18:剣のゆくえ
**変更点**
今更ながら、戦花の連中が使っている武器の名称が『ナギナタ』から『両刃刀』に変更されました……
『ナギナタ=両刃の竿状武器』と連想するのはガンオタしかおらず、作者自身もそうであるとばかり思っていた、いや、本当は分かってはいるのだが、ナギナタという名前で通したかったという想いがあった。しかし、ダメなものはダメだ。
ナギナタはどう考えても刀身一本のポールウェポンである。
18:剣のゆくえ
俺が目を開けた途端に察したのは、病院で寝かされていて、今は夜だという事だった。素早く体を起こしたせいで、かけられていた布団がめくれた。
(ここは、いつぞやの耶馬雌病院か--)
服は入院中の患者が着るみたいな水色の胴衣になっている。携帯で日付と時間を確認しようとしたのだが、それがないので俺はまたベッドに倒れこんだ。そして天井を見つめていると、俺の中では『さっき起こった出来事』が回想される。
(確か俺は、両腕を吹っ飛ばされたはずだったが……どうやらカデンツァの野郎を開放して正解だったようだぜ。ちゃんとくっついてる。それともまた泉さんが治してくれたんだろうか?--)
頭の中には実に様々な物事が思い浮かんだ。あの後どうしたのだろうか? イーブルアイは殺されたのか? 瑞穂は大丈夫なのだろうか? 戦闘中に聞こえていたあの声は、一体なんだったのだろうか?……それら全てが謎だった。謎が謎を呼ぶ謎だらけだ。俺はそういうのが非情に嫌いだ。難しい考えをするのがイヤになった俺は、すぐに考えるのをやめたかった。だが、それでも頭は勝手に想像してしまう。一番考えたくなかったのは、俺が紫電の血族だとかなんとかというイーブルアイの話だ。それに関しては考えてもどうにもならない。『それがむかつく』。
(クソ、面白くもねぇぜ。あぁー早く明日にならねーかなぁ……)
そんな風に考えていた俺だったが、朝は意外にあっさりとやってきた。幸運にも布団に入って目を閉じたら、すぐに眠りにつけたからだ。朝の見回りにきた看護婦さんに瑞穂の事を聞くと、一緒に運び込まれて、違う部屋でまだ眠ってると言っていた。ついでに、俺が寝ていたのは1日だけだそうだ。
その日の昼頃になると、俺の病室に師匠がやってきた。
「調子はどうだ」彼は椅子に座りながら言う。「問題ないです。病院の飯は少ねぇし味が薄い」俺はそれにジョークも交えながら答えて、コンディションの良さをアピールする。だが師匠は俺のアピールを聞いても返事をよこさず、椅子に腰掛けると腕組をして喋りだした。
「それでは早速だが睦月。お前の身に起こったことを聞かせてくれ」
俺は昨日の出来事を師匠に説明した。サイファーが動き出して手に負えなくなったが、ギリギリで逆転したこと。なぜかエーテルドライブできたこと。イーブルアイに殺されかけたが、AISで捕縛されていたインビュードハンター(薬師さんだとは言わなかった)を開放して危機を脱したこと等々……彼は俺が喋る間、一切の横槍を入れずに聞いていた。
「ふむ……」俺が話し終えると、椅子に座る姿勢を変えながら彼が喋りだした。
「お前がエーテルドライブできた理由。それは自分にも分からないのか」「えぇ。聞こえていた声が何かしたんだと思うんですが……」「では、これに見覚えはあるか」
師匠は自分の袖の中に手を入れると、小さくて透明なチャック袋(口の部分をつまんで閉められる、薄いポリエチレンの袋)を取り出した。その中には見覚えのある汚い木製の玉ころが二つ入っている。
「それは--」その袋は俺に手渡された。「俺が二十五代目から貰った奴です。いっつも持ってろって言われてたんで、足にはめといたんですが……」
「ふむ--」師匠はちょっぴり眉をひそめた。「そうか」俺はその表情の変化が気になったが、口出しする勇気がない。
「三時ごろにDSP検査があるが、さっきお前は、そのサイファーとやらを取り込んだと言ったな。確かなのか」
「それは間違いありません。今でもソースシフトしようとすればできるはずです」
「ほう。タイプとスタイルは」「たぶん能力強化型インテュインターだと思います。あの時はいきなりエーテルドライブしてたから分かりませんけど、それでも俺のインテュイントよりは性能がよかった。それと、サイファーっていう武器が最初から二本あって、なんか本格的な飛影剣を使えました」
「それは面白いな。飛影剣を男が使いこなすか……あれは動きが『柔らかすぎて』俺には扱えん。それで、イーブルアイはほかに、何か言っていなかったか」「そうですね--」
師匠が俺に発言権をよこしたので、俺は思い切って『あの事』を聞いてみることにした。
「イーブルアイが……言ってました……なぜ、俺は、紫電の血を引いている、みたいなことを……」
俺は師匠の顔を見ながらゆっくりと言う。彼は無言のままだ。
「師匠、これは……どういうことなんでしょうかね……? 奴がそんなブラフを使うとは到底思えない。それに奴は、かなり動揺していた……」
彼はしばらくすると小さくため息をついて、口を開いた。
「そのことについては何も言えん。今は考えるな」
「似たような事を、聞こえていた声も言っていましたよ」「……」「思えば俺が飛影剣を扱えるのだっておかしい。何故こんなものを扱えるんですか。俺は親の顔も知らないし、別に会いたいとも探したいとも思いませんよ。しかし、『でも』、『それが二十五代目なら、俺は直接話を聞きに行ってもいいんですよ』」
「睦月」
俺の言葉を師匠がビシッと遮った。
「それについては答えることはできん。俺だけではない、誰しもがそうだ」
「そうですか」
「フン。なんなら、そうだな。聞きに行ってみてはどうだ。紫電の元へ。果たしてなんと言われる事やら」
「……」
そんなことを言われると、なんだかやる気が失せてしまった。俺は師匠の前で珍しく強気になってみせたのだが、それでも師匠は俺を軽くあしらう。黙ってしまった俺へ、彼は言葉を投げかけた。
「その件を、人前では決して軽々しく口に出すんじゃない。いつか、状況が変われば、お前も知ることになるだろう。誰から言われるまでもなくな」
「今は『知らぬが仏』ってことですか」
「ふふ--」俺が言うと、師匠は鼻で笑った。「お前は答えを急ぎすぎている。いいか。今のお前には『知る力がない』……そう捉えていろ。睦月」
『力』がない。奴の言葉が思い起こされた。俺は彼から目を逸らしていたが、『力を欲せ』という言葉を思い出すと、口の端っこがピクリと動いた。
「力をつければ、おのずと答えは見えてくる……という奴ですか」
俺が言うと、師匠はちょっとだけ笑ったような気がした。
「そうだな。実力、権力、人脈。あらゆる力に精通すれば、お前の欲する答えも見えてくるだろう。俺が口を閉ざす理由もな……」
師匠との話を終えると、俺はいろんな検査をするべく病院内を行き来するはめとなった。いろんなものを見るのが好きな俺としては、社会科見学みたいなノリでそれらを楽しむことができた。DSP検査結果だが、俺のオブリヴィオンは『カラ』になっているそうで、正式にソースシフターとして認定されたらしい。これで俺も胸を張って部隊の連中に自慢することができる。
(連中に散々迷惑をかけたわけだけどな……畜生。めんどくせぇけど、粗品でも連中に配ってやることにするか)
心身ともに健康との話だったので、これにて俺はめでたく退院らしい。なんだかんだやってるうちに、時刻は午後五時を回っていた。(そういえば、瑞穂の奴はどうしたんだろう? まだ寝ているのかしら)そう思った俺は、看護婦さんに瑞穂の部屋を聞いて、行ってみることにした。瑞穂のいる病棟は静かで、人の話し声がしない。部屋番号を確かめながら歩いて該当する扉を開く。部屋は個室で、薬の匂いと一緒に瑞穂は眠っていた。
(……なんてこった--)
瑞穂の寝顔を見ていると、今までの記憶が頭の中を駆け巡る。(なんてことをしちまったんだよ--)それらの出来事はとても悲惨で、こんな少女が受け入れられる事態ではない。もっとも、コイツは初めからモリエイターとして教育を受けてきたのだから、一般的なコイツの同世代とは倫理観が違うと思うのだが……それでも今回の件は相当にキツイ。ある種のトラウマを作ってしまったかもしれない。心が傷ついてしまったかもしれない。まだ発育途上であるこいつの人格に、人生に、極めて不本意な分岐点を作ってしまったかもしれない……。
(くそッ--)『あの時もしも』。そんな言葉の矢が俺に何本も突き刺さった。(うるせぇ。無理だったんだ。あれで精一杯だったんだよっ俺はッ。精一杯足掻いたんだ、束縛を逃れるためにっ、でも出来なかった! おかげでコイツはこのザマだ。サイファーからいいように弄ばれて、自我をいつまでも囚われたままにされていた。下手すりゃイカれちまったかもしれねぇ……クソ、それでいて俺は、結局あの時も、今も! なにもできないままだ!)
俺はテレビドラマみたいに瑞穂の頬でも撫でてやりたかったが、誰もいないにも関わらず、恥ずかしくてそれをする気にはなれない。椅子にも座らず、突っ立ったまま、険しい表情をしながらその寝顔を眺めていた。看護婦さんの話だと、体調も炎も健全な状態でここに運ばれてきたらしい。それは俺も同じらしいのだが、なぜか瑞穂は目を覚まさないのだと言う。
(師匠が言うにはあの一帯に、エーテル体をも攪拌するストラクチャーが形成されたらしいじゃないか。もしかして、ソイツをお前は喰らったのか? 原因なんて俺にもわからねぇよ。でも、俺もお前も回復してるってことは、カデンツァの野郎が助けてくれたんだろう? 違うのか? 瑞穂よぉ--)
寝ている瑞穂の胸倉を掴んで揺さぶり、叫んでやれば、びっくりして飛び起きそうな気がする。でも今は、そっとしてやりたかった。
(不甲斐ない話だな、クソが--)
無垢な寝顔を見ていると、自分が凄く憎らしくなってくる。コブシを握り締め、歯を食いしばった俺は瑞穂に背を向けた。それ以上見ていたら、俺は怒鳴りながらその辺の壁をぶん殴ってしまいそうだからだ。俺は病室を飛び出して、病院から逃げるように出て行った。
それから次の日。俺は何事も無かったかのように槍杉学園へ登校していた。昨日は病院から出た後に一応バー訳ありへ顔を出したのだが、師匠が話をつけていたようで、レイは簡単な質問と状況報告をするだけだった。師匠は俺に起こった出来事をほのめかしていたように、この一件は極めて複雑らしく、できれば波風立てず、話題をもみ消したいような印象を受ける。
(まぁなんだかよくわからねーが、めんどくせぇ話をさせらんねーで助かったぜ)
ちょうど一時間目の授業が終わった。終了の号令をして席に座り、俺は教科書とかを机にしまっていた。
「俺は桜桃生まれさくらんぼ育ちィ--」
そんな時だった。謎の気持ち悪い歌声と共に、俺の両肩に置かれた手が体を揺さぶった。
「うおおおッ!」「童貞な奴は大体友達ィ、童貞なヤツと--」
びっくりして後ろを振り返ると、そこには高長こと『高橋長之助』が俺を揺さぶっていた。ヘタクソなラップを奏でているのもこいつだ。
「大体同じ裏の道歩き見てきたこのまちィ」
「オイてめぇなにすんだボケが!」
「だーっはははははァァーー!」
大声を上げながらその手を振り払うと、俺を莫迦にするやかましい笑い声が響き渡った。実は高長の後ろには正光と、『翔君』こと『鳥水翔太』が控えていて、そいつらが笑っていたのだ。しょうもない話だが、俺も連中につられてにやけてしまった。
「いやーイケメン睦月君がくたばりかけたが復帰という悪い噂を耳にしたもんでねぇ~。みんなで残念がりに来たんだぜ!」高長が言う。こいつは身長が百八十以上あり、正光よりもでかい。「んだんだんだ! そのムカツク鼻っ面がひん曲がってねーがよ~確かめに来てやったんだぁ」次に翔君が言った。高長に対してコイツは身長百六十そこらで俺よりちょっとでかく、しかもたまに口調が『素晴らしく訛る時がある』。「こんッ!--」俺はこの野郎と言いながら勢いよく席を立つと、翔君はなぜか大げさにうさぎ跳びをしながら教室を逃げ出した。この莫迦な二人はクラスメイトではないが同級生であり、桜桃県城壁のメンバーだ。教室から出て行ったはずの翔君は反対側の入り口からうさぎ跳びしたままさっそうと現れて、また同じ位置に戻ってきた。「ほんで、どーなんだよ睦月。体調の方は」そして今度はまともな口調で俺に問いかけてきた。
「あぁ、問題ねぇ。ソードマン斉藤完全復活だぜ。本格的な検査を受けて、正式にソースシフターの称号をもらったぜ」「えーっ! なんですって!」俺の言葉に、三人は同時に驚いた。
「ちょっとお前睦月! なにそれ! ソースシフターっておめぇ、あれだったのか! 『ないだて』!」
翔君が目を丸くしながら俺に問いかける。ちなみに彼の言う『ないだて』とは、驚きや関心、慰め等を意味する言葉らしく、単に相槌としても使われるらしい。
「マジでーちょっと、俺達それ関連なんも聞かされてねーんだけど?」
高長も似たようなことを言う。そういえば、俺の身に起きたことは正光にしか言っていなかったのを思い出した。
「まーあれだな。どうだい? 部活終わったあとにひとっ風呂浴びながら、この莫迦野郎の報告を聞くってのは?」「いいねぇ!」
正光がそんなことを提案すると、二人は正光に指をさしながら速攻で話に乗りやがった。まったくノリのいい奴らだ。しかし俺としても今まで散々であったため、なんだか人と話がしたい気分になっていた。「ラララ無心君ラララ無心君ララララ」蛇足ではあるが、連中はハモりながらそんなことを言っていた。
それから次の時間。俺は莫迦な友人共とまともに話をしたからか、頭の回転がいくらか良くなったように感じた。それというのも、薬師さん(カデンツァ)に会って瑞穂のことを聞けばいいと思えたからだ。
(薬師さん……)
俺の頭には薬師さんの姿が思い浮かんだ。(うおやっべぇ。すげぇ緊張するぞ--)気になる彼女のことを思うと、勝手に胸が高鳴ってしまう。(いやいや、真面目に考えろ。人命に関わることなんだからな--)授業中ではあるが、俺は机の下に携帯を隠しながらメールを打つ。
『今日は剣道部に行けそうだよー』
しかしその返答はなかなか帰ってこなくて、昼過ぎの五時間目あたりでやっと帰ってきた。
『わーん! 今日は病欠で休みなんです~! せっかくのお誘いだけど、ごめんなさい! 明日なら大丈夫ですよ(ハート)』
「DEEhhhhhhN!」
薬師さんからの返答を見た途端、俺は授業中にも関わらず大声を上げてしまった。その声はやけにエコーがかけられていて、何よりも強調されて他の者の耳に届いた。
「な、なんだなんだ!」
教室の全員が一斉に俺を見る。まるでムンクの叫びみたいな顔をした俺も教室をゆっくり見渡す。数秒間の間、教室は沈黙に包まれた。だが残念なことに俺の頭にはメールの内容しか入っておらず、しかも最後の部分につけられている、小さなハートマークが斜めに二個並んだ絵文字の部分が目に焼き付いている。視覚的に見ても、俺の両目には携帯に表示されているハートマークが反射して映っているだろう。
「ゆーめーであるぅ~よぉに~」
とうとう俺はおかしくなってしまい、天から舞い降りてきた歌詞を無意識に口ずさみ始めてしまった。「ひとぉ~みをぉ~」
「うおオオオオオ! 睦月がイかれちまったぞォォーー!」
すると啖呵を切るように、静まり返ってきた教室はいきなりどよめいた。
そんな微笑ましい午後の出来事から数時間が経った放課後。俺と正光は所属する『肉体強化部』で筋トレを終えると、学園の敷地内にある『ハイパースパ』という温泉に向かった……実におかしな話だが、我が栄えある槍杉学園には無料で入れる温泉があるのだ。特に槍杉学園は日本以外の国籍を持つものが多く、一人暮らしする奴も数多いことから、なんだかんだで結構評判は良かった。
翔君と高長はいつも通り先にいたようで、広い浴槽の一角をキープしていた。
「いやいやまったくムサ苦しいぜぇ~くそったれ野郎しかいやがらねぇ」浴槽の角に座って足だけを浸ける翔君が言う。
「ほんじゃー翔君は明日から赤いのれんをくぐってね。もちろん携帯で証明写真もバッシャバシャとってきてね」同じく隣に座っていた高長はすぐさま返事を返す。「アラ翔君女の子だったの? 僕ちゃん知らなかったにゃん?」肩までお湯に浸かる正光もそれに乗っかった。「うるせぇ誰がほだなごどすっかず! やんだやんだ! ほだなぜったいやんだぁ~!」翔君は汚い訛り口調で反論する。
「それで、昨日の一件で桜桃県城壁はどんな感じに動いたんだ?」
そんな莫迦話はさておき、俺は話を切り出した。それには真面目になった翔君が答えた。
「うーむ。なんか俺達は授業中いきなり地下闘技場(槍杉学園の地下には本格的な通信設備と訓練施設が設けてあり、一部の学徒兵はそこを地下闘技場と呼ぶ)に徴集させられてよ。そのまま『NEパック』で放り出されちまったぜ。NEパックってのはインビュードハンター用の武装ってことな。ブリーフィングで聞いた話だと参謀本部から緊急の通達があったそうで、特殊任務に当たってたエルベレスがヘマをやらかしたから、それの尻拭いをしやがれ! って言われたらしいぜ。その特務ってのはもちろん伏せられてたけど、イーブルアイに絡んだ内容だってのは、なんか匂わせてたっけな。まぁ騎兵隊ってのは、それでなくても参謀本部からなんやかんや厄介ごとを命ぜられるみたいだからな。別に俺達はフーンって感じだったわ。ミッション内容としては、エルベレスとクロスオーバーしてるアストラルガンナーズの隊員がインビュードハンターに追っかけられてるから、それの援護をしろって感じだった」
「ねぇねぇマジ凄まじかったよねー。NEパックなんて訓練でしか使わなかったのに、昨日なんて出玉大放出みたいな感じでさー!」高長は興奮気味に言う。
「んっだずよ! 霊石英弾ばこっだいもすこだまトラックに突っ込んでびだびだ撃づんだぜェ! い~やたまげだったら!」翔君も汚い言葉になりながらそれに乗っかった。
「ふむ」
どうやら翔君の話を聞く限り、やはり桜桃県城壁には俺達が何をしていたかという事は聞かされていなかったようだ。まさか特務の確保目標が俺だったと知ったら、こいつらはどんな顔をしやがるのだろう。
「被害はどれくらい出たんだい」続いて俺が質問をすると、今度は高長が答えた。
「死人は十六かチョイぐらいだったかな。素晴らしいことに我が第十三兵団からは一人も死傷者は出てなかったよ。有能な指揮官のもとで働けるってのは実にいいものだね」
「十六人前後か、でも結構喰われたな。死にやがったのは学徒兵だけかい」俺はもう一度問う。「うんそうだね。通常戦闘よりは少ないけど、インビュードハンター戦はみんな慣れてないから。それに昨日のなんて、物凄い数だったんだよ?」「いいや違うぜ」翔君が割って入った。「インビュードハンターはさっぱり統率がとれてねぇから、きちんと引き撃ちしてカバーし合えばなんとかなるもんだ。そんな基本的な事すらできねぇヘタクソ共だったんだよ、くたばりやがった連中は。死んで当然だぜ。死にたくなけりゃ、高い金払ってグレイブタウン(赫夜)にでも引っ越しゃーいいのさ」「いやそうだけどさー。あんまり言うなってそういうこと。翔君みたいに、好きでやってる奴ばっかじゃないんだしさー」「『ないだて』。ほんじゃー高長も好きでやってるわけじゃないのかい?」「いやぁそれはブクブクブク--」
翔君から言われた高長はお湯の中に頭まで浸かり、肝心な部分が聞こえなくなった。それを見た三人は顎に梅干を作る。水面下へ潜水してしまった高長の代わりに、翔君が言葉を続ける。
「まぁ被害っつってもそんぐらいかね。すげぇっけよ、インビュードハンター戦の後。今までそこらじゅうに霊石英弾ぶち込んだはずなのに、気がつけばその痕跡が綺麗さっぱりなくなっちまってんだから。おもしれぇよなー、まさに奇跡だぜ。『コンクリ科学超現実主義』の現代人には絶対理解できねぇような現象だ」「ミステリアス、フェノ~メノン!」ザバーンと高長が姿を現して、最後にそんなことを言った。
どうにもこの二人は、昨日のインビュードハンター戦の興奮が未だに冷めていないように思える。それはそのはずで、あぁもハデに連中とやり合うのは非常に稀なことであり、ある意味貴重な体験をしたといえよう。残念ながら俺と正光はその体験をし損ねたわけだが。
それから俺は、二人に自分の身に起こった出来事をかいつまんで話した。
「なるほどな。睦月は実はDSP予備軍で、ソイツがいきなり目覚めたから酷い目にあったけど、それを見事乗り越えたってわけか。しかも手に入れたソースは近距離パワー型ときたもんだ。これで四人全員がインファイトの鬼になったわけだな! やったぜ!」話を聞き終えた翔君は嬉しそうに言うと、横にした前腕をグイと胸の前へ突き出した。それを見た三人も反射的に同じ動作をする。
「でも肝心な部分がさっぱり語られなかったなぁ。城壁まで動く事態になったのに、どうしてそれが問題にならなかったのか」次に高長が言った。それというのも、二人とは所属が違うので、あまり踏み込んだ話をすることができなかったのだ。もっぱら俺のみに起きた事を話したまでで、部隊がどうやって動かされたか等という話は都合上言えないのである。
「悪いがその辺は察してくれ」俺は申し訳なさそうに言う。「まぁしかたないね」それに対し、高長はすぐに返答を返してくれた。
それからしばらく適当な雑談をして風呂からあがった。その後は高長の提案で『メリーアン』という行き着けのゲーセンへ行くことになり、俺は久しぶりに莫迦騒ぎをする事ができたのだった。誰かのプレイを全員で眺めながらワイワイと楽しんでいる俺達の姿は、どう見ても一般の学生である……昨日の作戦では十六人が死んだという話だった。ということは、俺達のように楽しげに笑いあう同年代の若者が、どこかでその数だけ減ったということになる。実際のところ、俺の同級生は既に二人いなくなっている。本来ならここに一人いるはずで、もう一人はこんなゴミの吐き溜めみたいな場所には来ないが、学校で会っていたはずだ……俺は人の生き死にを単純な『数字』でしかとらないのだが、もしまたこの中の誰かが減ったとしたら、『寂しいものだ』。
「どれ、そろそろ帰るか」
時計の針が七時半を回った辺りで、高長が言った。全員は店の外に出ると、それぞれのチャリにまたがる。「ほんじゃま、アディオスファッキンボーイ?」翔君は尻上がりな口調で言う。彼と高長は家が近いので、二人は一緒に帰っていった。「うるせぇこのボケーー!」「ファックはテメェだアホーー!」俺と正光は暴言を吐いて連中を見送り、こちらも帰路につくことにした。
「そういや、瑞穂ちゃんはまだ起きねぇのか?」
チャリをこぎながら、正光はそんなことを言ってきた。
「みたいだな。なんも連絡がねぇや」
「うーむ。どうしたもんか。一応見に行ってやったほうがいいんじゃねーのかい?」「あぁ? なんでだ?」「いやぁ、なんとなくよ」「いつ起きるかも分からん奴のところに、わざわざ行っても意味ねぇだろ」
「なんだかなぁ。そう言うなって睦月。こういうのは気持ちなんだぜ--」
丁度赤信号に捕まったので、正光は俺のほうに体を向けて自分の胸を親指でつついた。
「誰かが見てる見てないとかじゃなくてよ。『誠意』ってもんだ。前回睦月が『寝んころ餅』になってた時はどうだよ? 瑞穂ちゃんずっと病院にいたんだぞ?」「そりゃ確かにそうだけどよ--」
さっきまで莫迦騒ぎしていた正光はいつになく真面目な顔をしていた。それに対して、俺は見舞いに行くのが素晴らしく億劫になっている。俺には奴が、どうしてそんな風に考えられるのか理解できなかった。
信号は青になったものの、俺と正光は動かない。俺には『考える時間』が必要だ……そう思えた。
「見舞いに行っても、いいのかな……」沈黙に耐えかねた俺から出た言葉は、そんなくだらないセリフだった。「いいに決まってるっつーの! 誰がどう考えてもオフコースだぜ!」対して正光は大げさに言い返す。「いやぁしかし、なんつーのかな、恥ずかしくねぇか? 起きてもいねぇ奴の所に行くのとかって--」「な、なんだとぉ? 睦月そんなことで悩んでたのか? はぁ、別にいいだろンなもん!」「いいのかぁ? うーむ……」「俺なら絶対に行くね」「マジで? もし俺が寝込んでたら、それでも来るのか?」「イエス。アイ、ドゥイットゥ」「……」正光は最後の英語を言うと、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。話の流れ的にはそんなに悪くないかもしれないのだが、そのむかつくツラをまともに見てしまった俺はニヤケつつも眉をひそめた。
「ヘイヘイ睦月、違うぜ。こんな風に考えられねぇのか? 『もし偶然にも、そこで睦月が目を覚ましたら、知った顔がいるんだよ』。俺だったら嬉しいね。それに俺もっ、たまにあるしな。病室で一人孤独に目を覚ますって事がよ。そん時ってなぁ最悪だぜ。くたばる瞬間の出来事がずーっと頭ん中にありやがる。そんな時知人がいたら、色々話でもして気分を紛らわせるだろ?」
「まぁ、なぁ--」
「それに今病院で『寝んころ餅』になってんのは十五歳になったばっかの少女だぜ。なんだかんだで寂しいんじゃねぇのか?」
そういえば俺が病院で目を覚ました時、瑞穂がずっと傍にいてくれた事を思い出した。
「もし俺があのロリータの兄ちゃまだったらぜってー行くッ! ぜってー行くよッ! 俺ぜってー行くッ! おぅおっ俺! 俺ぜってー--」「おめぇそのセリフ言いたいだけじゃねーか!」
俺がツッコミを入れると、正光はまたクソむかつくにやけヅラをして見せた。残念ながら俺にはそれが面白くて、顎に梅干を作りながら片手で自分の顔を抑えてしまった。
「まぁ睦月が行く必要ねぇってんなら、それでもいいけどな。お前さん次第ってことだ」
「……そうだな--」
正光とそんな話をした俺は、奴と別れて耶馬雌病院へ向かった。不本意だと思う気持ちもあるが、そう思うことは間違っていると唱える部分も俺の心にはある。
(えぇい、来ちまったんだからしょうがねぇ。余計な事は考えるな。奴の言う通り、これは『まともな行動』なんだ。その『まともな行動』ってのは、いつ起きるのか分かりもしねぇ野郎の顔を、ちょっと見るだけ。ただそんだけだ……そんな意味ねぇ行為が、一般的にはまともだっていうのか? さっぱり理解できねぇや)
病院の受付まできた俺だったのだが、そこで始めて知ったことがあった。それは面会時間という奴の存在だ。耶馬雌病院では、午後一時から八時までと書かれている。実はもう八時になりかけていた。(なんだよクソ。無理じゃねーか……まぁ一応、聞いてだけおくか)とりあえずカウンターの受付嬢に話しかける。
「すいません、面会時間ギリギリなんスけど、ちょっとだけだめっスか?」「申し訳ありませんが、もう終わりの時間なので--」「『D3のお世話になってる者です』。大槻瑞穂って名前の」
俺がD3という単語を使うと、受付嬢は無言のままでパソコンをいじりだした。この街ではある種の『キーワード』が存在する。それはフォーカットモールで大活躍するものなのだが、それを言うことで、一般人ではないということを示すことができるのだ。
「……お見舞いですか?」顔を上げた受付嬢が問う。「そんな感じです」しかしどうにも『押し』が弱いらしい。思えばD3という単語は誰もが知ってる言葉だし、普通の奴だって皮肉でそう言ったりもするだろう。残念ながら俺は、病院で通用するキーワードを知らない。
(なんかめんどくさくなってきちゃった。無理くせぇな……)
ぎこちないやり取りをしているとだんだん嫌気がさしてきた。次に受付嬢が否定的なコメントをしてきたら、俺は諦めようと思った。だがそんな時、俺の背後から声が聞こえた。
「まぁ、瑞穂ちゃんのお兄さんじゃないの!」
そう言ったのは年輩の看護婦で、こちらに近づくなり喋りだした。「偉いわねぇお見舞い?」「そう、ッスね」なんだかよくわからんが、これは好都合だ。どうやらこの看護婦は俺達を知っているらしい。今度は受付嬢に顔を向けた。
「ほら、この美男子さん。知らない? 昨日急患で運ばれてきた子よ? 一緒に女の子も来たじゃない」「そうなんですか?」看護婦は『言わずとも分かるだろう』といったノリで受付嬢に語るが、若い受付嬢は戸惑うばかりだ。「そうよ。それにこの子達はアレよ。昨日の事件を収めるためにがんばってた子達よ」そして看護婦は受付嬢に顔を近づけ、わざとらしく声を潜めて喋った。「ほら、エルベレスのあの!」『エルベレス』と聞いた受付嬢はハッとした顔になった。「えっ、ここに駐在してる騎兵隊の人なんですか?」「そうよ! まったくもぉ。人の顔ぐらい覚えなさいよあなたぁ」
どうやらこの看護婦は、いわゆる顔の広い奴のようだった。そういう奴はドコにでもいるようで、こういった人種の奴は往々にして、人にいい顔をする反面、ちょっとした事にグチグチと言うものだ。
「あの、失礼しました」
受付嬢は俺に向かって謝罪した。「あーいやっ! 全然おっけーっスから」なんだか可哀相に思えた俺は、とりあえずそう言って場をしのいだ。それにしても騎兵隊という肩書きはなんとも便利なものだ。(まぁさすがに、こんなガキが騎兵隊員だなんて誰も思わねぇだろうな。『この受付嬢が正解だ』)
「睦月君だったっけ?」
俺は受付が済んだのならさっさと病室へ行きたかったのだが、看護婦はさらに口を開いた。「えぇ、そうです」
「この前は妹さんも、睦月君みたく毎日ここに通ってたのよ? 二人して偉いわねぇ」「そうなんスか?」「えぇそうよ。毎日来るもんだからアタシ、妹さんの顔覚えちゃった。睦月君の顔もね」それはいいのか悪いのか。俺としてはあんまりこういう奴に顔を覚えられたくはない。「それに妹さん、瑞穂ちゃんだっけ? あの子、綺麗な振袖をいつも着てるじゃない? そりゃー覚えちゃうわよ」「……まぁそれは確かに」看護婦が言った最後の部分だけは、俺もなんとなく共感が持てた。
だがそう思ったのはやはりそのフレーズのみだった。最悪なことに看護婦はそれ以外にもよくもまぁペラペラと喋りやがるので、とうとう俺は嫌になってしまった。一応有益な情報として、病院でのキーワードは騎兵隊名を言えば良いという話を聞いた。それ以降は看護婦の口から吐き出される言葉の弾丸を上手くかいくぐり、俺はその場をなんとか離脱する事に成功した。あぁいう口のうまい奴と一緒にい続ければ、聞きたくもない自分の話を聞かされたあげく、俺や瑞穂の個人情報が根掘り葉掘り引き出されてしまっていただろう。看護婦と別れる際の俺の顔は笑っていたが、背を向けた途端に怪訝な表情へと変わった。
瑞穂の病室に向かう途中、数ある扉の前を通るたびに静かな話し声が聞こえた。しかし廊下には刺さるような静寂がたたずんでいように思える。エレベーターで上の階にあがって目的の病室に入ると中は真っ暗で、昨日見たままの姿で瑞穂は寝ていた。
「…………」
身体検査や霊視をしても、こいつは健康そのものらしい。だが、なぜか起きないのだという。俺はベッドのそばにある緑色の丸椅子に腰掛けて、壁に背をもたれた。やはり頭には嫌な出来事しか思い浮かばず、後頭部も壁につけて目を閉じ、違う事を考えようとした。
(そう言えばこいつ、さっきのババア(看護婦)とやけに話し込んでたようだったな。よくもまぁあんな奴と仲良くなれるもんだぜ……やっぱお前は、俺とは違うな。俺に無いものを持ってる。そんなお前は、死ぬべきじゃーないぜ、瑞穂。死んでいいのは俺みてぇなクズさ……人の命をなんとも思わない連中こそ死ぬべきなのさ……お前みたいな奴は貴重だよ。全員がお前のように、俺にもお前みたいな、他人をいたわってやれる仏心なんぞがあったのなら--)俺はそう思った途端、フンと鼻で笑ってしまった。(いいや、違うか。俺にはそんなもん無いほうがいい。もしそんなもんがあったら、サイファーに喰われちまっていたよ。俺に仏心がなかったおかげで、野郎をねじ伏せることができたんだ--)今度はそう思うと、俺は片手を顔にくっつけた。(いいや、違うのか。『それ』は『それ』か。『そう』なる以前に、お前へもっと注意を促すべきだったんだっ、クソ。俺が何も言わないから、こいつは心配ばかりしやがって、こんな目に……)
しかしなにをどう考えても、結局は自虐的な答えに行き着いてしまう。俺の心は嫌な気持ちでいっぱいだった。
俺は他人の死を単なる数字でしか捉えない。しかし知人である場合、そうではなかった。何故なら連中の存在は俺が生きていく上でとても有益な存在であるからだ。くだらない日常をごまかすための娯楽に付き合ってくれる仲間であり、いざ戦闘となれば、共にしのぎを削る戦友である。俺は自分と関連性の無い人間に対してはさっぱり感心を持たないかわり、関連性のある連中に対してはとても敏感であった。連中はこんな俺を『友』として認識してくれているし、だから俺は、連中に対して精一杯の『誠意』を……
(誠意か--)正光の言葉を思い出した。(そうだよな……クソ。俺はなんだかんだ言い訳をしておきながら、一番それを俺に向けてくれる奴に、なんもしてやってねぇって事だよな……)
人にはできる事とできない事がある。偉い人は『やればできる』なんて言うけど、そんなのは無理だと俺は思う。さっきの正光と俺のようなものだ。奴は何の迷いも無く『見舞いに行け』と言ってのけた。しかし俺は迷った、躊躇していた。俺はやはり自分の利益を真っ先に考えてしまうタイプの人間のようだ。
(それではだめだと……言うわけか……ハァ。他人と関わるってのは『面倒』なもんだ。翔君や高長はよく俺みたいな奴とつるんでくれるもんだ。正光だってそうだ……奴と俺は全然違う。全くのま逆だ。よく一緒にいて疲れないものだよ。あの野郎は普段莫迦丸出しだけど、根はしっかりしてるから、俺としては一緒にいても全然大丈夫なんだが--)
思考迷路のドツボにはまった俺は、疲れた表情で瑞穂を眺める。(コイツは……なんで俺みたいな奴に懐けるんだろう……昔一緒に生活してたってだけで、こうもなるものか……俺には、そんなことはできない。いや、しかし、だが……あああ、クソ。嫌だ嫌だ、もうこんな話は『うんざり』だ!)俺は自分の思考が悪いほうに向かっているのをとめたかった。
(『全てはお前のせいだ』)そして結局、この思考迷路に終止符を打つにはこう考えるのが一番手っ取り早かった。(『お前が自分の利益と考える事柄をちょっと我慢すれば、万事全てが上手くいく』)これならば話が早い。そう、全ては。(全ては、俺が……俺が、もっと『まとも』になりゃいい。他人をクズだと思っても言葉に出さず、頭の片隅に置いとくだけにして、『まとも』な対応をすりゃーいい。そしてソイツが莫迦を仕出かした時に……思っていた事をぶちまけりゃいい。俺はそれを、すぐにしていた。それがいけない……)
俺の口からは深い深いため息が出た。だが俺の表情は幾分良くなったと思える。もう一度瑞穂を見ると、先ほどのような後ろめたい気持ちは少しだけ薄れていた。
(悪かったな瑞穂。悪かったよ……こんな気のきかねぇ兄貴でよ。フフ、まぁ、兄貴でもねーんだけどな。ハァ。悪かったよ……今度からはもっと、お前の事をちゃんと見てやるから。悪かったよ。今までほんとゴメンな--)そう考えたものの、他人を思いやる行為というのは居心地が悪い感じがする。しかしその感じは、今の俺には必要なものだと思う。今の俺にはそんな戒めが必要だ……
その時、ゆっくりと病室のドアが開いた。さっきの看護婦がまたしてもしゃしゃり出てきたのかと思った俺は心底ガッカリしたのだったが、顔を向けた先には制服姿の薬師さんが立っていた。
「おや? どうやら先客がいたようだな」
喋り方がおかしい。コイツはカデンツァのようだ。でも俺には反論する気力がなくなっていて、ただ疲れた視線を向けるばかりだった。
「うそだよ。お前がいたから、私はここにきた」カデンツァは優しげな笑みを浮かべながら、瑞穂のベッドに腰を下ろす。「昨日の話はもう聞いたのかい?」そして静かな口調で俺に問う。「あぁ、聞いたよ」「そうか。では説明する必要もないな。で、このむすめの容態は一体どうした」「さぁな。一体、どうなってんだか……」「私が聞いているのだがなぁ?」「そうだったな、わりぃな……」
なんだか今の心境では、この野郎にツンツンした態度を取ることができない。いつもの口論が始まらないのでカデンツァとしても不思議に思ったらしく、その表情から笑顔が消えた。
「どうしたものか、お前の口から謝罪の言葉が聞けるとは。お前らしくないぞ、睦月? まるで牙を抜かれた獣のようだ」
俺は何も言う気にはなれない。それに実際俺は、『牙(GH)を抜かれている』。もっともそれが今の心境を作ったわけではないのだが。カデンツァへ返答を返さず黙っていた俺は、しばらくして口を開いた。
「何でお前は、俺を助けた」「何故ですって?」カデンツァは俺のテンションに合わせてくれているのか、とてもゆっくりした優しい口調で答える。
「単純な話だ。お前は私を助けた。だから借りを返したまでさ……インビュードハンターである私が言うのもなんだが、あの時のお前の行動は正しい判断だと言えよう。あの時私を解放しなければ、全てがダメになってしまっていただろう……それに、多分、まぁこれは私個人が考えることなんだが……多分、あの時開放したインビュードハンターが私じゃなかったとしても。お前は助けられていただろうな。そういうものだ、我々とは」そういった彼女は最後にこう付け加えた。「もっとも、開放されたインビュードハンターが雑魚だったのなら、どちらも助かりはしなかっただろうが」「そうかい……」
それからしばらくの間、病室は沈黙に包まれた。こんな雰囲気を作っているのは紛れも無い俺だ。気を利かせてやるべきだろうか? そんな風に思っていると、カデンツァはかたっぽの靴を脱いでベッドにかかとをつけ、膝に片腕の肘を乗っける。
「なんだろうなぁ? いつものお前とはえらく違う。このような静かなお前を、始めてみるような気がするよ」そう言ってカデンツァは笑った。それにしても凄く気になるのだが、いま奴がしている姿勢だと、スカートがめくれてぱんてぃえが見えてしまっている。俺はがんばってそちらを見ないようにしようとするのだが、どうしてだろうか。男という奴は残念なことに、どう足掻いても目がチラチラとそこに向かってしまうのだ。ちなみにカラーリングは淡い黄緑だ。「お前は黙っていさえすれば、こんなにも男前なんだがなぁ?」「なんだとォてめぇ」「フフ、真実を言ったまでだよ。私の宿主が惚れるのも無理はない……しかしまぁ、私としてはそれでは不満だな。お前はやはり、もっと凶暴でいたほうがよい。剣を手にして私を見つめた時のあの目。なんとも『微笑ましい』限りじゃないか。それが一体、どうしてそんな風に大人しくなってしまったんだい?」
カデンツァは膝に置いた腕をそのままに、手のひらを広げて上に上げた。
「うるせぇな。色々と考える年頃なんだ。自分だけの問題だ。他人に喋ってヒントを得るような真似のできねぇ難題だ。お前になんか言うかよ莫迦野郎が」
「ふぅん? なるほど」俺は悪態をついたが、カデンツァは何故か納得したような様子だ。「どうやらお前も、ただの『暴れん坊』じゃあないということだな。関心関心」だがその言葉にはどこか俺を莫迦にする節があるようで、多少むかついた。更にカデンツァは言葉を綴る。「そういうことなら。構わんさ。思いっきり考えるがいい。いつまでも悩んでくよくよするのは良くない事ではあるが、そういうことなら。かまわんだろう……それにしても睦月? 確か以前も似たようなことを、私の宿主にも言っていなかったか? ほらあの時さ。お前に私がジュースをぶちまけた時」
そう言われて思い出せば、確かに似たような事を言っていたかもしれない。
「まぁアレは結局、オブリヴィオンのせいで体調が悪くなっていた理由を、宿主にはぐらかす為の言い訳だったんだろうが……あんな事を年頃の女に言うものではないぞ、睦月? お前は『彼女の評価』を落とす所だった」「ぐぬぬ……う、うるせぇな。なんて言っていいか分かんなかったんだよクソ」「フフ、そうかい。まぁいいさ。宿主は気分を損ねたようだが、私はそんなことしないよ、睦月? 人間は常に考えるものだ。様々な思想を。『それは実に素晴らしいことだ』……」
どうしたものか、カデンツァはそう言った途端、ばつの悪そうな表情になって顔を背けた。「まぁそういうことだから睦月。お前のことはそっとしておくことにしよう--」そしてまるで自分に起きた気分の変化を誤魔化すように、靴を履いて瑞穂の傍へ行った。そのまま瑞穂のほっぺに手を当てて目を閉じる。「うーむ。何ともないように思えるのだがなぁ」だがそれをすぐに止めて、俺に向き直る。
「普通インビュードハンターの奇跡は、モリエイターに効き辛いものだ。だがあの時は人為的なストラクチャーが作られたせいで、私が一時的に人間に近い状態になってな。だから死にかけていたお前やこのむすめを再生してやれたのだ。まったく、このむすめがいなかったら、私も危うい所だったよ」
「瑞穂から、助けられたのか?」「あぁそうさ? 最もこのむすめは上の空だったようだがな。直感的に、私が味方であると察したのだろう。この歳であぁも動けるとは、本当に良くやる」
「そうなのか……そう言えば、イーブルアイのクソはどうした」俺がその話をするとカデンツァは珍しく嫌な顔をした。
「逃げられたよ。ちょっとした思い付きで『下位』の連中も一緒に連れて行ったんだが、どうにも雑魚ばかりでしょうがない。ろくな連携もしないで、我先にと獲物に飛びかかってなぁ? 結局、私のテリトリーから離脱されてしまったよ。それ以上の追撃はルールに反する」
「……ん? もしかしてお前、今までずっと追っかけてたのか?」「そうだ?」「てことは、俺がやったメールは--」「あぁ。あれは私が返しておいたんだよ。無用な心配をかけぬためにね」「……」
(な、なんてこったい。いや、だが確かに、薬師さんがメールでハートマークを使うとは思えない……まだそんな仲じゃないし……クソ、俺はこんな化物の書いたメールに萌えてしまったのか……)
「まぁ、奴のことはいいさ。どうせお前がケリをつけてくれるんだろう? 睦月?」
そう言ってカデンツァは笑い、またベッドに腰を下ろす。
「……今の俺じゃ、奴には勝てねぇ」俺はカデンツァを見ないで言った。
「だけど次に野郎が出てきやがった時は、お前みたいに多勢を引き連れて始末してやるさ」「なんですって? お前の力で打ちのめすんじゃーないのか」「別にタイマンにこだわってねぇよ。勝ちゃー何したっていいのさ。誰だってそうだろ。それこそ野郎が顔を見せやがったら、一個小隊(三機編成)のオーガでもぶつければいい。『その後のことなんざ知らねぇが』、始末するってんならそれが手っ取り早いぜ。そうだろ」
俺の言葉を聞くと、カデンツァはベッドに両手を着いて天井を仰ぐような仕草をする。「まったくお前はつまらん男だなぁ。自分で倒してやろうとは思わないのか? 自分も、このむすめも殺されかけたんだ」
「別に……まぁちょっとはそう思うけど。別に『殺す』ってんならその辺はどうでもいい。野郎が誰かにぶっ殺されたあとだったら、死体の顔をぐちゃぐちゃに踏みつけりゃーいいさ。スカッとはするだろうよ」
「全く。やはりお前は、まだ子供だな」
カデンツァはベッドから立ち上がり、ウーンと背伸びをした。「そんなでは、私にふさわしくないぞ? 睦月?」
「知らねぇよクソ。いいか、オイ--」立ち上がった野郎に対して、俺は座った姿勢のまま指をさす。「今回はなんだかんだで共闘する形になったようだが、次ぎ会う時はテメェを確実にぶっ殺してやっからな。見てろよこのボケ」「ふふふ。そうかそうか」俺は上目遣いで睨みを効かせるのだが、カデンツァはまるで俺を子供扱いするように笑った。「どうやら幾ばくかは顔つきが良くなったみたいだな。やはり私は、そんな顔をするお前が好きだよ?」
「なっ--」
ドギューン、と、俺の心臓にシルバーアローが突き刺さったように思えた。しかしそう思えたのは薬師さんの顔で、声で。『好きだ』と言われたからだ。決してカデンツァに言われたからではない。俺は勢いよくカデンツァに対してに突っかかった訳だが、その勢いをそんなふうに返されてしまい、言葉を失ってしまった。その様子を見たカデンツァはにこにこしたままだ。
「あぁそれと、これこれ。戦利品を手に入れたんだ--」
しかしカデンツァはすぐさま話題を変えて、スカートのぽっけに手を突っ込んだ。その手はグーになって出てきた。「やるよ。お前にと思ってな」
俺が手の平を差し出すと、カデンツァの手が上に伸びてグーからパーになった。手に感じた感触からして、小さな球状の何からしい。俺は自分の手のひらを見つめると、そこには見覚えのある木製の玉ころが三個ほど乗っかっていた。
「こいつは--」
そう言いかけて顔を上げると、カデンツァの姿はもうそこにはなかった。
「……」
一体どんな細工をしたのやら。とにかく考えても仕方ないので、俺は貰い受けたそれを指でつまんだ。(戦利品と言ったな。ということはイーブルアイの物か?)そして自分の鞄の中から、昨日師匠から貰ったチャック袋を取り出してそれと見比べる。
(似ている……)俺はカッコよくそう思った。(木製の数珠なんてもんはどれもこれもが似たり寄ったりで、素人の目からはどれもおんなじに見えちまう。なんだよこれ、さっぱ判別つかねぇぞ……)果たして俺が二十五代目から貰ったものと同一のものなのか。それは定かではなかった。(イーブルアイは我剣流の継承者だ。てことは、赫夜産の高品質な碧炎術士用の装飾品なんてもんも装備してるかもしれん。俺ん時はピンチの際に砕け散ったようだが……でもどちらも、そういった霊的な仕掛けは感じられねぇ。やっぱただの汚ねぇ玉ころなのか?--)
莫迦らしい推理をするのが嫌になった俺は、それらを適当に鞄に押し込んだ。それから静まり返った室内を眺め、何気なく瑞穂に目をやった時だった。なんと瑞穂が寝返りをうったのだ。
「オッ」
俺は驚きのあまり声が出てしまった。これは良い傾向かもしれない。(なんだなんだぁ? カデンツァの野郎。なんだかんだ言って、治してくれたんじゃねーのか? 喰えねぇ野郎だぜ。だがこいつぁーありがたい)
「おい瑞穂。おい莫迦。起きろ。オイ」
横を向いた瑞穂の肩に手を置いてグラグラ揺らす。しかし瑞穂はさっぱり起きない。どうやら寝たフリをしているわけでもなさそうだ……しかしどういうわけか、俺にはなぜか、瑞穂がもうじき起きるかもしれないという気持ちになった。それはただの推測ではなく、インテュイントにも似た不思議な感じだ。泉さんが正光を回復している時、正光は大丈夫だと思えた時のような感じである。
(『起きた時に知った顔がいたら嬉しい』か……まぁ、そうだな。『俺もそう思うよ』正光)
そうして俺は、瑞穂が起きるまでこの場で待つことにした。と言っても、久しぶりに学校でミッチリ授業を受けたおかげでさっきから眠たく、空腹というのも相まって、俺はベッドに上半身を乗っけながらスヤスヤと眠りに落ちてしまった……。
夢の中の俺は幼い頃に戻っていた。だがそう思えるだけで、実際は今の精神年齢を保っている。だが行動や言動は当時のままであり、今ならできるような思考を持ちえていない。
スタート地点は赫夜の本堂敷地内だった。夕暮れ時のようで、五歳から十歳くらいの女共が両刃刀をモリエイトして、綺麗に整列しながら型の練習に励んでいる。綺麗に舞うような動きと一緒に、夕日が伸ばした影が動く。俺はその様子を遠巻きに眺めて悔しがっていた。それは自分の剣がモリエイトできずにいたからだった。その時の師匠は今と変わらず、ただ『剣を求めよ』みたいなことしか言わなくて、具体的にどうすればいいか俺にはわからなかった。
「睦月--」
呼び声がして、振り向くと二十五代目がそこにいた。「ここにいたのね」赤い光に照らされた二十五代目はこちらに歩み寄ると、笑みを浮かべながらしゃがんで俺の頭を撫でようとする。俺はその手を強く振り払ったが、彼女はにこにこしたままだった。
「なぁに? また色々書いてたの?」
そうして彼女は下を見る。足元は学校のグラウンドみたいな硬い砂地で、俺の足元には自分で書いた剣の落書きでいっぱいになっていた。その頃の俺は、あぁしたほうがいい、こうしたほうがいいと、いろんな形の剣を模索していたのだ。だがどれもこれも、アストラル体を上手い具合にこねる事が出来ずにいた。彼女は「これなんかいいね」などと子供に対してご機嫌をとりつつ、それらをじっくりと眺めている(それにしても思うのだが、俺が二十五代目の行動を『ご機嫌をとりつつ』なんぞと解釈するところからして、今も昔もさっぱり変わってないのだと感じる)。俺は絵を見られるのが嫌で、急いでそれらを足で掻き消した。
フワリと風が吹いて砂埃が舞い上がり、俺の目に入った。凄く痛くて涙がぽろぽろ出てきた。「あぁほら睦月、大丈夫?」必死に目をぬぐっていると、二十五代目は俺を後ろから抱くようにして、綺麗なハンカチを眼に当てる(その時まだ風は吹いていて、二十五代目の長い髪が舞って綺麗だった。しかしそれはそこにいる俺には見えておらず、もちろん見えていたとしても、それを綺麗だなどと思えなかっただろう)。俺はイヤイヤとだだをこねていたが、莫迦なクソガキこういう時に限って、優しくされるとそれを甘んじ、むしろ当然だろうと思うくらいにやすやすと受け入れてしまう。その時の二十五代目はとても大きく思えて、柔らかくて細い手の感触がした。なんだか懐かしい気持ちだ。
「母上さまぁ! ねぇもう早く行こうよ!」
声が聞こえた。まだ涙で濡れている赤い目を向けると、そこには皐月の姿があった(本来この時点なら皐月は、遠めにいる連中に混じって型の練習をしていたはずだ。だが夢の中というのはご都合主義な状況が多々見受けられる)。
「皐月は先に行っててちょうだい。私は睦月の手伝いをしなくちゃいけないから」二十五代目は俺を抱いたまま顔を向けていった。「もう知らない!」可哀相な皐月はすぐにキレてしまい、何処かへ走って行く。莫迦なガキはその時、二十五代目の関心が自分に向けられていたことに嬉しく思った。俺の目がなんとかなると、彼女は俺の隣にしゃがんだ。
「なかなか自分の剣ができないの?」小首をかしげて彼女が問いかける。クソガキは黙ったままだ。「でも色々がんばって考えてるみたいだね。えらいね」彼女は俺の頭を優しく撫でた。クソガキは最初嫌だと思ったが、自分のしている事が褒められたので生意気にもそれを振り払わなかった。頭を撫でられる感触はこの上なく心地よいものだった。
「でも、今のを見た感じだと、どれもちょっと難しいかな? もうちょっと、こう--」
二十五代目の細い人差し指が砂の上を踊る。
「こういうのなら。睦月にも、できるかもしれないよ?」
そうして描かれた砂の絵は、そりの入った分かりやすい日本刀だった。
「やだこんなの」だがそれを見たクソガキは速攻で否定する。「あら、どうして?」「こんなんじゃやだ」「う~ん、それじゃどういうのがいいの?」「知らない、でもこれはやだ。つまんない」「う~ん」彼女は苦笑しながらクソガキの頭を撫でる(この時の俺はさっき頭を撫でられて気持ちよかったため、手で振りほどかなかったのだ。今の俺がいうのもなんだが、俺はこういうクソ生意気なガキは大嫌いだ。虫唾が走るぜ……もし俺がこの場にいたのなら、二十五代目のご機嫌取りに野次を飛ばし、このクソガキの胸倉を掴んで罵詈雑言を浴びせたに違いない!)。
「でもね? 睦月。最初はみんな、こういうのから始めるのよ?」彼女は俺の目を見つめながら言う。「じゃーあいつらはなに」クソガキは二十五代目と目を合わせるのが恥ずかしくて、すぐに顔をそむけた。そして向こうで型の練習する連中を向いて指をさす。連中が持っているのは両刃刀で、彼女が砂に書いたようなものではない。
「えぇ? あれはぁ、う~んと……別にあぁいうのでもいいよ? でもあれは、すごく薄くて柔らかいの。だから睦月が使ったら、すぐ壊れちゃうと思うよ? 睦月は力、強いから」「ふーん」「だから睦月は、こういうしっかりしたのを作ったほうがいいと思うよ? ほら、睦月のお師匠様だって、こういうのでしょう?」「師匠とおんなじのはやだ」
一体この生意気なクソガキは何がいいというのだろう? 若干、二十五代目を困らせたいという気持ちもあっただろう(今の俺が言うなれば、このクソガキがスズムシ並の脳みそで考えていた剣ってのは、誰のにも似ていない、自分だけのオリジナルエッジだ。もっともそういった系統に派生させるには日々の鍛錬が欠かせないわけで、最初は誰だって似たようなものから始まるのは言うまでも無いが……この時の俺は、それすらも嫌だった。莫迦な話だ。でも、本当だ。俺はいきなりすげぇ剣を作っちまうような、『まれに見る一人』に憧れていたんだ)。
それから一瞬にして、俺だけを残して周りの景色が違う景色にクロスフェードした。それと一緒に二十五代目も消えた。場所は宮殿内の和室で、外では雨が降っている。俺の向かいには瑞穂が座っていて、奴の得物である下弦をモリエイトしていた。「それちょっと貸せよ」ぶっきらぼうに俺が言う。「んー」瑞穂はあっさりと貸してくれた。それを持った俺は、まだ二十五代目が言うような武器の薄さについては理解できなくて、単純に『両刃刀は使いづらそうだ』と感じた。どうして上下に刀身がくっついているのだろうか? ちょっとでも型をミスれば、下から伸びるやいばで自分の体を切ってしまうかもしれない。
「兄様も一緒に両刃刀つくるの?」瑞穂が言う。
「こんなもん作るか。無駄な部分が多すぎる」
俺は見栄を張るようにして言った(無駄な部分というのは、もちろん下に伸びた刀身のことだ。それを無駄と言っちまうところが、なんともクソガキらしい)。「俺はもっとまともなのを作る」
「えぇ、どういうのどういうのぉ?」
瑞穂はワクワクしながら俺に問いかける。瑞穂に対して見栄を張りたい俺は、なんとしても今ここで自分の剣をモリエイトしなければと思った。右手を前に突き出して、横に向けた空想の柄を掴んで目を閉じる。左手は空想の刀身に当てられた。目を閉じた俺がイメージした奴というのは、まさに二十五代目が地面に書いた日本刀だった。(二十五代目が描いてくれた時はあれほど嫌だと言っていたのに、この莫迦なクソガキはこの時、それが一番作り易いと感じたのだ)目を開けた俺は自分の右手を見る。空想だったはずの剣は光に包まれて、まず柄の部分から具現化し始めた。光はゆっくりと伸びていき、左手を当てている所まで行き渡ると、その中からクリアグリーンに輝く透明な剣が姿をあらわした。
「わああぁぁ~! 兄様なにこれぇ~!」驚いた瑞穂がそれに顔を近づけて言う。「『すごい綺麗』~! ね、ね、どうやってこんなの作ったのぉ! うわぁ透けてるよ~!」
瑞穂は興奮しながらそれを眺める。俺自身もすごく驚いた。これはどういうことなのだろうか? 自分はただ、二十五代目の落書きをイメージしただけなのに。一体どうして、こんな結晶状の剣ができてしまったのだろうか?
「お前になんて教えねーよ! 凄いだろ、俺は特別なんだ! 普通の奴とは違うんだ!」
俺は瑞穂みたく興奮気味に言った。理由はどうあれ、俺はこれで瑞穂に見栄を張っていられると思えたからだ。いや、瑞穂だけではない。自分の周りにはこんな綺麗な剣を持つ者はいないので、もしかしたら全員の注目を浴びるかもしれない。『それこそ、師匠や二十五代目の関心を今まで以上に得られるかもしれない』! 俺は自分の望んでいた、『稀に見る一人』になれるかもしれない!
また景色がクロスフェードして、目の前にいた瑞穂と二十五代目が入れ替わった。
「まぁ、自分の剣が作れたの!」
俺から剣を見せられた彼女はたいそう喜んだ。しかし二十五代目はそれを見て喜ぶ反面、とても戸惑っているようにも思えた。それは夢の中特有の誇張表現のような気もする。
「良かったわね睦月。これでお師匠様とも、自分の剣で練習できるわね。えらいえらい」
そう言って二十五代目は俺の頭を撫でた。俺は嬉しい気持ちでいっぱいだった……。
俺の意識は夢から覚めようとしていた。実際目を開けて、暗い病室の景色を見た。でも眠たくてもう一度目をつむった。
(昔は結晶状の剣が嬉しくて仕方なかったんだが、まさかそれが俺本来の能力だったとはな。剣を作れってしか言われてなかったから、まさか俺に『結晶そのもの』をモリエイトできる力があるなんて思ってもいなかった訳だ。結局、クリスタライズの能力に気づいたのはその結晶剣を作ったすぐあとだった。こういったものが作れるなら、もしかしたら他のも作れるかもしれないってよ……その時は嬉しいばっかりだったなぁ。新しいものが次々モリエイトできたんだ……しかし、フン。『稀に見る一人』か。やっぱガキだなぁ。確かにあそこじゃ男が俺一人だったから、そりゃー特別扱いされていたさ。俺本人としてもそれが当然だと思い込んでやがった……しかし、そのあとエルベレスに入ってからというもの、俺もただの捨て駒だと理解するのに時間は掛からなかったぜ。なにが『稀に見る一人』だ。莫迦らしい。『上』に誰もいないから、んな勘違いをしちまう。くだらねぇ話だ。『上』はいるさ。『ごまん』とな。腐るほどによ。まったく、昔はレイからこっぴどくしごかれたもんだぜ。でもそれで良かった。『あぁいう』生意気なガキは、力と恐怖をもってしてねじ伏せるのが一番だ。ボスは一体誰で、『お前は特別じゃーない』って事をバシッと教えてやらねーと、どうにもならねーのさ)
俺は昔の自分がレイやその他のメンバーからギタギタにされたことを思い出して、ざまーみろと思った。でもそれは結局自分自身であり、思い出が今に近づけば近づくほど、すごくいたたまれない気持ちになって、俺は違う事を考えようと思った。
(それにしても、今のGHは昔と比べてずいぶん形が変わったなぁ。あそこ(戦花)の連中とは正反対なものがいいって思って、がんばって西洋風の剣っぽく変えていったんだっけな……)
まどろんでいた俺は、まぶたの裏側の真っ黒い空間を見つめていた。その世界はすぐ目の前に壁がありそうで、はたまた奥行きが無限大に広がっているようにも思える。その世界は、さっき見た夢の内容をダイジェストでもう一度見せてくれた。(懐かしいな。二十五代目から昔書いてもらった砂の絵か……)本来なら思い返したくもないムカつく記憶なのだが、今はそうじゃない。なんだかとても懐かしく、穏やかな気持ちだった。俺はその絵を思い出して、自分がどうやって、初めてGHをモリエイトしたのかを思い出した……。
「あにさま--」
そうしていると、ぼんやりとしたあるイメージが俺に浮かんだ。それはさっぱり具体性がない、ほんとうにぼんやりとしたものではあるが、確かに俺は何かを『思いついた』気がする……。
「兄様」
「んぬおっ!」
名前を呼ばれた俺はびっくりして飛び起きた。どうやら瑞穂が俺を起こしたようだ……(む! 『まてよ!』 瑞穂の声がするだと!)
「あーっ! お前はっ、瑞穂! テメェ! やっと起きやがったのかこの莫迦! 心配させやがって!」
すっかり夢に見入ってしまっていた俺は、瑞穂が眠ったまま起きないという状況を忘れていた。なんてことだ、起きたではないか! 瑞穂は上半身を起こした姿勢で俺を眺めていた。「うん--」そしてはにかみながら笑って、すぐに表情を曇らせた。
「あにさま、あの、私は--」
「瑞穂、聞いてくれ、『思いつきそうなんだ』。俺の『新しいやつ』が!」
起きたばかりの瑞穂は何かを言いたげだったようだが、残念ながら俺はそれどころではなかった。「えっ?」何のことか分かるはずもない瑞穂は戸惑いながらも相槌を打つ。
瑞穂には悪いが、俺は多少興奮気味であった。それというのも今俺が言った通り、夢の中で見つけたイメージが実現できそうだったからだ。とても不思議な気分だ。どういうわけか知らないが、でも今ならもう一度、自分の剣を作れそうな気がする。
「いいか--」
俺は『あの時』のように、両腕を伸ばして空想の柄を両手持ちした。「まってろ--」そして目を閉じて、夢で見たイメージをもう一度思い出す。俺の炎は無意識のうちにアストラル体を両手付近へと収縮し始めた。それは具現化しうる濃度まで凝縮され、実際に目視できるような青色の光が現れ始める……フと俺は、二十五代目が描いてくれた砂の絵を思い出した。
(まったく、二十五代目も作りやすい形を描いてくれたもんだ。これだったらガキでも作れちまうぜ……だが今の俺は、あの時とは違う--)今度俺は、折れる前に使っていたGHを思い出した。(コイツだ。この形。これが俺の剣だ。斬りやすく、突きやすく、払いやすい……今の俺には、コイツしかありえない)
凝縮された光は空想でできた柄を実体化させた。それから光は徐々に上へ上へと伸びて、とうとう切っ先にまで到達した。俺が目を開けると光が膨らんで急に眩しくなった。それはすぐに収まり、新しく俺がモリエイトした剣、GHだけが残った。
「あ……あにさま!--」
それらの工程をじっと見つめていた瑞穂は、光の膨張が止まってしばらくすると、思い出したように声を上げた。「新しい剣が作れたのですか!」
「あぁ……そうだ、『治ったんだ』、作れたんだ!」俺は不思議な達成感と充実感に満たされていた。「新しい奴が! どうだい瑞穂! こいつぁよお!」同時にとてつもない高揚感に包まれて、大きな声を出してしまった。「すごいすごい! 兄様!」しかし瑞穂も俺の剣が復活したのを喜んでくれたようで、掛け布団を押しのけて、俺の両肩に手を置きながら立ち膝の姿勢でピョンピョン跳ねる。俺は左手で瑞穂を腰を抱き寄せながら、新しくできたGHを一緒に眺めた。刀身のかたっぽはまっすぐに伸びた直刀状をしており、もうかたっぽは真ん中がくびれ状になっている。その形は前と変わらないように思えるが、以前よりも全体が肉厚になり、刀身も伸びていて、所々マイナーチェンジされているようだ。
「やったぜ……よかった--」
自分の剣が新しくできたということは、自分に自信がついたということだ。誰かの助けが会ったとはいえ、イーブルアイとまともにやり合えたからだろうか。とにかく新しい力を得たのは間違いない。
(力か……)
GHを消して、俺は瑞穂をきちんとベッドに座らせた。
(さっきまで『他人を気にかけろ』と散々言っていた俺が、結局今でも自分のことばかりじゃないか。クソ、なにしてんだか……)
「わりぃな。起きて早々、いきなりテンション高くて--」そして俺はさっそく謝罪する。「体動かしても大丈夫だったか? 瑞穂。具合のほうはどうだ」
「ううん、平気。どこも痛くないよ」「そうか、よかった」「あのね? 兄様。『私いったい、どうしちゃったんですか』? なんだか全然、なんにも思い出せないの」
「なんですって?」俺は瑞穂の言う意味が良く分からなかった。「どういうことだそりゃ。どのあたりまで覚えてんだ?」
「えぇっと、私が家に帰ろうとした時、兄様と会って……それが兄様じゃないって分かったけど、捕まえられて……その先から、覚えてないの」
「……そうか--」俺は難しい表情になりながら腕を組んで、場しのぎの相槌を打つ。
(なんということだ。それは好都合……いや、なんか不本意な気もするが、でもその方がいいのかもしれないな……確かにあの時はサイファーが瑞穂の意識を掌握していた。だからなのか? それともカデンツァが記憶を捏造したのか……理由は分からんが、コイツにとってはその方がいいな。あぁ、そうだ。その通りだ。『その方がいい』)
俺は当たり障りないように、起こった出来事を掻い摘んで瑞穂に説明した。コイツは時折「えぇ~!」とか「ひーん!」とか、とても寝起きとは思えない反応を示したが、特に横槍を入れることもなく素直に話を聞いてくれた。(こんだけ元気がありゃ、もう大丈夫みてぇだな)そして俺はそう思う。
「とにかくあれだ。今日は病院で寝てろよ。多分明日は検査だなんだがあるだろうから」
「兄様は帰っちゃうの?」「当たり前だろうが。学校もあるしよ」
どうにもいつものテンションの瑞穂を前にすると、俺も同じテンションで受け答えしてしまう。
「えぇ~? 寂しいよぉ」「それじゃー医者に頼んで麻酔でも打ってもらうか。明日の朝まで速攻ワープできるぜ」「えぇえ! やだやだ、そんなのやだぁー!」
駄々をこねる瑞穂はなんだか可愛い。俺は椅子から立ち上がり、まるで二十五代目がしてくれたように瑞穂の頭を撫でてやった。
「まぁ、お前がいて欲しいってんなら、いてやってもいいぞ」「ほんと?」頭に手を乗っけられた瑞穂は顎を引きながら言う。「まぁ構わねーさ」
「ん……でも--」喋りながら瑞穂は顔を上げる。「やっぱり、大丈夫。わがまま言ってごめんなさい」「あぁ? いや別にいいって」「うん、でも……この脇にあるトコ広げると、寝れるスペース作れるんだけど、そこ寝ずらいの。私しってるんだ。だから、やっぱり、家の布団で眠ったほうがいいと思う。さっきのはちょっと、言ってみたかっただけ……」
「……なんだかなぁ。女の考えってのはさっぱり分からん。なんだぁ? もしかしてそれも俺を試してやがんのか? テメェは」
「やっ、ちがうちがうぅ~!」瑞穂は布団の中で足をぐいぐいと動かす。「フン。残念ながらその手の駆け引きは『反吐が出る』たちでね。ヘマをやらかしたな瑞穂」そう言った俺はナースコールを押して、瑞穂が起きたことを告げた。あとはD3の連中が上手くやってくれるだろう。それとも俺は全てをぶち壊してしまったのだろうか?
「それでは僕は帰ります」
「あにさまっ--」急に瑞穂が俺を呼び止めた。俺は『やはりぶち壊してしまったのか』と焦ったが、次にとった瑞穂の行動からするとそうではないらしい。「……もっかいなでなでして」俺と目が合った途端に、瑞穂は鼻のあたりまで布団をかぶせながら両目をギュッと閉じる。俺は困った顔をして小首をかしげたものの、指示通りに動いてやった。
「んふふ--」
そうすると、目を閉じながら瑞穂が笑う。「兄様がいてくれてよかった……私一人で、真っ暗の中にいたくなかったもん」そしてそんな事を言う。俺はまだ困った表情のままだったが、別に悪い気はしなかった。