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13.5:サイファーが去った廊下にて

*前回までのあらすじ*


穏健派の騎兵隊エルベレスに所属する斉藤睦月さいとうむつきは、自分の内側にいる『もう一人の誰か』の存在を知らずにいた。しかしある作戦に参加中、剣の師匠である刃の古い弟子、不動裂がイーブルアイと名前を変えて彼に襲いかかり、彼の剣『GH』を折られてしまう。それを皮切りに、睦月の中で眠っていたもう一人の人格サイファーが目覚めてしまった。それ以来彼の体調は悪化の一途を辿るのだが、ある時偶然にも幼少の頃世話になった二十五代目紫電と出会い、古びた数珠を貰い受ける。それから数日後、とうとうサイファーは睦月の体を掌握してしまった。彼の剣は正光と泉に向けられたが……!?

   −−−−−−サイファーが去った廊下にて


 香奈子は頭が真っ白であった。

 突然携帯がなったかと思えば、心臓を貫かれた正光と血まみれの睦月がいた。そして睦月は自分がオブリヴィオンである事を告げるや否や、突如として彼女に襲い掛かったのだ。彼女の前で睦月は、身長百八十以上はあるだろう巨体に変貌した。あれがオブリヴィオンの正体なのだろうか。

 次いで現れたのは、睦月と一緒にいるところをたまに見かける薬師美歌である。彼女がまさかインビュードハンターだったとは……。しかし現在の精神状態では、彼女はその事について驚いている心の余裕などありはしなかった。

「……私も甘いな。あの時メビウスを消さなければ、もろとも仕留められてはいたのだが−−」

 香奈子がいたから口に出して喋ったのだろうか、カデンツァは言う。

 足首から腰にかけて香奈子は酷い激痛を感じていた。電撃にも似たそれは、彼女の体を麻痺させて動けなくしている。

(わたし、私……どうしたら……。インビュードハンターがすぐそこに。に、逃げなきゃ−−)香奈子はたまらず泣いてしまった。残念な事に、逃げたくてもそれができないからだ。今から足を治すか? そんな時間はない。ではAOFを張って痛みを和らげようか?(それで逃げ切れると思う……?)一瞬で起きてしまった事態と、いま目の前にある絶望が、彼女の思考を一寸先すら見えぬ深い霧で覆い尽くしていた。インビュードハンターと出会ってしまった場合、殺すか逃げるかしなければ、待っているのは死だけだ。

 カデンツァが香奈子に歩み寄る。それに気づいた香奈子は捨て鉢にでもなってしまったのか、ただ呆然とカデンツァの姿を目に留め続けた。

「無礼をして申し訳ないな、泉」

 だが近づいてきたカデンツァは、彼女に跪いた。

「え……?」

「私の『恋人』が、ちょっと心に病気をわずらってしまってね。どうやら最近では、それこそいろんな所で、厄介をして回っているようなのだ」

「……」

 予想外の態度に香奈子は驚いたものの、やはり表情は呆然としたままだった。

「おや? ひょっとして、インビュードハンターが攻撃してこない事に驚いているのかい? フフ、我々はね、泉。自分の狙う標的以外には、さして興味などを持ち得ないのさ。もっともランクが低いうちは別だがね……。どれ。足を見せてみなさい」

 香奈子は以前、インビュードハンターから掴まれた事がある。その途端に焼けつくような、はたまた凍りついたような感覚にとらわれたものだ。しかしカデンツァが足に触れてもなんともならず、むしろ痛みが和らぐようにさえ思えた。香奈子はカデンツァを見て、今度は自分の足を見ると、その足に空いた穴は無くなっていた。それどころか、破れたガラスや血痕など、全てが元に戻っていたのだ。

「どうして……?」

 なんとなく思ったことを香奈子は言ったが、彼女としては、やっと『なんとなく』で行動を起こせるくらいに、少しばかり思考が安定してきた。「どうしてだと思うかね? まったく面白いものだよ」カデンツァは立ち上がって、脇に倒れている正光を背負う。

「確かに泉。お前のようなオリハルコンを殺すのは名誉な事だ。だが……私が睦月を狙っているのと同じく。泉も、染井にも。目をつけた仲間がいるからな」「!?」いたずらっぽい笑みを浮かべたカデンツァは言う。

「だから、ここで手を出すのはルール違反なのだ。まぁそうやってお互い、獲物を横取りせぬよう気をつけているのだ。もちろん限度こそあるが、気まぐれに手助けだってしてやるさ? こんなつまらん所で死んでもらっては困るし、その場に居合わせておいて見殺しなどすれば、それこそ私の評判が落ちてしまう」

「そんな……」「だが、やれやれ。今回の件は、連中に相当な貸しを作ることになったな。まぁしかし、私としては別に、不本意と感じてなどおらんぞ? 何故ならお前達二人は、私が恋焦がれる男の友人であるからなぁ。その友人達に対して礼儀を払うのは、しごく当然のことだろう?」

(この人……それに、こいびとって……睦月君の、こと……?)

 キョトンとしていた香奈子に、カデンツァが見かねて言った。

「ほら、もう立ちなさい、足は治っている。女子が地べたに座るなど、まったく。はしたないにも程があるぞ」

「えっあ、うん−−」初めて会ったばかりなのに、何故か親しげに語りかける彼女に対して、香奈子は複雑な心境だった。

「いいかい泉。我々インビュードハンターは『ルール』を重んじ、それを美徳としている。そして各自は自分の定めたルールにのっとって、狩りを遂行しているという訳だ。……だがお前達が言う強硬派の連中は、そのルールを逆手に取った事ばかりしでかす。だからルールに縛られる事を嫌う奴等だっているが……フフ。ルール無しなら誰だって楽に狩れてしまうからなぁ? 私に言わせてみれば、そんな事を言う奴等は逆に、自らを低く評価してしまっていることに気づけない愚か者さ。制限の中で如何にして狩るか。それが楽しいんじゃーないか。ルールを逆手に取るなら取るがよいさ。『その程度』で我々を出し抜く事ができようものなら、是非とも拝見してみたいものだなぁ?」

 正光をおんぶしながら言うカデンツァはなんだかマヌケだったが、それでも香奈子にしてみれば驚愕にあたいする貫禄だ。


 その後、カデンツァは教室に戻るよう指示を出すと、正光を保健室に連れて行ってしまった。そして香奈子は教室に戻って初めて、天敵であるインビュードハンターと自分が会話していた事に驚き、恐怖したのだった。

 だが香奈子は妙な違和感を感じた。何なのか最初は良く分からなかったが、それがだんだんと分かり始めてくる。それは、カデンツァと名乗ったインビュードハンターの外見を思い出せない事だった。彼女は自分が何かをされたのだと思ったが、もはや考える事に疲れはてており、なんだかどうでもよいことに思えてきた。

「ねぇねぇ、二人どうかしたの?」

 その時、隣の席にいる光希からそんな事を言われた。彼女達にはさっきの騒動が『なかった事』にされているのだろうか? 「え、えっと−−」一体、なんと言えばよいのだろう。ただ苦笑しながら「知らない」とでも言えばよいのだろうが、今の心境ではそれができない。

「まー、どうせろくでもないことしに行ったんでしょ? カナも大変ねぇ」

「えっ? う、うん、そうだね……」

 しかし嬉しい事に、光希はどうやら勝手に解釈してくれたようだ。それに安心したのか、香奈子も苦笑することができた。

(ろくでもないことか−−)

 それをしでかしたのは睦月である。そしてそれに付き合わされた正光は瀕死となり、香奈子とて殺されかけた。(早くレイに知らせなくちゃ、大変な事になる……!)

 体感として酷く長い時間に思われた授業もやっと終了した。香奈子は教室を駆け出すと、人気のない廊下で携帯を鳴らした。

〔レイだ〕

「泉ですっ。あの、睦月君が!−−」

 香奈子は早速事情を説明する。さすが司令官だけあり、レイの受け答えは焦った香奈子にとって非常に説明のしやすい相手だった。彼は香奈子の心境をすぐさま察し、なおかつ状況がかなり切迫している事を知る。だから彼女に混乱させないようさり気なく、昼下がりにお茶でも飲んでゆったりしている時のような『たおやかさ』で接したのだ。

〔なるほど。オーケーだ。状況は把握した。まったく酷い目に合わされたようだな〕「いえ……」

〔そのインビュードハンターがお前達を攻撃しないと言っていたなら、信じてもいいだろう。むしろ学校にいれば、他のインビュードハンターから守ってもらえるかもしれんな。問題なのは、発狂した睦月か〕

「私は、どうしたらいいでしょうか……?」

〔そうだな……そのまま学校にてくれて構わん。だが居づらいのであれば帰ってもいいぜ。俺達は早速睦月を探しに出る〕

「わ、私はそれに、参加−−」

 香奈子は言いかけたが、レイは即座に否定した。

〔いや。それはダメだ。泉は待機して……そうだな。それじゃー司令室で美咲の変わりに、留守番でもしといてくれないか。誰かあそこに置いとかねぇと、入ってきた情報を見ることができねぇだろう?〕

 捜索隊として編成されなかった事に香奈子はホッとする。またあの、変貌した睦月を見るのは耐えられなかったからだ。

〔機械の操作方なんてのは楽勝だ、サルにでもできらぁ。それじゃ泉。基地に戻ってくれ〕

「わかりました」

 事は決まった。香奈子としても、何もせずじっとしているなんてできやしない。彼女は鞄を手に、バーわけありへと急いだ。

槍杉学園


 えある『槍杉学園やりすぎがくえん』は桜桃県最大級の生徒数を有する、小中高一環教育を行う私立学校だが、昨今さっこんのグローバル化に伴い様々な国籍の学生が集うインターナショナルスクールである。正式名称は『槍杉インターナショナルアカデミィ』なのだが、地元の生徒達からは単に『槍杉学園』とか『槍杉アカデミィ』、そして単に『やりすぎ』などと呼ばれていた−−−−


_/ _/ _/ ↑ 第一話より抜粋 ↑_/ _/ _/



<小・中・高等部>


 槍杉学園のメインである学び舎。

 基本設備は同じだが、それぞれの学習過程に合わせた教室、施設が設置されている。

 各校舎は専用の体育館とグラウンドを有するが、都合に合わせてセンターグラウンドやクラブ・ハイパージムを使用する。



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<小等部>

 特殊な設備は施されておらず、槍杉学園で唯一普通の学び舎。


 唯一特記をあげるとすれば、今では珍しく木造であること。これは時代の流れを幼い頃から実感させるためであり、高等部に上がったとき初めて実感する哀愁を感じさせるためである。

 しかし外見こそ木造であるものの、内部構造は他の校舎と同じである。よって耐震精度は実際の木造と比べ物にならず、防火対策も怠りはない。つまり外壁だけに本物の木材を使用した『みせかけ』の木造校舎である。


 多国籍学校という事で、小等部の時点で英語を徹底的に身に付けさせられる。ここで挫折するかしないかで、今後の槍杉ライフが決定するとも言えなくない。保護者や本人の意思により、その他の言語学習も追加できる。


 すぐ近くには第二職員室があるので、有事の際は保護者も安心である。


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<中等部>

 校舎は赤茶のレンガ造りをイメージした外観。

 学食や購買部、パソコン室、大型のミーティングルーム、屋上には天体観測所、グラウンドにはテニスコートなど、小等部から上がってきた子供たちの好奇心をくすぐる多様な設備が配備されている。


 中等部の時点で英語は身についている『はず』なので、この辺から校舎では日本語と英語まじりの実に不思議な会話風景が日常となる。


 また、中等部から『槍杉生徒委員会所属者』と『一般生徒』の待遇格差が生じ、エリート意識が生まれる。

 槍杉生徒委員会所属者には専用の休憩談話室や会議室などが提供され、特権によって様々な設備を独占使用したりできる。

 ちなみに槍杉生徒委員会所属者のことを、一般生徒たちは憧れと憎悪を込めて『トップ・コミティ(最上級の委員会)』と呼ぶ。


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<高等部>

 校舎は真っ白でいかにもお嬢様学校といわんばかりの風貌をしているが、男女共学なのは変わらない。

 各種設備はより本格的になり、発表会用のコンサートホールを設けている。たまに有名アーティストや実業家が訪れて講演会などを行う。

 槍杉学園内で一番大きな建物。


 生徒の逃亡防止策として高等部の近くには校門が無い。逃亡を図るには、危険を冒して第二職員室を一気に突破するか、幾多の監視の目を潜り抜けつつ長い道のりを経て西門へ抜けるしかない。

 もっとも駐輪場の裏から外壁をよじ登ればよいのだが、それはとても面倒で厄介な行為である。


 バイク登校が可能となるが、駐輪所は敷地外なため多少歩かなければならない。


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<第二職員室>


 横長で二階建ての一般的なビル。

 校長室と事務関係の職員オフィスがあり、来客の際などに使用する応接室がある。

 また、職員の簡易的な寮も備わっている。



 俗称だが、一部の心ない生徒たちからは『職員詰め所』『ティーチャーズポスト』などと呼ばれる。


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<クラブ・ハイパージム>


 運動系の学科や部活の際に使用する様々な設備が集結している。

 三つの建物からなり、それぞれ渡り廊下で行き来する事が可能。

 個別の名称があるものの、総称してクラブ・ハイパージムと呼ばれる時がある。



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<ハイパージム>


 一階が柔道と弓道場で、各部活がそれぞれの段取りで使用を許される。

 二階には運動器具を備えた部屋があり、肉体改造、健康維持に励む事ができる。


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<ハイパープール>


 五十メートルのプールが室内と野外に設置されており、水泳授業の際に使用される。

 ハイパージム二階からは小中学生向けの滑り台『ジャーニー・トゥ・ハデス(和名:黄泉への旅路)』が突き出しており、シーズンになれば小中学生が発するときの声が住宅地にまで響き渡り、そのすこやかな微笑ましい姿に夏の訪れをひしと感じる。


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<ハイパースパ>


 贅沢にも源泉を使用した天然の温泉施設。温度五十度、泉質はナトリウム硫化塩泉。

 簡単なシャワー室とサウナがあり、メインの温泉は実に広々としている。学生はもちろん無料で入浴可能。

 入浴の際は各自に配られた小さな三×五センチ程の認識票を首からげる必要がある。その認識票は、後記する風呂ポリスの持つ端末へ入室時間や個人詳細を伝える機能が備わっており、また個人ロッカーの鍵にもなる。

 浴室には御当地名物さくらんぼエキス配合のボディソープとリンスインシャンプーが備え付けてあり、金のない学生にとって非常に喜ばしい施しとなっている。


 ハイパースパを語る上で欠かせないのは『風呂ポリス』の存在ある。

 彼等はその名の通りハイパースパを警備する役目を持っており、生徒が入浴可能な時間帯は常に巡回している。風呂ポリスは生徒委員会の仕事の一つで、ハイパースパの規則を破ったものに対して罰則を与える権限を持つ。

 余談だが、風呂ポリスは日本国籍以外の生徒からも『HURO Police』と呼ばれている。


 学園からちょっと離れた場所に、一般客用の『槍杉ハイパースパ』という別の温泉がある。そこにはサウナや岩風呂、露天風呂と、学園にはないバラエティに富んだ設備がふんだんに備わっている。その他には垢すりやアロマオイルマッサージ等がある。

 特に学生特権というのはなく、入浴には五百円取られる。



 温泉がないかと地面を掘っていたらなんと『あったので』使っている。というのが口実だが、実際は風呂好きの校長が城壁学徒を使って地下トンネルを掘り、無理やり源泉を引っ張ってきたというのが真相である。それ自体はAOを使えば容易い事なのだが、そんな事に使っていいのかと城壁の上層部からお叱りを受けた経歴がある。

 しかし経歴がどうあれ引っ張ってきたものは仕方が無く、それ以降槍杉学園所属の学徒諸君は、営業時間外に入り放題となった。

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