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13:サイファー

13:サイファー



 富士さんと会ったその夜、俺は夢を見た。楽しいものじゃない、最悪だ。最悪な夢だ。

 夢の内容は大体こんな感じである。

 太陽が沈んでしばらくたった頃。俺は街が見下ろせる高いビルの屋上に立っている。さて、今日はどこで食事をしようか。俺が視線を巡らすと、眼下の音など聞こえるはずもないこの高度で、俺の耳には実に様々な声が聞こえてきた。だが声というよりはむしろ、心の声というか、思っている事というか……。雰囲気だ。雰囲気が伝わってくるのだ。

 場面は飛んで、俺は街中を歩いていた。かなり人の行き来が多いものの、俺は視線をそらさずにある人物の背中だけをじっと見つめ、後をつける。何故かソイツが人通りの少ない道へ入るのが分かっていた。

 また場面が飛び、誰もいない路地へとソイツが吸い込まれてゆく。俺は距離をつめると、後ろからサイファーを喉に突き刺す。これで声は上げられない。さぁ食事を楽しもう。

 そこからはソイツを無残にも喰い散らかすシーンが断片的に進んだ。とにかく盛大に血をあたりに撒き散らし、腕やら足やらを引きちぎりながらその感触を十分に楽しむ。肉を喰らい、血を飲み干し、俺の体はおかしいくらいに高揚している。吐く息は犬のように荒い。

 お楽しみの真っ最中、何者かの視線を感じた。勢い良くそこを向くと、物陰に隠れてコッチを覗く男と女が見える。見られた。ハン、構いやしない。俺は手前にいた男に飛び掛った。

「ギャアア」

 後ろの女が悲鳴を上げて何処かへ走り去った。まずったな。向こうはすぐに大通りである。スレイブエッジを一発だけ射出して女を射抜きはしたものの、やかましい声を上げられたので野次馬が現れ始めた。くだらねぇ、今日は楽しくねぇ日だな。ムカツク。むかつく。殺しの衝動が頭を駆け巡り、視界が狭まる。額に血管が浮き出る感覚がした。

 視界はいきなりハイスピードの映像となり、その辺に群がる野次馬共をサイファーで斬りまくる。だが相手はAOFなど展開できるわけも無く、さっぱり斬ったという感覚はない。クソ、これもムカつく。AOFごとぶった斬るあの感覚。あの感触。あれが欲しい。気づけばあたり一面血の海となっていた。路地の向こう側では人が大勢コチラを見ており、騒ぎが起こっている。

 俺の横にあったビルの窓に、電灯に照らされた俺の顔が映っていた。その顔は……。



「……クソ。新聞にバッチリ載ってやがんぜ」

 正光の声により、俺の意識は一気に現実へと戻された。教室、一時間目が終わった時間だ。俺と正光はいつものように新聞を眺めていた。

「コイツ、イーブルアイじゃねーよなぁ」正光が写真を指差して言う。「……だな。全然違う」俺もをれを見たが、違った。

 『大量殺人鬼激写』というタイトルでトップ記事に掲載されてあるこの写真。どうやら素人が携帯電話で撮ったもののようだが、血みどろの男が何も持たずに仁王立ちしている。イーブルアイより背は小さいようだが、正光よりも体格がいい男だ。

「…………」

 俺はソイツを黙って見つめた。コイツは……。コイツは、知っているぞ。サイファーだ……。

「一般の新聞記事にされるなんて、リベリオンカウンターの連中から、またエルベレスが叩かれるぜ。クソ。おやおや、やってしまいましたね。出来根市は確かエルベレス管轄じゃなかったのか? とかなんとか」

「……」

「まぁ実際、リベリオンカウンターに増援を頼まないレイのせいだってのもあるんだけど……。しかしなぁ。コイツはヤバイぞ承太郎」

 写真に幽霊が写るのと同じく、モリエイトされたAOとかAOFも写る。しかし新聞の写真では画質が悪すぎて、しかも白黒なだけにソレを確認するのは不可能であった。

「……でも、コイツがイーブルアイに変わって殺しをし始めた奴、ってのは、間違いなさそうだな」

 俺が言うと、「だな」と考える様子で正光が返答する。

「しかし、表沙汰おもてざたになった以上、上の連中も黙っちゃいねーだろうな。確実に他の騎兵隊が出来根市に押し寄せてくるぞ。ベルベットウィンドあたり。そしたらコイツも、おしまいだ」

 俺は仰け反りながら新聞の写真にデコピンする。「まぁだろうけど……うーむ……」しかし正光はどうも納得がいかない様子だ。

「なんかしたのか?」「……いや、まぁなんでもねー事なんだが……。なんかなぁ。引っかかるっつーか、わからん。わからんっつか、何がわからんのかもわからん。なんにもわかんねーんだけど、なんか妙な気分だ」正光はわからんを連発した。

「俺にはどうも、穏健派が幾らコイツをとっ捕まえようとしても、無理って感じがするんだ」

「……」

 俺は真面目な顔をして正光を見る。もしかして正光は持ち前のインテュイントで、何かを察しているのだろうか……? コイツのインテュイントは飛びぬけている。

「な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何を言っているのかわからん……」しかし正光はいきなり汗まみれになった。「……どんだけ恐ろしい断片を垣間かいま見たんだ」

 二時間目が始まるので、正光は新聞を折りたたむと自分の席に戻った。そしていつもの授業が始まる。

 だが俺は授業の内容などさっぱり耳には入らなかった。そう、あの夢。今日見た夢だ。あれはまさに、この事件の奴じゃないのか……? な、なぜ俺は、それが見えている。何故俺は、現場にいたような、いや、いたというよりはまるで当事者のような……。それは、お、俺が、サイファーの……。

 周りの温度がいきなり下がったような気がした。

 そ、そうだった。確かにサイファーは、奴は、俺の中にいるオブリヴィオンだ。と、と、という事は、お、俺が、俺がやったのか……ッ!?

 いや違う! ちがうちがうッ俺じゃない、やったのは、そうだやったのはサイファーだ。アイツだ、アイツが。あ…………。

 ま、まてよ。と、という事は、四日前の『やり口が変わった』という時、あの、あ、あの時から既に、や、奴は。そう言えばや、奴は俺に言った。毎日食事しているって……。

「……!?」

 机に置いた両腕がブルブル震えた。眉間にしわがよって、顔が強張る。

 奴が、夜に、俺を。俺の体を使って外に出ている。俺は寝ていると思っているが実際はそうではなかった。俺の意識が無い時に、奴が体を乗っ取っている。という事は、という事は、ということは。

「……お……ッおれが……ぁ……ッさい、ふぁ……ぁ……ッ」

 喉が押しつぶされたようになって呼吸ができない。蚊の鳴くような勢いだったものの、勝手に口がそのセリフを無理やり搾り出した。

 隣に座る佐野さんがコチラを少しだけ見た。体の震えは止まらない。激しい動揺が俺を襲い、軽いパニック状態になってしまった。

「睦月、君?」

 佐野さんが何か言った。そ、それどころじゃないんだ。お、俺は。おれは。次第に周りの生徒もコチラを見始めた。ザワザワ。

 もうここにはいられない。ガタンと立ち上がると、俺は教室を飛び出した。人の視線から脱した瞬間、急に吐き気がもよおす。ヤバイッ。とっさに便所に駆け込んだものの便器まではもたず、手洗い場で嘔吐した。

「おうえぇぇ」俺の口から胃の中身が吐き出される。「えうっ!?」しかし出てきた中身を見てさらに驚いた。あまりの驚きのため肺が痙攣して激痛が襲う。「アッ、ガハッ、ァッ!?」変に胃が躍動してしまい、激痛はさらに増す。だが嘔吐は止まらない。

 ……俺の口から出てきたのは真っ赤な液体であった。そして肌色の、うぶ毛のある肉片。「フゥグゥッ!?」それらが次々にせり上がり、口から出てくる。俺の目からは勝手に涙が出てきた。腹の激痛も止まらない。

 ボタボタボタッ!

 血が。肉が。俺の胃袋から吐き出されてゆく。

「オウゥ……ッ……ゴエッ!」

 ボトン

 最後のは喉につまって中々出てこなかった。そして出てきたもの。……誰かの、眼球だった。

「ハァッ……ハァッ……」

 胃が躍動を続けるが、もう出てくるものは何も無い。口の中は粘ついて、生臭い血の味でいっぱいだ。それだけでも吐き気がするというのに、これは……これは……。

 顔を上げると、目の前には鏡があった。口の周りは真っ赤に染まっている。

「うっ!?」

 反対側の壁にもたれかかるようにして腕を組む、サイファーが鏡に映っていた。そしてソレを確認するのと同時に、誰かがコッチに走ってくる音。「やばっ、だめだ」俺は誰が来るのか分かってしまった。

 とっさに振り向くと、丁度正光が向こうから現れた。

「む、むつき」正光は俺に付いた血を見て目を丸くする。鏡で見たはずのサイファーはいない。

 また鏡を見る。いた。鏡越しだと奴が見える。丁度正光の隣、数歩置いた所だ。パッと振り返って見るが、だがいない。

「お前……」「正光」正光が俺に一歩近寄るが、俺は腕を出してそれを制した。「まさみつ」鏡と、鏡が映っている方を交互に見返す。鏡の景色にはサイファーが映っているが、やはり肉眼ではソレが見えない。「まさみつ、に、逃げろ」俺は何度も見返しながら言った。「はやく」

「な、なんだよ」「正光いいからにげろ」鏡の向こうにいるサイファーがゆっくりと動き出した。「い、いけ。はやく」俺のほうを向く正光に対し、真横からゆっくりと近づいてゆく。

「ま」

 鏡を見ると、サイファーが正光に近づくのが見える。しかし問題は次だった。

 俺は顔を正光のほうに向けた。だが、見え方がおかしい。俺の視界は正光の真横、彼の横顔が映っているのだ。この視界では正光の向こう側に自分の姿もあり、口を真っ赤に染めて正光のほうを向いている。……その顔は、とても驚いている。だが、今の視界。この視界での表情は真顔だ。真顔であるという顔の感覚もするし、だが驚いた顔をしている感覚もある。

 俺は顔を鏡のあるほうに向けた。すると視界は元に戻り、鏡越しにサイファーと正光が見える。でも正光のほうを向こうとすると、いきなり彼の真横の視点……サイファーのいる位置になる。何度繰り返してもおなじだ。俺はこの状況に、今までに無い恐怖を覚えた。

 右腕が動いた。いや視界に映る俺の腕は動いていない。正光の横にいるサイファーの腕の感覚。右腕。アストラル体が、ソウクされ、や……。

「正光!」

 視界の端で相棒が叫んだ。だがそれと同時に俺は得物をモリエイトして正光に突っ込む。正光がとっさに身構えた。フン、勘のいい野郎だ。だが。

 ズンッ

 あっけなく、根元まで正光の体に俺のサイファーが突き刺さった。素人じゃない、モリエイターならでわのこの感触。AOFを展開していない状態でも、コイツらのアストラル体は固い。あぁ。いい感触だ。俺はサイファーをグリンとひねり、傷口を開いてやる。

「お、まえ……!?」

 ハハ。正光の莫迦め。まるで対処できず、心臓にモロに喰らいやがった。

 さっきの視界は、俺がイマジネートを利用して真横の視界を作ったのだ。睦月ったらないぜ。そんだけで簡単に取り乱しやがって。まぁそのかいあって、俺がこうも簡単に……。

 ドクンッ

 目の前の景色がブレた。体が動かん。クッ、睦月の野郎……。頼みのお師匠様から教えてもらったやり方で、また俺の束縛を……ッ。

 ドクンッ

「グッ!?」

 俺はサイファーを無理やり引き抜いたが、正光は力なく床に倒れてしまった。俺の……俺の右手には、まぎれもないサイファーがモリエイトされている。ソレをもつ右手がブルブル震える。「ッ!」俺はサイファーを便所の奥にブン投げた。

 とっさに俺はAOFを展開する要領で、自分の意思を体に巡らしたのだった。そのおかげで、サイファーからいつの間にか乗っ取られていた体を取り戻すことができた。野郎、まさかあんな芸当げいとうをされるとは。

「正光……ッ!」

 床に両手をついて正光を見る。や、やばい……、心臓を一突きだ。サイファーの野郎はこのあと、さらに上部へ斬り上げようとしたのがわかった。そうされると思った途端、とっさにAOFを張る事を思いついたのだ。だが、クソ!

「……」

 正光の口がパクパクと動いて何かを言っている。だが声にはなっていない。くそう、くそうくそうッ! 俺は、俺はァァ……なんという事をぉぉぉ……ッ!!

「ま、正光、まってろ、まってろよ、まさみつッ」

 彼の目はうつろであった。俺は震える手をぽっけに突っ込んで携帯を引っつかむと、泉さんに電話をかけた。こんな姿では教室に行けない。

 しかし……クソ、泉さん、気づいてくれ! 今泉さんは授業中だ。電話に出るどころか、果たして俺の着信だと確認するかどうかも怪しい。俺は焦っていた。正光と教室の向こうを交互に何度も見てしまう。女の子みたいに泣きわめいてしまいたいくらいだ。コール音だけが何度もエコーを続ける。

〔もしもし?〕

 泉さんだ!!

〔何かあったの?〕彼女は声を潜め、緊迫した口調であった。一応俺が教室を出たのを見ているからな……。「泉さん、や、やばい事になった。正光が、き、斬られた」〔エッ!?〕「事情は後で話す。い、今、すぐそこの便所だ。くれば分かると思うが……」

 俺が喋り終わる前に駆け足の音が近づき、電話を耳に当てた泉さんが現れた。

「ハ……ッ」

 泉さんは声を上げそうになったものの必死に堪えた。だが持っていた携帯を床に落とすと、両手を口に当てる。可哀想なくらいに表情を歪めた目元だけが俺には見えた。俺も同じように泣きたい。

「い、泉さん。急だとは思うが、す、すまん。コイツを……」「……ッ!」俺が正光を抱きかかえながら言うものの、彼女は近づこうとしない。

 正光に触れたのだったが、ヤバイ。心臓の鼓動がなくなってしまった。俺は下を向いてゴクンとつばを飲み込んだ。これ以上もたつく訳にはいかない。口の周りを袖でぬぐい、顔を上げて彼女を見た。

「泉さん。ま、真面目な話だ」「……」彼女は両手を口に当てたままだ。しかし俺はゆっくりと、言葉を続ける。「最初に、ABI展開。次にAOF。正光を、回復させる」

「……ッ」

 数秒間、彼女は立ち尽くしていた。それは本当に十秒もみたない時間だったのだが、俺にはそれが何十秒にも思えた。クソ、なんだってんだよ。何ビビッてんだ、この女は……! 彼女はその後へなへなと力なく座り込んでしまった。クソが、そうじゃねーだろうがよぉ役立たずが!! だが四つんばいになりながらも、倒れた正光に近づいてくる。

 俺は怒鳴り散らしたい気持ちを抑えつつ、冷静な態度でいた。ぶっちゃけ目が引きつっていたかもしれない。

「泉さん。早くしないと。コイツが、死ぬんだ。早く」「うっ……」俺は出来るだけ優しくいうつもりだったが、強めの口調になってしまった。彼女はとても困った顔である。いつもならそんな顔も可愛く見えるのだろうがいまは……今は違うだろうがよオオオオオオオ!!

「ABI。展開」

 俺がもう一度言うと、彼女は下を向いてそれを展開した。クソ、なんだよ。簡単に張れるんじゃねーか莫迦野郎が……。

「次はAOF。展開」

 また言うと、指示通りに彼女がAOFを展開した。

「……ここだ」

 正光にできた風穴の位置を指差す。「うっ」また彼女は目をそらした。「……」今回ばかりは俺は何も言わなかった。ここまで来て、出来ませんじゃ済まないからだ。彼女はおずおずと手を伸ばし、そこを覆う。すると次第に正光の傷口が塞がっていくのが分かった。いいぞいいぞ。治れ治れ。このまま治ってくれッ。

「クソ……」「……」俺は彼女の隣で成り行きを見守っていたが、彼女はチラチラと俺を見てきた。

「睦月君……これは……」

「……最悪だ。最悪な事が、起こった」「……」

 正光のエーテル体を見る限り、『なんとかなりそう』という気持ちになった。そう思えるという事は、多分大丈夫なのだろう。

「なんでこうなったか、簡単にだけ教えておく」

 俺は考えながら喋っていたので単語間の間隔が大きかったものの、早口で喋る。

「俺は結構前から、オブリヴィオンに犯されていた」「……」「ソイツが最近、動き出しやがったんだ……。そして、今や、どうやら末期らしい。自分が知らない間に、勝手に体が動かされちまう。……それで、正光がやられた」「そんな……」「そして、泉さんも」

「えっ……?」

 泉さんは俺の最後の言葉に小さく驚いた。

「……!?」

 俺は……今、なんて言った!?

「睦月君……?」「泉さん、アンタはいい女だ。体はまだ若すぎるが、綺麗だ。無論、魂も。殺すには惜しいから、ゆっくりもてあそんでから、殺してやる」

 俺の口が勝手に喋りだす。何故だろう、言葉が続くにつれて、口がにやけてくる。彼女の瞳孔がゆっくりとしぼむ。その瞳には、ニヤケづらの俺の顔が映っていた。

「たっぷり楽しませてやるよ」

 バゴンッ!

「キャア!」

 俺のこぶしが壁を殴り、その中にめり込んだ。泉さんは正光に覆いかぶさるようにして倒れこみ、なんとかそれを避ける。

「い……ッいずみさん……ッ! ……逃げろ、は、はや……」めり込んだ腕がブルブル震える。腕だけではない、体全体がおかしい。体が、熱い……ッ。「い、いや……」泉さんは震えながら首を横に振る。「いや……」しかし急に動き出すと、正光の背中を掴みながら廊下側へモゾモゾと這い出し始めた。いや、だが、やれやれ。一足、遅かったな。

 ズボッ

 壁の中から俺の腕が勢い良く抜けた。だが出てきた手にはサイファーが握られている。グルンとサイファーを回し、泉の真っ白なふくらはぎに突き刺した。

「アアアアアッ!?」

 泉は可愛らしい悲鳴を上げた。ハハ、いい声だな。もっと鳴け。

 俺はサイファーをさしたまま自分のほうにゆっくりと倒してゆく。わざと切れ味を無くしているので、メキメキと骨が割れていく感触が柄を持つ右手に伝わってくる。

「アァァーー!!」

 こちらを振り向いた彼女の大きな瞳は最大まで見開かれて、大粒の涙が蓄えられている。オリハルコンともあろう者が、他愛もない。

 ゴキゴキと俺の関節が鳴り、腕や足が伸び、筋肉が躍動して盛り上がる。これでやっとチビの睦月ではなく、本来の俺、サイファーの体格になった。

 睦月の姿からいきなり俺に変わったのを見て泉は驚愕の表情を浮かべたが、急に廊下の向こうを振り向いた。同時に、俺もとてつもなくヤバイ感じがした。

 ギュウンッ!

「!!」

 俺が視線を送る前に、インテュイントとイマジネートが連動して迫り来る何かの映像を俺に見せた。『発光する輪』だ。直径二メートルの丸い蛍光灯とも言えばよいのか、ソレが勢い良く突っ込んで来ていた。泉に突き刺したサイファーを引っこ抜いて、同時に跳躍、それを回避する。今見えたが、あの質量……あれをサイファーで防ごうものなら、剣ごと持っていかれていただろう。まるでフラフープみたいな『わっか』だ。

 あらためてソレを投げた奴を見る。六メートルほど先に、昨日相棒むつきとやり合っていた……カデンツァとか言ったか。奴がそこに突っ立っていた。片手を腰に当て、俺と目が合った奴はクイッと首をかしげる。

 シュルルル……

 俺は微かながらもアストラル体の揺らぎを感じた。後方。フン。さっきのが戻ってきたのか。

「あぐっ! うっ、あっ!?」

 泉の髪を鷲掴みにし、戻ってきた輪に向ける。盾にしようって訳さ。しかしぶつかる直前、その輪がパッと飛散した。それを確認すると俺はまたカデンツァに向き合う。泉はあえて放さず、左手で強引に抱きかかえた。

「ハハ、インビュードハンターか。泉め、そういえばいつの間にかABIを解除しているな」俺が言うと、カデンツァが眉を潜めた。「……お前は莫迦か?」「あぁ?」ムカツク野郎だ。

「ABIを張る以前。お前は自分で何をしたか覚えていないのか?」「……」「頭の悪い奴だなァ? お前は。……正光を殺すのに、一体何を使った?」言われて気づいた。いや、たぶん言われる数秒後に気づいていたのだろうが、カデンツァの言葉が若干早かったのだ。

 俺は正光をやる時、確かにサイファーをモリエイトした。その時点で、気づいたってのか? それにしても野郎、舐めた口を……ッ。

「なんだと思うよぉ、カデンツァァーー!」

 急激なソウクにより小規模ながらもアストラルストームが発生した。俺がAOFを展開したのだ。同時にスレイブエッジを八本モリエイト。三秒もあれば余裕だ。

「ハハッ」喰らえよ。

 一斉にスレイブエッジが射出された。廊下の横幅は四、五メートル。狭いな……だが前方、百五十度四方から迫る八本の剣に、果たして耐えられるかよ! インビュードハンタァァー!

 ガギャイィンッ!

 同時に飛来する八本の剣が一斉に火花を上げた。「ッ!?」俺は顔をしかめる。着弾のタイミングが早すぎるからだ。

「……くだらんな。オブリヴィオン」

 カデンツァがまた首をかしげながら、しれっとした態度で言う。奴はさっきから同じ姿勢だ。だが周りには四本の発光する線が……いや、円だ。奴を中心として球体を模す四つの円が今、点滅して消えた。左右から飛来した八本のスレイブエッジを、たかが四つの円だけで防いだのか……!

「ぐっ!?」

 俺のAOFが急激に失われる感覚。黙っていた泉が、俺のアストラル体をソウクしだしたのだ。なんていう出力だ、並みのモリエイターでは考えられないソウクのスピード。こ、これが、オリハルコンの力なのか!?

「チッ!」

 泉を抱きかかえていたのが逆に災いした。この女と接する面積が多すぎて、アストラル体が根こそぎ持っていかれてしまったのだ。俺はまた泉の髪を掴む。「いやっ!」泉がとっさに叫んだが、それから強引にカデンツァのほうへブン投げる。泉は顔面から廊下に突っ込んだようだが、俺はそれを見ないまま窓ガラスを突き破ると外へ脱出した。

「……」

 カデンツァが窓越しに俺を見ていたが、どうやらその様子じゃ追うつもりはないらしいな。フン、そうだろうよ。だって目の前にゃ、インビュードハンターのターゲットとして申し分ないオリハルコンがいやがるんだからな。精々ソイツを殺して、評価を高めるこった。

思いつかない我剣流の技


我剣崩がけんほう


 自分の持つ剣が接触しているものを、無動作で一方的に弾き返す技。

 といっても対剣の技なので、あきらかに質量の差が歴然であった場合は自分が吹っ飛ばされる可能性がある。しかし逆にその反動を利用して距離をとったりする事も可能。

 我剣流において基本であり、もっとも初歩的な技であるものの、この技こそが我剣流の代名詞とも言うべき技。

 つばぜり合いにおいては他を圧倒する、使い勝手の良い技。



我剣斬鬼刀がけんざんきとう


 最初の一手ので敵の体制を崩し、そこから四手斬りつけ、最後は心臓を狙った突きの一手を放つ技。突きが決まった場合、剣をねじって刃を上に向け、頭を切り裂くようにやや斜め上へ一気に払う殺人技。

 前進しながら斬るのでカット耐性が強く、睦月が好んで使用する。



我剣空舞がけんくうぶ


 その名の現す通り、空を舞うが如く敵に連続した斬撃を無制限に与える技。いくら敵のインテュイントが冴えていたとしても、この技の前では太刀打ちできない。何故なら、目で追えない程の加速力で一瞬にして全方位からの斬撃を加えられるので、応じようがない為だ。


 我剣流における最高難易度を誇る奥義。手は無限に繰り出せる。




思いつかない飛影剣の技


飛影水面鏡ひえいみなもかがみ


 前方に立てた両刃刀を三百六十度回転させ、そこに鏡のような反射鏡を形成する。そして、そこに当たったAOををそっくりそのまま跳ね返す技。出した水面鏡は両刃刀を動かした時点で消滅するので、全方位守るという事は出来ない。無論、使い手が複数いればそれぞれを防御する事は可能。



飛影剣陽炎ひえいけんかげろう


 人間の視覚を錯乱させる技。範囲内にいる対象を任意で『見えにくく』させる。



飛影百花繚乱ひえいひゃっかりょうらん


 飛影剣『龍のツガイ』の構えの時のみ使用可能。

 目にも留まらぬ速さで、両手にもたれる二つの剣によるやいばの洗礼を繰り出す。これに対抗できる剣舞は我剣流以外に存在せず、至近距離で出されようものなら一方的に斬りまくられてしまう。



飛影操糸断ひえい そうしだん


 空対地、空対空に対して威力を発揮する技。疾風の如く空中を移動して敵を翻弄し、初段の鋭い一撃を与えたのちに、瞬く間にして三手斬り込む。三手中、最後の一手は両刃刀を真ん中で分割し、両手に持って外側へ切り払う。

 飛影剣における最高難易度を誇る奥義。


 最低四手。初段が入った時の状況に応じて何手でも斬り込める。



 睦月はたまにこの最強技であるはずの飛影操糸断を使うが、奴のは所詮我流なので四手しか出せず、また鋭さがまったくもってない、みようみまねの技、言うなればパクリである。しかも毎回、かなりの割合で弾かれるか回避されている。

 正規の使い手が使用したものならば、出した瞬間周りには疾風が巻き起こり、「気づけば斬られている」くらい速く、しかも重たい斬撃を放つ。

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