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03:睦月の妹 後

03:睦月の妹 後



 結局風呂から出たのは七時四十分過ぎ頃であった。さすがにのぼせた……。俺は冷蔵庫からコーラのボトルを取り出してリビングのテーブルへ置くと、HDDレコーダに撮り貯めした録画番組を再生した。瑞穂も隣に座ったのだが、それから数十分も経たない内にコクコクとねむかきし始めた。そしてとうとう、眠そうな顔で俺に言い寄る。

「あの……、まだ寝ないのですか?」

「寝るって、おめぇまだ八時だぞ?しかも今日はクリームなんとかだ」

「う〜むむ……」

「つーか、一応ここは俺の家なんだからな?そしてお前の家だってある。しかも隣だ。眠たいんならそっちで寝ろや」

「だって……」

 しょんぼりとこうべをたれる。だが俺にだってプライベートの時間はあるのだ。

 結局瑞穂はそれからしばらく座っていたが、「あの、ではそろそろ戻ります」と言って部屋を出て行った。一人になった俺はリビングでテレビを見る必要もなくなり、やっと自分の部屋でだらけながら時間をつぶす事が出来た。

 それから十一時頃。喰い足りなかったのでラーメンをさらに喰った俺はテレビもある程度見終わり、そろそろ寝ようかなどと思っていたその時だった。

「あの……兄様」

「うおビビッた!」

 ベッドで寝ながら布団をかけた状態でテレビを見ていたのだったが、テレビの音ではないリアルな声がいきなりしたのでかなりビビッた。その驚きレベルは布団の中で体がブルッと震えるくらいだ。いつの間にか、また瑞穂が俺の家へと入ってきたのだった。先ほどと同じ紺色の和服姿で、ドアの向こうに奴が立っていた。

「あれ? 玄関のドアって自動ロック式だよな。お前カギ無しでどうやって入ったんだ?」

「あ、あの……霊視して、錠前をモリエイトして入りました」

「……」

 なんて器用な奴だ。これも戦花仕込みの技術なのだろうか?

「まだ、寝ないのですか?」

「ん、まぁ俺もそろそろ寝ようと思っていたところだ」

「あ、よかった……。……あの」

 瑞穂はなにか言いたげだったが、この時点で簡単に予想はつく。俺はため息をついたものの、あきらめた様子で瑞穂を見ると「こいよ」と一言だけ言った。

「あ……」

 途端に嬉しそうな顔をして、子犬のように俺のそばへ小走りで寄ってきた。布団を片手で上に広げてやると、その中にコロリと丸まって入ってゆく。

「えへへ」

「……はぁ。つくづく……、何してんだ? 俺……」

 丸まった瑞穂を布団で覆い隠すと、照明のリモコンで電気を消した。

 ちなみに俺のベッドはシングルである。いくら瑞穂が小さいといえど、結構窮屈なものだ。しかたなく俺は腕を差し伸べると、瑞穂がそれに頭を乗せた。

「次からは枕をもってこい」

「えへへ。うん」

 暗闇でよく分からなかったが、窓から入ってくる青い薄明かりが瑞穂の笑顔を照らした。なにげに頭を撫でてやると、嬉しそうにして顔を下に向ける。

「兄様が」

「……?」

「兄様が、昔と変わってなくて、よかった」

「……」

「もしこっちに来て、兄様、変わってたらどうしようって……。ずっと思ってた」

「……」

「でも、よかった……」

「……」

 瑞穂から見た昔の俺とは一体どんな人物だったのだろうか?今も変わってないとは言ったが、俺からすれば自分はかなり変わってしまったと思う。規則正しい生活などこれっぽっちもせず、休みの日となれば家で適当な飲み物とラーメンだけで過ごすような男だ。

 しばらくすると、瑞穂は本当に眠かったのだろうか、いつのまにか寝息を立てていた。まぁ八時頃から眠いとかいうようでは、そりゃ仕方のないことだ。俺も寝ることにするとしよう。




−−−−−司令室にて


 刃が司令室に来ると、レイがパソコンのディスプレイに向かい難しい表情を浮かべていた。近づくと彼は顔を上げ、椅子を回して体を向けた。

「来たか。娘さんに会ったぜ。まったく、刃みてぇな奴からあんなのができるなんて、世の中本当にどうかしてるぜ」

「……」

 レイが冗談で言うと、刃は無言で彼をにらみつけた。

「お、おい、冗談だよ。まぁ……悪かった。悪ふざけはよしとく。これだ。見てくれ」

 刃にはシャレやジョークは通用しないので、レイは即座に話を戻した。また椅子を回し、ディスプレイに向き直る。その画面には日本刀のようなものをもつ男が映っていた。やはりそれは望遠レンズで撮られたような画像だ。

「……こいつ、DSPか」

「判るか」

「この目……」

 その男は深緑色のコート姿で、その上半身は返り血で赤黒く染まっている。そして金色に輝く不気味な両目。レイはマウスを操作すると連続写真のように、その人物がそこからいなくなるまでが数秒ごとに分けて表示された。

「二時間前に多荷市たにしで撮られた写真だ。俺らに教えりゃいいもの、リベリオンカウンターの連中、黙ってやがったんだ。んで結局、衝突玉砕よ。莫迦だね連中も」

「ミイラ取りがミイラか。被害は?」

「そこまではわからん。だがこの様子じゃ、ニ、三人は喰われたくせーな」

 レイや正光なんかはよく『喰われた』というが、『殺された、やられた』という意味だ。

「……」

 画面の男を刃がじっと見つめる。

「心当たりでもあるか?」

「……いや」

「ふむ。……こいつはどうやら、マジックアローの一人らしい」

 ギィと椅子の背もたれが鳴く。レイは煙草に火をつけて一服つけた。

「前衛のイマジネーターか」

「だろうな。しかし厄介だな。いくらリベリオンカウンターと言えど、一応前線部隊なんだぜ? それがこうもやすやすと喰われちまうとはな……」

「だがそれならこんな情報は隠蔽するはず。この写真は何処で?」

「アストラルガンナーズの……。あぁ、刃に隠す必要もねぇな。式鋭しきえいからだ。もっとも、明日の定時連絡でこのリザルト(結果報告)はこっちにも届くんだとは思うが……。……まぁ、その事もあるんだが、刃。お前さんを呼んだのは別のことだ」

 レイはそう付け加えたが、どうやら彼が思っていた通りのようだった。何故なら刃は画面の写真に釘付けであるからだ。

「このカタナ」

「………」

 写真の男が持つ太刀たちつばの付いていないこの太刀は、刃のそれとあまりにも似すぎていた。

穏健派おんけんは


 富士山のふもとで発掘された石版の啓示に従い、かたくなに息を潜めてインビュードハンターの狩り行為を避け続ける一派。……のはずであるが、強行派の一方的な虐殺に反抗するべく、強行派に比べて小数ながらも精鋭ぞろいの部隊を持つ。


 穏健派でありながらも、強行派と似たような勢力を伸ばしたがる連中が存在するため、集団としての統率力はあるものの互いの関係はよくない場合が多い。もっぱら攻勢なのは下層部で、上層に上るにつれて考えは冷静に、まさしく「穏健」ではあるが「逃げ腰」といった感じになってゆく。だがそんな状態ながらも、上層では下層が戦闘に明け暮れるからこそ平穏な暮らしができ、下層は上層の穏健な思想があるからこそインビュードから狙われにくいという何よりもありがたい恩恵があり、互いはそういった相互関係で連携がなりたっている。



 穏健派の首脳は『伝承家系』なのだが、実質上は『城壁参謀本部』の最高責任者数名である(後記)。


 『伝承家系』とは里にいる数十組の家族である。

 それぞれが古来からのモリエイト技術を継承し続けており、時代と共に能力は増大し続けている。

 『伝承家系』と呼ばれる家系の子供達には徹底した教育が施されるので、里から出たいなどという思想は一切出てこないようにしてある。

 『伝承家系』直属の護衛部隊が『戦花』であり、紫電となった者だけが『伝承家系』との会議に出席可能となる。


 里防衛は『戦花』が受け持つが、それ以外は『城壁』と呼ばる組織が受け持つ。

 命令系統としては、各地方の担当が集結した『城壁参謀本部』から指示が出される(建前的には伝承家系から城壁参謀本部へと言い渡されている)。


 参謀本部より下ってきた命令は、個々の城壁へと辿り着く。

 強行派からは英訳で『RAMPARTランパート』と呼ばれているそれは、各県や地域や地域のみを守備する部隊で、これが一般的に『穏健派の部隊』と呼ばれる城壁である。

 おもに城壁は現地生まれのモリエイターが所属するのが普通で、○○県の、○○地域の城壁などと呼ばれる。


 正光や睦月は『騎兵隊』と呼ばれる立場にあたる。英訳は『CAVALY TROOPERキャバリートルーパー』、キャバリーなどと呼ばれる(そのまんま)。

 騎兵隊は特定の県や地域に縛られる事なく、実に様々な場所へ赴き行動する部隊である。

 エルベレスのような少数精鋭の騎兵隊もあれば、リベリオンカウンターのような全国を網羅できるほどの大部隊もある。

 騎兵隊はそれぞれ得意分野を持っており、状況に応じて城壁参謀本部が個々の騎兵隊を送り出している。また騎兵隊独自で行動する事も可能だが、あまり派手なことをすると釘を刺される場合がある。


 これらの名称はあるものの、末端の兵士たちからは『戦花』以外の戦力は全て『穏健派』と称されている場合が非常に多い。



 戦闘に明け暮れる兵士たちが『城壁』と呼ばれるのは、あまりにも非人道的なことだと思える。歴史としては『伝承家系を守るため、自らが壁となる』という強い信念をもってして設立されたものであるが、時代の流れとともにその信念は希薄となりつつある。


 『伝承家系』は『自分たちが生きていれば良い』という発想を持っている。『ノアの箱舟』の如く、一握りの高位なモリエイターだけが里でひっそりと暮らしながら、『生命の光で満たされる』時を待つつもりである。

 その間に起きる外界でのモリエイターのいざこざは大して気に留める様子もなく、どうせインビュードハンターから全滅させられるだろうとしか考えていない。



強行派きょうこうは


 モリエイターとは選ばれた種族であり、人間を統治する存在であると考える一派。

 インビュードハンターという天敵が存在するものの、それは力の代償であるという名目で受け入れている。

 上に立つ者。強き者とは常に危機に晒されているが、それすらも払いのける力を持つべきである。そういった思想により、完璧なまでの実力主義がしかれている。



 強行派はモリエイターとしての技能と現代の科学を併用して、次々に新しい兵器や技術を編み出している。

 特に開発を進めているのが、インビュードハンターの特効を無効化するための技術『AIS(アンチインビュードハンターシステム)』である。その開発は呪術部隊『マーラフ』が担当している。

 それは『インビュードハンターはモリエイター以外には普通の人間と変わらない』というルールを上手く利用して、モリエイター以外の人間(つまり一般人)の魂を特定の媒体に固定させる技術である。

 現段階で実用化されている『AIS』はとても大掛かりで、しかも並みのモリエイターでは装備できない。『死装束しにしょうぞく』、英訳では『Death robe(デスローブ)』と呼ばれ、『マーラフ』精鋭ほか強行派の上層が常に着用している。


 それは人類を蹂躙する行為に違いなく、そしてまさしくインビュードハンターが恐れていた行為である。

 しかしこの『AIS』が機能して量産された暁には、インビュードハンターで一杯の他国へと渡る事すら可能となる。という事はすなわち、人間を支配できる事と繋がるのだ。


 里攻略に関しては、人員に関しては圧倒的であるため、個々の戦闘レベルが向上すればおのずと強行派が押していく結果となるはずだ。しかし不甲斐ないことに強行派よりも穏健派のモリエイターのほうが『質』で勝っているため、思うように攻略できずにいる。

 しかも強行派はインビュードハンターから優先的に狙われており、慢性的な兵力の不安定化が起きているのが現状である。

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