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04:A3

04:A3


 次の日。学校で昼飯を喰っていると、美咲さんから連絡があった。どうやら新情報らしい。俺と正光、そして泉さんとで、下校してすぐにバーわけありへと向かった。

 司令室に入ると、やはりいつものように全員が集結していた。その中には瑞穂も混じっている。

「来たか。よし、では全員集まったところで、簡単にで悪いんだが、新戦力の紹介だ」

 レイが言う。瑞穂は全員の前に立つと、深くお辞儀をする。

「大槻瑞穂と申します。モリエイトスタイルはイマジネーター、アタッカー(攻撃兵)を担当させていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」

 そしてまた深々とお辞儀をした。

「うむ。次はこちら側の紹介だ。といっても、まぁ大体はもう会ったな。……刃」

 彼が刃を呼ぶと、腕組をしていた彼が顔を上げた。

「双方、一人の隊員として扱わせてもらうぞ」

「無論」

「よし。では、まず俺。名前は昨日教えたな、恥ずかしいからそこはスルーだ。俺はこの部隊のコマンダー(司令官)を担当する。と言っても、この人数じゃアサルト(突撃兵)と同じ位置だな。戦闘方法は銃とCSGによる銃撃と、インテュイントでの近距離格闘戦。無論ガンナーの位置で中距離も出来る。自分で言うのもなんだが、オールラウンダーって感じだ」

「よろしくお願いします」

 瑞穂がレイに向かってお辞儀をすると、「うむ」と言って彼も頭を下げた。すぐに話を続ける。

「刃は作戦時、アサルトを担当する。突っ込み役は今のところ刃と俺だけだ。無論、言うまでもないがイマジネーター。切り込み隊長だ」

 今度は実の父親である刃に向かってお辞儀をする。刃もそれに応えるように、やはり腕組したままゆっくりと頷く。

「チャコ・シルペン。マッキー・ブラック」

 レイが次の名を呼ぶと、それぞれが瑞穂に向かって見える位置に出る。

「二人とも銃器取り扱いに長けたガンナー(銃装兵)だ。CSGは無論の事、実弾を装填した銃を所持し、運用する。兵器関連に関しては二人に相談するといい。両名ともインテュインター。ちなみにチャコはAIBも担当できる」

「(前衛のバックアップは任せてくれよ)」

「(『ハナシ』がわかる奴が増えて嬉しいぜ、嬢ちゃん)」

「(よ、よろしくお願いします……)」

「彼女とはもう会うのは二度目だな。銀美咲」

 呼ばれた美咲さんは姿勢を正す。

「通常は情報管理を担当し、作戦行動中はAIB、レコンを担当する。しかし今回はストラクチャー戦なので、その場合は二人と同くCSGや銃を使用したガンナーを担当する。スタイルはインテュインター。余談ではあるが、彼女はエルベレス創立から戦線離脱していない唯一の女性だ。残りはやっぱり俺と刃だけ。後は全員、喰われるか負傷でドロップアウトだ。AIB担当だからと言ってもかなりの腕前だぞ」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、足を引っ張らないようにがんばります」

「あとは、お前の身近な先輩方だ。染井正光、斉藤睦月」

 俺と正光は名前を言われると、二人して瑞穂に対しちょっと斜め横を向いて腕を組み、同時に指をさした。うし、バッチリ決まったぜ。効果音をつけるならば『ザンッ』だ。

「二人はアサルト候補ではあるが、今の所はアタッカーを担当する。正光は持ち前のインテュイントとAOFアストラルオフェンシブフォースでの格闘戦、睦月はAOアストラルオフェンスをイマジネートしての剣術をメインとしている。まだ若いが、腕は俺が保障する」

「よろしくお願いします」

「……」

 俺と正光は瑞穂に挨拶されたが、指をさしたまま固まっていた。この後のアクションをどうしようか悩んでいたのだが、結局なにも思い浮かばなかったのだ。しかし、何気にレイから褒められたので嬉しいやら恥ずかしいやら……。

「彼女に関しては少し複雑な事情があるのだが……。泉香奈子」

 泉さんが呼ばれると、手を前で組んで少しばかり前に出た。

「彼女は以前、潜在的なモリエイターとしての素質から強行派に拉致され、強制的に人工オリハルコンとして覚醒させられてしまった。それを俺らが保護したのだが、本当はそうした場合、里に送還されるはずだ。しかし彼女はそれを拒んでな。殺しの仕事もやるという事で、このエルベレスに配属された」

「人工オリハルコン、ですか……」

「見かけは普通の女子高生なんだがな。だが実際、彼女のAOFは強烈だ。人工オリハルコンは自分でアストラル体を生成できるので、下手すりゃここの誰よりも高出力かもしれん。が、問題なのは、彼女は素人だから、モリエイターとしての基本であるアストラル体を何かにモリエイトするという事が出来ないという点だ。まぁそんなモノなくてもインテュイントはずば抜けてるようだし、今の担当としてはAIBを覚えてもらうまで俺のソウク役となってる感じだ」

「あの……なんか部外者っぽい感じですけど、よろしくお願いします……」

「えっあ、いやっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 何故か泉さんと瑞穂は互いにぺこぺことお辞儀し合った。

「うし。こんな感じだ。早速本題に入るぞ。美咲、準備を頼む」

「わかりました」



 早速俺たちはいつもの場所に移動すると、部屋の照明が暗くなり、いつものように映像が投影された。

「昨夜の二十三時二十三分、多荷市B4区で、強行派と思われる人物が写真に撮られた」

 写真には、深緑色のコートを着て返り血を浴びた金色の目の男が映っていた。手には太刀がもたれている。

「調べによると、マジックアローの一人だった。コイツは『イーブルアイ』と呼ばれているイマジネーターだ。だが、見て判るとおり、コイツの目。これは明らかにDSPの目だ」

 目の部分が拡大される。写真にはっきりと映るほど、鮮やかな金色をしている。普通の人間ではありえない光沢だ。回りは暗闇であるが、その目は光を反射して鈍く光っている。

「泉、DSPとは何かわかるか?」レイから急に泉さんの名前が出たので、彼女は少し焦った。「え!?えっと、確か、えぇっと……二重人格、みたいな?だったかな……富士さんから聞いたような気がします」

 少々どもり気味であったが、レイはまぁ正解と言った様子で少しだけ頷いた。

「そんな感じだ。細かく言えば、魂が二分にぶんしてしまったモリエイターの事だ。『Deformity Sensory Perception』と言って、強い精神的ショックをモリエイターが受ける事でエーテル体が『オブリヴィオン』と呼ばれるものに侵食される事によりなるようだが、理由はいまだにわかっていない。ただ、こうなると強い破壊衝動に駆られ、侵食が進むにつれ次第に自我を失い、もう片割れに乗っ取られる。こいつはもう末期だろう。肉体的な変化さえ起きているみたいだからな」

 その写真は閉じられると、新たな写真が投影された。が、これは結構強烈だ。うつ伏せに倒れる人間の背中に、左腰から右肩へ上るようにして、数え切れないほどの小さな穴を広い範囲にわたりあけられた写真が映ったのだ。「うっ……」泉さんはそれを一瞬まともに見てしまい、とっさに顔を背けた。さすがの正光でさえ、嫌そうに顔をしかめる。俺はというと、別に見る分には構わなかったが、全身に鳥肌が立った。

「次にこれだ。このホトケさんはリベリオンカウンターの一人らしい。が、これをイーブルアイがやったとは思えん。奴がやるとすれば、刀で一刀両断だろうからな」

 なんでこんな画像を用意したのだろうか?俺はその時レイと美咲さんに腹が立ったが、だが実際の戦闘はこれがリアルタイムで起こるのだ。見慣れておく、というか、こういう事が起こる仕事をしているのだと、分からせるためなのであろう。

「マッキー、どう思う?」レイは意見を求めると、マッキーは少し考えるそぶりをした。「うーむ。アサルトライフルじゃこんな芸当は出来ない。ショットガンならもっと円状に散弾が広がるはずだし、近距離なら打たれた場所がえぐられるはずだ。しかもこの穴の形状……弾痕にしては綺麗すぎる。鉛弾じゃない事は確かだ」

「チャコ」今度はチャコに話を振る。「(マッキーがほとんど言っちまったぜ、ったく。その通りだ、ショットガンにしては形状がおかしいし、アサルトライフルなんぞにこんだけの弾は入っちゃいねぇ。倒れた後に撃ちまくったら、もっとぐちゃぐちゃになるだろうしな。弾痕にしてもそうだ。どうやら貫通してねぇみてぇだが、この数の分だけストッピングパワーのある弾丸をぶち込むのはかなりの手間だ)」マッキーが続いた。「もしこれが『弾痕』だとするならば、新型のCSGという事になる。とは言うものの、これだけアストラル弾を撃ち出すとなれば、かなりの連射速度だ。SVAですら、こんなに穴だらけには出来ないし、もしやったとしても、弾痕の間隔はもっと乱れるだろう」

「確かに。では、刃。これがもしAOであったと想定すると、どう思う?」

 次に刃へ質問を投げかける。刃はやはりいつもの調子で淡々と語った。

「モリエイターであるなら、AOを使えばこの程度の傷を作るのはたやすい。だが、やはり俺も二人と同意見だ。傷が綺麗すぎる。一定の間隔でこれだけの事をするとなれば、相応の使い手でなければならない。この部隊で、以前にも同じような事例は無かったのか?」

「さすがに鋭いな。無論、調べてある」

 レイが相槌を打つと次の画像に移る。が、今回は更に強烈だ。縮小版ではあるものの、数多く並べられた写真には全て死体が写っていた。

「調べによれば、今までマジックアローから喰われた連中の中に、こんな風にして蜂の巣にされた奴はあがっていない。という事は、今回始めて導入された何か……と考えられる」

 彼はそう言うと、画面を見たがらない泉さんの方を向いた。

「泉。強制はしたくないが、俺達は殺しの仕事をしている。俺だって死体を見るのは嫌さ。もっとも、強行派の死体なら話しは別だがな。しかしな、時にはこうやって、味方の死体をいじったり転がしたりして、敵の情報を掴む事をしなきゃならねー時だってある」

「……はい。すみません」

「今は、それを頭に入れとくだけでいい。話しを続けるぞ」

「はい……」

 俺と正光は、その時何も言葉が出なかった。こんな時、何を言ってやれば良いのだろうか?

「まぁそういう事もあり、俺は新型CSGと踏んだ。AOなら確かに可能だろうが、これだけ綺麗にやるとなれば、前々から熟成されてきたAOという事になるからな」

 死体の写真は一瞬にして消え、次は見慣れた出来根市のマップが投影された。以前とは違う敵の配置になっている。そして、それにストラクチャー分布図が赤で重なる。

「ストラクチャーのその後の様子だ。予報より早めに最大規模になりそうだな。早くて明日、もしくは明後日だろう。それにあわせて、敵の配置も徐々に動いている。左翼、右翼を固めてきて、フロント(前線)にはマジックアローが位置している。同時にこちらもソレに合わせ、左翼をアストラルガンナーズ、右翼をリベリオンカウンター。フロントは俺達エルベレスだ」

「(リベリオンカウンターの連中は早々と後方支援ってか?いい気味だぜ、ったく)」チャコが口を出したが、今回ばかりはレイも同じ気持ちであった。「(同感だね)」

 その後、いつものように細かい動きの話しが点々と続いた。

「そういう事で、明日からアラートレベルを2から3へ以降する。全員、明日の七時にここへ集結しろ。日中仕掛けてくるとは思えないが、DSPがいる以上そうも言ってられない。いつでも出れるように各自、気を引き締めておけ」

「了解」

 レイが言うと、一同がほぼ同時に声を出した。無論、泉さんも、瑞穂もだ。

「以上だ」



 バーわけありを出た俺は正光と別れ、瑞穂と一緒に自分のマンションへ入った。エレベーターを昇り部屋の前まで来ると、予想通りではあったが、やはり瑞穂が一緒に居たいと言ってきた。

「わがまま、ですよね……ごめんなさい」

 まるで俺から拒否される事前提のような素振りだ。

「……いや、まぁ別にいいんじゃね?」

 俺は部屋のドアを開いたが、その先はなんと別世界であった。確かに俺の家なのだが、床はぴかぴかに磨かれて、その辺に放置されていた通販のダンボールや漫画がきちんと整理整頓されている。

「うお、すっげ……」

「あの……。なんというか、すみません……。掃除した後に、でも、こんな事したら怒られるんじゃないかって……。心配してました……」

 だから入るとき、うしろめたい感じがしたのか。俺はフゥと息を吐くと、瑞穂の頭を撫でてやった。

「いや、正直助かったぞ。俺一人じゃ絶対あのままだったろうからな。強行派じゃなく、ハウスダストに殺されてた」

 そう言ってやると、安心したのか瑞穂ははにかんだように笑った。

 自分の部屋を覗いてみたが、やはりここも綺麗になっていた。散らばっていた本は一列に並べられ、少々生ゴミくさかった部屋は、瑞穂からするような甘い香水のような香りがかすかにした。……なにげにエロ本なんぞも綺麗に整頓されている。クソ、わざとやってんのかアイツ。

 そういえば瑞穂はどこにいったのだろう? リビングを見回してもどこにも見当たらない。便所にでも行ったのかと思った矢先、自室と対面に位置する和室の戸が開き、中からかっぽうぎ姿の瑞穂が現れた。

「あ、今からお夕食を作りますので、ちょっと待っててください」

「まじで!? ……ってか、あれ? なんでオメェ衣装が変わってんだ? 入ってくる時なんも持ってなかったよな」

 俺が言うと瑞穂は少しもじもじした。

「えっと、あの、こっちの部屋で、おめしかえを……」

 無言で俺は和室を覗くと、瑞穂が始めて来た時もっていたボストンバッグがそこに置いてあった。

 それから三十分後、俺はいつものように撮り貯めしたテレビ番組を見ていた。いつもと違ったところは、場所がリビングであるところと、瑞穂が台所で夕食を作っているところだ。瑞穂の奴が日中に食材を買ってきていたらしく、向こうからとても懐かしい感じのするにおいが漂ってくる。

「おまちどうさま〜」

 大きな黒塗りのお盆の上に湯気立つ料理を乗せて、瑞穂がゆっくりテーブルに置いた。俺から数回しか使われる事がなかった食器達も、やっと今日で日の目を見た瞬間だろう。

「うお! すんげッ!」

 瑞穂が作るという事で、料亭みたいなのが出てくるのかと思いきや、意外とそうでもなかった。肉じゃがと、なんかの赤身と、茹でたほうれん草と、味噌汁に、炊きたてご飯。なにげにご飯には玄米が混ざっている。こりゃあなんつえばいいんだ?なんというかその……なんだ。普通の一般家庭料理だ。

「すみません、少し時間かかっちゃって…」

「いや、いやいや、さっぱりだぞ。つか飯作るのに時間かかるのは普通だ。俺はそれが嫌だから作らんのだ」

「ぬ〜むむ……」

「うし、ひとまず喰おうぜ! なにげに腹減ってくたばりそうだ」

「はい。よし……」

 俺の対面にすばやく座ると、瑞穂はやはりいつものように両手を合わせた。

「いただきま……」

「もにゅもにゅ。んみょ、うんみゃ〜〜〜い!」

 だが俺は勝手に喰い始めていた。

「あぁーっ! もー、兄様もちゃんと挨拶しなきゃ駄目なのー!」

「おみぇいんなきょと言うぎゃ、俺にゃそんみゃ習慣ひゃなぇんだよんみゅんにゅん」

「んもぅ……」

 うーむこれは普通に美味い。こんな普通の料理を喰ったのはまったくもって何十年ぶりであろうか?いや、だがそうでもないか。結構前に泉さんから作ってもらった時も、これくらい美味かった。しかしどちらも甲乙付けがたいタイプの味だ。かなり早いペースで食が進む。

「おつゆ(味噌汁)のおかわりはあるか」

「もちろんですとも」

「ナイスだー」

 久しぶりに腹いっぱいになるまで食事する事が出来た。これはかなり満腹、いや、満足だ。だがどうやら喰い過ぎてしまったようで、腹十二分を超えてしまった俺はとても動くのがつらい。

 それから瑞穂は食器を洗ったあと、また一緒に風呂に風呂に入った。

 A3という事なので、風呂から上がると俺はもう寝ることにした。明日は早い。寝れるかどうかは分からんが、寝なければならぬ。

「あの、今日はその、枕を持ってきたので……」

「………」

 どうやら瑞穂も寝るらしい。……俺のベッドで。

 枕を二つ並べると、狭いベッドがさらにせまっくるしい。結局そうなると、二人くっついて(ほとんど抱き合って)寝なければならない。

「えへへ」

 暗い部屋の中で、瑞穂のいいにおいがした。そして呼吸するたび少しだけ膨らむ体と、あったかい体温。まるで明日から殺し合いが始まるなどとは思えない雰囲気だ。

 しかし暗闇の中で目を閉じると、浮かんでくるのはミーティングの内容である。作戦の動き、敵の情報、自分と同じタイプの敵イーブルアイと、新型CSG……。

 何気に俺は窓の外を見た。月明かりが入ってきている……満月、か。

「……まんまるですね」

 瑞穂が言う。確かにそうだ。だが、俺はこれが嫌いだ。

「……コイツが顔を出してる時ってのは、俺の運気が下がるんだよな……」

「そうなのですか?」

「まぁ、気持ち次第って感じもするけど……。なんかな。いやなんだな。普通は逆で、みんなは「まぁ、今日は月が綺麗よ」とか言って、テンション上がるんだと思うが……」

「……」

 俺は瑞穂をぎゅぅっと抱きしめた。布がこすれる音がして、シャンプーの香りがする。

「んむ……」

 そうすると、瑞穂も俺の体に手を回し、抱き返す。まだ未熟ではあるが、コイツは確実に女の体と匂いしていた。

「明日から、きついぞ」

「うん」

「死ぬなよ」

「……うん」

 瑞穂は体を伸ばして俺にほお擦りしてきた。頭を撫でてやったが、まぁいつもの馴れ合いだろう。コイツは気がすむまで何度も纏わりついたあと、頭を俺の胸あたりに戻し、スゥスゥと寝息を立てた。



 翌日の七時十分。バーわけありに集合したエルベレスは、臨戦態勢のまま待機を続けた。美咲さんとレイは司令室にこもり、随時情報収集している。その隣の部屋で、俺達は各自武装のチェックを行っていた。

 地下にしては広々としたロッカールームで、各場所にそれぞれ、銃火器、CSG、ボディアーマー、高性能爆薬、その他支援装置が置かれている。

「へぇ! 瑞穂ちゃんのバトルユニフォームってのも結構いいもんだな」

 瑞穂はいつもの振袖ではなく、腕だけ薄ピンクの白い長袖にジャケットを羽織り、下はデニムのジーンズという普通の格好だった。

「大槻さんみたいに着物姿で来るのかと思ったんだが、ぬーむ、残念」

「えへへ……」

 正光はわざとらしく肩を落とした。ちなみに彼が言った『大槻さん』とは師匠の事を指す。師匠はいつでもドコでも、どんな時どんな状況でも着物姿だ。

 モリエイター同士の戦闘の場合AOFを展開するので、ボディアーマーなどを着用する必要がない。それよりもむしろ、市街地に溶け込むような一般的な服装か、都市迷彩のような白を基準とした色合いの服のほうが敵に補足されづらい。

 俺と正光は戦闘用にと服屋で色々見て周り、個人的にかっこよさげと思う服を着ているものの、実際他人の目から見ると怪しいところだ。だがモリエイターというヤツは、本人の『気分的な部分』が結構ウェイトを持っている。よって、こうして服装を変えたりして、自分の気持ちを切り替えるのだ。ちなみにロッカーにはボディアーマーも置いてあるが、これはAOFを展開できない状況で使用するものである。

 AOFとはその名の通り『攻勢な力』を指し、アストラル体に攻撃意思を練りこむ事で、自分に害をなす様々な攻撃をカットする働きを持つ。体感として、9mm弾や12mm弾あたりは喰らったことはあるが、腹筋に力を入れていればBB弾とかわらなかった。もちろん至近距離なら肉をえぐられてしまうが。ちなみにアンチマテリアルライフルクラスの射撃は喰らったことがないからわからないが、うーむ。いや当たらないのが一番だ。

 俺は銃火器の置いてあるロッカーの所にいた。上着を脱いでガンホルダーを両肩に通し、右側にベレッタM93Rを、左側にSAGを差し込む。ストラクチャー戦なので銃の使用は無いと思うが、一応の準備である。本当はさらにMP5KA4(サブマシンガン)を持つのだが、今回はいらないだろう。腰にはマガジンラックを付け、手榴弾を二つサイドパックに仕込む。卵型の奴ではなく、まん丸で球体の形をした奴だ。

 ちなみにアストラルガンナーとは通称SAGと呼ばれる、リボルバータイプのプリズムシューターとは違いハンドガンタイプのCSGだ。

 隣でマッキーがロケットランチャーの点検をしていた。俺はこういう武器には興味津々な方だ。

「すげぇ。なんだいそれは?」

 俺が尋ねると、マッキーはニヤリと笑ってサイトごしに俺を見た。

「RPG7だ。戦車の装甲もぶち抜くぜ」ボンッと外国特有の口真似をして銃口をうえに上げる。「敵のスナイパーに榴弾を喰らわしてやんのさ。ヘイ、チャコ!」

 マッキーはチャコを呼ぶと、それをパスした。チャコは片手でキャッチし、ヒューと口笛を吹く。

「俺とチャコが二手に分かれて移動する。幾らAOFを展開しているとは言え、こいつの爆風と周りの残骸が飛び散れば、かなりのダメージは入るはずだ」

 市街地戦でこんなものをぶっ放せば、確実に一般人をも巻き込んでしまうだろう。だが、敵はそんな事はお構いなしだ。いいぶんを述べるならば、『被害を最小限に抑えるための仕方のない損害』であろう。俺もその事には同意だ。というか、元から一般的な道理など捨てている。俺はもはや普通の人間ではないのだから。

 チャコは背中にソレを背負い、手にはバルキリーアローを持っていた。マッキーも同じである。それはSVAと呼ばれる、サブマシンガンタイプの連射の効くCSGだ。

「(コイツより連射のはえぇCSGか……)」

 バルキリーアローにマガジンを装填したチャコが、何かを意味ありげにつぶやいた。

 更に俺はそこから移動して、様々な道具が入っているロッカーを開く。そこから、方耳につけるタイプの無線機と小型GPS(携帯マッピングツール)を取り出し、装備した。


 それから数時間が経過したものの、いまだに動きはない。

 各自は暇をもてあましていた。二階ではマッキーが、チャコのノートパソコンで一人称のガンシューティングをやり始め、チャコ本人はというとその後ろでグースカいびきを立てて寝ている。師匠はずっとロッカールームで腕を組んで精神集中していたが、今は司令室で同じ事をしているようだ。

 俺と正光と泉さんと瑞穂の四人は、店の椅子を下ろしてそれぞれ座っていた。泉さんはさっきから口数が少ない。多分緊張しているのだろう。

「正光君……わたし、大丈夫かな……」

 不安そうに弱音を吐いた。正光は冷静に彼女を見つめる。が、俺にはわかっている。奴は『ふり』をしているのだ。本当はワイワイ騒ぎたいんだろうが、奴め、かっこつけやがって。

「大丈夫だよ」

「そうかな」

「あぁ、大丈夫だ。なんにせよ、みんなつえぇからな。それに……」

 あ、ヤバイ。俺は次のセリフが分かってしまった。

「それに?」

「俺が守る」

 恥ずかしげもなく正光からそう言われ、泉さんの顔が耳まで真っ赤に染まった。そりゃそうだろ、莫迦じゃねーかお前? でも、すまん今の言葉を訂正する。俺も言う、そういう事。

「う、うむむ……」

 泉さんは恥ずかしそうに視線を泳がせた。仕方が無いので、俺がフォローをいれてやる事にする。ゲフンゲフン!

「まぁ泉さん。アンタは後方でレイにソウクしてやってるだけでいいんだ。そんな危ない場所に出る事もないよ」

「うん……」

 『ソウクしてやる』と言っているが、アストラル体を吸収し、それをレイに分け与えるという意味だ。そうする事でレイの負担が少なくなり、彼はより攻撃に特化する事が出来る。

「う〜むしかし暇だな。瑞穂、向こうでなんかドリンク作って遊ぼうぜ」

「あ、はい」

 俺と瑞穂はカウンターの裏へ移動した。その間、あっちは二人きりという事だ。フフン。あとはうまくやれよ正光君。

 エレベーターのある部屋は、本来は店の厨房になる場所である。適当にいじってよいという事なので、俺は自分用の飲み物を作ることにした。コーヒー豆をミルで細かく挽いて、その粉の上からお湯をゆっくり注いで、大きな氷の入った長めのグラスへぽたぽたとドリップする。美咲さんから教えてもらったのだが、俺も結構なれてきたものだ。

「あの、兄様?」その作業をしている間、瑞穂が言ってきた。「なんだ?」

「敵は日中に攻めてくると思いますか?」

「ふむ、どうだろうな……俺もわからん。しかし、大体攻めてくるのは夜だ。その方が一般人も邪魔にならないし、無駄な死者が出ないって事は、インビュードのハントランクも上がりづらいって事だしな」

「やはりですか……。では、夜中の八時以降くらいから?」

「その辺も微妙だ。もっと深夜かもしれないし、ソレくらいかもしれん。敵の腹のすき具合だ。……ひょっとしてお前、眠たくなりそうとか言うんじゃないだろうな」

「……まんじゅう」

「……」

 規則正しい生活が裏目に出た週間、とでも言うのだろうか?

「まぁ、今のうちに寝ておけ。チャコはいっつも寝てるみたいなもんだ」

「う〜、そうします……」

 とかなんとか言っているが、俺はカフェイン満点の飲み物を作っているのだが。ドリップが終わると氷を取り出して、クリームを入れる。そしてアイスクリームを丸くすくう器具ですくい上げると、三つくらいその中に入れた。ぶっちゃけあふれた。フフン。いいもん。別にいいもんね。クソが。最後に、片方が平らになってるストローをぶっ刺して完成だ。

「寝る前に瑞穂、どうだ? コーヒーフロートだ」

「え、遠慮しておきます……」



 動きがあったのは深夜帯に入ってからだった。日付の変わる十分前。全員無線を持っていたので、そこからレイの声が響いた。

「パーティータイムだ。全員集合しろ」

 全員が司令室に向かう。レイもフル装備でそこにいた。

「最新情報だ。敵も正々堂々と真っ向から来るみたいだな。多分俺達も準備をしてるだろうと思って、小細工は効かないと踏んだんだろう。そうなれば、勢いを付けて一気に突破するしかない。だがそれは、奴らがもっとも得意とする戦法だ」

 出来根市のマップが投影されると、赤い凸マークが矢印状の綺麗な陣形を形成していた。

「(上等だぜ。返り討ちにしてやらぁな)」

 バシッと手のひらにこぶしをぶつけ、チャコが言った。レイが続ける。

「左右の部隊は気にしなくていい。俺達はもっぱらこのフロントのマジックアローを殲滅にあたる。シルバー1(レイ)、5(マッキー)、6(正光)、8(泉)、9(瑞穂)が『A隊』としてC6」

 呼ばれた四人はレイに顔を向ける。A隊とは別行動する場合の簡易的な小隊名だ。そしてシルバー1とか5とかいうのはコールサインである。

「シルバー2(美咲)、3(刃)、4(チャコ)、7(睦月)は『B隊』としてE7へ」

 C6、E7というのは、広大なマップを区切る場所の事である。戦闘区域の左上から、右へアルファベット、下へ数字が続いて行く。一番左上はA1で右下が今回は……F8だ。下に長いマップだな。

「それぞれV字型で展開。敵の勢いを殺すぞ。シルバー9は8のカバーを頼む」

「了解しました」

「シルバー8は後方にいろと言ったが、まぁ……行って見ればわかる。まずは『前衛の後衛』という位置を体で覚えろ」

「わかりました」

「多分出来根市駅から東へ数千メートル先でインゲージ(交戦)するだろう。となると、高層ビル群のど真ん中だ。視線を常に上に向けて、身を潜めながら行動しろよ。でないと狙撃のいい的だ。よし移動するぞ。全員、出撃!」

AOFえーおーえふ

Astral(アストラル)

of

Offensive(攻勢な)

Force(力)


 モリエイターがアストラル体をソウク(吸引)、チェンジ(変換)し、自分のエーテル体と結合させた状態のアストラル体の名称。戦闘時にモリエイターは常にAOFを身に纏い、交戦する。

 肉体の強度や運動性、再生能力等を何倍も強化できる、『鎧』のようなものである。


 エーテル体と連結させることはつまり魂と連結させる事と同じであり、アストラル自体がパトスの力で満たされる事と同じである。それは『自己防衛』の意志に満たされる事で、外敵からのアストラル干渉を否定する働きをもつ。それでAOFは外敵から身を守り、更には侵食し破壊する強力な力となる。



AOえーおー

Astral(アストラル)

Offense(攻撃)


 モリエイターがAOFを展開し、攻撃に使用した場合の名称。

 アストラル体はモリエイターが視覚化すると『青いゆらめきのようなもの』に見える。そしてそれをモリエイトして攻撃に使う事から、語呂も合わせて『あおの力』等と呼ばれる事もしばしある。


 AOは攻撃意志を持つアストラル体の総合で、攻撃意志を持つパトスに満たされたAOは他のアストラル体、エーテル体に干渉すると、そのアストラル体、エーテル体と反作用を示し、互いに相殺しあい、そして打ち勝つ力となる。

 結果、エーテル体、もしくはアストラル体を奪われた対象はそれぞれの代償を支払わされる事となる。

 エーテル体を奪われれば魂を奪われるのと同じ事であり、対象は外傷なく死を遂げる。

 アストラル体を奪われれば、対象の魂はパトスを作る事ができず深い眠りに落ち、その後アストラル体が大気中のアストラル体と一体化を図ろうとするだろう。

 モリエイターの技術として肉体に干渉するアストラル体を練り出す事もでき、その技術で肉体を攻撃するならば、物質世界のことわりと同じような結果となる。

 これらを回避するには、同じように攻撃意志を持つアストラル体を練り出す以外方法はない。

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