺のAOFを喰いモノにして火力を増し続ける。ドッと脱力感が体を襲った。敵は目の前だってのに、クソ!

 後方からは師匠が突っ込んできた。太刀を横に構え、俺に向かってくる敵を出会いがしらに一閃するつもりだ。俺もその隙に後退……。

 ズバンッ

 師匠の切っ先が俺の胴体を通過した。斬られた!? だが俺自身には特に害は無く、その斬撃で真っ二つになったのは俺を取り巻く炎だけだった。炎は同時に消え去り、アストラルの燃焼は無くなった。

 その後上空から来た敵に対し、やいばを鮮やかにクルリと回して逆袈裟斬りを放つ。上空からでは見づらく、しかも回避しずらい太刀筋だ。無理やりガードしたようだったが、敵はでたらめな方向へ弾き飛ばされた。

「シルバー7、4とB1へ行け」師匠が言った。「ここは引き受ける。(シルバー4、7と共にB1へ移動しろ)」

「……ッ」俺はとっさの一声が出なかった。[ヤー]チャコの声が無線越しに聞こえる。

「シルバー2、前へ出ろ」

[了解]

 やはり俺はまだ未熟なのか。だが、自分を非難するよりもこれを機に成長すると考えよう。

「移動します」俺は若干後退気味に答える。「狙撃に気をつけろ。A隊、そちらに敵イマジネーターの姿はあるか?」

[ない! だが新型CSGがいやがった!]レイの声だ。かなり切羽詰った感じだ。[かなりの連射だ! しかもコイツはターゲットをどこまでも誘導してきやがる! 泉が軽症、その他は消耗のみ!]

 通信の最中、敵が再度攻撃を仕掛けてきた。火の玉を放射状にして避けづらい位置へ散布されたので、俺と師匠はそれぞれの獲物で防いだ。そのままもう一人が突っ込み、その後方から火の玉野郎も来る。

「了解。こちらの損傷なし。敵は三人だが一人は始末した」師匠は応答しつつも、体は敵の応対へと向かっている。[了解! こちらも三人! 綺麗に前中後ぜんちゅうこうに分かれてやがる! 中距離野郎はデストロイヤー(対戦車ライフル)をぶっ放してきやがる!]

 美咲さんが到着した。単発のローズブラスターをけん制にしながら俺の隣へ来る。俺もそれに合わせて後退、チャコと合流し、B2へ向けて移動を開始する。

「シルバー7より、A隊へ! シルバー4と共にB2へ向かう!」

[了解][了解ッ!]俺が無線で知らせると、師匠とレイの声がした。更に俺は続ける。「スナイパーは依然としてそこか!?」

[みたいだ、撃ってきやがる!]レイの声。[イーブルアイに気をつけろ。奴は単独のようだ]師匠の声。「了解した、距離を詰める!」俺は叫んだ。

 B2というと、結構離れた距離だ。A隊は俺たちと逆側、左側にそれた場所で交戦中だが、そのさらに前方の位置。ここからじゃA隊の連中ですら豆粒程度にしか見えないだろう。ざっと数キロある。

 俺とチャコはAOFを最大まで弱め、身を潜めながら移動した。完全に消してしまえば敵から察知されなくなるが、微弱ながらもAOFは体に纏っておかなければならない。それは突然の攻撃による対処のためと、移動によって消耗する体力をAOFで補うためだ。コイツを張っていれば、数十キロ走った所で少し息が上がる程度ですむ。

 しかし遠いな……。スナイパーってのは、こんなに離れた位置から正確な射撃をぶっ放せるのか。走る最中、ぐにゃりと嫌な感触が足からした。アストラルストームによって昏睡状態に陥った人間が倒れていたのだ。知らずに踏んづけたのだが、悪く思わないでくれよ。

 数秒後、向こうにうっすらと見える黒い高層ビルの影から、光の線が地上に向けて放たれた。スナイパーだ!

「あれか……!?」

「(野郎、なるほど絶好の狙撃ポイントだぜ。あんなに高いビルに登られちゃ、ジャンプしても届かねぇわな。しかも奴にはアチキらが一望できる)」

[クソッ、野郎、俺に当てやがった……っ、だが新型は始末した]

 レイの声が無線からした。さっきの狙撃で被弾したのだろう。

「チャコ、もうこっからソイツは撃てねぇのか? あーっと……RPG、ショッツ!」

「(あぁ!? ダメダメ! こっからじゃ遠すぎるし、だいいち暗くて見えねぇじゃねーか!)」

 怪訝そうな顔で言い返してきたので、多分無理だと言っているのだろう。確かにここからじゃどこに狙いを定めて言いかすらわからない。

 移動を続けるうち、徐々にB2へ近づいて行く。俺とチャコは無言だ。ハァハァと早い呼吸の声だけが聞こえる暗闇を駆け抜ける。

[B隊、敵部隊撃破]師匠のいつも通りの声がした。この冷静な声が俺を安心させてくれる。[シルバー4、7。そちらへ向かう]

 了解。俺はそう言おうとした。だが口が動く前に、体が一瞬硬直した。とても冷たい殺気のようなものを感じたのだ。このプレッシャー、なんだ……!?

 カツンッ、コロコロ……

 前方の暗闇で軽い金属音がした。これは、まさか。

「!!」

 俺とチャコは同じタイミングで後方へ飛び退いたが、その途端に目の前は真っ白になって目が眩んだ。激しい閃光、スタングレネードだ!

 ヒュタンッ!!

 無理やり着地したが、俺の横をすばやく何かが通り抜けた。そして銃弾でもない人間でもない、独特の音がした。

「(アアァァァァアアアッ! クソッ! くっそォーーーッ!)」

 チャコが悲痛な声をあげ、ファックファックとわめく声。しかしさらに、俺の目の前でいきなりAOFの気配を感じた。

「くッ!?」

 目はまだ慣れない。だが体は本能的にAOFを展開、GHを抜き、前方から来る何かを的確に捉えた。鋭く突き刺さるような殺気が左右から、来る!

 ギンッ! ガイィンッ!

 はじいた! すかさず左手でアストラルガンナーを放つ。一二、三四発。何かは遠のいた。両目を指で押さえて頭を振り、強引ではあったが俺は視力を復活させることができた。

 左手後方に、血の池にひざまずくチャコがいた。どうやら右足の太もも辺りを狙撃されたようだ。この出血量はやばい。しかもこれではまともに動くことなど出来ないだろう。

 俺はチャコをすぐにでも担いで壁際まで持って行きたかったが、前方には太刀を持つ男が立っていた。ヒョロリと背が高く、深緑のコート……イーブルアイだ。

「……ゼル。撃つな。こいつは俺の獲物だ……」

 奴が喋った。日本語だ。ギラリと金色の目が俺を捕らえる。普通の金の目ではなく、暗闇で反射する瞳である。しかもコイツの瞳孔は爬虫類を想像させるような尖った黒目だ。

「……ッ」

 俺はGHを構えたが、奴の太刀を見て驚いた。それは、つばこそついていなかったが、まさしく師匠の太刀と同じであったのだ。師匠のは鍔のついた太刀だ。

 まるで師匠と対峙しているような錯覚を覚える。やけに周りの空気が重いな……!

「チッ!」

 俺は飛んだ。その突撃速度から斬撃に出ると思わせて、イーブルアイの射程ぎりぎりで着地し、射撃する。それを奴は右へ回避すると直角に突っ込んできた。斬り返した俺のGHと奴の太刀がぶつかり、一瞬止まる。緑と黄色の火花が激しく散り、二人の影を長く伸ばした。

 刹那、GHが勢いよく弾かれた。止まった状態でいきなり吹っ飛ばされたのだ。これは……!?

「我剣崩ッ!?」

 俺はつい喋ってしまった。これは我剣流の技、我剣崩がけんほうだ。剣と剣を合わせた状態で、一瞬にして相手の剣を無動作で弾く技である。俺よりすばやく、しかも重い。コイツは……イーブルアイは、我剣流を使うのか!?

「お前が睦月か……」

 イーブルアイが左から右へと斬ってきた。やはり俺の知ってる動作。以前カデンツァにやったそれとまったく同じだ。左、右、左、そして最後は逆袈裟斬り。知ってるっての!

 カウンターのようにして最後の一手を綺麗に受け流し、俺は一回転して体重を乗せた斬撃をぶち込む。

 ギィン!

 奴の太刀で防がれた。

「ハァァァ……!」

「……ッ」

 コイツは……イかれてやがる。犬のような湿った息を吐いて俺の斬撃をガードしたが、奴の口は異様なほどにゆがんでいた。まるで化粧を施したピエロか口裂け女、いや男だ。

 俺と奴は同じ剣舞を舞い対等する。

 GHとイーブルアイの太刀がぶつかった瞬間、双方の獲物から激しい火花が散る。しかし欠けた刀身はすぐさま再構成され、常に最高の切れ味を保ち続ける。何度も何度も斬りつけ、回避し、防ぐ。こんな数十秒もの間斬り合った事などなかった。一瞬の隙が命取りになり、またチャンスになりうる。その隙をなくし、そしてチャンスをさえぎられながら、俺と奴は獲物を振るい続けた。互いの剣風はカマイタチのように切れ味を持ち、地面のアスファルトに無数の爪あとを今も作り続けている。火花はフラッシュライトのように二人の影を地面に映しては消える。

[(くそがッ! 足を、撃たれた! クソッ! 7はDSPと交戦中だ!)]

 チャコの通信の声がする。彼女はこちらへ手出し出来ない状況だった。今攻撃すれば俺にも当たるだろうし、第一それでイーブルアイがチャコへ向かっていったら俺にはどうしようもない。ソレを分かっているのだ。

[(B隊了解。ポイントは)]師匠の声がした。[(ポイント、D3!)]チャコが叫ぶ。

[A隊より、こちらからシルバー9(瑞穂)をD3へ向かわせる! 5(マッキー)はスナイパーへ! 俺と6(正光)は交戦中! 7、援護がつくまで持ちこたえろ!]

 レイの声もした。援護がつくまでとは言うが、ここまで来るのにも時間がかかったんだ。そう早くつくわけがない。

 ガイィンッ!

 イーブルアイが俺のGHを受け止めると、いきなり顔を近づけてきた。

「どうした……睦月……」やはりイかれてやがる。湿った粘つくような声。AOFを展開してテンションが上がっていてもなお、俺はゾッとした。「由緒正しき我剣流の後継者であるお前の剣は……『こんなもん』なのか……?」

 野郎……ぬかしやがって!!

「我剣崩!!」

 奴の顔ごと俺は跳ね除けた。そして初段の一手を叩き込む。防がれたが、この手ごたえ。いけるぞ。

「我剣斬鬼刀ざんきとう!」

 この技は俺がもっとも使用する使い勝手のよい技だ。四回斬り付けたあと、心臓をぶっ刺す。間合い、敵のスタンディレイ(よろめき時間)、どれをとっても確実に決まる。

 一手、二手、三手、四手。俺の動きに躊躇ちゅうちょや狂いは寸分も無かった。そして最後の一手。

 ガギャギャイィィィンッ!

「ホゥ……」

 俺の突きが奴の太刀により軸をずらされ、はじかれていた。それだけではない。先ほどの全てがはじかれていたのだ。

「なッ……にっ……」

 全て、はじかれただと……!?あんな長い太刀で、アレだけのスピードの技を全て受け流したってのかよ!? 俺より身長の高いイーブルアイの両目が、俺を捉える。

「面白い……隙あらば殺人技に出るか……」奴の太刀がギラついた。来る!「くそッ!」

「さすがに刃が目をつけただけあるな……この太刀筋、かなり凶暴だ……」奴は喋りながらも、先ほどよりもさらに激しい剣舞を舞う。いきなり踏み込まれ、俺は遅れをとる事となる。「我剣流の使い手はみな、こうでなくてはな……」

「だが……その凶暴さが、里の連中には受け入れられなかった……だから、俺や、刃や、お前が。こうしてドロまみれになりながら、命を削りながら! 己を血で染めながら!!」

 奴の太刀が横なぎに来る。とっさに身をかがめて回避したが、刀身が届かないはずの両側のビルをもえぐり取った。ハデな粉砕音と共に、細かいガレキが回りに吹っ飛ぶ。

「くだらん小競り合いをする羽目になったのだ! 今や我剣流は地に落ち、使い手もいない! 飛影剣などという女の戯事ざれごとにとって変わられてなあアアア!」

 狂ったように叫ぶ。しかしその太刀筋は逆に鋭さを増し続けている。

 まさか。俺は一瞬だけ止まった。まさか、いや、しかし奴の太刀。まさか。コイツは……イーブルアイは、俺が師匠と出会う前に居た弟子だったという、ソイツなのか?

 俺が止まった事で奴が動いた。俺は即座に一歩後退し、跳躍する。この位置……。俺は賭けに出た。

 イーブルアイが俺を追って飛んだ。今だ!

「ツインブレード!」俺はGHの逆側からもやいばを発生させ、両刃刀状の剣をモリエイトする。「!!」ソレを見た奴の目がカッと見開かれる。

飛影操糸断ひえいそうしだん!!」

 足元にクリスタライズをモリエイトし壁蹴りをすると、空対地において最強の技を奴にぶち込んだ。そしてこの技は我剣流ではなく、飛影剣である。俺はその二つの流儀を使うことができた。

 イーブルアイの体にツインブレードがめり込んだ。まず一手。それから流れるようにして三手斬り付ける。「ァァアアア!」最後の一手、俺は叫んだ。同時に柄の真ん中がボキンと折れて『二本の剣』になり、それを両手に持って外側へ払う。……奴の胴体は真っ二つになっていない。何故だ!?

 ドシャッ

 奴は地面に激突し、俺は着地した。まさか飛影剣でこられるとは思わずに突っ込んできたらしい。それでとっさの対処が出来ず、奴はモロに喰らったのだ。

 しかし最後の一手が気になった。確実に真っ二つになるであろう間合いだ。だが、奴の中心に鉄の芯が入っているかのように、ツインブレードはそれを斬ることが出来なかったのだ。俺の飛影操糸断は無理やり自己流の方法で出しているような技なので、まともな敵の場合これは通用しないのかとも思った。

 イーブルアイからAOFは消えていない。まだ生きてやがる。俺はトドメをさすべく疾走し、ツインブレードをGH本来の形状に戻して振り下ろした。

 ガギィィンッ!

 奴の太刀が防いだ。「!?」腕などもはや動かせる状態ではないはずだ。

「ひえいけん……だと……おっ……おおあァァガアアァァァアアア!!!」

 俺を狙う一手を寝ながら出すと、左手を軸にしてグルンと大きく回転しながら立ち上がり、いきなり叫びながら突っ込んできた。かなり速い振りだ、これは、ヤバイ……ッ!?

 ギィンッ!

 GHが弾かれた。この間合い、スタンディレイ、この状況、パターンは。奴の姿勢が一瞬低くなった。

「こうやんだよ、我剣、斬鬼刀」

「チィィッ!?」

 来た!左の一手、右、左……ッ!

 ドスッ

 俺の左肩に奴の太刀が突き刺さった。同時に体が勢いよく後退するが、太刀が刺さっているので倒れはせず、おもいきり揺さぶられた。

「うあぐッ!!」

 左肩が燃えるように熱く、眩暈と共に激痛が走る。だがどういう事だ……アレだけ斬り付けたはずなのに、コイツの体はなんとも無いってのか!? いつの間にか流血も止まっているようだ……。イーブルアイが太刀を自分に引き寄せ、俺の顔を自分の顔に近づけた。ハァァと湿った息がかかる。

「ウフフェヘヘヘ……心臓は狙わねぇ……もっと、お前の剣が見たいからな……ククク」

 燃えるような激痛と、攻撃を貰ってしまったというショックで俺の頭は回転を止めていたが、また動き出した。野郎のムカツク笑い方でな。

「……剣だってぇ……? ハッ……。コイツを喰らいな」

 右手のGHを消して胸元に潜り込ませ、M93Rを取り出して野郎の腹へ突きつけて何度もトリガーを引く。

「ぐぅッ」

 三点バーストで吐き出される鉛弾を連射で喰らい、イーブルアイはガクガクと背を仰け反らせる。だが奴の背中からは弾丸が貫通して出てこない。

 たまらず奴が、突き刺さった俺を足で蹴飛ばした。だがその威力は人間とは思えず、俺の体は中に浮くほど後方に吹っ飛ばされた。……このダメージでは、またあの執拗な突進と猛攻をやられたらヤバイ。俺は先ほどと同じく後方にクリスタライズをモリエイトし、空中で真横に着地し、奴に向かって飛ぶ。出会い頭に一手繰り出し、奴の太刀とぶつかり合った。

「ッハハァ! そうだ、こいよォ!!」

「アァァアアアッ!」

 再び双方の剣舞が始まった。斬り、防ぎ、また斬り。剣舞とは、殺しを円滑に行う行動でしかない。その行為を極限まで凝縮させたものがそれだ。無駄の無い動きと太刀筋は、見ている側からすれば舞を踊るようにも見て取れる。しかしひとたび対等するならば、そこに待つのは幾重にも重なるやいばの洗礼だ。

 状況は最悪だった。レイの通信から数分もたっていないが、この状況。体を動かすたびに斬られた左腕が激痛を発し、体内の血液を吐き出す。

「どうした!」イーブルアイがテンションの高い、低い声で叫ぶ。無論太刀筋は相変わらずだ。「どうした!!」

 奴は遊んでいるとしか思えない。奴のスピードなら、今の俺であれば数手でやれるであろうに。

「クッハハハ……だが、さっきの一手でわかったぞ……お前、オブリヴィオンに犯されているな」

「……ッ」俺は何も言えなかった。言う暇がなかったともいえる。

「皮肉な事だなぁ、睦月よ! 我剣流の継承者はみな、DSPだとはよォォ!!」

 俺はもはや防御しか取れない状況まで追い詰められていた。力を入れれば入れるほど傷口が傷む。奴の斬撃で俺のAOFが徐々に削り取られてゆく。何より、力量の差がありすぎるという最悪の状況が、俺の心を圧迫していた。このままでは……死ぬッ!?

「なぁ? 睦月。先輩の俺が、お前を目覚めさせてやる……殺し、血をすすり、破壊し! 食いちぎり! なぶり殺す!! 快感をよオオオーー!!」

 奴の太刀が唸る。必死にGHを振るったが、たやすくはじかれてしまった。

「くッ!?」

「砕けろ!!」

 だが、イーブルアイが狙ったのは俺の体ではなかった。はじかれ、無防備となった俺のGHへとその切っ先は直撃したのだ。ドクン。その刹那、俺の鼓動が一度だけ、やけに大きく躍動した。体を巡る血流が一瞬だけ速くなったのが自分でも分かるくらいに。

 そこからは、俺にはスローモーションを見ているかのように、ゆっくりとした動きで見て取れていた。直撃したイーブルアイの太刀が俺のGHにめり込む。GHは周りにその破片を撒き散らしながら、真ん中から真っ二つに分かれていく。ドクン。体が沸騰するように熱くなった。

 ギィィン………ッ

 音と共に刀身の部分が吹っ飛ばされ、激しく回転したそれは地面に突き刺る。

 ……剣が、折られた。

「…………ッ」

 俺の体は振るえ、立つ事すらままならずその場へ両膝を突き、がくんとうなだれた。自分のAOFが消えてゆくのを感じる。奴は太刀を振り切った状態で制止していた。俺が戦意を喪失した事を悟ったのだ。

 傷とかそういうのはどうでもよいと思えるほど、体には力が入らず、倦怠感ばかりが全身を包み込んでゆく。剣が折れるという事は『心が折れる』という事だ。もはや、殺されてもいいとさえ思える……。

「折れたな……睦月よ……。だが、ックヘヘヘ……。すぐに楽になるさ。すぐにな……。……あぁ? どうした、ゼル。あぁ? …………うるせぇ、知るか。あ? うるせぇ。勝手に死ね」

 奴が俺のそばでなにやら喋っている。多分、仲間と交信しているのだろうが……。ああ、だがもはや、どうでもよい事のように思える。剣が折れた。俺のGHが、俺の意志が……。

 奴は俺の髪を掴むと、強引に自分に向けさせた。

「楽しみに待っているぞ……もう一人の、お前をな……」

 不気味にギラつく奴の両目が俺を見ていた。奴の目には、青ざめた俺の顔が映っている。

 奴は何かに気づくように顔を横に向けた。俺も遅れてそちらに目をやる。

「………」

 そこには師匠がいた。

「……ッハハ、ッハハハハ……」

 漆黒の世界、ビルの谷間に奴の乾いた笑い声が高らかに響き渡る。俺は師匠に会いたくはなかった。あのまま殺されていればよかったものを……。一体、どんな顔で師匠に向かえばよいのだ。剣を折られ、戦意を喪失し、挙句の果てに弄ばれた俺を、師匠はどんな顔で見てくるのだろう?

「久しぶりだなァ? ……刃」

「貴様…………許さん」

 師匠の声はいつもと同じのように聞こえたが、俺には感情のこもった声のように感じた。それも、かなり怒りを含んでいる。そんな初めて聞く師匠の声を聞いて、俺は心なしか安心感を得た。

 ズザザァァァーーッ!!

 突如として疾風が俺とイーブルアイを襲った。奴は太刀を構えたが、そこに今までにない火花が舞い上がり、太刀を持つ奴の腕が勢いよく上部へ打ち上げられた。

「ッ!! クアハハハアァァーー!! おもしれぇッ!!」

 今の風は、師匠が居合い斬りをしたものなのだろうか? 師匠の姿はどこにもない。そしてまたもや疾風が迫る。

「ごゥ……ッ!」

 全く師匠の姿が見えぬまま、イーブルアイはいきなり遠くのビル三階付近に吹っ飛ばされ、激突した。そして剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴り響き、火花が辺りを断続的に照らし始める。

[A隊へ。シルバー7、4ともに重症。俺はイーブルアイを抑える。シルバー9をスナイパーへ向かわせろ]無線からはやはり師匠のいつも通りの声が聞こえた。[シルバー2、二人を確保したのち、スナイパーへ向かえ。ここは俺が引き受ける]

 今分かったが、さっきの疾風は師匠のAOFによるアストラルストームだ。あそこまで物質界に影響を及ぼすほどのそれは、どれだけの凝縮率を持っているのだろう?

[こちらシルバー5、スナイパーが移動した! 現在B1へ後退中! 逃げる気か!?]マッキーの声。[野郎……! こっちはもっちょいだ!]レイの声。[こちらシルバー9。狙撃されましたが、被害なし、いけますッ]瑞穂の声。通信はかなり入り乱れている。[はババァァァーー!!][ま、正光ーー! くっそォォッ、野郎!!]正光の悲鳴とレイの叫び声がいきなり聞こえた。

 俺の中で少しずつ活力が湧いてきた。いつまでもこうしてはいられない。状況は常に変動しているのだ……。俺はチャコに走りより、肩に担いだ。

「チャコ……!」

「(クソ……やけに、寒いな……)」

 物陰にチャコを移動させると、足の状態を見ようとした。だが街灯の明かりだけでは如何せん見づらい。俺はAOFを再展開させる。……だが、アストラル体を凝縮しようとするといきなり脱力感が体中を襲い、何故かソレが出来なかった。さっきのやつが原因か……? だが見えなくても、一応傷口なら分かる。彼女が被弾した部分のズボンを引き裂いて、止血剤と包帯で応急処置を施す。

 包帯を巻いている最中、美咲さんが到着した。俺を心配してくれたが、俺は顔を横に振る。

「大丈夫です。俺より、チャコのほうがやべぇです。かなり血を流しちまったみたいだ」

「(血濡れのロメオが助けてくれたよ。だが、おめぇ、もっちょいアチキにいたわって包帯巻けっつーんだボケ。やけに力いれて巻きやがって!!)」

 座った姿勢のチャコが足で俺をどついた。「いって! てんめぇー!!」

「(その様子じゃ大丈夫そうね、チャコ)」美咲さんが腕を組んで困った顔をした。「でも、睦月君? 私はあなたのほうが心配よ。その肩から出てる血……。痛覚はある?」

 そういえばやけに寒気がしていた。しかし、それだけだ。確かに左腕を刺されたが、不思議と何ともない様子でいられた。今でも傷口が熱く感じられるが、何故か痛みはほとんどなくなっている。

 自分でもこの状況を何と言ってよいか分からなかったが、一応美咲さんには心配しないように言っておこう。

「えぇ……結構、キツイですね……。でもまだ動けるから、自分で止血できます」

「そう?」

「はい、大丈夫です」

「わかった。でも、刃がイーブルアイとやり合ってるからといっても、油断しないで。このまま後退したほうがいいわ」

「くそ、戦線離脱か……」

「(チャコ、睦月君と一緒に後退して頂戴。動ける?)」

「(……んなこた言ったって、行くしかねぇだろうがよぉ……クソッ)」

「私はスナイパーへ行くわ。それじゃ、あとよろしく」

「了解」

「(ヘイ、待ちなお姫様! コイツを持っていけよ。魔女が持ってた空飛ぶホウキさ)」

 美咲さんはチャコからRPG7を貰い受けると、闇の彼方へと消えていった。俺とチャコも後退する。

[シルバー2より、シルバー5。こちらもスナイパーへ向かいます。現在地はD3]

[シルバー5了解。現在B1、スナイパーを追い詰めた。対面から挟み込んでくれ]

[了解]

 二人の会話の後に、俺がしばらくして続いた。

「こちらシルバー7。俺とシルバー4は……不甲斐ないが後退する」

 後退という言葉を使うのはとても悔しい。

[了解、こちらが有利だ、あとはまかしとけ。後退中、狙撃に気をつけろよ!]

「了解だ、くそ、すまねぇ……!」レイの言葉に俺はつい返事を返してしまった。[死ななかっただけマシだ。それだけでも十分、お前はよくやった]何気に慰みの言葉も頂いた。くそ、悔しくて泣きそうだ。

 俺はチャコに肩を貸して、ゆっくりと後退していた。

「(くそっ)」

 足を引きずりながらの移動なので、スナイパーを追っていた時とは逆に亀のように移動が遅い。チャコがぼやくと、ペッとつばをはいた。

 次の交信は、俺たちがD4へ後退したころだった。

[こちらシルバー5、スナイパーは進路を変えた! B1からC1へ! どうやらインビュードハンターに殺されるよりは、俺たちと戦って死んだほうがマシってタチらしい。それかイーブルアイと合流するとも考えられる!]

 マッキーの声だ。挟み撃ちは失敗したのだろうか? 無線は個人か全体に送るかの二通りあるので、向こうは個人同士で通信を交し合っていたのかもしれない。彼が言った『インビュードハンターに殺される』というのは、ストラクチャーを超えて逃げ出すという意味だ。これだけ莫迦騒ぎしたあとに単独で外に出れば、まさにインビュードハンターから格好の標的とされるであろう。

[こちらシルバー9、C2へ到着しました! 皆さんどこですか!?]

[シルバー5はC1、ビルの上。2はC2右側。敵は現在C1からD1へ撃ち逃げしながら移動中。近距離になればなるほど連射してくるわ!]

 美咲さんの声とは他に、ヒュンヒュンと風をきるような音が聞こえる。しかもやけにそのタイミングが速い。

[こちらシルバー1、敵部隊撃破!]しばらくするとレイの声が聞こえた。[シルバー3! 今から俺もそっちに向かうぞ!]

[その必要は無い]

 だが師匠の返答はあまりにも冷たかった。[必要無いって……数が多いほうが有利だろうが]

 その時だ。暗闇の向こうに、連続で光の線を吐き出しながら移動する何かを見つけた。あれが敵のスナイパーか!?

「チャコ、あれ見えるか!?」

「(もちろんだ。あの野郎、スナイパーだ)」

 俺が指をさしながら言うと、チャコが頷いて『スナイパー』という単語を言った。スナイパーはかなり高度の高い跳躍をしながらE1へと移動しているようだ。その間にも、追撃するマッキー、美咲さん、瑞穂を狙撃、いや射撃でけん制している。

「こちらシルバー7! こっからスナイパーが見える! E1へ移動中だ!」俺は叫んだ。

[了解! くそっ……敵のけん制が激しい! 動けない状況よ!]美咲さんの声は緊迫している。[こっちもだ! 中距離で分裂する矢をすげー勢いで撃ってきやがる!」[回り込もうとしても、駄目です!]マッキーと瑞穂もなかなか接近出来ずにいるようだ。敵はどんどん移動していた。このままでは逃げられて、イーブルアイと合流されてしまう。

「くそっ、こっから高出力のなんかをぶち込めれば……」

 俺は間違って、無線を切らずにそうぼやいた。すると、少ししてから正光のうるさい声が響いてきた。

[そうだ! いい事考えたぜ!! レイの必殺パワーショットを美咲さんに撃って、それをガードバリアで吸収、ブラスターをぶち込むってのは!?][あぁ!?]レイが呆れるように言った。

[シルバー6。いいかもしれないけど、この状態では狙撃のいい的だわ。それに私とスナイパーの間には遮蔽物があって、目視は通らないの。仮にシルバー5と9が敵の目をひきつけてくれたとしても、霊視しながらのブラスター照射となれば、やはり威力は不十分よ]

[くそぉ!]

 正光が分かりやすい反応を示した。だが、その作戦はおもしろいな……。向こうでは目視できないが、こちらからは十分に奴を捉えることが可能だ……。

 俺は無線のマイクに片手を当てて、慎重な口ぶりで喋った。

「……美咲さん。こちらからは奴が今の所見えている。もし美咲さんが、正光の言うとおりブラスターを撃てる状況であれば、俺に発射して、俺がそれを反射させて奴を狙うというのはどうですか? その間、二人は一気に距離を詰められる」

[え!?]美咲さんは明らかに驚いた様子だ。[出来なくは無いけど……でも、睦月君]

[自信はあります。カウンターシールドを水平にモリエイトすれば、いけます。っつーか、今の瞬間を逃せば敵に逃げられる。何かやらないよりは……]俺の言葉の途中で、レイが割り込んできた。[シルバー7! 大丈夫なんだろうな!?][はい]俺は『自信があるような声』で言った。

[よし、シルバー2、準備しろ。7はブラスター射撃までAOFを張らずそこで待機。捕捉されたら厄介だ……。シルバー8! またお前の出番だ、めいいっぱいソウクしろ!]

[えっ!? あ、はい!]とっさの命令で戸惑う泉さんの声がした。[泉さんばっかりじゃ可哀想だぜ! 俺も混ぜろっ! うおぉァァアアーー!!]それに続き、何故かしゃしゃりでた正光の声も。

 しかし正光の奴、とっさにそんな莫迦な作戦を思いつくなんてどうかしてる。だがそんな所が奴の特色と言ってもよい部分であった。しかも毎回こんなシーンでそういう事を思いついてくれるのだ。

[睦月! 俺と泉さんの、愛のパワーを受け取れ!!][ドゥッ!?]正光の声がした。続いたドゥッというのは俺ではなく、美咲さんの仰天ボイスである。お前、状況を考えて発言しろよな……。[莫迦ッ! 俺のだッ! 俺のパワーショットだッ!]レイが何気に突っ込みを入れた。

[シルバー2! お前の位置は大体AOFで確認できる、真上にぶっ放すぞ! 上手く拾い上げろよ!]レイが叫んだ。[了解!]美咲さんの声。やはり敵のけん制射撃の音が激しい。[リフレクト中の狙撃は私が防ぎます!]瑞穂の声も聞こえた。

 俺のさらに左後ろ、マップでいう所のB5辺りから高出力のAOFをビンビン感じた。どれだけチャージしているのかは知らないが、それはレイのものだ。そっちへ目を向けて数秒後、眩く青い光を放つ物体が空中へとおどり出た。

[シルバー2、行くぞ!][いつでも!!][喰らいやがれえェェーー!!]

 光る物体は大型のアストラル弾を全十五発、連続発射した。レイのパワーショットだ。いつもの倍はあるようで、直径は一メートル程あるだろうか。一秒ほどで全弾発射されたそれは、美咲さんがいるであろうC2目掛けて飛来する。『喰らえ』と叫んだのはいつもの癖であろう。

[GO!][おう!][了解!]美咲さんの掛け声に、マッキーと瑞穂の声が続く。

 パワーショットを目で追っていると、前方に先ほどと同じような光る物体が二つ、空中に出現した。それに向けてスナイパーの狙撃が迫ったものの、片方の物体がそれを弾き返している。

[ハアアァァァ!!]

 美咲さんが気合を入れる声がした。パワーショットがその物体へ当たると、まるで水風船が割れるように飛散する。だが飛散した周りの光は勢いよく物体へと吸い込まれて行く。パワーショットを吸収したそれは『放電する泡』のような形になり、大きく肥大化した。

[シルバー7!]合図だ。[了解!]

 俺は両足を踏ん張った。しかし脳裏には不安がよぎる。何故なら先ほどAOFを展開しようとしたのに、出せなかったからだ……。だが、出せなかったでは済まされない。

「くっ……オオォォォアアアアーーー!!」

 ギリギリまでアストラルをソウクすると、体の隅々までエネルギーがいきわたるのを感じる。そして一気にAOFにチェンジッ。出来た!! 俺の周りにはいつになくアストラルストームが吹き荒れた。すかさずカウンターシールドをモリエイト。だがいつもの奴じゃ駄目だ。もっと平らに、もっと広く……!

「シールド展開完了!」

[いけェェエエエーー!!]

 俺が合図を送ると、物体からこちらに向かって急速にブラスター(直径百五十センチはある極太のレーザー)が飛んできた! あ、アレを跳ね返すのかよ!?

 俺は右腕に作り出した、自分をも覆い隠すほどのカウンターシールドをブラスターに向ける。

 同時にスナイパー側からこちらに向かって矢が放たれていたのに気づいた。着弾はブラスターより遅いが……。矢がパッと拡散した。クラスター弾か!? 矢をガードすれば美咲さんのブラスターを跳ね返せず直撃するし、かといって反射させている最中は無防備だ。くそっどうする!?

「(なめんじゃねえ!!)」

 チャコが俺のサイドに転がり、バルキリーアローを向かってくる複数の矢めがけて乱射した。助かるぜ、こっちはブラスターから目を離せねぇ。

 そしてついにそれは目の前を覆いつくす。

「来るぞ!」

「(きやがれ!)」

「おぉぉらああああァァァアアーーー!!」

 ヒュゴゴガガガガガ!

 ブラスター直撃の衝撃はかなりのものだった。俺の左肩からは血がふきだし、前傾姿勢で構えていたが後方へと体が押されていく。シールドの耐久度が気になったが、持たせてみせる、ちげぇぞ持たせるしかねぇだろ!

 ヒュダダダダンッ!

 矢が地面に着弾した……だが、無傷だ!

「(クアァァーーッ! ゴキゲンだぜ!!)」

 チャコが直撃弾を全て迎撃してくれたのだ、ナイスだ! だがブラスターは!? 敵の位置は!? 射軸はあってるのか!?

 ドゴォンッ……!

 反射したブラスターの先端がスナイパーがいたであろう場所に直撃した。だが奴には当たっていない。跳躍して違うビルの上に飛び移ったみたいだ。俺は体ごと動かしてシールドの向きを微妙に変えながら、敵を追うようにブラスターを照射し続けた。この距離ならば俺が数センチ動くだけで、向こうでは数十メートル単位でブラスターが動くことになる。

 しかしギリギリもう少しで当たるといった場面で、美咲さんからのブラスター照射が途絶えた。

「くそお!! ミスった!!」

 俺は真面目に悔しかった。これだけの大仕事をミスったのだ。

[いいや、上出来だ。 ファイア!]

 しかしマッキーの声は俺をとがめてはいなかった。ほんの数十秒であったが、彼はノーマークで奴に接近できていたのだ。次の瞬間、遠めのビルの屋上で爆発が起きた。[命中!]マッキーが叫ぶ。

 その時であった。その爆発があった地点に今まで感じたことのないAOFの感覚を覚えた。人間らしくないと言うべきなのだろうか?まるで無機質な、平たく言えば冷たいオーラである。人間の出すような熱を帯びた感覚ではないそれは、急に展開された。目視でも向こうにはアストラルストームが竜巻のように発生しているのがわかる。

[おッ……オーガだ!!]

 マッキーの叫び声。続けざまに爆発がもう一個上がった。RPG7を放ったものだろうか?

[オーガだとォッ!?][マジかよ!?]レイと正光が叫ぶ。[場所は!?][ポイントE1!][行きます!!]美咲さんの声にマッキーがこたえると、瑞穂が返事をした。

[ヤバイなッ!? タイプは機動重視のハイブリット、中型! 移動はホバーだ! 大鎌を持ってる! クソッ! 振り切れねぇ!!]

[クソ! 俺たちも行く!][頼む! こんな武器じゃはがたたねぇ!!]レイの言葉にマッキーが続いたが、かなりヤバイ状況みたいだ。

「チャコ……!」

 俺は振り返ってチャコに顔を向けた。無論、俺もそちらへ行こうとするがためだ。だが攻撃手段のない俺が、向こうへいっても何もすることがない事はわかっている。だがそれでも行きたい。そのため、俺の声は威勢に欠けていたのだ。彼女もそれが分かっているだろう。

「(お前が行っても、なんにも出来やしねぇよ……。だが、レイや正光が到着するまでの時間稼ぎくらいは出来るんじゃねーのか? 向こうにゃ三人いるし、後ろの二人より近い距離だ)」

「……すまん、英語で何言ってっかさっぱりわからん……。じゃ、じゃぱにーずぷりー」

「(てんめぇ……)」

 俺の情けない言葉を聞くと、チャコがまたもや寝た姿勢で俺を蹴り飛ばした。

「いってぇ!!」

「(行けっつってんだよこのタコ助! 向こうで援護してろ!)」

 やんやん騒ぎながら向こうを指差した。ゴー、カバーという単語からして、向こうへ行って援護しろと言っているのだろうか?

 ドダダダダダッ!

 最悪な事にチャコがバルキリーアローを俺に向けて乱射してきた。かなり被弾したが、どれもBB弾くらいの痛みだ。いや、だからって撃つなよ!

「いででででッ!? オイ莫迦! 撃つな! 分かった行くって! 分かったっつーんだ、いでっ! オイ! テメェ!!」

 彼女の射撃から逃げるようにして俺はE1へ走り出した。

「(いいか! 死ぬんじゃねぇぞ! 死んだらぶっ殺すかんな!!)」



 チャコの弾幕を振り切ってしばらくのこと。最悪の知らせがマッキーから入った。

[くそ! シルバー2が出会いがしらやられた!]

[何!?]レイがいち早く叫んだ。[状態は!?]

[AOFを張っていたから致命傷じゃないとおもうが、それでもかなりのふかでだ、ほとんど戦闘不能! オーガの対人兵器だ! ヘッジホッグみてーなのを撃ち出してきやがった!]

[そうか……クソッ!]

 ヘッジホッグとは、鋭い針を全方位に発射させるむごたらしい手榴弾の事だ。レイは致命傷じゃないという言葉を聞いたからか、多少声のトーンが戻った。

[シルバー9も同様にソレを喰らったみたいだが、剣で防いで無傷! だが二人じゃ時間の問題だ、早く来てくれ!]

[了解した! シルバー3、そっちはどうなんだ!?]

[手一杯だ。だが、心配は無用]

[頼むぜぇオイ!]

[て、敵の攻撃でっ! シルバー5が吹っ飛ばされました! 肩から巨大なアストラル弾を撃ってきます!]

 瑞穂の声!

「今行くぞ、待ってろ!!」

 俺はとっさに叫んだ。

[兄様!? 早く来てください!]

[睦月だと!? 莫迦、駄目だ! 戻れ!]

「いける!」

 AOFの出力を最大にして疾走した。同時にGHをモリエイト……。

「……ッ!?」

 いつもの癖でGHをモリエイトしたが、俺の右手に握られていたそれは、真ん中から先が折れた状態のGHであった。ドクン。忘れかけていた、忘れようとした感覚が即座によみがえる。イーブルアイの金色の目。ゆっくりと奴の太刀が俺のGHにめり込んでいく映像。ドクン。

「くそォッ!!」

 俺は叫んでGHを放り投げた。手から離れたそれは何処かへ当たると消滅する。剣は折れた……だが、俺にはまだ戦う意志は十分に残っている。考えろ。剣が無いならどうする……?

 俺の脳裏に正光の戦闘方法が思い浮かんだ。奴は何ももたず、素手だけで敵と対峙している。それはインテュインターであるからで、敵の攻撃を上手くかわす事が出来るからだ。俺にはそんなインテュイントはない。

 では逆に、イマジネーターの特徴を生かした接近戦は出来ないだろうか? 避ける事が出来ないならば、喰らってもいいようにするのだ。つまり、それは……。

 俺の中で徐々にイメージが湧いてきた……。鎧だ……。敵の攻撃を軽減するような、鎧を作るのだ……。

 徐々に体の先端部分からクリアグリーンの鎧がモリエイトされてゆく。足と手の指先。腕と両足。そして胴体。その過程はゆっくりであったが、その分丹念に練り込まれたアストラル体を作り上げることができた。

「アーマーレイト」

 俺はこのAOに名前をつけてやった。俺がそう呼ぶと一瞬眩い光を放ち、物質界へと一気に具現化した。

 AOというのは、本人が名前をつけたりする事で具体性をさらに増し、よりその効果を発揮する。それは最大の利点でもあり、欠点でもあった。何故ならGHのように、具体性を持ちすぎたあまり、本人が『GHが折れた』と認識した場合、それは二度と折れたままになってしまうのだ。

 アーマーレイトを装着したら、不思議と体が軽く感じた。空気抵抗が緩和かんわされているのだろうか? AOFを展開している状態でも身動きはしやすいが、これはさらに上だ。『インテュインターのように動けるような』という俺の意志が練り込まれたせいかもしれない。さらに嬉しいことは、鎧自体にも俺の神経が通っているように、左腕を動かせるようになっていたのだ。中の腕は動かしてはいない。あくまで鎧自体を操作している感じだ。もちろん傷は痛むものの、動かせるのと動かせないのではかなり違う。

 敵のオーラをビンビン感じる。瑞穂のもだ。美咲さんとマッキーのもあるが、かなり弱まっている。敵は目の前だ。俺は気を引き締めなおすと、眼前に迫るビル群へと向かった。



 いやがった! ……って、なんだありゃあ!?

 それはまるで機械そのものだった。ロボットと称するにはもったいない完成されたスタイル。強行派のオーガがそこにいた。正式には『Oreichalkons Gigantic Armor(オリハルコン・ギガンテック・アーマー)』と言い、通称『O−GA(オーガ)』と呼ばれている。人工オリハルコン結晶によってモリエイトされるのだが……。強行派の新型だろうか、俺は強硬派の中でも、こんなにかっこいいオーガを見た事は無い。

 瑞穂が細かく動いて両刃刀を振るっている。しかしそれに対してオーガは六メートル近くある巨体だ。両足が太く、両膝と腰あたりからスラスターが長く突き出している。だが足に対して胴体は細く、両腕も足と同じように先端に向かうほどに太くなっている。細い肩にも大きな肩アーマーをくっつけた感じである。そしてやけにトゲトゲした頭には、赤い両目が暗闇の中で不気味に光っていた。

 奴の足は地面にくっついていない。フワフワ浮きながら素早く移動して、瑞穂に大鎌を振るう。あの巨体であれば体当たりするだけでもくたばりそうだ。あんな巨体で何故身軽なのかと言うと、あれはアストラル体の塊であるからだ。よって、重量などというものは存在しない。

 瑞穂が大鎌を避けきれず両刃刀で防いだ。オイやばいぞ、それじゃ次の一手が防ぎきれねぇだろうが!

「させるかよ!」

 俺は前方に跳躍、さらにクリスタライズをモリエイトすると空中壁蹴りし、オーガの頭めがけて右のストレートをしたたかにぶち込んだ。本来の俺であったら跳躍する前にSAGを撃っていただろうが、アーマーレイトを装着している状態であるならもっぱら格闘戦だ。それにこんな奴にCSGが効くとも思えない。

 ガギィィンッ!

 青と緑の火花が散り、オーガはその巨体にも関わらず向こうのビルまで吹っ飛んでゆく。俺のほうは多少衝撃があったものの、大丈夫だった。それにしても驚いたのは、このアーマーレイトの攻撃力だ。自分で作っておきながら、正直びっくりした。それとも吹っ飛んだのはただ単に、奴が宙に浮いているからだろうか?

「兄様!」

「瑞穂、よく持ちこたえた。きやがるぞ!」

 砂塵が舞い上がる中から二つの大型アストラル弾がいきなり飛び出した。アーマーレイトを装着しているとはいえ、さすがにこれに当たるわけにはいかない。俺と瑞穂は互いに反対方向へステップしてソレを回避する。

 赤い両目が尾を引いて俺に突進してきた。出会い頭に大鎌を一振り、いやニ振り。なるほど、剣術の心得がある瑞穂なら、確かにコイツの切っ先を読む事はできる。だから今までなんとかやり過ごして来れたのか。多分中身はスナイパーだ。どういう素性かは知らないが、どうやらコイツは剣術に関してはあまり知識がないようだ。この程度の太刀筋なら、剣なしでも十分対処できる。

 と思った矢先、オーガの太い足が俺を襲った。

「うおぉッ!?」

 とっさに両腕でガードする。激しい衝撃だ。だが、これは、いけるぞ! 十分にガードしきれている!

 俺の体は空中に投げ出される。多分において、奴は俺が吹っ飛ばされて着地した場所で、再度攻撃しようとしているのだろう。だがあいにく、俺は空中でも『着地』する事が可能だ。クリスタライズを後方にモリエイトして真横に着地し、追ってきたオーガの胴体めがけてジャンプキックをぶち込む。

 ガギョンッ!

 案の定、不意を突かれたオーガは俺の蹴りをまともに喰らった。えびぞりになりながらオーガは地面に激突して、俺はぶつかった反動を利用して真下に着地した。

「あ、あにさま……すごい」

 瑞穂が言った。俺自身も驚いている。これがイマジネーターの格闘戦という奴なのか……。インテュインターは回避に専念するあまり攻撃のチャンスを見失いがちであるが、鎧を纏っていれば多少のダメージを気にせずインファイトしに行ける。だが、もちろん欠点もある。それはインテュイントが無い事だ。つまり、とっさの危機を察知できないという事である。正光だったら、先ほどの蹴りもたやすく避けていただろう。しかしこの安心感……。AOFのみであれば、オーガ相手なら一撃即死という事もありえる。だがこの強固な装甲を纏っていれば、このオーガにすら勝てると本気で思えてしまうくらいだ。

 地面に激突したオーガが、突然倒れた姿勢のまま俺のほうに突っ込んできた。

「うっそ!? なんだよそりゃ! ずりーぞ!!」

 俺はまたしても鉄拳をぶち込んでやろうと待ち構えたが、違った。いきなり不自然に起き上がると、大鎌の射程距離外で突然左へ旋回し、右腕を俺に向けた。手の付け根、上部には何かキラリと光る結晶がある……。

 ズドンッ!

「あがッ!?」

 その結晶からいきなりアストラル弾が飛び出した。しかも散弾だ。近距離ではないものの、オーガクラスの放つアストラル弾はどんな距離でも人間にとっては脅威である。俺はそれを真正面から受け、後方へ吹っ飛ばされた。

 くそ! 今のもだ、今のだって注意していれば避けれたんだ! 俺は防御力を過信するあまり、インテュイントで避ける事を怠っているのだろうか?

 オーガがくるりと素早く旋回し、姿勢を低くして一気に瑞穂へと砂塵を上げて急接近した。今度は左腕を向けて、そこから連射タイプのアストラル弾をバラージュする。

[うあぁぁ……!?]

 左右にばら撒かれて瑞穂は逃げる方向を見失った。背中にはビルがあり、後退はできない。しかも情けない声が聞こえる。

「瑞穂! 手を出せ!」

[でも……!]

「前へ出ろ! その程度の弾幕なら……」

[でもッ!]

「出ろ!!」

[できない!!]

 瑞穂はバラージュを嫌がって後方のビルへ飛び乗った。莫迦野郎、それじゃ俺から離れる事になんだろうが! 俺は邪魔なガレキをAOFで吹き飛ばし、オーガへと急いだ。

 オーガの背中のパーツがいきなりガチョンと背中へスライドした。そして両肩から伸びた筒から、先ほど見た大型のアストラル弾を二発放った。あの筒はキャノン砲だったのか!? それは瑞穂の乗ったビルへ直撃し、綺麗な丸い形の青い爆風を二つ作った。瑞穂もろともビルの残骸が音を立てて崩れ落ちてくる。

 そして奴は一番されたくない攻撃に出た。それはまさに体当たりだ。キャノン砲がビルに着弾するやいなや、そこから一気に向こうの空まで通過して行ったのだ。すさまじい瞬発力と加速力だ。すれ違いざま、さらにそこをかき回すかのようにして大鎌で居合い斬りして行く。……瑞穂は!?

「瑞穂!」

 何十トンと降り積もったビルの残骸の中では、いくらAOFを展開しているとはいえ、その重みに耐えることはできない。マジかよ、うそだろ!?

「みずほ!!」

 滞空しながらオーガはまたもやキャノン砲をそちらに向けた。追い込みかけようってか!? させるかよクソが!!

「チイィィイイーー!!」

 ドシュンッ!

 ニ連装のキャノンが発射された。俺はなんとか残骸の上まで到達し、さらに飛んだ。向かうは二発のキャノンの中心。そこで一気にAOFを膨張させ、それらを誘爆させた。カウンターシールドをモリエイトする暇はなかったし、一発だけ防いでも意味がない。これしかねぇ……ッ!

 ドオォンッ!

 激しいアストラルの燃焼が巻き起こった。高熱が俺の体を焼き焦がし、纏ったアーマーレイトが削り取られて行く。AOFが一気に消耗し、脱力感が俺を襲った。だが俺は奴から目を離さない。確実に次も仕掛けてくるはずだ……、やはり来た! だが今回もまたしても、射程ギリギリからのショットガンであった。

 ズドンッ!

「またかよ!!」

 オーガは俺が格闘しか出来ない事を知っているのだ。だからあえて無駄な接近をせず、射程外からの攻撃で済ませているらしい。

 さらに今回は吹っ飛ぶ俺より早く空中を移動し、片手で大鎌を振りかざした。俺の真上で赤い両目が尾を引いた。

「いッ!?」

 俺の胴体を真っ二つにしようと、その切っ先が振り下ろされる。これはやばい、やばいヤバイ! やべぇ死ぬ!?

「……ッ! GH!」

 切っ先が到達する瞬間、俺は折れたGHを間に挟みこんで直撃を防いだ。そしてその接点を軸にしてクルリと体をすり抜けさせる。折れたとはいえ、またコイツに助けられた……。

 着地した俺はすぐにカウンターシールドをモリエイトした。これで不意の射撃もなんとかなるだろう。だが……キャノンの盾になったのが効いた。アストラル体のソウクが全く追いついていない……。このアーマーレイト自体かなりのAOFを使用する。さらにカウンターシールドを同時に張るとなれば、消耗する一方だ。体がやけに重く感じる。息切れも激しい。くそっ、ヤバイな……。

 しかし俺は敵と距離を詰め続けた。少しでも離れればまたあのキャノンをぶち込まれるからだ。さらに嫌なのは、ターゲットを変えて瀕死の味方を殺しにかかられる事だ。それだけは絶対に阻止しなければならない。シールドを出したおかげで戦いはグッと楽になった。しかし、このまま長期戦となると……。

[兄様……]瑞穂の声が無線から聞こえた。「おぉ、瑞穂か!? 無事か!?」

[あ……あしがっ、足が、折れました……あぁ、あにさま……あにさまぁ……]

 今にも泣きそうな声で俺を呼ぶ。そんな声で言われるとこっちまで泣きたくなっちまう。

「くっそッ! シルバー1、6! 早く来てくれ!! 死んじまう!! 俺以外全員リタイアだ!!」

 そんな気持ちを吹き飛ばすかのように、俺は叫んだ。

[分かってる!!]正光が荒い呼吸をしながら叫ぶ声がした。[シルバー7!? お前大丈夫だったのか!? 傷は!?]レイの声も同じく荒い口調だ。

「なんとかなってる!だがこのままじゃはんでぃーかむ!!」

 俺は喋る最中に敵のこぶしをもらい、セリフが途中から狂った。

[む、睦月ーー!!]二人の絶叫がこだまする。ぶっちゃけ笑えた。だが、逆にそれが俺の活力に変換された。こんなもんで!

「くたばるかよッ!!」

 AOFの消耗は激しいが、複数のクリスタライズを空中にモリエイトした。そこを足場にして空中を走り回ると、大型のクリスタライズを目の前にモリエイトする。

「ビーブレッド……!」

 これは俺と同じスピード、タイミングで目の前を動き回る『ビーブレッド』だ。クリアグリーンに透き通るそれを通してオーガを見据える。

 コアはどこだ……!? 俺はオーガを形成する最も重要な部分であるオリハルコン結晶を霊視しようとしていた。ビーブレッド越しに奴の全体像を見ていると、徐々に内部の結晶が見えてきた。だが全てを見るのは不可能だ。敵の攻撃が激しすぎて集中できない。本当であれば、奴の機動力の源である後部ブースタあたりををぶち壊したかったが、背中など見せてくれない。俺はとにかく、一番狙いやすい奴の武器、大鎌を構成する人工オリハルコン結晶へと目標を定めた。

 手を出してこない俺に、オーガは急接近してきた。右腕のショットガンで俺を撃つつもりだ。俺は動きつつも、ソレを狙った。インテュイントを集中させると、不思議と敵の攻撃タイミングが判るような気がした。なるほど、正光達インテュインターはこうやっているのか……。敵が接近する。俺は誘うようにわざと左へ動く。奴が右腕を伸ばした! 来る!

 ズドンッ!

「射出ッ!!」

 その時の俺の動きは完璧だった。まさにオーガの射撃と同時に後ろへ宙返りした。ビーブレッドの射撃コースもばっちり頭に入っている。逆側のオーバーヘッドキックのようにして、敵に背を向けた形でビーブレッドを蹴る!

 一気に粉砕されたビーブレッドは上下左右に弧をえがき、後方のオーガへ鋭く飛来した。だがそれらは衝突せず、ぐるりとオーガの周りを一周して加速をつけたのちに、大鎌を形成する人工オリハルコン結晶と吸い込まれ火花を散らした。

 全自動追尾のソレを喰らい、オーガが揺さぶられた。たまらず奴が大鎌を手放すと、それは球状の衝撃波を放って粉微塵に吹っ飛んだ。その衝撃波はアストラル体が急激に放出されたもので、俺の体は不自然な格好で吹っ飛ばされた。

「うおッ!」

 ぶっ壊したのか!? なんとか足から着地したが、ガクンと力が抜けた。なんだっこの脱力感は!? クソ、AOFを、消耗しすぎたんだ……。身に纏ったアーマーレイトが急激な速度で消滅して行く。抑えようとしても、駄目だ。形状を維持できない……!

「見えたぞぉーーー!!」

 正光の肉声が聞こえた。莫迦! わざわざ敵に場所を知らせてどうすんだ! 俺は一瞬だけ目をやったが、レイもいた。

 だがやはりオーガも二人を捕らえていた。ガコンとまた背中から肩へキャノンが倒れこむ。だが放たれたのはキャノンではなく、六角形をした長い二つの筒だった。緩やかな弧をえがいて二人へ飛んで行く。これは……これは、美咲さんがやられた……!?

「ヘッジホッグだ!」

 俺が叫んだが、遅かった。それは二人にある程度近づくと、全方位にアストラル弾を雨あられと吐き出し始めた。

「うおォォッ!?」

「チィィーー!!」

 そのアストラル弾はハンパじゃない数だ。土砂降りの雨を彷彿ほうふつさせる、真っ青な豪雨をあたりに降らせた。二人は後退を余儀なくされる。

 その間に狙われたのが俺だ。もはやアーマーレイトもない。GHもない。自前のAOFのみが展開されている状態だが、これも空前のともし火といった程度だ。それにイマジネーターのAOFの耐久度などたかが知れている。左腕が冷たく痛む。敵が来た、どうする!?

「死んでたまるかよ……!」

 俺は自分のインティントに賭けた。とにかく目の前に迫る敵を凝視する。インテュイント(直感)を意識する事はなれない作業であったが、そうするしか今は道はない。……見えた、射程ギリギリで……旋回しながら、マシンガンかッ!?

「くッ!」

 その通りだった。目の前で右へ旋回しながらバラージュ。俺は姿勢を低くしてオーガの懐へ潜り込む事でソレを回避した。次は右の膝蹴りが来る!それも左へ回り込んで避ける。

「睦月!」

 正光の声だ。あと数秒、数秒持ちこたえれば……!!

 俺は奴の左足を蹴る。しかし全く無効化だ。やはり攻撃力は皆無かよくそッ。

 オーガの両腕が俺を殴りつけようと機敏に動いた。跳躍してオーガの胴体を蹴り、反動で遠くへ飛んだ。奴が追ってくる。アストラル弾をバラージュされ、空中制御でなんとか回避したが、着地のタイミングで接近された。奴の左足が俺を襲う。

「フゥグッ……!!」

 両手で足を押さえるようにしてガードしたが、生身の体であの質量と衝撃に耐えれるはずもない。骨が腕もろともメキメキとひしゃげ、両指が変に曲がり、腕自体が俺の胸へめり込む。

 さらに左からオーガのこぶしが俺を直撃した。左半身がぐにゃりと歪むのを感じると、いきなり俺の視界がパッと明るくなった。なんといえばいいか、光度を上げた映像を見ている感じだ。聴覚もおかしい。ゴウゴウと空気の流れる音みたいなのが聞こえる。なんだ、何で俺はこんな冷静に見て取れているのだ。時間の流れがゆっくりになっていくのを感じる。

 ズドンッ

 オーガの右手からショットガンが放たれる音と衝撃。それを最後に、全ての感覚が消失した。視覚、聴覚、肌から感じる全ての感覚が無くなった。考えることも出来ない。衝撃と共に視界はブラックアウトし、同時に俺の意識も飛んだ。

◆インテュイント

InTuition(直感)


 インテュイント(直感)の能力に特化していると、自分の周りで起こる事に対して何かしらの予感を察知できる。その予感は単なるそれではなく、エーテル体に転写されている秩序によって裏打ちされているため、極めて確実性があるものである。

よって戦闘時等は敵の動きを素早く察知でき、先手を打ちやすい状況を素早く確保できる。

・またイマジネートの能力が高ければ、物陰に潜む敵すらもインテュイントで察知を可能にする。インテュイントによる直感によって位置を特定し、イマジネートの霊視能力によって潜むエーテル体、アストラル体を識別でき、より的確な情報(位置、体型、能力のタイプ、etc..)を入手できる。

・能力の命中率を中心にスピード等をつかさどり、AOF展開中すべてのステータスを向上させる。




◆イマジネート

Imagination(想像力)


 非感覚的な物事を感覚的に具象的に思い浮かべる事の出来る超感覚的認識。あくまで現実的な認識の上でこの視覚は成り立っている。よって、インテュイントでは『もやもやした大きな何か』という曖昧な表現でしかその対象を感覚的にしか知覚する事が出来ないが、イマジネートの能力を開花させていれば、それはより具体性を帯び、現実的な視覚となって対象を確認する事ができる。そうなればそれに対する対抗策や考察も可能になる。

・イマジネートはモリエイト能力と密接な関係にあり、能力をより具体的にイマジネート(想像)する事が出来れば、『具体性』を持たせたより確実な攻撃を可能にする。イマジネートの能力がより高い状態であるならば、肉体、エーテル体、アストラル体、それぞれを区別して自分の思う対象のみを攻撃する事ができる。

・AOの攻撃力、耐久度をつかさどる。



◆アカシックリーダ

Akashic Reader(虚空を読む)


 睡眠により大河と一体化した泉(アストラル体)は秩序を取り込み、エーテル体へ転写する。その秩序は自分に関連するあらゆる情報を含んでいるので、自分以外の情報も存在している。

 その情報を意識的に読み込む(リード)能力の事を指す。

 この感覚は人間の秘められた感覚であり、またこの能力を求めて幾多の偉人達が修行を積む。アカシックリーダを開花させる事は、いわゆる『悟りを開いた』という状態である。


 この感覚はインテュイントと強く連動している。そしてモリエイターはインテュイントに長けているので、無意識下でありながらもアカシックリーダを読み取っている事が多く、それゆえモリエイターとなった人間は、実に様々な状況に遭遇する事が多々ある。

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