19:エピローグ
19:エピローグ
「あんぎゃあああ遅刻だあああァァァァーーー!」
朝のホームルームが始まる五分前。俺はどう多面的に捕らえても確実で確かな『遅刻』という状況に追い込まれていた。超高速でパジャマを脱ぎ捨てて、スチールパイプの衣文掛けにぶら下がった制服を引っつかむ。無理やり引っ張られた衣文掛けは勢い余って横転してしまい、周りに積み上げられている『物資』が壮大に崩れて、わたぼこりが舞い上がり、やかましい音が響いた。だが俺はそれどころではない。
「んも~だから兄様、早く起きないとって何回も言ってたのにぃ」
部屋のドアは開いており、向こうで瑞穂が眠そうな顔をしながら言ってくる。一昨日の夜に病院で目を覚ました瑞穂は、やはり予想通り翌日には退院できたのだった。
「テメェこのファック! 流暢に言ってんじゃねえ! 分かってたなら起こせおやああアアアアーー!」俺は丸めたパジャマの上下一式を瑞穂の顔にブン投げた。「ヴァンデューッ!」それをまともに喰らった瑞穂は「まんじゅう」をダメージボイスっぽく聞こえるよう上手い具合にアレンジして叫んだ。
「『おっおぉぉぉ、いいっ、いかんんん』……」
しかし問題はその次だ。どうにも瑞穂がらしくないセリフを言いながら、前かがみになって自分の腹を押さえたのだ。そして『グギュルルル』という不気味な音がその腹から聞こえてくる。俺は着替える手を緩めることなく、それを見ながら言った。
「フフフ。どうやら効いているようだな瑞穂。そいつは『予兆』だ。『崩壊』のな。もうしばらくもせぬうちに、お前はケツから火を噴くことになるだろう」
そして俺は謎めいた予言をする。それというのも、瑞穂は家に食事を作る材料が無かったため、仕方なく俺ん家にあるカップラーメンを喰ったのだった。それも、以前に瑞穂が挫折した『丸がらし』という銘柄の奴だ。恨めしそうに俺を見る瑞穂は、腹を押さえながら脂汗を流した。
「こ、これはッ、いつもの『それ』とは違う……どっ、どうしてッそんな! 『速すぎる』! ぐぬうッ!」まるで戦闘中みたいなセリフを言いながら瑞穂は顔をしかめた。そしてまたもや腹からギュルルルという音が聞こえてくる。着替え終わった俺は瑞穂の前に腕を組みながら仁王立ちをした。
「朝から丸がらしとは見上げた根性だが、それは勇気ではなく無謀というものだ。貴様がケツから火を噴くまでの時間は、あと二分か、一分か……どれくらいだいだと思うね。我が妹よ」「ぐ、ぐぬぬぬぬぅ……!」無駄な優越感に浸りながら俺は瑞穂を見下ろす。コイツは歯を強く噛みながら俺を見上げてきた。
「残念だが瑞穂。その時間というのは--」俺は瑞穂の肩を掴んで後ろを向かせて--「『今だ』」小さくて可愛い尻を膝蹴りした。
「おぎゃんぴいいいいいーーーー!」
尻を突付かれた瑞穂は一メートルくらい飛び上がった。そして尻を両手で押さえながら便所に駆け込むと--
「ストレンジャアアアアァァァァァーーーー!」
強力なリバーブの掛けられた謎のダメージボイスと共に、便所の水が最大出力で流される音がした。それに隠されるようにして、『気泡を有する粘度の強い液体を小さい穴から高圧力で噴射するような音』もする。俺は部屋から一歩も出ずに、ただその音だけを聞いて、瑞穂がケツから火を噴いたことを悟った。
「フフフ。瑞穂よ、丸がらしに使われる特製味噌には『カプサイシン』が大量に含まれている……人間の皮膚にソイツが付着すると、長時間に渡りその辺一帯が発熱感に襲われるだろう。しかも発熱感といっても、度が過ぎるそれはもはや痛覚となんら変わらん……人はな、瑞穂。その現象を『ケツから火を噴く』という……」
俺はセリフの途中、腕組していた右手を顔に近づけ、眼鏡もないのに中指を鼻筋にくっつけた。なぜそんな莫迦なことをしたかというと、もう遅刻する事に決めたからだった。
それから結局、一時間目の途中で教室に乱入した俺だったが、正直な所をいうと俺は遅刻常習犯なので、別になんとも思われなかった。それからの授業は何事もなく進んで、時間は昼飯時を迎える。
「ねぇねぇ! 大ニュースよ大ニュースぅ!」
俺と正光は槍杉ベーカリー戦線に赴く勇敢な戦士を選ぶべく、クソも面白くないジャンケン大会をしていた時だった。佐野さんが教室の戸を勢い良く開けながらそう叫んだ。
「なんだなんだ? 丸ちゃん情報かぁ?」それを見た正光が言う。「なに時代遅れなこと言ってんの正光君! そうじゃないって!--」俺の位置からは見えないが、佐野さんは廊下側に向かって手を振り、誰かを呼ぶような仕草をする。すると奥から泉さんが現れた。「この子見てよ!」佐野さんは泉さんを教室に入れながら言う。どうやら泉さんは誰かの手を引いているようで、彼女のあとから姿を現したのは--
「げぇーーっ!」
俺は大げさに驚いて、不覚にも小さくジャンプしてしまった。
「あーーっ!」
それを見た正光も指をさしながら仰天した。
これは一体どういう風の吹き回しなのだろうか……泉さんが手を引いていたのは、中等部の制服を着た瑞穂だったのだ。
中等部の制服は俺達高等部が着ている黒いブレザーと形は一緒だが、焼きレンガみたいな赤茶色をしていた。スカートもそれよりちょっと明るい同系色で、二重の白いラインが十字に入っている。両足には黒いハイソックスと学校指定の白い内履きをはいていた。
教室内にはあまり人はいないが、それらの連中は入ってきた瑞穂に視線を集中させた。瑞穂はモジモジしながら周囲を見つめたが、ムサ苦しい男共に紛れた俺を見つけると、パッと顔を明るくした。
「ほらこの子! なんと睦月君の妹さんなんですって!」
「えぇそうなのォーー! キャーうそかわいいィィ~~!」
佐野さんが大々的に発表すると、男よりも女の黄色い声のほうがうるさく響いた。
「しかも、今日から中等部に入学するらしいわよ!」
「なんだとオオオオオーーー!」
次に佐野さんが言うと、今度は女より男のイカツい声のほうがうるさく響いた。
「ほら、睦月君はあそこにいるよ?」
そうして佐野さんは膝に手を付いて前かがみになりながら俺を指をさす。瑞穂はそれに対してウンウンと素早くうなづいた。
「言ってあげるといいよぉ? 睦月君も喜ぶよ!」泉さんは瑞穂の肩を叩いて言う。「うん」また瑞穂はうなづく。
「お弁当作ってきたよ、『お兄ちゃん様』!」
そして泉さんから言われた瑞穂は、なんとそんなことを言った……見れば確かに、瑞穂の両手には弁当箱が持たれているようだ。その瞬間に教室内は静寂が包み込んだが--
「おッ! 『お兄ちゃん様』だとオォォオオオオーーーーーッ!」
男共の雄たけびがそれを振り払った。「オイてめぇ睦月! おめぇどんだけッ! どんだけ属性つけりゃー気が済むんだ! 『妹』! 『イッツァロリータ』! 『様呼ばわり』! まさかこの三つの属性を一つにまとめやがるとはッ、このっ、このオッ! 人でなしイイイーーーー!」そして全員が俺に飛び掛り、四方から引っつかんではグイグイと体を揺さぶる。ついでに正光も連中に混じっていた。「ちっ違うんだッ! これは、そのォ! ごッ! 誤解だああああああーーーーー!」
連中から揉みくちゃにされる俺を、瑞穂はキョトンとした表情で眺めていた。「あの、『お兄ちゃん様』、どうかしたんですか?」そして泉さんを見上げながら問う。この場所にいると瑞穂の声はとても幼く聞こえて、瑞穂が発言した瞬間に男共は、姿勢をそのままに騒ぐのをピタリと止めた。「いーのいーの。いつものことだから。ね?」問いかけられていない佐野さんが瑞穂に言う。「う、う~ん。そうだね……」それに従い、泉さんもそう言った。「そうなのですか?」瑞穂はクリクリした両目を上に向けながら、交互に二人を見た。
(な! な! なんてこったッ! 最悪だ! どうするっ! どうにかしてッ、この状況を突破しなければッ!)
「……次にお前はこう言う。『待ってくれ、話せば分かる』」
俺が状況を良い方向に持って行こうと言い訳を模索している時、正光がそんなことを言った。「『待ってくれッ! 話せば分かる!』--」俺は焦りながら考えていたことが災いし、奴が言った通りのセリフを口走ってしまった。「……ハッ!」俺は無意識のうちに言ってしまったセリフを思い出すと、口の前に手のひらを向けつつ、目を見開いて驚愕の顔を浮かべる。
「そこだ! リゾットオオオオオーーーー!」
それを合図に、男共が俺めがけて一斉に飛び掛ってきた。連中は次々と押し寄せてくるため、地響きと共に、俺を中心とした一帯は黄土色の砂煙みたいなものに包まれた。「あがぺエエエエエエエエ!--」俺は女の子みたいに悲鳴を上げてしまったのだが、黄土色の砂煙はさっぱり透明度がないため、中で起きている様子は誰からも見えない。
しばらくすると黄土色の砂煙は薄れていった。そこに見え始めたのは、腕組をしながら俺の左右にきちんと整列する男共の姿だった。中心の俺は椅子に座らせられ、背もたれの後ろで両手を縛られていた。さらにボコボコに殴られたうえ全裸にされて、黒い靴下と、上手い具合に股間が隠れるように配置されたとても長い黒のネクタイを首からぶら下げている。
「これにて、このイケメン斉藤睦月を『クックタイ』の刑に処する!」「ウオオオォォーー!」誰かがそう宣言すると、整列していた男共のウォークライが教室内に響き渡った。それぞれがコブシを高らかに振り上げて、何かを成し遂げた時みたいな実に清々しい表情をしている。抱き合いながら嬉し泣きしてしまう莫迦野郎もいた。一方、俺には反論したり体を動かしたりする気力などある訳がなく、敵勢力に捕まった兵士のようにうな垂れていた。
「あ、あの……本当にこんなのが、いつものことなんですか?」
瑞穂は可愛い瞳をパチパチさせながら言う。
「うんそうだね」酷いことに佐野さんはそう言いきった。「そ、そうだね……」泉さんは多少困惑した様子ではあるが、やはり肯定したようだった。
「でも、お兄ちゃん『様』はないかな~? 瑞穂ちゃん」佐野さんは瑞穂を眺めながら言う。
「うんっと、さっき、お兄ちゃんって呼ぶといいよ? って言われたから、使ってみたんだけど……いつもは『兄様』って呼んでるから。なんだかごっちゃになっちゃって--」
「なにぃ『あにちゃま』だァァアアーーー!」
ウォークライにより室内は何も聞こえなかったはずなのに、男共は瑞穂がこぼしたその一言を的確に捉えると、またしてもギラギラした目を俺に向けた。「ひぎいッ!」連中から睨まれた俺は恐怖によりブルブルと体を震わせた。
「決着ゥゥゥゥゥゥーーーーー!」
だが情け容赦のない連中は一斉に俺へと飛び掛り、またしても黄土色の砂煙が辺りを包みこんだ。「ぎぃやああああああああ!--」俺の絶叫と共に、床が抜けるんじゃないかと思えるくらいの地響きが起こる。
「あ、あのぉ--」それを見た瑞穂はまた何か言おうとしたのだが、佐野さんは後ろで起こっている惨劇を見せないような位置取りをした。「まぁまぁ! あんなのはいいの!」そしてむごい事にそう言ってのけた。ちなみに泉さんにはこの状況がヤバイということがなんとなく分かっているようで、さすがに瑞穂と楽しく会話する気分ではないようだった。しかし砂煙をチラチラと横目で眺めるだけで、それに関して口を挟む勇気もないらしい。
「それよりもさー瑞穂ちゃん! なにか分からない事あったら、私とかカナが相談に乗るからさ。慣れないうちは、ここに遊びにおいでよぉ!」「えぇっ、で、でも。あにゅんみゅ……おにいちゃんが、迷惑しないかな--」「あぁーそりゃないない! あーの男共だってあんなに喜んでるじゃないのぉ!」
佐野さんは体をどかして瑞穂の視線が通るようにした。しかし見えるのは砂煙ばかりで、時折そこからはみ出して見えたのは、俺を殴らんとして振りかぶられた前腕や足、そして勢い余って飛び出した鬼のような形相である。聞こえるのは俺を罵倒する声と痛々しい悲鳴だけだ。俺としてはそれを『喜んでいる』などと捕らえて欲しくはない。
「ねっ? そうでしょー?」また佐野さんはサッと瑞穂の視界を遮った。「う、う~むむ……」瑞穂はパッとしない様子だ。
「そっ、それじゃーさあ! 今からみんなで、一緒にご飯食べに行こうよ!」
俺が酷い目に合わされているところを眺める瑞穂が気の毒に思えたのか、泉さんはそんな提案をした。「おっ、いいね~!」佐野さんはすぐに肯定する。「みんなも一緒に行こうよ!」そして教室にいた仲良しの女子共に声を掛けた。「わぁ行く行く~! ねぇ斉藤君の妹さんなんですってぇ~?」俺の妹ということで、女子共も面白そうにそちらへ歩み寄る。「あの、でもお弁当は--」「あぁその辺に置いときゃいいのよ。どうせ勝手にがっつくでしょ」瑞穂は一応そんなことを言うのだが、佐野さんは弁当を入り口の足元に置くだけで、せかすように瑞穂の背中を押しながら教室から出て行った。それに続いて女子共もゾロゾロと出て行ってしまい、教室の真ん中には今もなお発生している地響きと、黄土色の砂煙だけが残された。
「それじゃあ瑞穂ちゃん? いこっか?」
泉さんは瑞穂の手を引いた。「うん!」瑞穂も手を握り返す。「あぁちょっとずるい~! 私にもさせてよぉ!」もう片方の手を佐野さんが掴んだ。「この学校は面白いのがいっぱいあるんだよぉ? 色々教えてあげるから、よろしくね? 瑞穂ちゃん!」そしてそう言いながら悪戯っぽくウインクをして見せる。
「あ……はいっ! 今後とも、よろしくお願いします!」
瑞穂は自分が好印象を持たれていると感じて、全員に向けて律儀にお辞儀をする。残念な事に、その時すでに瑞穂の頭には、俺のことなどすっかり忘れ去られているようであった。
おっしゃー! ハッピーエンドッ!
ASTRAL STORM
第三話「Evil eyes」
おしまい
*読み終わって思ったこと*
作者「やった! 『第三話完』!」
正光「ほぉー、それじゃあ次はもちろん第一話を書いてくれるんだろうなぁ」
作者「げぇ~っ!? お前は、正光!」
正光「本来ASの主人公は俺様だァ! オラオラオラオラオラアアア!」
作者「スタンディッパアアアァァァァァーーー!」
Ending theme [SOUL'd OUT - VOODOO KINGDAM]
*真面目な感想*
瑞穂君がさっぱり活躍してないのが残念でならない。
ともあれ、この作品が少しでも『あなた』の暇つぶしに役立ったのなら、この作品は成功であると言えるでしょう。
It can be said that this story is a success when this story offers significant time to 'You'.
Thank you for seeing! & Go to NEXT mission. . . . .