10:悪化
10:悪化
「燃焼系、燃焼系、あーみのっしっき」
体育の時間、ジャージ姿のクラスメイト一同はグラウンドに集結していた。奴らは二列に並んで、我が槍杉学園特有の、なにやら不可思議な掛け声を発している。
「燃焼系、燃焼系、あーみのっしっき」
俺は寝不足と体調不良という事で一人ベンチに座っていた。今朝がたしこたま吐いた後は結局寝付けず、さらに食欲が無かった。しかしそうそう休んでいるわけにもいかない。すぐ隣には緑色の金網が張ってあり、そこでは一年の女子がテニスなんぞをしやがっている。やけに黄色い声がするのはそのせいだ。
「そんな運動しーなく、て、もオオオォォーーー!!」
ちなみにクラスメイトの奴らはハンドボールの授業をしているのだが、やはり掛け声がおかしい。相手に背中を向けて、後ろ手でボールを相手に投げてやっている。それをキャッチした相手は、体を回転させるようにして背中を向け、また同じようにボールを投げる。
「燃焼系、どぅっふっふっ、あーみのっしっき」
「うし。んじゃー次は利き手じゃない方の腕でバックハンド、ニセットー。……始めー」
「燃焼系、燃焼系……」
そんな様子をボケッと見ていたのだったが、不意に何かが俺の頭にぶつかった。
「いって!」
足元を見ると、テニスボールが転がっていた。金網の向こう側で少々のどよめきが起こっている。「す、すみませーーん!!」そしてすぐさま声が聞こえた。む、どっかで聞いたことある声だ。
頭にたんこぶをつけた俺はそのほうを向くと、なんと薬師さんが金網に両手をかけて心配そうな顔をしていた。
「あらっ!? 先輩!? す、すみません!!」「……」
俺は転がっていたボールを投げてやろうと思ったが、彼女はこばしりでコッチまで走ってきた。
「あぁあのッ! なんて謝ればいいのかっそのぉ……」非情に困った顔だが、何気に俺のたんこぶをチラチラ見ている。
「あぁいや、まぁ俺もぼけっとしてたのがわり。俺でよかったな。ほらよ」
知らねークソだったならまだしも、薬師さんなら全然怒る気にならなかった。俺がテニスボールを手渡すと、彼女の目つきが一瞬にして変わった。
「本当にお前に当たってよかったのか? 本来なら頭蓋骨陥没で即死だ。ここが人目のある所でよかったな、睦月?」
「…………」
カデンツァだった。クソ、あの野郎……。鋭い眼光で睨みつけてやると、野郎はフフフと笑って向こうに戻っていった。
その日の昼飯時になっても、俺の食欲は一向に湧かなかった。瑞穂に作ってもらった弁当があるものの、それを目の前にして開ける気分にもならない。ハァとため息をつく俺に、正光が近寄ってきた。今回はじゃんけんに勝ったらしいな。
「よお、なんかしたのか?」「うーむ……」前の座席の椅子を後ろに向けてそこに座った。
「……」
果たして、正光に言うべきなのだろうか……?「……」「まぁ、そんな日もあるか」黙ってしまった俺に対し、正光はそれ以上の検索はしなかった。
やはり俺が思うに、正光には言っても問題は無いだろう。というかコイツには隠し事をしたくはない。だがそれを打ち明ける勇気が、まだ俺の中にはなかった。最悪だ、パッと言ってしまえばいいものを。しかし今の俺にはそれができない。情けない話だ。
帰り際、俺と正光は一緒に教室を出た。昇降口の辺りにくると、いつもの友人二人と一緒の薬師さんと会った。
「おわっせ、先輩! あの、さっきはホントにすみませんでしたァ!」まったく元気の良い女の子だ。「ん? なんかしたっけか?」「そんな! 頭にボールを私が……」俺がわざとらしくシラを切ると、やっぱりけなげな返答を返してきた。「あーあれか。いやだからもういいって」
「何かあったのですか?」正光が俺に聞いてきた。「なんか体育ん時ボール飛んできて、ぶつかったたけだ」
「そういえば、先輩最近部活に来ないから、みんな寂しがってますよ〜?」「……確かに最近、顔だしてねぇな……」「今日も何か用事ですか?」
「今日は何もねえし、行ってやりゃいーんじゃねーの?」正光が言う。確かにその通りなのだが、俺はいつものひらめきが起こった。「……いや、今日はちっと駄目だな。正光とやることあんだ」「うぅ、そうですかぁ」
薬師さんは残念そうにしたが、隣の正光は不思議そうな顔をした。「あれ? なんかあったっけ?」クソ、すぐ思った事を口にしやがる。
「うっせ。話あんだよ。んじゃ薬師さん、すまん、明日か明後日はぜってー行くから」「あ、はい」「んじゃーまた。ウシ、正光。行くぞ」「お、おぉ?」
強引にその場を切り抜けて、俺と正光は学校を後にした。二人は自転車で帰路を進む。俺が結構真面目な顔をしていたので、正光は何も言わずについてくるようだった。
そして静かな住宅街に出た。
「……んで、話ってのはな」「うむ」走行中切り出すと、奴は聞く体制になっていた。さっきのひらめきと言うのはまさにこのタイミングの事だ。俺が自転車をゆっくり止めると、奴も近くで止まった。
「……昨日、病院に行ったのは知ってるな」「あぁ。朝聞いた。胃腸炎だとかって」「……実は、それは嘘だ」「なんだそりゃ? 実は盲腸なのか?」「もっと最悪だ」「……なんだよ」
「……なんか……。……俺のDSPの反応、陽性らしい」
「……はぁッ!?」
正光は普段通りには驚かなかった。立ち止まり、目を見開いている。
「な、なんだよそりゃあ!? お前……!? だ、だって、……」「……」「……なんでだよ!!」
「……全部、話す。でもここじゃあれだ。家で話す。来てくれるか?」「おう、もちろんだ」
二台の自転車はガンダーラマンションズに到着した。そして俺の部屋に行くまでに、瑞穂には『連絡があるまで俺の家に上がるな』というメールを打っておいた。これで余計な邪魔も入らない。
「うお」
正光が家に上がると、見違えた俺の家に驚いた。すっかり綺麗になったリビング。なにやらかぐわしい香りのする部屋一体。だが今はそんな事はどうでもよい。二人は対面するようにソファーへ座った。
「どっから話せばいいのやら」
フゥと息を吐いて俺はそう言い、イーブルアイと初対面した時の事から洗いざらい全部言った。剣を折られた時に言われた事。目覚めた翌日からの体調の変化。血の匂いの事。紫電との事。そして今朝の事。
俺のたどたどしい説明を、正光はじっと黙って聞いていた。かなり真剣な表情だ。正光がこんな顔をする所を、決して学校の生徒共は想像出来ないだろう。しかしこれが正光の本当の顔だ。コイツは実は、『超』が付くほどド真面目なのだ。
「……最悪だ、睦月が、オブリヴィオンに侵食されるなんて……」両肘と手をテーブルについて正光が言った。
「睦月でも。だけどよ。睦月の炎は、さっぱりなんともねーようにしか見えねーぞ。全然具合ワリィって感じにも見えねぇ」「……どうやらそうらしい。瑞穂もさっぱり気がつかなかった。専門家じゃねーと、わからんみたいだ」「……」
「目には見えなくても、俺自身は異変が起こってるのがわかる。毎回悪化する体調もだし、それよりも、なんつーのかな……。自分が思ってもないような行動を、いつのまにかやってる時があんだ」
「それがオブリヴィオンなのか?」「だとしか説明がつかん」「……クソ」
「一応D3の連中には、紫電が陰性だと言ったみたいだから、そっちは問題ない。でも……。これからそれらしい予兆が目に見えてきたら、それもどうなるかわからん」
「直す手立てはねえのかよ?」「俺もそう思ったが……。……紫電も、俺を励ますくらいしかできなかった」
「直すってか、なんか紫電が、アストラルガンナーズのあれだ。ハーマイオニーじゃねぇ。ホイットニー・グレンジャーがオブリヴィオンを押さえつけたとかって言ってたっけな」
「ワーオホイットニィィーー!?」正光が驚いた。「会った事あんの?」「うむ、あるぞ。髪が真っ白けの、可愛らしいノットジャパニーズロリータだ。俺らよりちょっと年上って感じしてたけど、成長止まったとか何とかで実は三十路を超越しているらしい」「ふむ」「……もしかして、DSPのせいでそうなったのかもしれんな」「確かに」
俺と正光はソファーにもたれかかった。『打ち明けた事』と『話せる奴が出来た事』に対する安堵感はあるものの、やはり問題が解決する事はない。
「今後の哨戒は、どうすんだよ」正光が聞いてきた。「……一応、出るさ。具合が悪いのは午前中だけだ。夜中はなんともない」「いや、しかしだな。血とかなんとか、またそういうのあったら、どうすんだよ」「……。確かにその通りだけど、でも、一応俺も、エルベレスだしよ。それに、何にもしねーで家にいても、なんにもならん。やっぱ何かしら動いてたほうが、俺としてはいい」「そうか……」
「……正光」「ん」
俺は前傾姿勢になり、さっきの正光みたいに両肘と手をテーブルにつけた。
「もし俺が、侵食のせいで、なんかなった時は……」「オイ」正光がドンとテーブルを叩いた。しかし叩いた本人はその後、困った顔をしてどこかを向いた。言葉に迷っているようだ。
「最初っから弱気になんなよ……。言われたんだろ? 意志を強く持てって……」
「……すまん。そうだな」
俺と正光は家を出てバーわけありへと向かった。時間まで話をしていたが、結局は俺がなんとかするしかないという事であった。
「あにさま」
中に入ると瑞穂がカウンターの席で座っていた。隣に泉さんもいる。
「兄様、あの……」「よお瑞穂。さっきはすまんな。ちょっと色々あってよ」「あ、はい」心配そうにしていた瑞穂だったが、俺がいつものトーンで喋るのを見て安心した様子だった。
しかし泉さんと一緒にいたと言うのが少し気になった。もしかしてお前、泉さんについつい喋っちまったとか、莫迦な事してねーだろうな。まぁそれはのちのち聞く事にしよう。
下へ降りるとレイと美咲さんがいたが、いつもの如く仕事中らしいので特に声などかけなかった。ロッカールームには師匠がいた。
「……」
俺が頭を下げて挨拶すると、師匠は目を閉じて少しだけ頭を下げ、それに答えた。
師匠は多分、紫電から俺のDPS反応の事を聞いているだろうと何故か思えた。それは師匠と紫電の関係からして推測できる。しかし師匠はそれだけで、何も言わなかった。それともここでは言わないのだろうか? 俺の肩身は狭い。
自分のロッカーを開くと、中には新品のコートが入っていた。前回穴だらけにされたので、同じものをまた買ったのだ。アストラルガンナー、GPS、シティマチェット。よし。
装備を整えていると、レイと美咲さんが入ってきた。
「よーぅ睦月。胃の調子はいいのか?」レイが意気揚々と声をかけてくる。「あぁ。薬飲んでだいぶ楽だ」「おう、そりゃよかった。でも無茶すんなよ」「了解」彼は知っているのだろうか? うーむ、知ってそうだな……。
全員が外へ出て、それぞれのポイントへ向かう。正光と別れる際に、やはりいつものやつをした。
それからは瑞穂と一緒に歩いていた。
「瑞穂」「はい」歩きながら瑞穂を呼んだ。「お前さっき泉さんと一緒だったが、まさか俺の事言ってねぇだろうな」「い、言うものですか! 私が……」「ふむ。ならいい」
「……もしかして、正光さんには?」今度は瑞穂が聞いてきた。「……言った」「そう、ですか」「でもお前は誰にも言うなよ」全く不合理な俺の言葉だったが、瑞穂は律儀にも「うん」と頷いた。
瑞穂と別れ、自分の哨戒ポイントを巡回する。夜はインビュードハンターとの遭遇率が高いものの、ちゃんとあたりを警戒していればどうという事は無い。
今回は一時間ほど歩き回ったが、特に何の変化もなかった。マップの端に突き当たり、また折り返す。平穏な夜だ。十分おきにそれぞれが定時報告し、『異常なし』のセリフが何度も繰り返される。
ーーー……ッ
何かが聞こえた。
「……」
クソ、この感じ。前回と同じである。動揺はするものの、だが今回はそうはいかないぞ。神経を集中させ、俺は冷静になる。
ーーー……ッ
しばらくするとまた聞こえた。だが聞こえたのではない。聴覚で感じ取ったわけではないのだ。これは俺の頭の中に直接響くような音だ。これがオブリヴィオンの声か?
ーーー……ッ
だんだんと感覚が短くなってくる。それにつれて、俺の鼓動も早くなる。クソ、どうしようもない。冷静さを保ってはいるものの、だがやはり外的要因ではないゆえ、どうする事もできない。
しかしそれは突然ピタリとやんだ。俺が気を引き締めていたからか?だがそう思った数秒後。
「見られているぞ」
全身にゾワゾワと鳥肌が立った。
「ッ!?」
まるでヘッドフォンをした状態でそれを聞いたような感じだ。かなりクリアな声で、いきなり俺の鼓膜がその音を拾ったのだ。誰の声だ!? しかし回りには人らしき姿、気配はどこにもない。この声の音量からするとかなり近く、それこそ耳元で喋られたのと同じだ。
だが誰かが声を発したのなら、その方向から音がするはず。この声は俺の両耳から同時に聞こえた……。
クソッ! なんだよ、これは!? それはかなり野太い声だった。しかしそう聞こえたのは、微妙にエフェクトがかった感じに聞こえたからなのかもしれない。俺にはまったく聞き覚えのない声だった。
しかし……『見られている』と言ったな。誰に?
「イーブルアイが見ているぞ」
また聞こえた。不覚にもまたもや俺は驚いて、鳥肌が立った。
「誰だ!」
街中にも関わらず、俺は叫んだ。だがやはり人の気配はない。不気味な静寂だけが辺りを取り巻いている。
イーブルアイ? 奴が、見てるってのか……!? 何処で!?
「……見られているぞ」
また声がしたが、今度は少し小さくなった。まるでボリュームの『つまみ』を下げながら喋ったような感じだ。鳥肌も立たない。
「……」
三百六十度、四方八方に意識をめぐらして索敵する。今夜は曇りだが、視界は良好だ。しかし奴の気配など何処にも感じ取れなかった。それこそ野郎の気配なんてのは、一発でわかるだろうに。……クソ、美咲さん辺りを呼びたいところではあるが、たかが『こんな理由』で彼女を呼ぶわけにもいかない。俺の霊視レベルだとせいぜい三百メートルくらいしか透視できないが、美咲さんなら数キロくらいスキャンできるはずだ。
俺は適当な壁に隠れ、アストラル体だけを視覚化する。するといつも見ている風景が色あせて、青と黒のコントラストだけになる。家の壁やアスファルトは無機質な固形アストラル体なので、透明な青い立方体として視覚化される。人間は、その人の形を縁取った青い揺らめきに視覚化される。霊視をおこなうと物質が透明化されるので『透視』できるのだ。
かなり遠距離まで霊視しようとしているので視界がやたらと狭い。両手の指で輪を作り、双眼鏡を持つようにして両目に当てたような視界である。その狭い視界の中で周りを索敵してみたが、やはり奴らしきアストラル体は見当たらなかった。もっと遠いのか?クソ。だが『見られている』と聞いただけで、実際本当にいるかどうかも怪しい。
結局奴は見つからなかった。さっきの声もあれ以来聞こえず、俺は哨戒の任を終えた。
それから日付は進み、一週間後。
俺の体調は最悪の一途を辿った。夜中は寝付けず、毎日吐いた。そして寝不足と栄養不足のせいで、日中の学校生活すら満足に授業を受けられない。最悪である。体が弱っているのが自分でも分かった。
紫電は意思を強く持てと言った。しかし、これでは……。
哨戒の任は依然として続けてはいたが、そのたびに謎の声が頭に響いていた。『イーブルアイが見ているぞ』。その声はそれしか言えないのか、それ以外の言葉を聞いたことは無い。何故奴だけに反応するのだろうか。まさか、奴の言う通り、『目覚めさせられている』のだろうか……?
四日前、俺専用のCSGが出来たらしく、マッコイの所へ取りに行った。しかし、どうやら紫電がまた何か余計な事をしてくれたらしい。マッコイは新しい『ツテ』を紫電から教えてもらった代わり、素材から吟味されたかなり高級、高品質なアストラルガンナーを俺に作ってくれたのだった。
更に、俺が思いもよらない物まで貰った。それもやっぱり紫電の要求だったらしいが、なんとバルキリーアローの後継機種である『SVA2』を作ってもらったのだ。西木式バルキリーアローMk2という名称なのだが、これは全長が短くなって小回りが効くうえ、Mk1よりも長期戦に耐えれる優れものだった。
しかし……、ありがたいっちゃーありがたいが、やっぱりなんだかなぁ。だからそういう細かい事は、すんなっつーんだ。クソ。まぁ、カナリありがたいんだけど。つがい石込みで二丁ともタダだし。案の定、そのSVA2をマッキーが見たら凄く羨ましがっていた。うーむ……。
現在は午後の授業中であった。俺は眠気と体の疲労感から、机に突っ伏して寝ている。だが周りの連中も同じで、起きている奴のほうが少ない感じである。そうしていたら、ズボンのポッケの中にある携帯がブルブル震えだした。振動の間隔からしてエルベレスからのようだったが、今は見る気すら起きない。
授業が終わり、改めてその中を見る。メールが入っていた。美咲さんからだ。
『A3発令。学校が終わり次第戻ってください。』
「……ふむ」
俺と同時に、どうやら正光、泉さんにも送られていたようだ。二人して携帯を見ている。
「動いたのかな?」正光が近寄ってきた。「イーブルアイ?」泉さんも来た。
「どうだろ……。でもこんな日中に見つかる相手かね」俺も発言する。だが返答は帰ってこず、二人は俺をじっと見た。な、なんだよ。
「睦月、だ、大丈夫か?すっげー顔色わりーぞ」「む……」「クマできすぎだろ」正光から言われ、俺は親指と人差し指でチョイチョイと目を押し込む。「眠れてないの?」泉さんも心配そうに聞いてきた。
「うーむむ……」
なんか俺はさっきから唸ってしかいないようだが、それでも一応返答にはなっていた。
「あおびょうたんみたいな顔だぜ」「クッソうっせ」だが正光から言われ、やっと普通の返答が出来た。
三人は学校が終わるとすぐにバーわけありへ向かった。下へ降りると既に全員が集結しており、いつものようにレイによるミーティングが始まる。
「今夜の哨戒は無しだ。今夜は多荷市に集結しつつある強行派部隊を叩く。よって主役は多荷市の城壁だ。俺達はその右翼の陽動、撃破を担う。左翼はリベリオンカウンター」
淡々とミーティングは進む。話を聞いた限りではどうやら気脈のクロスポイント争いらしい。どうやら敵部隊はISPのみで編成された、お手軽インスタント部隊。付け焼刃のモリエイター共だ。敵の数は圧倒的に多いようが、質としてはこちらが勝っている。
「次に編成。A隊。シルバー1、3、8。B隊はガンナー部隊だ。シルバー4、5、7。残った三人はC隊とする。A隊は敵を分断、陽動を行う。B隊はそのカバーと遊撃。C隊はA隊が突入後、タイミングを見て再突入、さらに分断を図る」
なんということだ。A隊には三人しかいない。しかも今回二回目の出撃となるルーキーの泉さんがそこには含まれていた。動揺した泉さんを見て、レイはフンと笑った。
「泉。前回の活躍、ちゃんと俺は見てたぞ。あんな感じで、今回も後ろについてればいい。と言っても、今回は前回のように援護だけじゃなく、ABIを張る仕事だ」「は、はい」「美咲が言うには、お前さんのABIは十分いけるレベルになったそうだ。まぁ援護がおろそかになったとしても、回避行動とABIを重視してくれ。あとは俺とそこの侍に、任せとけよ」「わ、わかりましたっ」
作戦開始は今夜。場所は山のふもとにある工業地帯近辺。俺たちの進行方向からすると、マップ右側の端っこに工業地帯、半分から左側が傾斜の伴う山という感じだ。本陣は山の森林地帯でやり合うみたいだが、俺達はその増援カットが仕事である。
「ストラクチャー戦ではないので、AIB圏外に出ないように気をつけろよ。以上だ」
ミーティング終了後、全員がロッカールームで装備を整えていた。
「(ヘイ、睦月! ガンナーとしての初陣だ。キバッていけよ〜!)」チャコが俺の背中をバシッと叩いた。「いって!」ガンナーなんたらと言ったので、多分ガンナーがんばれよ、とでも言ったのだろう。いつもの俺なら適当に返事をしていたのだろうが、チャコから叩かれた俺は前のめりに体制を崩した。とっさにロッカーへと手を突いたが、クソ。やっぱ体調が悪いな……。
両肩へガンホルダーを通し、M93Rと仕入れたアストラルガンナーを押し込む。腰にはシティマチェット。それにコートを羽織り、その上から新型のSVA2を肩にかけた。
二丁のCSGがランクアップした事で、俺単体での攻撃力はガンナーとして申し分のない所まで底上げされた。格闘戦のような爆発力はないものの、これなら中・遠距離でも十分通用するだろう。腰にマガジンラックを巻いて、M93RのマガジンのほかにSVA2のマガジンを一本だけねじ込んだ。
「睦月」俺がサイドパックに手榴弾を詰め込んでいると、マッキーが話しかけてきた。「なんだい?」
「君はそういえば、実戦でSVAのような連射型CSGを扱ったことが無いと思ってね。訓練では触らせたと思うが」「えぇ。汎用のバルキリーアローでした」「うむ。ノーマルなSVAの経口は十二ミリ。そこで思ったんだ、睦月。君のSVA2。本来ならソイツは経口七ミリなんだが、以前言ったように、マッコイのカスタムによって十二ミリに換装されている」
マッキーは自分のSVAを俺のSVA2に近づけ、発射口を見比べさせた。確かに経口が同じである。
「SVA2は1と違い、連射性能が向上している。実際は連射速度を上げる代わりに経口を小さくした訳だが、ソイツは十二ミリだ。SVAの要領で撃ちまくると、すぐに酸欠に陥ってしまうぞ。そこを気をつけろよ」「なるほど……。はい、分かりました」
「と言っても、君は腕がいいからな。訓練の時同様、バーストで行けば問題ないだろう。無論、慣れたならフルオートでもいい。上手く使い分ける事だ」「了解です」
マッキーは戻っていった。さすが武器管理担当だけあって細かい気配りがある。俺に運用のアドバイスをする事で、結果的に部隊への恩恵が高まる。いざという時に酸欠とあっては、持ち前の攻撃力と連射性能はなんの意味も持たない。
数時間後、ポイントに到着した俺達は黒塗りのバンから一斉になだれ出た。すでにここへ来る途中からIBAを展開しているので、インビュードハンターから追跡されている事もないと思う。
「(エルベレス、配置完了)」レイが各部隊へ連絡を入れた。それぞれが反応し、簡潔に状況を報告し合っている。
「敵は移動中のようだ。今俺たちが突っ込んだら、敵の主力が押し寄せてくるぞ。もうちょい引きつけて、後ろの奴らを叩く」「了解」メンバーは同時に返答した。
だが俺は返事をしたものの、どうも『乗る気』になれなかった。この作戦自体、やる気がおきない。それはこの作戦がアホくせーとかそういったものではなく、単純に体調のせいであった。如何せんコンディションが悪い。だが、そんな事を言ってはいられない。俺は襟を治して気分をごまかす。
双方の動きをイメージ的にいうと、目の前を極太の大蛇が横切っている。現在は丁度首の辺りといった所か。その尻尾辺りになったら突っ込んで、尻尾を切断し、切った部分を叩く。
「前進」
レイ、師匠を先頭に、マップ左側の森林地帯を進んだ。こちらもさながら蛇の如く、後ろに長く陣形を取る。蛇というよりは矢か。
「見たか、アローフォーメーション」正光が俺の考えを読んだように莫迦らしく言った。「ドゥフフッ!?」思わず笑ってしまった。
敵の動きに合わせて前進速度を調節しながらマップ半分を過ぎた頃、なんとなく俺にも敵陣が見え始めた。結構いるな。こっちの十倍近くいやがるぞ。
「B隊。この辺に待機。陣形を取れ。C隊は分岐しろ」「いっ! いずみさんっ! いかないでッ!!」レイの指示のあと、正光がわざとらしく泣きそうな声で泉さんを呼んだ。彼女は困った顔で後ろを振り向いたが、レイと師匠に続いた。「あぁっ!? あ、ぁあぁアァ〜〜……」正光ががっかりと地面にひれ伏した。「オォ、イッツマイエンジェル!!」そう言いながら片手を上げて、古いマンガみたいにオヨヨと泣いている。
「B隊、迎撃ポイントへ展開する。シルバー4。左舷の丘に登れ。シルバー7は右舷の岩肌に隠れろ」
そんな正光を無視するように、マッキーがチャコと俺に指示を出した。「(あいよ)」「了解」
「正光」俺が腕を伸ばして正光を呼ぶと、ひれ伏していたはずの奴が突然ピョンとジャンプして、いきなり元気な正光に戻った。「おう!」奴も腕を伸ばした。「がんばってこいや!」正光が言う。「ぶちかますぜ」俺も返事を返す。二人は同時に腕を折り曲げた。
「挨拶はすんだ? それじゃ、シルバー6、8。行くわよ」「おっしゃ!」「了解です」
腕組した美咲さんは俺らの動作を見終えると、正光と瑞穂を連れて行く。
瑞穂は別れ際、俺のほうをずっと見ていた。俺は右手の親指と人差し指を伸ばして銃に見立て、バキュンと撃つ仕草をしてやる。瑞穂がはにかみながら笑顔を浮かべた。
俺が迎撃ポイントへ移動すると、数分と立たずしてレイから通信で「インゲージ」の声が上がった。途端に林の向こう側で複数の銃声が折り重なって聞こえてくる。
〔(おっぱじまりやがった)〕通信機から嬉しそうなチャコの声が聞こえた。〔(上手い事やってくれよ)〕マッキーの声。どちらも英語なのでさっぱりだ。俺は黙って林の向こうを霊視する。景色は全て青と黒のコントラストになるが、これによって森林により視界をさえぎられる事はなく、さらに暗闇の束縛からも開放される。動き回っている時はこんな事できないが、一定の位置に留まって攻撃する場合、これが可能だ。
俺の目は、両手にローズブラスターを持った泉さんが動き回っている姿を捉えた。しかしCSGを二丁拳銃とは、さすがはオリハルコン。その前方では大多数相手にレイと師匠が物凄い勢いで敵部隊を荒らしまわっている。くそう、俺もやりてぇ。
レイと師匠はある程度暴れると、こちらに後退してきた。俺はいつGOサインが出るのかとハラハラした。トリガーに触れる人差し指がプルプルと震える。レイはしんがりを勤め、後ろから迫り来る敵部隊に鉛弾をばら撒いている。
三人の青い揺らめきは徐々に近づいてくる。それと同時に、敵部隊であろう大量の青い揺らめきが押し寄せてくる。まだか、まだか!?
〔(ガンナー! 蜂の巣にしろ!)〕レイの怒鳴り声。〔ファイア!〕マッキーの合図だ。待機していたガンナー三人は一斉にAOFを展開し、同時にトリガーを引いた。
ダダダンッ! ダダダンダダダンッ!
まんまと突っ込んできた敵部隊に向け、青白いアストラル弾が三方向から同時に発射される。こちらの弾幕は先頭の敵兵数名を仕留めた。
俺はこの銃の性能を把握するため、とりあえず慎重な射撃を心がける。うむ。ちゃんと狙った通りに弾は進むようだ。
ダダダンダダダンッ!
トリガーを二度絞ると、三発二セットのアストラル弾が銃口から吐き出される。それは俺が狙った敵に対し、若干ながらも緩やかなカーブをえがきながら直進した。そして直撃。すげぇ、誘導してる!! 六発喰らった相手は地面に倒れた。多分アストラル体を根こそぎ持っていかれ、酸欠を起こしたのだろう。攻撃力も申し分ない。さすが専用のつがい石を装填してるだけの事はある。
だが、俺がそうやって狙撃していたのはたったの数秒であった。〔『出鼻』はくじいた、こちらも後退するぞ〕〔OK〕「了解」マッキーの声がして、チャコと俺は返答する。
そして俺が動いた次の瞬間、いままでいた場所が爆発した。いきなり砂やら石やらがそこらじゅうに飛び散って、周辺の木々が燃え上がる。敵が放った榴弾だろうか? それから弾幕の洗礼が俺を襲った。「うひょー!」軽やかにジャンプし、着地をごまかしながらそれらを回避する。自分で言うのもなんだが、まったくガンナーらしくない軽快な動きだ。
〔B隊は5ブロック後退。C隊は俺の合図で『腹元』に喰らいつけ〕レイの声がした。それぞれが了解の返答をする。〔兄様、もうちょっとです!〕瑞穂がダイレクト通信で俺に言って来た。クソ、お前らC隊はそんなに暇なのかよ。「おう!」俺はフルオートに切り替え、SVA2をバラージュした。
〔C隊行けェェー!〕
俺達が戻るや否や、レイの叫び声がした。それと同時に、彼のパワーショットが敵の前衛に向けて横なぎに発射される。十五発の巨大なアストラル弾は敵弾を相殺しながら突き進み、爆風の恩恵が最大限に発揮される場所で爆発した。目の前いっぱい大パノラマで、横一列に綺麗な円形の青い爆風があがる。一瞬であったがかなりの絶景だ。しかもそれは実弾兵器とは違って人間のアストラル体だけを燃焼させるので、周りの環境には一切干渉しない、とてもクリーンな攻撃であった。もっとも、インビュードハンターにとってはさっぱりクリーンではないのだろうが。
レイの合図によりC隊が敵陣を分断した。大蛇の腹を切り裂く感じだ。俺のいる位置は頭である。
それからはセオリー通りだった。逃げながら撃ち、逃げながら撃ち。俺はガンナー初心者ではあるものの、前回まで前衛を勤めていただけに近距離での撃ち合いでもなんとかなるようだった。なるほど。これがガンナーの戦い方か。前方では相変わらずレイと師匠が大暴れしている。二人を援護するのは容易い事だった。
〔シルバー5、7。C隊の援護に回れ。こっちの勢いは殺した〕レイがマッキーと俺に指示を出した。〔了解〕「了解ッ」
ドウンッ
二人はAOFを再展開させて勢いを付け、C隊向けて鋭く跳躍した。移動の最中は敵が射程距離内に入らないので、ただただ気が焦るばかりだ。
前方では正光が敵部隊をかき乱していた。マッキーを見ると、正光のほうに銃口を向けてそこへ向かうよう指示する。俺が頷くと、彼はもう少し遠めに位置する美咲さんと瑞穂の方へ向かった。
「きんちゃん、お弁当よ!」
俺は正光を取り巻く敵団へ向けて手榴弾を投げ込む。バゴンと垂直に地面が吹っ飛び、敵兵数人が両手を上げながら無様に吹っ飛んだ。
「ワオ、睦月! サンキュー!」俺の加勢に正光が喜んだ。駄目押しにもう一個ブン投げる。やはり数人が吹っ飛んだが、意外と爆風は正光に近く、奴までも勢いで吹っ飛ばされた。「オオォォッ!?」「ま、正光ーー!」ぶっちゃけ俺は手榴弾を使ってみたかっただけだ。前回使わなかったからな。全部ブン投げてやったぜ。
〔シルバー5、助かるわ。シルバー7はそのまま6の援護を〕「了解だ!」美咲さんは瑞穂をつれて、どうやら正光が動きやすいように後方の射撃部隊を攻撃しているらしい。だからこちらへスナイパーの狙撃やら榴弾が飛んでこないのだ。
「おっしゃ! 睦月! 背中は任せるぜ!」正光が隣で叫んだ。「おう! ……あ、いや、あれ!? 任せるって、それ援護じゃねーよ!」俺が後ろを振り向くと、正光は一人で敵陣に突っ込んでしまった。「うおぉーーッ!」「いやオイ!? まさみちゅううゥゥゥーーー!!」
結局俺は、後方から迫り来る弾丸やら火の玉やら氷の塊を避けながら、正光の援護をする羽目になった。
「カウンターシールド!」
左腕にシールドをモリエイトすると、左側からの敵弾は完璧にガード出来た。弾丸やしょぼい射撃系のAO程度なら、シールド本体にあたらずとも勝手にオートガードしてくれる。それらは頭やら足元やらかなり嫌らしい箇所に飛んでくるものの、俺の体に触れる直前で見えない壁にぶち当たり、消滅する。
「正光やばいって! こっちこっち!」迫り来る敵に対処しきれず、正光を呼び戻した。「うお!? おう! オラァーッ!」奴はすぐさま飛んできて、そいつらを次々と吹っ飛ばす。「おわっ、右から来た!」「おう!」「後ろだ!」「おう!」「左!右!」「真ん中ァァァーー!!」俺と正光は二人だけでかなりの数を仕留め続ける。
「ニャオ! いっつぁソードマン!?」
いきなり正光が絶叫した。剣っぽい長物をモリエイトした外人三人が正光に襲い掛かったのだ。「チィッ!」正光はすばやく上半身を動かして一手をかわし、回し蹴りを頭に叩き込んだ。外人はその一撃で遠目の木にぶち当たって動かなくなる。だがもう片方の奴が正光に斬りかかっていた。
ガギィィンッ!
すかさず俺がシティマチェットでそれを防いだ。「ナイスだッ」正光は叫ぶと同時に少しジャンプして、またしても頭をしたたかに蹴った。そいつも同じようにして何処かへ吹っ飛んでいく。「おうおう、やばかったな!」
最後に残った一人は俺に向かって剣を振ってきた。なかなかの剣さばきだが、フン!
「我剣崩!」
相手の剣を弾き返し、がら空きになった胴体に九発のアストラル弾をぶち込む。相手は着弾と同じ数だけ体をブルブル震わせて、仰向けに倒れた。これが実弾じゃなくて良かったな。
インゲージから数分が経過した。もうすでに敵部隊は三分の一までに減少していた。動き方からみて、やはり素人である。指揮官の指示通り動いているのかいないのか、前進も後退も微妙な動きだ。こんな動きじゃ、レイからすぐ裏をかかれてしまうだろう。
ズドドゥゥンッ
数百メートル付近に、レイのパワーショットが直撃した。威力を犠牲にする代わりに爆風の範囲をかなり広くしているようで、その辺一体の敵兵士達が面白いように吹き飛ばされて行く。……威力を弱たパワーショットを喰らっただけで吹っ飛ぶようでは、やはり実力はたかが知れている。さすがに直撃ではくたばるだろうが、俺なら十五発のパワーショットを受け止めるだけの自信はあるぞ。その後どうにもならなくなりそうだけど。でもこの程度の爆風くらい、耐えて見せろよ、ISP野郎め。
戦況は圧倒的に有利であった。すでにこちらの勝利のようなものだ。敵の指揮系統は機能しなくなったようで、各自がばらばらにゲリラ戦をしている。この程度ならこちらも各自勝手に遊撃しても全く問題ないと俺は思ったが、レイは慎重かつ丁寧な指示を出し続けた。美咲さんと泉さんは索敵に周り、俺達がそれぞれ各個撃破に向かう。
〔シルバー8! エリア外へ逃げる敵は追うな! 主力を叩くだけでいいんだ!〕レイの声が聞こえた。〔はっ、ハイ! すみません! ……! しまった、囲まれた!〕〔クソ、まんまと引っ張られたんだ〕瑞穂の位置はわからなかったが、どうやら結構遠い位置で孤立してしまったらしい。
〔シルバー7!お前が一番近い、援護してやれ!〕俺へ指示が出た。「了解、場所は」〔ポイントF3〕俺の現在位置はD3だ。「二マス右か。了解」〔田んぼを越えた工場団地付近だ。遮蔽物は何も無い。射撃での援護は楽のはずだ〕「了解した」さっきと同じく、俺はAOFを再展開してそちらへ跳躍した。
レイの言葉通り、田んぼ道を突っ切った所に敵兵がうようよいた。俺のAOFを感知するやいなや一斉に弾幕を張ってきたが、カウンターシールドを前方に持ってくる事でそれらを全て弾き返す事が出来た。
ダダダンダダダンッ!
シールドを構える左腕にSVA2を乗せ、トリガーを二度絞る。敵は動き回っているが、それでもアストラル弾は面白い程に弧をえがいて着弾した。使っているうちに誘導性もどうやら増してきたようだ。これが専用CSGの強みか。
「ハアアァァ!」
弾幕の真っ只中、フルオートにして突っ走った。迫り来る弾丸は、カウンターシールドが発生させる見えない壁により全て目の前ではじかれる。なおかつ、俺のアストラル弾は一発もミスることなく複数の敵へ着弾する。
目の前の敵全員を倒すと、前方に瑞穂っぽいAOFの感覚があった。〔兄様!〕それを奴も感じたのか、通信が入る。「丁度お前の真後ろだ、後退しろ!」〔でもっすいません無理です!〕なにやらヤバげな感じだな、お前ほどの奴がISP相手に何てこずってんだ!? 「クソ、今行くぞ待ってろ!」
田んぼ道から普通の車道に出た。そして工業地帯へ入ろうとした時、アスファルトであるはずの地面がいきなりぬかるんだ。
「うおびびった!?」
それはまるで泥沼のようだった。思いっきり走っていたが、前に出した足がいきなりズブリと地面にめり込んだのだ。これは、AOか!? 「こいつぁやばいなっ!?」足首辺りまでめり込んで止まった。粘度はさほどでもなかったが、しかしAOを使っているであろう本体に近づくにつれ、深さと粘度が増していく。
「シルバー1! どうやら荒手がいるみたいだ、地面が粘土みてーになってやがる!」〔なにぃ!?〕「長靴履いてたらぜってー抜けなくなるぞこりゃ」〔そんなにヤベェのか。了解だ、シルバー2!〕〔了解。急行する〕
どうやら師匠が来てくれるらしい。師匠であれば、動かずして敵をあの長い太刀でぶった斬れるであろう。
だが、クソ。瑞穂が心配だ。でもこんな足場じゃ、一歩進むのも一苦労……ん? まてよ? 『長靴だと抜けなくなる』、か……。
「そうか、コイツだ。クリスタライズ!」
俺は自分の能力『クリスタライズ』でこの問題を解決出来るような気がした。『長靴だと抜けなくなる』という自分のセリフで思いついたのは、足をクリスタライズで覆いブーツを作る事だ。AO同士の反発作用を上手く利用すれば、もしかしたら普通に立てるかもしれない。
さっそく両足にクリスタライズをモリエイトした。イメージをどうするかちょっとだけ悩んだが、前回思いついたアーマーレイトと同じにしてみた。
「やった、浮いた!」
両足にアーマーレイトの足パーツをモリエイトした瞬間、見事にフワリと体が浮き上がった。
AOというのは使用者の攻撃意思がアストラル体に練りこまれる事で初めて発生する。よってこちらもAOを発生させれば『互いの意思と意思がぶつかり合う』のと同じ事なので、結果反発し合い、浮き上がったのだ。
磁石みたいなものである。同じ極通しは反発しあう。『攻撃』という極通し、反発し合ったのだ。
「だがっ、こりゃっ、やっべっ、あ、あらら!? あら〜〜!!」
しかし単に浮いただけでは話にならなかった。歩こうとしても宙に浮いているので、それこそまさにムーンウォークしてしまう。しかもだんだんと両足が開脚してどうにもできなくなり、背中からぬかるんだ地面へボチャンと倒れてしまった。
うーむ、スパイクを作ればいいのか? それとも左右に船のオールのような物を? ぬーむむ、だがそれでは時間が掛かりすぎる。
「くっそ、足パーツじゃねーってか。だったらジャンプして……」『ジャンプ』。それだ。「そうか」またまたひらめいたぜ。
イメージは一瞬にして想像できた。六角形の結晶を薄くスライスし、それらを隙間なく並べて『歩道』を作のだ。ひし形や六角形の色つき歩道は街でも見慣れている。『ジャンプ』で何故思いついたのかというと、たまに俺が空中でクリスタライズをモリエイトして三角飛びするからだ。
「そういやオーガ戦の時も一度作ったな」
勢いをつけて泥沼から飛び上がり、また落下する。だが今回は硬い場所に着地した。足元にはまったく想像どおりのクリスタライズがモリエイトされていたのだ。視線を前方に向けると、そこへ向けて一瞬にして、まさしく『歩道』が出来た。よし、これならいけるぞ。飛んだり跳ねたりするときは、ちゃんと足場を作ってから降りるって事を心がけよう。
しかし足場を作りながら進むのは結構な消耗であった。これではカウンターシールドを消さなければならない。厄介だが、しかたねぇ。俺は遅れを取り戻すように全力で走った。
「瑞穂!」「兄様!?」
工場の敷地内に入ると瑞穂がいた。この状況下で一体どうやって耐えていたのかと思ったら、なんて事ない、倒した敵兵を踏んづけながら戦っていたのだ。しかしその倒れた敵兵は背中しか見えておらず、瑞穂がそれに着地するとズブリとめり込み、背中すら見えなくなった。この辺だとぬかるんだ地面は結構な深さになっているのだろうか。
瑞穂が跳躍すると、敵もそれに合わせて飛んだ。空中で二、三度火花を散らすと、瑞穂はまた違う敵兵を踏みつける。相手はそのまま地面に着地した。あれが本体か!
「瑞穂、コッチだ!」SVA2で敵を狙い打ちながら合図する。「ハイッ!」すかさず瑞穂はジャンプして、俺の作った足場に乗る。
「何してんだよお前、空中戦は影飛剣のおはこだろうが」「そ、それが、なんていうか、敵はゴムのように、ぐにゃりとねじ曲がるんです。だから斬っても、斬れなくて……」瑞穂は荒い息をしながら説明した。
「ゴム人間か。でもルフィーは刃物に弱かったはずだが……」
奴は俺の牽制によって建物の裏側へ逃げていった。その間に、SVA2の攻撃力が落ち気味だったのでマガジンを取り替える。ジャキンと挿入した途端、後方から敵の増援が現れた。
「チィ。瑞穂、あそこの壁に隠れるぞ、ジャンプしろ。せーのっ!」指を刺してその場所を示し、俺と瑞穂は同時にジャンプする。そこまで足場を作っては、何処に行くのか丸分かりだからだ。「おわっと!す、すごいです兄様」着地地点を予測して、そこにまた足場を作る。着地した瑞穂が喜んだ。
しかし敵のAOは味方に対しては無効化なのか。クソ、やりやがるな。敵の動きを見ようと壁から顔を出した途端、弾幕の嵐が俺を襲った。あわてて身を引くと、すぐ隣の壁に銃弾が当たってビシビシ砕ける。
ねぇい、どうする。俺一人ならあの連中に突っ込んで血祭りにあげられるが、瑞穂の足場だけを残していくなんていう芸当は出来ない。それに移動中、俺の通った後の足場を残しておくなんていうのも出来そうに無い。さらに、瑞穂をここにおいていてはゴム野郎が来るかもしれない。
……そうか、影飛剣だ。
「瑞穂、敵の真正面、あそこら変に飛ぶぞ。空中で水面鏡を展開、着地したらそれで敵弾を防ぐ。出来るか?」「う、動きながらの水面鏡は……」俺が聞くと、瑞穂が頼りない声で言った。「んじゃ着地と同時にそれだ。っつーか、それしかねぇんだ」「着地した、後になら……」「やれるか」「……はい、やりますっ」「うし」
手榴弾が無い事が悔やまれた。サイドパックには二個しか入らないのだ。クソぅ、調子こいて使うんじゃなかった。ソイツをぶん投げてやれば、一瞬でも隙を作れたはずなのに。まぁしかたねぇ!
「おし、瑞穂行くぞ。いっせーの……ッ!」
先ほどと同じく、俺と瑞穂が空中に躍り出た。上昇中に敵が一斉に上空に向けて撃ちまくってきたが、二人はそれぞれの獲物で弾き返した。「影飛剣……」頂点に達すると、瑞穂が水面鏡のキャスティングに入る。「クリスタライズ!」俺は落下に合わせて着地地点を見定め、そこに足場をモリエイト…………着地ッ!「水面鏡!」
瑞穂は着地と同時に、水平に立てた両刃刀を回転させて上下を逆にする。すると円状の銀色をした波打つ壁がそこに発生し、ぶち当たる全ての攻撃を反射させた。ナイスだッ。俺は一度後方にSVA2を構えてゴム野郎がいないかを確認する。いない。おっしゃ、んじゃ反撃開始だ!
「瑞穂。水面鏡の内側から攻撃するとそれも跳ね返すのか?」「兄様のなら、絶対に通ります!」何故かそこだけは自信たっぷりである。「ふむ」まぁ使用者本人が言うんだから、そうなんだろう。
瑞穂のわき腹あたりから、水面鏡越しにSVA2を放った。するとアストラル弾は確かに水面鏡を貫通し、前方の敵兵にビシバシ当たった。敵の使うAOの逆のパターンである。瑞穂のAOは、俺に対して無効化されているのだ。
ダダダンダダダンッ!ダダダンッ!
一人、二人、三人と続けざまに命中し、それぞれが倒れる。どうやら、倒れた時点ではまだ地面にめり込まないようだ。
敵は残すところ二人になったが、物陰に隠れながらの射撃で中々顔を出さない。俺は神経を集中し、前みたく霊視する。……いやがった、バレバレだぜ。霊視状態の視界だと、青い透明な壁の後ろにいる敵の姿が丸見えだったのだ。
SVA2のセレクタをセミに切り替え、『ユニコーンの角』のような鋭利な角をイメージし、トリガーを引く。すると一発だけ発射されたアストラル弾はいつもの球体とは異なり、先端がとがった形状となって出てきた。それは前方の壁に当たると一瞬動きを止めたものの、ゆっくりとその壁の中を浸透してゆき、壁を貫通した途端いきなり発射速度とおなじスピードで直進、直撃した。
もう片方の敵へは、セレクタをバーストにして同じように射撃する。やはり同様に、三発のとがったアストラル弾は壁を貫通して直撃した。なるほど、バーストでもいけるな。
刹那、後方からまた敵の増援の気配がした。
「チッ!?」
後ろに目を向けた途端、弾幕の嵐が襲った。瑞穂の水面鏡は動かせない。コッチをガードするには、また再展開させるしかないのだ。シティマチェットを抜刀して、必中弾を何発か弾き返した。
「瑞穂、今作った死体の上にジャンプしろ! こっからは俺がやる!」チラッとゴム野郎の姿も見えた。「でも!」「二人分の足場を作んのは無理だ! 行け!」「……っ!」
瑞穂と俺は互いに反対側へ跳躍した。瑞穂はさっき俺が倒した敵兵の上へ。俺は増援部隊に向かって。死体と言ったが、ただ単にそう呼んだだけで、実際はアストラル体を奪われて酸欠状態になっているだけだ。
一人になった俺はやっと自分勝手に動く事が出来る。SVA2を撃ちながら近づくと、援護射撃の中でゴム野郎が突っ込んできた。両手には銀色に輝くカギ爪を装備している。矢島さんの店で見たことがあるぞ。確か、パペットスティングっていう武器だ。
「莫迦め、コイツを喰らいな!」
ゴム野郎はまっすぐ直進してくるので、俺からしてみればいいマトだ。だが奴に当たったアストラル弾はぐにゃりと方向を変え、左右に飛び散った。「なにそれ!?」俺は驚きの声を上げた。奴が来る。「くっそ!」奴が腕を振り回した所で跳躍し、それを回避した。
ゴム野郎なら腕を伸ばして攻撃すりゃいいのに。っつーか、瑞穂の言った『ゴム』って表現が悪かったんだ。ゴムじゃなく、物体を柔らかくする感じの能力か。柔らかさを極限まで高めれば、地面のように沈んでいく。肉体強化型の変異タイプか? クッソ、たいしたAOじゃねーか!
俺は逃げ回りながらも、下手に顔を出した雑魚兵を少しずつ始末していった。敵の援護は少ないほうがいい。本当は一番にゴム野郎を始末したいが、シティマチェットで斬りあうには援護が邪魔だ。
ーー………ッ
不意に何かが聞こえた。
ドクンッ
そしていきなり心臓の鼓動がでかく、早くなった。まさか!?
ドクン、ドクン、ドクンッ
くそ、こんな時に……ッ!?
ズボッ!
「あやべッ!?」
あろう事か、俺は足場を作るのを一瞬だけ忘れ、泥沼と化した地面へ落ちてしまったのだ。膝あたりまで一気にめり込んで、もはや動きが取れなくなった。ゴム野郎が来る!
ヒュンヒュンヒュンッ!
しかし俺の後方からアストラル弾が迫り、ゴム野郎を襲った。見ると瑞穂がプリズムシューターを構えている。ナイスだ! それらはさっぱり当たらなかったが、牽制射撃によって奴は一瞬だけ前進を躊躇した。その隙に俺は足場をモリエイトして這い上がり……。
ブンッ
パペットスティングが俺に触れるギリギリで跳躍できた。あっぶね! しかし奴はここぞとばかりに俺を追いかけた。クソ、援護射撃を貰うかもしれんが、やるしかねえ!
シティマチェットを抜刀し、奴の爪を一度、二度弾き返す。すかさず左手でM93Rを抜き、腹へ鉛弾をぶち込む。
ドドドンッ!
弾丸は腹に命中したが、ニュルリと胴体をすべるようにして後方に飛んでいった。奴が手を出してきた、シティマチェットで斬り返すが、クソ、剣でも同じなのか!?
斬れるさ。見てろ。
……ッ!? なんだッ!?
突然のことだった。俺の頭に声が響き、意志に反して体が勝手に動き出した。
ギンッギィンッ!
右腕は攻撃を勝手にはじいた。だが……俺は、何もしていないぞ!?
俺の口はニヤリと笑った。空気の感触、AOF、攻撃の反動、全ての感覚は自覚しているが、動けない。『動かす事ができない』。まるで金縛りにあっているようだ。だが、現に体は動いている。心臓の躍動が激しい。俺の意思とは全く関係なしに、体が動いているのだ。
ズンッ!
敵の援護射撃が俺の体に何発も直撃した。体が少しだけ後方へ押されたが、弾丸は皮膚を突き破る事なく地面へ落ちた。
その直撃を見計らいゴム野郎が突っ込んできたが、俺の体はなんとも無い。シティマチェットをゴム野郎に投げつける。奴はとっさにガードしたものの、結構遠くまで吹っ飛んでいった。
俺の目が一瞬にして敵の残存兵を霊視した。俺は立ち止まっているので射撃を凄い勢いで喰らっているのだが、まるで電柱に電動ガンでBB弾を撃っているように、敵弾をバシバシと弾いていた。
「雑魚共が……、消えろ」
口から勝手に声が出た。目の前には二十センチ程の長い六角形をした結晶が瞬時にモリエイトされる。それは残存兵の分だけモリエイトされ、やはりそれぞれの炎が結晶に写りこんでいる……。……これは、ビーブレッドか!?
「正解だ」
敵弾を跳ね返し続けている俺の体が返事をした。右手を顔の隣へ持ってくる。「まぁ、今のお前じゃこの数は無理だが」俺の実力ではビーブレッドのモリエイト自体に五、六秒掛かるが、今の俺の体は三秒程で全てのビーブレッドの射出準備を終えた。
パチンッ
持ってきた右手の指を鳴らすと、一斉に目の前のビーブレッドが砕けた。「下らん」俺の体はその後の経過を見ようともせず、再度接近してくるゴム野郎の方を向いた。
「クリスタライズ。このような能力を持ちながら、お前は『こんな使い方』しかできんとはな……」足場にしていたクリスタライズを解除して、俺の体は地面に立った。……普通に立っていられる。「歯がゆいものだな」敵の射撃が止んだ。多分、ビーブレッドが命中したのだろう。
今度は見た事もないようなクリスタライズをモリエイトした。それはまるで『つらら』のように、長く、細いクリスタライズだ。長さは大体一メートルはあるだろうか。それらをまたもや瞬時に八個モリエイトし、左右後方に四つずつ、まるで羽のごとく背中付近へ浮遊された。
なんだ、このAOは……!? でも俺にはこれがどういう攻撃をするのかがすぐに分かった。これをモリエイトしているのは、『俺』だ。
「威力はかなりショボくしてあるが……それでもISPには少々酷か?」俺の体は両手を下へ斜めに伸ばした。手のひらは上を向いている。「この程度で死なれちゃ、いよいよかなわんな」少しうつむいてゴム野郎を見ると、背中の槍がいきなり位置を変えた。羽を上に伸ばすように綺麗な角度で配置されて、それが順序良く次々と射出される。真横に射出された訳だが、ビーブレッドと同じで急速に旋回しながら標的へと突進した。
左右から迫り来る槍に対し、一発、二発、三発とゴム野郎はそれを叩き落した。だがその次からは駄目だったらしく、無残にも体にグサグサ突き刺さった。
「……ヘタクソが」
口が勝手に言葉を吐き捨てると、ゴム野郎に突き刺さっていた槍が全部吹っ飛んだ。俺の体が能力を解除したのだ。「これがDSでよかったな。楽しみが無くなる」ゴム野郎の体は何ともなかったが、アストラル体は殆ど残っていないようだ。ガクリと膝をつき、俺を遠くで見上げている。顔は恐怖で引きつっていた。
「どれ……」
俺の体が歩みを進めた。歩きながら、両手を下に向ける。するとどうだ。右手と左手に、ゆっくりと『剣』がモリエイトされていった。最後には切っ先が地面に当たったが、アスファルトを切り裂きながら先端が出来上がった。歩きながらそれをしているので、地面に当たる切っ先が火花を上げる。
なんだこの剣は……!? 俺の剣は……折れたはずだ!
「お前のはな。これは俺の剣。『サイファー』だ」
俺の体は歩きながら説明した。サイファーと呼ばれたこの剣。普通剣を持つ部分の他にもう一つ、刀身の根元に真横に突き出した柄があった。飾りなのかなんなのか知らないが、俺の趣味じゃない。「そうか?結構使い勝手いいんだが……。まぁ、人それぞれってトコかな」俺の疑問に対し、俺の口はまるで友人と話をするような口調で喋った。
ギギギギギギッ……!
二つの火花を散らしながら、俺の体がゆっくりとゴム野郎に近づいてゆく。奴にとってそれはまさに恐怖そのものだったのだろう。無理やり立ち上がると、背中を向けて逃げ出した。
それを見た俺の体は歩みを止め、右足を少しだけ外側へ向ける。そして、ガツンと地面に靴底をぶつけた。
ドンッ!
途端に巨大な分厚い『壁』がせり上がり、ゴム野郎の退路を塞いだ。壁の表面は洞窟の壁のような滑らかなおうとつで、不気味な緑色の輝きを放っている。奴は触ろうとしなかったが、触れば電気ショックを喰らったようにバチンとはじかれるだろう。何故か俺にはそんな事が分かった。ゴム野郎がコチラを睨んだ。
「大丈夫だ。殺さねぇって」
俺の口がそう言った。……嘘だ。俺には分かった。それは嘘だ。
「お前と勝負したいだけさ」
笑いながらまたもや口を開く。ゴム野郎が両手を下げて、ゆっくりコチラを振り向いた。莫迦、こんなもん普通は嘘だって、誰でも気づくだろうが!
あの野郎は壁の光をもろに浴びた。現に今も浴び続けている。術中にはまったのさ。
俺の意志に誰かが割り込んだ。体を乗っ取ってる野郎だ。……術中って、なんの事だ。
簡単だ。アイツは恐怖のどん底にいた。そこに、光を通して安心感を与えてやる。それだけだ。俺の今の声、すっげー優しそうだったろ?あの光は詰まる所、幻惑作用があるのさ。
……。
今頃、アイツの頭ん中じゃ、ここで俺とやり合っても、どうせDSで殺されないから、戦って負けてやろうとでも思ってるんだろうな。あわよくば、俺を殺すってか?ククッ、莫迦だな。おっと、あんまり気分を乱しちゃ、奴にばれちまうな。
「来いよ、相手になるぜ!」
俺の体は二刀流の構えを取った。その構えは紛れもなく、飛影剣、竜のツガイだ。俺の気分はまるで練習試合でもするような感じだった。光を通じて、ゴム野郎も同じ感情になってしまっているのだろうか。どうやらアストラル体のソウクは完了していたようだ。奴がパペットスティングを構えた。そして疾走し、俺に突っ込んでくる。莫迦、来るな! 死ぬぞ!!
ズバンッ
ゴム野郎の右腕がサイファー一振りで吹っ飛んだ。DSではない、物質に干渉する通常の斬撃だ。奴が目を丸くする。
ズバンッ
右腕の血が出る前に、今度は左腕が吹っ飛んだ。俺の口はピエロのように歪む。やっとゴム野郎は両腕から血をふき出させた。
瑞穂は、剣が通用しないと言った。だが現に、サイファーは奴の体をぶった斬ったのだ。
斬れただろう?
……また割り込みが入った。
ゴム野郎の両膝が力をなくして地面につく間もなく、俺の左手が奴の髪を鷲掴みする。……お、おい、止めろ! グイと頭を持ち上げて、奴の喉首が目の前に来る。やめろ!!
ガブッ
俺の口は豪快に喉首にかぶりついた。そして思いっ切り噛んで、無理やり引きちる。動脈ごと持っていかれ、そこから勢い良く鮮血がふきだした。
ッくあー!ウメェ。『これ』だ。やっぱこれだ。
肉の食感を確かめるようにもぐもぐ噛んで、ごくりと飲み込む。俺は最悪だと思ったが、気分は最高だった。
その後は惨たらしいばかりなので、説明はしたくない。とにかく、最悪だ。
「どれ……」
『腹』を満たした俺の目は、遠くにいる瑞穂を捉えた。よ、よせ、それは駄目だ。
「何故だ。お前は日頃からアイツの事を喰おう喰おうと考えているじゃないか」
莫迦言え! ふざけんじゃねえ!!
「ふむ。面白いもんだな。一番欲しいものを、あえて否定する。まぁそのために、俺がいるようなもんだ」
俺の衣服は既に血みどろであったが、一応顔だけは綺麗にふき取った。両足は瑞穂の方に歩み始める。
「瑞穂! 終わったぜ〜」
やッやめろ! 俺の声で、アイツを呼ぶんじゃねえ!!
かわいそうに、真っ青になっている瑞穂はふるふると顔を左右に振った。今までの出来事を、全て見ていたのだ。明らかに俺を敵視するように、少しずつ後退っている。
「どうした? 瑞穂」
「くっ、来るなァー!」
下弦を構えた。その両手はブルブル震えている。
「みずほぉ〜?」俺の体は何も持っていない両手を前に差し出す。「なんだぁ? やり合おうってのか」そう言うと、差し出した両手からいきなりサイファーをモリエイトする。「!!」瑞穂はビクつき、さらに怯えた。「ッふはははは! まったく、お前はどんな表情になっても可愛いなぁ、瑞穂」今にも泣きそうな顔だ。
両手のサイファーが強い光を放った。まずいっ!? これはさっきのあれか!?
ご名答だ。
よせ! 止めろ!!
では止めてみろ。この俺を。お前の体を。止めてみろよ。ん?
…………ッ!!
「……クッ、ハッハハハハッ!」
勝手に横隔膜が震えて、笑いが止まらなかった。……何も出来ない。意識だけがある、だが、ただそれだけだった。俺の体は完璧に乗っ取られていたのだ。
「大丈夫だよ、瑞穂。おいで」
穏やかな口調で俺の口が瑞穂を呼んだ。二つの剣から放たれる光は、確実に瑞穂に当たっている。二本の影を伸ばした瑞穂は、少しずつ下弦を下ろしてゆく。違うだろ、違うだろうよ瑞穂! オイ! みずほ! 莫迦!!
「いい子だ」
俺の右手のサイファーが上に振りあげられる。クソ! な、何も、何も出来ない……ッ!?
ヒュ……ガギンッ!!
刹那、風を切る鋭い音と共に、その剣が後方へ吹っ飛ばされた。「ッ」俺の右目が一度だけ引きつった。今のはアストラル弾。かなり遠距離からの射撃だ。
俺の思考はすぐさま狙撃手を想像した。レイだ。俺の瞳孔が急速にしぼみ、遠くの射撃地点にいるレイを捉えた。手にもたれているのはバルキリーアロー。それは美咲さんが持っていた物だという事も何故か分かった。銃口はまっすぐコチラを向いている。レイの口がなにやら動いた。……ッ!? 通信機か!
すぐ近くの上方にせまり来る何かを察した。
「ハッ!」
笑い飛ばすようにして身を後方へひるがえすと、立っていた場所に横一本の亀裂が走る。俺の体は更にバク転して距離を離す。
スタッと着地すると、呆然としている瑞穂の前に師匠が立っていた。
「……ッハハ、ッハハハハ……」
俺から笑いがまたしてもこみ上げた。……どこかで見た風景だ。この感じ。この笑い方。
「……貴様は」
師匠が太刀のやいばを返した。師匠には例の光が通用しないと何故か分かった。この『何故か分かる』というのは多分、体を乗っ取ってる奴の思考が俺にも届いているのだろうと思った。
「師匠、何故俺に剣を向ける?」俺の口がヘラヘラと喋りだした。「敵はもう始末しちまったぜ?」その声は紛れも無く俺だが、違うッ。クソ!
だが師匠は俺の言葉など無視して、いきなり突っ込んできた。
「ッ!」
ガギインッ!
すれ違いざまの一閃。長い太刀ならでわの重い一手だ。左でそれを防いだが、すぐさま背後から師匠の二手が襲う。
ギンッギィンッ!
「我剣崩」師匠の声。
ガギィンッ!
俺の左腕がはじき返された。無防備になった俺の胴体へ太刀が迫る。
ギィンッ!!
だが右手のサイファーを再度モリエイトさせてそれを防いだ。
くそッ! 止まれ、止まれよ! 頭では体の動きを止めようとしているのだがまったく反応がない。意識以外は全て乗っ取られている状態であった。その間にも俺の体は師匠に向けてサイファーを振り続ける。しかしながら、かなりの使い手だ。師匠ほどの男であっても、コイツの剣舞を見切ることができていない。
「睦月、AOFを展開しろ」
つばぜり合いのさなか、師匠がなにやら言った。だが俺の体は即座に師匠の太刀を受け流し、飛影剣の剣舞を見舞った。師匠も我剣流でそれに対抗する。
AOF? 俺が、か……? 「AOFはお前の攻撃意思だ。オブリヴィオンを跳ね除けろ」激しく動き、斬り合いながらも、師匠の声は普段通りだった。「ゥるセェんだよじぇジい!」俺の口が勝手に喋る。
「意思を強く持て」
…………。
師匠の言葉を聞きながら、俺は勝手に動く体の動きを見つめ、考えていた。どこかで聞いた……そうか、紫電だ。意思を、強く持つ……。優しい表情を浮かべた紫電が思い浮かんだ。頭を撫でられた感触が、同時に思い出される。
「コイツを喰らいなッ!」
俺の腕はSVA2を引っつかんで師匠に向けバラージュした。とっさに師匠はそれを回避したが、その隙に俺の足は距離を取った。「スレイブエッジ……!」次いで口が開き、AOFがAOにチェンジされる感覚。
モリエイトされたのはさっきゴム野郎に使ったAOであった。だがさっきの槍のような形状ではなく、まともな剣の形をしている。刀身一メートル、持つ部分は三十センチの幅広の剣だ。西洋のロングソードを髣髴させるそれらが、次々と急速なスピードで背中に出来上がってゆく。
スレイブエッジだと? それにさっきの壁や、このサイファーと呼ばれる二本の剣。俺の知らないAOを、俺の体は勝手に作り上げていた。しかもそれらは、まるで長年かけて鍛錬されて来たような性能を誇っている。生まれながらにしてこの身に潜んでいたオブリヴィオンが俺の成長と平行して、同じく成長していたというのか。
し、しかし、まずい。この距離。こんな間合いでぶっぱなされたら、いくら師匠でも一発二発は貰っちまうかもしれない。しかも確実に肉体を切り刻む物理攻撃のはずだ。この質量からして、どこに直撃しても致命傷になりかねねェ!
俺の体は空中にクリスタライズをモリエイトして上空に着地し、師匠を見下ろした。師匠は対空迎撃の態勢に入っている。「くたばりやがれ」俺の口がニヤける。クソ!
俺が、俺が何とかしなくては……ッ。
AOFを展開しろ。それは師匠が言った言葉だ。AOFとはすなわち、攻撃意思。外敵を跳ね除け、自分を守ろうとする意思だ。守る事が攻撃に繋がっている……。……クソ、冷静になれ。できるはずだ……ッ。
−−−あなたには、それができます。
今まさにスレイブエッジが射出されようとした時、いつか聞いた紫電の声が辺りに響いたような気がした。俺の魂が燃え上がり、光を増したような感覚がする。
……できるぞ。AOF、展開。
「ぐっ」
俺の体がビクンと震え硬直した。俺が通常AOFを展開する要領で、全身に気を巡らそうとしたのだ。
ヒュンッ!
射出の意思を邪魔されたスレイブエッジが刃先の向いた方向に全弾すっ飛んで、それぞれが地面に突き刺さる。
ザンッ
間髪いれず、師匠がそこに疾風のごとき一閃をぶち込む。俺の意識はそこで途絶えた。
◆ESP
ESP (Extra Sensory Perception:超感覚的知覚)
潜在的にモリエイターの素質を持っている人物。
少しばかりの手伝いをしてやるだけで、モリエイト技術や炎、インテュイント、イマジネート等の事柄を理解しうる力を持つ。
また、いつのまにやら勝手に炎が見えていることもある。
◆ISP
ISP(Intra Sensory Perception:内部感覚的知覚)
モリエイターの素質を持っていないが、投薬や高位のモリエイターから能力を開花させられることで、炎を認識できるようになった人物を指す。
基本的にISPは自分に開花した新しい感覚を十分に理解出来ない。しかし理解力のある者は、ESPと同等の力をつけることも可能である。
◆DSP
DSP (Deformity Sensory Perception:奇形感覚的知覚)
ESP、またはISPがエーテル体に異常をきたしたモリエイター。
母体のエーテル体が不安定であった場合、生まれる子供がDSPである事もある。
DSPとなったモリエイターはエーテル体が『オブリヴィオン』という侵食体に犯される。それは徐々に魂を侵食して行き、次第に『オブリヴィオン』が魂を乗っ取ってしまう。
魂を侵食された状態のモリエイターが『オブリヴィオン』から打ち勝つと、その侵食された部分を自らが吸収することが可能である。その場合『オブリヴィオンだった部分』は別の魂となるが、一時的にそちらに意識を傾けることによって『別の魂』を操作することが出来るようになる。その状態をソースシフトと呼ぶ。
『オブリヴィオン』から打ち勝ったモリエイターは単純に能力を二つ持つことになるが、戦力が二倍になるわけではない。しかし別の能力を使用できるというのは利点であり、以前以上に幅広い戦闘を行う事が可能となる。
だが、オブリヴィオンに打ち勝ったものは少ない。