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08:血の香り

08:血の香り



 翌朝、俺は恐ろしいほどの胸焼けを起こしていた。どうしてなのかさっぱり分からないが、何故か胃の調子がおかしい。瑞穂の作った飯のせいかとも思ったが、コイツが食中毒を起こすようなものを作るとも考えられない。

「兄様……大丈夫ですか?」

 青い顔をした俺を心配したのか、瑞穂が言い寄ってきた。ぶっちゃけ大丈夫じゃないんだが、一応はセオリー通り言っとかないとな……。

「大丈夫だ。瀕死から一気に体を治されたんだからな。もしかしたら、そのせいかもしれん」

「うーむむ……」

「まぁお前のせいじゃねーってのは確かだ。お前はなんともねーんだろ?」

「うん……」

 それでも気を利かせたのか、朝食はおかゆであった。そして胃薬を飲んだらだいぶ良くなった。

 俺が制服に着替えている間、何故か瑞穂は俺の行動をじっと見ていた。

「貴様、見ているな」着替えづらいっつーんだよクソ。「えっ!? あ、いや……」何故か恥ずかしそうにして、両手で口を隠す。

「男の人って、具合悪くてもエレクチオンするんだなって」「……」マジで、なに見てんのお前? ちなみに現在、ガラパン一丁で朝立ちMAXの状態である。「えへへ。あっそうだお弁当……」瑞穂は逃げるようにして台所へ走っていった。

「はい、どうぞ兄様」

「ん」

 ほほお。これが『槍杉学園ベーカリー戦線』における唯一の突破口であると言われる『弁当』という奴か。フタが箸入れにもなってるタイプの黒い弁当箱が、布にくるめられていた。俺はそのアイテムを鞄に……入れようとしたが、幅が合わない。

「ありゃ!?」瑞穂もこれには驚いたようだ。俺の鞄は縦置きタイプのものだ。しかしこんなもんはどうにでもなる。「まぁ大丈夫だ」俺は弁当を一番底に無理やり押し込めた。鞄の底だけが横に盛り上がる形となってしまったが、あのベーカリー戦線におもむかず済むのであればこれくらいどうって事ない。

「さんきゅ」「えへへへ」頭を撫でてやると、瑞穂はコロコロと笑った。

「あぁ、あと瑞穂。今日の夕方に武器屋に行くの、忘れんなよ」

「はい。承知しております。学校が終わったら連絡を下さい」「OKだ」昨日美咲さんからコイツに連絡がいったらしいが、一応再確認しておいた。

 さて、では一日仕事に出かけるとしますか。俺は家を出ると、昨日とうって変わって晴天である青空の下、正光と合流して登校を開始した。



 学校はいつものような感じだった。俺と正光は授業の合間の時間に話をしていた。泉さんは違うコミュニティで楽しげに談笑している。

「さぁて、さっそく聞いてやるぞ〜」

 ペコちゃんみたいにベロを出した正光が両手をすり合わせながら、俺の机に対面するように椅子を置いて座った。

「てめーー、俺の瑞穂に手ぇだしやがったなーー、コラ!」何のことかと思えば、一発目からそれだ。「いつお前のになったんだクソ。……っつーか、なんで知ってんだ?」俺が聞くと奴はフフンと笑ってふんぞり返り、両手をパッと開いた。

「そりゃお前、俺じきじきに瑞穂っちゅわんからこの前聞いたのだ。どうだい、一人暮らしってのは、大変だろう? なにか分からない事があれば、この正光あにちゃまに言ってごらん……って。そしたら、何つったと思うよ!? い、いえ、平気です。兄様の所で、一緒に住ませてもらってますので。……ですって!!!」

「……」

 全く持ってコイツのモノマネはヘタクソだ。だが、何故か知らんが似ていないにも関わらず似ている。その表現はおかしいと思うだろうが、だが事実なのだ。似てない。だが似ている。何故だ。それはモノマネ芸人がよくやるような、『全く似てないんだけど雰囲気はバッチリ伝わってる』みたいなものなのだろうか。

「どうなんだよッ、コラ!!」

「む。いや、別に。なんか、一人だと寂しいからって……俺の部屋に泊まってるだけだ」

「……それだけでもかなりムカツク話だが、本当にそれだけか?」

「それだけって、あとなんかあっかよ」

「イヤハーンしたかしてねーかって事YOHHHHhhh!?」

「ぐおっ!?」

 我慢しきれず奴は叫びだしてしまった。やかましい声には何故かエコーがかかり、俺の視覚はエフェクトがかかったようにブルブル上下する。たまらず両手で耳を抑えた。

「別になんもしてねぇっつの!」「んん〜〜? 聞こえんなぁ〜〜」言い返してやったが、今度はイヤらしい口調で奴が言った。

「へい! アポロン検査官! この睦月は、真実を言ってると思うかね!?」

 正光は遠めの席で喋っていた優等生風の男に叫んだ。だが奴にここの話が聞こえていたわけがない。しかし奴はこちらに対して難しそうな顔をしてうつむき、腕を組むと「NO NO NO」と言い、顔を上げて「オーマイゴッド」と言った。

「ほら見ろーー!」嬉しそうに正光が叫ぶ。っつーか、オイ! なんだよそれ!?「うるせええぇぇーー! てんめぇーこのクソアポロン! 適当な事言いやがって! 聞こえてるわけねぇだろうが!」俺はアポロンに怒鳴った。

「ほとんどの場合、真実は多くを語ろうとしない。何故なら? 真実は常に一つだからだ」

 アポロンは真面目な顔でくさいセリフを言うと、うつむき加減な顔の前に人差し指を立ててにやりと笑った。

「意味わかんねぇよ! ドゥフフフッ!?」

「バフフフッ!? ボブシューー!」

 何気に莫迦らしすぎて最後笑ってしまった。奴の周りの連中も相当ウケまくっている。正光は口に手を当てて笑いを堪えていたようだが、その手の間から空気が抜けてしまった。

「アポロンの奴、なんか役者に磨きがかかってきたな……。って、あんな野郎の事じゃねぇ、瑞穂っちゅわんだ! テメー変なことしたら、お父さん許さないぞ!」

「お父さん……」

 正光がお父さんと言った時、俺と奴は同時にハッとした。瑞穂の父親は師匠であるからだ。そしてやはり同時に、師匠が無言でこちらをにらむ顔がもわもわと頭上に浮かんでくる。

「……いや、やらん。ぜってー手なんてださんよ、俺……」

「……すまん、俺も思った。ごめんな、睦月……」

「……」

「くそぉーー!」

 とてもどんよりした空気になったが、正光は叫びながら頭の上で手をぐちゃぐちゃに動かした。多分、『正光ビジョン』に映っている師匠の剣幕を手でかき消そうとしているのだろう。実際正光の仕草を見た事で、俺のそれも消えた。



 それからしばらくたち、またもや授業の合間。今度は泉さんと、その友達の佐野さんが俺の回りに来た。

「ねーねー睦月君、D3センターに五日も入れられてたんでしょう? かわいそうだなぁ〜」

 佐野さんが言ったD3(でぃーすりー)センターとは、現在日本中を騒がせている原因不明の奇病『デッドリードロージネス』、通称DDの治療施設の事ある。死の睡魔という名のこの病気は、突如として眠気に襲われ昏睡状態に陥り、運が悪ければそのまま死んでしまうという恐ろしい病気だ。……だが実際は、モリエイターがAOFを展開、アストラルストームを発生させた時に起こる一般人の昏睡状態の事を、一般人向けに『病気』として世界に広められたフェイクであった。

 どうやら俺が休んでいる間は『そういう事』になっていたらしい。俺は別になんて事ないような仕草をした。

「まぁ、たまたま運が悪かったんだよ。視力検査で調子こいて、右って言うところをシーって言ったのがまずかったのかな?」

「……それはそれで結構キツイけど……。でもでもやっぱり、五日も拘束なんて、ヒドくない? これだからD3の奴らは好きじゃないのよね」

 佐野さんは腕を組んで俺を弁護してくれた。彼女のポニーテールが背中でがゆらゆらとなびいている。

「それにさー、この前のアレもあったでしょう? DDの暴動騒ぎ。アレのせいであそこの周り、工事だのなんだので大騒ぎ。警察もいっぱい見回ってるし、あぁ、もう、やんなっちゃうわよ」

 その暴動騒ぎに俺と正光、そして泉さんも加わっていたのだったが、さすがに彼女には言えない。

「そのせいでマルQビルも壊されちゃったし、あ〜あ……アソコの洋服でいいのあったのになぁ〜〜」

 俺はギクリとした。そのマルQビルを吹っ飛ばしたのは誰でもない俺だ。美咲さんのブラスターで。ごめんねェ!? ごめんねェェーー僕のせいで!! クソが! うっせ!

「う、う〜むむ。まぁそう言うな。壊れたらまた新しいのが出来る。ッつー事は、中身もまた新しくなるって事に繋がる。もっといいのが出てくるかもしんねーぜ」

「そうならいいけど、はぁ。出来るまで何年かかるってのよもー」

「……」「あ、あはは……」泉さんが苦笑した。ごめんねえええェェェェエエエエ!?!!?!?!!



 昼休み。我がクラスの男子生徒諸君は教卓の前に集結していた。全員で輪を形成し、凄い剣幕で中心の二人を凝視していた。その空間のみ空気は重く、誰一人として口を開く者はいない。

 刹那、中心の二人は同時に叫んだ。

「じゃんけんぽん!」

「みーとぼーるぽん!!」

「クソオオオオオオオオオオあああああああああああ!!!」

 そして壮絶な絶叫がこだました。正光が自分の右腕を左手で強く握り、ガクンとひざまずいている。ちなみにみーとぼーるぽんとはアイコの意味である。

「選び抜かれた勇敢なる戦士よ。さぁこのペーパーを持って、旅立つがよい」

 メガネをかけた背の小さな男がおごそかに言うと、一枚のわら半紙を渡した。それは明らかにテストの問題用紙であったが、裏には購買部でのお買い物リストが表記されている。

「くっそが! うっせハゲ、うっせハゲ!」

 彼はハゲではないのだが、とにかく正光は罵詈雑言はりぞうごんを吐きながらそれをバシッと奪い取った。そしてがっかりと肩を落として教室を後にする。つまるところ、彼は『槍杉学園ベーカリー戦線』に駆り出されたのだ。ぶっちゃけパシリである。

 我が槍杉学園は生徒数が多いため、『フォレスト・ザ・201』という名の食堂が存在している。だがその食堂は休み時間となればひどく混雑し、さらに混む割に味が最悪なのだ。という事であんな雑巾絞り汁をすするよりは、購買部でパンやらラーメンなんぞを買ったほうが良いという連中が多数現れる。そういう連中が購買部へ集結し、超乱戦になるために、ベーカリー戦線などと呼ばれるようになった。俺もその戦線で活躍する一人だったわけだが……ふん。今日は違うぞ。

 俺は誇らしげに机の上に弁当を置いた。白黒のジャングル模様をした布を解いて、弁当を取り出す。

「あ!? 睦月、お前何食ってんの!? 弁当!? それ、べんとう!? べんとう!?」

 くそ、途端にやかましい連中が集まってきやがった。

「うっせ。見りゃわかるだろうが」

「弁当!? これ、弁当だよな!?」「弁当プイ!」「弁当だ!」「弁当だよ!?」「弁当だ!」「弁当だ!」「弁当だ!」お前らの脳みそはお猪口ちょこサイズなのか? と思ってしまうくらい、弁当という単語を全員が連発している。つーか、ただそれが言いたいだけじゃねーかよ!

「おい睦月なにしてんだよ、早く中身を見せろ!」「そうだそうだ!」「そうだ!」「早くあけろ!」「あけろ!」「あけろ!」「あけてくれ!」「出して!私をこっから出して!!」「出してくれ!!」「出して!!」「出る出る!!」「出る!?」「でりゅううううう!!」「ばっびょっびっびょぼっぼっぼぼッ!」「出ちゃったプイよ!!」

「……」

 考えても仕方が無い。こういうのにはすっかり慣れてしまった。まぁ余計な検索を入れてこない部分だけはよいと思えた。

 俺は弁当のフタをあける。

 パカッ

「うお!? ………」全員が息を呑んだが……。「普通だ」「なんだよ、普通じゃん」「普通だよ」「俺ん家のほうがすげぇな」「きゃぷちゅんちゅん!」「なんだよ睦月てめぇー! 妙な期待させんじゃねーよ!!」いきなりコイツらの態度がいっぺんした。莫迦じゃねーのか!?

「うるせええええええええ!! ゴミ共が! 散れ! 散れ!!」俺は両手を大げさにブンブン振り回した。「うお! 睦月が自爆スイッチを!?」「マジかよ!? 英雄になろうってか!? 莫迦な!?」「全員、退避退避ーー!」「し、死にたくない!!」「死んだらいかんぜよ!?」「新幹線!」「電車でD!」「電車でD!!」全員が子蜘蛛の様に走り去って行く。しかしよ、やっぱりといっちゃなんだが、お前らの言語レベルは小学生から成長してねーんじゃねーのか? とことんハッピーな連中だぜ、ったく。

 俺は落ち着いて弁当の中身を見た。半分がご飯で埋め尽くされており、真ん中に梅干が乗っている。おかずは玉子焼きと、煮干を甘くしたみたいな奴と、から揚げと、ジャガイモのつぶした奴にマヨネーズを混ぜた……なんつったらいーんだこりゃ? まぁそういうのだ。その下にはレタスだかキャベツだか知らねーが、葉っぱが敷いてある。あとはアスパラを焼いたベーコンで巻いたのが二つあった。

「……」

 奴らは普通といったが、俺にとっては初めての弁当だ。しかもパンなんぞよりも長時間腹にたまる。これはいいぞ。瑞穂、サンキュ! んじゃ早速喰う事にしよう。確か弁当のフタが箸入れになっていたな。

 俺は箸入れであろうフタの透明な部分をパカッと割った。何も入ってない。

「AHHHHHHHhhhhhhhhhhhh!!!!!!」

 俺はガラスにヒビが入りそうな超高周波を発した。何故かこの教室だけがグラグラと振動し、立っていた生徒たちが全員よろめいた。

「な、なんだなんだ!?」

「お箸が入ってねぇだろうがよおおおおおおおおおお!!!!!」

 ガタンッ! 壁にかけられていた時計が床に落下した。

「ぶっ!?」「ダハハハハ!!」「だっせーーー!!」「フム、日本人というのは不便なものだ。箸などという(中略)東南アジアの(中略)なのだが」「寿司は素手で喰うもんだろ! 弁当も素手で喰え!!」「お前、寿司喰うのに箸使うの!?」「えっ!? 俺も箸使うけど……」「マジで!?」「イプサムお前は?」「俺は使わないプイ」「アポロン議長、どう思う?」「ふむ(下略)」

 俺は一瞬でも瑞穂に感謝したのを悔やんだ。クソッ、野郎、何考えてやがる!! ちなみに周りから沸き起こるチャチャは既にスルーしている。それに、なにやらもう関係のない話をしだしている。

「睦月くーん! 箸ないなら、女子が貸してくれるってさ! もう、すみに置けないなぁ〜君も」

「……」

 佐野さんが俺に叫んだ。そこには泉さんもいたが、周りの女子達はなにやら笑いながらキョロキョロこっちを何度も見てくる。

 自分では全く意識しないのだが、どうにも俺は女の目を引く顔立ちらしい。だが全く俺にはその気はない。まぁ別に小学生でもねーんだし、借りてもいいかしらとは思った。でもあの女子共の態度がムカツク。何か面倒を背負う予兆がしたので、さすがにそれは止めた。

「……いや、正光に電話して割り箸パクって来てもらうわ」

「え〜〜」

 一斉に女子共が残念そうな声をあげた。ちなみにパクって来るといっても、食堂での話だ。俺は奴の携帯に電話をかける。

[何かあったのですか?]

 正光はわりと早く出た。どこぞの神父みたいな口ぶりだ。

「あぁ。ちょっと割り箸パクって来てほしかったんだが」

[なんだぁ? ラーメンでも喰おうとしたのか? うーむしかしもう帰り道だ]

 なんてこった……。畜生。

「マジかよ、クソ、今どこなんだ?」

「あなたの後ろにいるの……」

「……」

 その時俺は教室の異変に気づいた。全員が黙っている。何故だ? 不気味な沈黙が教室を支配していたのだ。俺は電話を耳から離すと、ゆっくりと後ろを振り向いく……。そこにはビニール袋を両手にもった正光がいた。

「弁当だとおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?!?!?!?!??」

 ビニール袋を盛大に放り投げると、コイツは俺のむなぐらを両手で掴み上げた。

「てめえぇぇーー! 俺の分は!? 俺の分はどうした!? なぜ俺の分をッ!! 作ってもらわなかったんだあああァァァァァーーーーー!?!?!?!!」

「イデデデッ!! テメェ! ウッセ! やめろ! いででっ!!」

 ブンブンブンッ。いつものように俺に分身ができた。

 ちなみに正光が放ったビニール袋は空中で綺麗に中身を放散させ、あたり一面にばら撒いた。まるで先日のスナイパーが放ったクラスター弾みたいだ。

「わぁー! 天からの授かりものだー!」「うひひ? いっぱい拾っちゃうよぼっくっちゅわん?」「あっ! テメェそれは俺のオーダーだろうが!!」「ツバつけときゃ誰も取らん! ペッペッ!」「うおっまぶし」「ぷいぷいーー!」「俺のエスプレッソが、びちゃびちゃ!! SHOCK!!」「っしゃー! 焼きそばパン二個GET!」「てめぇええ! 返せエエエーー!!」「ふん、いいぜ、勝負に勝ったら返してやるよ。ポケモンバトルでな!!」「上等! おいジャッジ! 準備しな!!」「ポケモンファイッ! レディー、ゴープイー!」

 それら目掛けて一目散にハイエナ共が集まってきたが、何故かポケモンバトルが始まり熱戦となっていた。だがやはり例によって、それらの事は全てスルーである。

 俺と正光は結局二人でポケモンバトルを観覧しつつ、飯を喰っていた。弁当の件だが、女子がデザートのプリンをあけるところを目撃したので、そのヘラをもらう事にした。箸はさすがにヤバイが、ヘラならどこにでもあるものだし、あっちも残念がっていたからよしだ。だが如何せん喰いずらい。

「なぁ〜むつきぃ〜、頼むよ〜ん。瑞穂ちゃんに頼んでおくれよ〜ん」

「面倒臭ぇな。今日会うじゃねーか。そん時にまず自分で頼んでみろよ」

「で、でも、断られたら、ぼく……!」

「まーそん時はしかたねーから、俺が言っといてやるよ」

「マジクソ! センキューメェン!?」

 正光は右手を差し出した。俺も右手を出して握手すると、ヤツはブンブンその手を振った。

「正光にはあん時、助けてもらったからな」俺が真面目な話をしたら、いきなり恥ずかしそうにしてどこかを向いた。「げっ! あ、いやあれはホレ、しかたねーだろ? だって、っつか、誰でもそうしただろうがチクショウ!」今回は今までのようなおふざけでない、素直な奴の心境なのだろう。素で照れおって。まぁそこが、俺の気に入ってる所なんだが……。

「んじゃそれはナシって事にしても、あれだ。瑞穂を初めて迎えに行くとき、正光も来てくれたろ。その借りだ」俺はランクを低めてそれの事にしてやった。「フム。なるほどんじゃこれでドッコイダーだな」正光も納得したようだ。

「そうかー、そういや今日は武器屋に行くんだったな。忘れてたぜ」

「……マジかよ」

「マジで。だがいきなりテンション上がってきたな。うお、やっべ、やっべ楽しみだ。うお、やっべ」

「まぁそれは俺も同感だな」

「マッコイじいさんに合うのも久しぶりだなー。暗殺されてねーといいけど」

「……あのじさまじゃそれが起こりかねんのが恐ろしい話だな……。まぁしかし、その辺はキチッとガードしてんだろう」

「スリムフィットギャザーみたいにピッタリフィットでキチッとガードか?」

「多い日もいけるぜ」

「すっげ! えろ!」

「えろくねぇ! でも……あれ!? すまん、びみょ! すっげびみょ!」

「イエローとレッドのコラボレートが、炸裂!!」

「マーブル!」

 武器屋か……。俺と正光はこういうタグイの店がとても好きらしかった。この俺ですら、はやく学校が終わってくれないかとハラハラしているくらいだ。今の会話の最後だって、俺達は吹っ飛んでいた。

「誰が噛ませ犬だってえェェェーー!?」「うわぁーー! 優勝したのはアブドゥルだあああ!!」向こうではスティールボールランの優勝者が決定したようだった。……って、あれ!? 確かポケモンしてたんじゃなかったの!? しかし俺は深く考えない事にした。いつもの通りだ。常にやってる事が変動するのが奴らである。

 そうして今日の一日仕事(授業)を終えた。



 俺と正光、そして泉さんは出来根市駅近くにあるフォーカットモールと呼ばれるアーケード街に来ていた。八角形をした大型の商店街で、十時に伸びるようにて東西南北から歩道が続いている。平日でもかなりの人で賑わっており、日本人だけじゃなく外国人もかなり見受けられた。

「あっ、兄様〜!」

 待ち合わせ場所に、いつぞやの振袖姿で瑞穂が駆け寄ってきた。お出かけ用なのだろうかこれは。

「おう」「来たかー瑞穂ちゃん、めんこいなぁ君は!」「こんにちは〜」それぞれが奴に挨拶をする。

「おわ、制服姿ですね皆様」

 瑞穂の言葉に反応して、俺と正光は何故か無駄なポーズを決めてしまった。効果音は『ドン』で決まりだ。悲しいサガなのだろうか、しかしつい反射的に体が動いてしまうのだ。泉さんだけは、少し恥ずかしそうにニコニコ笑った。

「まぁ学校帰りだからな。んじゃ、まずはマッコイんとこに行くか」

 正光の妥当な判断により、学校の中で俺たちが言っていた『マッコイじいさん』の所へ行く事にした。

 フォーカットモールの南口まで行くと、パチスロ店の向かいに『倉庫88』と書かれたディスカウントストアがあった。そこは倉ハチと称され、一般的な食材から超マニアックなアイテムまで扱う店として知られている場所だ。

「……?? ここがそうなのですか?」

 瑞穂の頭にハテナマークがピコンと生えた。外見は庶民的な、小汚いスーパーのようである。

「まぁ、バーわけありと同じ感じかしら」泉さんが瑞穂に説明した。彼女は一応全ての店に入ったことがある。「ふむむ。なるほど」まー行って見りゃ分かるぜ瑞穂。

 俺たちは店に入り、レジにいたおばちゃん店員に声をかけた。

「あーっと、店長いますか?」

「えぇ? ごめんね〜今ちょっと出てて……」

「特売のミサイルを五ドルで買いたいと思ってね」

 クソ、折角俺が言おうとしたのに正光が横からしゃしゃり出てきやがった。しかもやっぱり調子こいたポーズだ。

「あら、そっちのお客さん? それじゃちょっと待ってね」

 そのキーワードを聞くと、おばちゃんは手元にあった電話でなにやら喋った。

「それじゃいつもの場所に来いって」

「うっす。どうもッス」

 アポは取れたらしい。

「若いのに大変ねぇ。あらあら〜こんなちいちゃな子までぇ」おばちゃんは余計な事を言い出した。「え、えへへぇ」瑞穂ははにかんだ笑みを見せる。

 ごちゃごちゃと長話をされる前に俺たちはさっさと外へ出た。そして南口から出てすぐ左へ曲がり、フォーカットモールの側面、丁度倉ハチの真横にある搬入口に来た。大きなシャッターがあり、そこから中へ大量の物資を溜め込むのだろう。その石壁にドアが一つだけあり、中に入るとその内側へ出た。

 中は巨大な倉庫であった。天井には体育館にあるみたいな照明が何個も並んでいる。回りには木の箱やダンボールが山済みになっていた。それらの全ては倉ハチのものではなく、このフォーカットモール全体の店の在庫である。

「よお、エルベレスの新米共」

 入り口近くにあったボロ小屋の中から声がした。しらがの老人が窓越しに見える。彼がマッコイだ。日本人ではない。

「レイから話は聞いてる。やれやれ、とうとう睦月も、ガンナーか」

 老化で頬の肉はなくなり、なんというか、かなり小さな老人だ。しかし外見に見合わぬ運動ができるようで、彼の動き方は年齢を感じさせない。レイと同じような流暢な日本語でそう言うと、ボロ小屋から出てきた。外人特有というのか、彼の鼻はやけに高い。

「うっすじいさん! 久しぶりだぜ〜」正光が親指を突き出し、いつもの口調でマッコイに言う。「ったく、人をじいさんじいさん言いやがって。うるせぇってんだ畜生」彼は手馴れた感じで軽くあしらった。

「そっちのお嬢さんは知ってる、でもそこのチビッコは見た事ないな。ほ〜ぅお前さんが例の新人かい」マッコイはブルーのたれ目であったが、その眼光は鋭い。「あ、はい。大槻瑞穂と申します」その目を察したのか、瑞穂は普通の返答を返してお辞儀した。

「おりゃーマッコイだ。欲しいものがありゃ、なんでも言ってみな。なんでも持って来てやるぜ。勿論、お前さんの懐次第だがよ」

 ウシシと笑って手のひらを上に向け、人差し指と親指の先をくっつけた。

「じいさんホンットに地獄に落ちるぜ〜」正光が呆れたように言う。「あぁん? こちとら祖国を追われ、やっとの思いで日本に辿り着いたんだ。今じゃモリエイターは日本でしか生きれん。もうここが地獄の一丁目なのさ。これ以上落ちる場所はねえよ正光」老人なだけに彼の言葉は貫禄がある。レイならウィットなジョークとして軽く笑い飛ばしただろうが、俺たちはその言葉に言い返す事が出来なかった。

「やれやれ、まーだが、この地獄も捨てたモンじゃねーな。お前らみたいな若い連中を見てると、コッチまで活気づいてきやがる」

 気を利かせてマッコイはそういうと、腰にこぶしを当てながら背を向けた。

「コッチだ。きな。奥にカップリングストーンの専門家が来てるぜ」彼が歩きながら言った。俺達もそれについて歩き出す。「ほお、っつー事は今日出来るって事かい?」俺が聞くと彼は頷いた。

「俺を誰だと思ってんだ?天下の大商人マッコイ様だぜ。おいプーキー! 後は頼むぞ」

 彼は詰まれた物資の向こう側へ叫ぶと、遠くから「へーへー」というやる気の無い声が聞こえた。



 倉庫の隅にある骨組みだけの階段を上がると、以外に綺麗な部屋に出た。その奥の部屋のドアを彼はノックする。

「お客さんが到着したぜ」

 マッコイが言ってドアを開くと、中にはスーツ姿の男女が控えていた。どれも日本人ではない。

「始めまして。私共は穏健派の武器開発部、西木式から派遣された者です」

 屈強な肉体であるのはスーツ越しにも十分わかった。それで開発部なのかよ!? 彼は先頭にいた俺の前までズイズイ歩み寄ると手を差し伸べてきた。な、なるほど。確かに外国映画じゃ、こういうシーンは良くあるな。

「あ、えっと。よろしくお願いします」

 俺はおずおずと手を差し伸べた。うーむ、慣れないな……。握手を終えると、彼は自分の胸に手を置いた。

「よろしく、私はアベル・ラクエド」胸に置いた手を向こうの女性に向ける。「彼女はティアラ・ラクエド教授。夫婦で失礼するよ?」向こうの女性は軽くお辞儀をした。「い、いえ……」くそぅ、ウィットだなぁオイ! 結局相槌みたいな適当な返事しか出来なかった。畜生、なんて言やいーんだよ。

「アベル博士とティアラ教授はカップリングストーンの権威だそうだ。だからそこいらの測定師よりも正確な測定が出来るぜ」マッコイが言った。「その方がお前さんも得だろうし、レイの奴だって安心するだろ? ま、その分こっちの値は張ると思うがね」そういう事かよクソじじい……。にやけた彼の周りにはドル袋のイメージが三つほど浮かんでいる。「それじゃあとは頼むぜ博士。おりゃーエルベレスの口座から金を落としてくるわい」マッコイは逃げるようにしていなくなった。

「さて、早速始めようか。測定するのは誰だい?」「あ、俺ッス」「よし、じゃそこに座ってくれ」俺が前に出ると、アベル博士は指示を出した。

「他のみんなは、どうしてる?」「見学ってのは無料ッスか?」正光がでしゃばった。だが、いいぞ。こういう時はいい。「ハハハ。もちろんだ、かまわんよ」博士は笑って了承した。ナイスだー。

「ティアラ、始めるぞ。準備を頼む」

「はい」

 テーブルの四方に椅子が配置されているが、その片方に俺が座り、テーブルには大きなトランクが置かれた。それを開くと、小さくて綺麗な結晶がたくさん並べられていた。

「君の名前は?」「あ、斉藤睦月です」博士がいきなり聞いてきた。そういや外人は最初の自己紹介の時に大体名乗っていたな。っつか、そりゃどこでも同じか。クソ、ミスった。「すみません……」「別に気にする事でもないさ」俺は素直に謝ったが、まったく寛大な人だ。

「では睦月君。これらはすべて雄結晶だ。いろんな種類があるけど、どれか惹かれるヤツはあるかい?」「この中でですか?」「うん」

 それらを俺は一通り眺めたが、どれも微妙に光具合や大きさ、形なんかが微妙に違う。

「どれでも好きに、手に取ってみていいよ。十分に時間をかけて、ゆっくり見定めてくれ」

 博士がそういったので、俺は一つ試しに持ってみた。だが外見以外特に惹かれるわけでもない。

「それがいいかい?」

「あ、いや、別に深い意味は……」

「いや、インスピレーションは大事だ。モリエイターはインテュイントに優れているからね。第一印象や、形、大きさ、光具合ひかりぐあい。見た目の判断はとても重要な要素の一つだよ」

「ぬ〜むむむ……」

 俺がまじまじと見つめていると、正光もそれを見たそうに体を突き出してきた。

「あの〜、俺も見て駄目ッスか?」言うと思った。「おっと、ここからは有料になってしまうが?」だが博士は簡単にそれをいなす。「げげっ!?」正光はすぐ体を引っ込めた。見学できるだけでもラッキーって事か。

 俺が選ぶのに苦戦していると、教授が一つの結晶を取り出した。

「これはどう?」「おぉ」それは俺が気になっていたヤツの一つだ。「いいっすね」素直に言う。

「それじゃ、こっちは?」もう一つ取り出した。「あ、それも気になってたヤツです」なんだなんだ、この人は。教授は次々と俺の気になっていた結晶を当てていった。

「へぇ〜、意外と乱暴な性格なのね? 睦月君は」「ぐぬぬ……」教授から言われ、俺は縮こまった。

「ティアラ、変な事言うんじゃない」

「うふふ、ごめんなさい。でも、その綺麗な外見にはそぐわないような石とばかり相性が合うから」

「そうなんですか?」

「う〜む」博士は腕を組んだ。「彼女はそう言っているが、所詮石との相性の話だ。君自身の性格の事ではない」「そ、そうスか……」だが何とも言えない。くそぅ、教授、アンタが選んだんだろうが。まぁでも、それらは確かにいいものなんだが……。

 それから博士は俺の手のひらを見た。多分霊視しているのだろう。

「ふむ。そうだな。君に合いそうなのは、この三つかな」

 教授が選んでくれた結晶の中から三つが残った。俺はそれらを一つ一つ手にとって見てゆく。確かに、どれもよいものだ。

「ここからは君の判断だ。今までは私たちが手助けしたが、最後の判断は君がするんだ」

「分かりました」

 残った三つはどれも似たり寄ったりだ。しかし俺は一番いびつであるが、しかし鋭利な先端を持つ結晶を選んだ。

「それが答えかい?」「これです」博士の言葉に、俺は確かな返事を返す。「ふむ……面白いな」博士はそれの結晶を手に取った。

「これはね、睦月君。CSGの中でも一番の出力を出せる雄結晶なんだ。そのぶん波が荒く、制御も難しい」

 博士はそれを光に透かすように、目の前に出した。

「えっ!? あ、いや、さっぱり知らんかったんですが……」

「ははは、大丈夫だよ。もちろん調整すれば君にも扱えるようになる。ただこれの底力はすさまじいって事さ。今開発中の対オーガ用高出力CSGにも、この雄結晶が使用される事になってる。……っと、これは内緒の話だよ」わざとらしく博士がそんな事を言った。「あ、ういっす」だが……う〜む。結果としていいのやら悪いのやら。

 それらの結晶はトランクにしまわれ、机の隣へ置かれた。そして今度はそれよりも小ぶりのトランクが置かれた。同じような結晶が並んでいる。今回は十種類しかない。

「次は雌結晶の選別だ。さっきと同じ要領でいい。面倒だと思うが、時間を十分に使って選んでくれ」

「はい」

 同じような作業をする事になったのだが、二列に五個ずつならんだ結晶を眺めると、不思議と惹かれる結晶があった。形としては小さめだったが、何故か知らないが俺はそれがとても気になった。手にとって、感触を確かめる。ふむ。これはいいな……。なんていうか、自分でいうのも恥ずかしいが、綺麗だ。他の奴とは格別に、なんか光り方が綺麗なように思えた。

「それがいい?」教授が聞いてきた。「う〜ん、なんか気になりますね……」俺はくるくる回したりしてそれを見た。

 そうしてるうち、他の結晶はもう見なくてもよいと思えるくらいになってきてしまった。これがいい。理由は特にないのだが、俺にはそう思えた。なにかよい。それは俺と瑞穂の関係に似ているたかもしれない。

 俺がそればかり見ていると、教授はフフフと笑った。

「どうやら、その子に惚れちゃったみたいね」

「えっあ、いや……」

「ううん、私から見ても相性ぴったりよ、睦月君? それこそ、細かく調べる必要が無いくらいにね」

 教授がその結晶を手に取ると、さっき博士がしたのと同じような仕草をした。

「これはね? すごく気性が優しい、繊細で柔和な人が選ぶ石なのよ?」

「そうなんですか?」

「えぇ。それこそ臆病なくらいの人がね。……でも、不思議ね、睦月君。性質の全く異なる雄結晶と雌結晶を選び抜くなんて」

「う、う〜むむむ……」

 畜生、まただ。またもや『いいのか悪いのか』って状態だ。クソ。だが、その結晶は俺が見てもいいと思える。それだけは確かだ。

 二つの結晶が選ばれると、博士はノートを開いてなにやら書いた。

「じゃ、睦月君、こっち来て立ってくれる?」

「はい」

 教授の言葉どおりそちらに行くと、まるで骨格を調べるような仕草で教授が両手で俺を触った。頬骨とか肩とか、それから腹あたりと腰と両膝。それらをゆっくり調べるうち、英語でもない謎の言語で次々喋ってゆく。それを博士がノートに黙々と記していった。

 それから遠めから俺を見て、考えるようにしながら単語を少しずつ言ってゆく。それらが五分くらい続くと、博士はノートを閉じた。

「はい、おしまいです」教授もそう言った。「え、もう終わりっすか?」「うん。後は今私が調べたデータをもとにして、ラボで睦月君用に調整するのよ」

「まぁ測定自体は対して時間はかからないのさ。なんせ結論から言えば、二つの石を選んでもらうだけなんだからね。無論、選ぶのに時間がかかっちゃーそれまでだが」

 教授のあとに博士が続いた。……あれ? 終わり? 俺は拍子抜けした。っつーか、こんだけでウン千万もかかんの!?

「睦月君、貴方にあえて嬉しかったわ」教授が手を差し出した。「あ、いえ。こちらこそ光栄です。教授」俺もそれに答え、握手を交わす。ちなみに名前を忘れたから教授としか言えなかった。クラウンじゃなくて、なんだっけ? いいや。どうせ一期一会いちごいちえだ。

「面白い体験をしたわ。睦月君、どうやらあなたは、相反する性質を炎を宿してるみたいね」

「え……?」

「なんていうか、貴方の炎は二つの性質を持っているのよ。一方は情熱的な、でも凄く凶暴で、破壊を好む傾向のある少し危ないイメージだけど……。もう一方は、凄く清らかで、静かで……なんていうのかな、まるで女性的な優しいイメージって言えばよいのかしら? ゴメンなさい、変ないい方しか出来なくて」

「い、いえ……」

 教授の言う炎とは、アストラル体、エーテル体、そして魂の三つを合わせた総称である。しかし俺は教授の言葉を、違う誰かに言われたことがあるような気がした。誰だっけ……そう、か。カデンツァだ。あの野郎も、確か似たような事を言っていたな。くそっムカツクな。インビュードハンターは何でもお見通しですってか? クソ。

 博士はいくつかの書類にサインをして、それを俺に渡した。

「これが君専用つがい石の保証書とカードだ。調整済みつがい石を購入する場合、カードを見せるか表記されたナンバーを言えばいい」

「あ、ういス」

「調整済みつがい石は三日から四日で送られてくると思う。それらはマッコイか特定のガンスミスに言って装填してもらうといい」

「わかりました。ありがとうございます」

「こちらこそ」

 俺は保証書とかを自分の鞄に詰め込んだ。……あ! そういや思い出した。鞄の中を見た時に弁当が入っていたからだ。瑞穂おおおおおおお!!! ……いや、だが今のタイミングで「やいロリータバイリンガール、てめぇよくもを箸を入れ忘れてくれたな」なんて言い出すのはあまりにもマヌケだ。今は機会を待つのだ。

 全員で下に降りると、よれよれの紙が大量に挟まったボードを片手に持つマッコイがいた。

「よお、もう終わったのかい?」

「あぁ。彼は優秀なモリエイターだよ。まったくいい人材をエルベレスは手に入れたようだね。それじゃ、我々は失礼するよ」

 二人は倉庫から出て行った。うし、んじゃ俺たちも次に行くとするか。

「お前さん達はもう用はねーのか? そういやオーガとやりあったそうじゃねーか」マッコイがそんな事を言い出して、近くにあった木箱に手を入れた。「ほれ、オーガ対策にこういうのを持っていっちゃどうだ? 最新式のキューブEMPだ」手にもたれていたのは丸い形の立方体をした小ぶりの電子兵器であった。

「じいさんよー、そんなもん買っても、いつ出てくんのかが分からなきゃ意味ねーんだっつーに」正光が腕を組んで言う。「だからこうして小型化されてんだろうが。ポッケにでも入れて、毎日持っとけばいいのさ」「しかもそれ超高けーだろうが?」「莫迦言え。こんだけの金で命が助かりゃ安いもんだ」何を言ってもマッコイは食い下がる。

「マッコイじいさん、俺達はまだ行くところがあるんだ」俺は横槍を入れた。「けっ、ハイハイわかりましたよ。まったく日本人ってやつぁー貯金が趣味らしいな。で? どこにいくんだい?」「ちょっと剣を買いにね」マッコイはそれを木箱に投げ入れた。って、それ商品じゃねーのかよ、じいさんよぉ……。

「ふ〜ん。んじゃ気をつけたほうがいいな。矢島やじまの奴、先日のストラクチャー戦で自分のビルがぶっ壊されたってんで、ヤカンみてーにカンカンになってたぞ」

「……マジで」

「精々気をつけるこったな。んじゃ、またな」

 そして俺達は倉庫を出たが、瑞穂以外はズズーンという効果音がして青ざめていた。

「どうしたのですか?」何も分からない様子で瑞穂が俺に聞いてきた。「……いや、まぁ、な」何ともいえない。「う〜むむ……」

「まぁ、次の店はすぐそこだ。つか、ここだ」

 俺は南口を向いて左側にあるパチスロ店を指差した。

「ここが次のお店なのですか?」

「あぁ」

「はアア〜〜ッ! ここの店長おっかねーんだよなぁ……くそ、やっべ、AOFでも展開したい気分だ。すっげーこえぇ」

 正光が両腕を抱えてブルブル震えた。「う〜むむ……」瑞穂は難しい顔をして三人を見る。「……まぁ、行くか」俺は先頭を切った。



 この店は階段五段分くらい下にへこむ形をしており、大きなガラスの自動ドアが閉じている状態でも中のやかましい音が聞こえてくる。しかし向かって右側は下にへこんでおらず、その奥は空洞になっていて自動販売機や換金所がある。

「……こんかいは、睦月がどうぞ」

 正光が何故か換金所へ手を差し伸べた。くそ、コイツめ。いいだろうよ。

 換金所は外からじゃ見えない位置にある。中に入ると、真っ白の壁に突き当たった。壁には突き出した狭いテーブルと、小さな引き出しが出ている。俺はその中に自分のアストラルガンナーを置いて、奥へ押し込んだ。すると壁の向こうにいた人がそれを押し戻してきた。引き出しの中にはアストラルガンナーの代わりにキーが入っていた。今度は正光達の後ろにある『関係者以外立ち入り禁止』の札の貼られたドアにキーを差し込む。ガチャリ。回すと鍵が開いた。

 ドアの向こうはとても狭かった。本当に人一人が通れる精一杯の幅である。ここではどうがんばってもすれ違う事は出来ないだろう。そこを進むとちょっとだけ広くなり、さっきの換金所の裏側に出る。そこには椅子に座ったチンピラ風の男が俺のアストラルガンナーを持っていた。

「へぇ。よく手入れされてんな。それに激鉄やらシリンダーやらも、どうやら既製品じゃねぇ。若いのに良くやるぜ」

 スライドを引いて雌結晶を確認すると、ガチャンと戻す。チンピラっぽいがコイツの喋り方は落ち着いた様子だった。ちなみにそれは俺がカスタムしたのではなく、マッキーにしてもらっている。

「で、何のようだ?」チンピラは俺のアストラルガンナーを差し出しながら言った。「えーと、剣を見に来ました」俺もキーを差し出して言う。双方は互いの物を交換する。「誰の知り合い?」「俺達はエルベレスの者です」「ふ〜ん」

 チンピラが手元の電話を取った。

「……あぁ、俺だ。矢島さんを出してくれ。……矢島さんッスか? エルベレスの兵隊四人が、剣を見たいそうです」

「……」

 電話の最中、俺達はとても静かだった。この威圧感、なんだ。正光なんかは汗だくである。チンピラが電話を置くと、足元に隠されたボタンを操作する。すると奥の壁が動き、道が開けた。

「番号は13762だ。……矢島さん、今かなり頭に血が昇ってるからな。下手な事言うんじゃねーぞ」

「……おっけーッス」

 隠し扉の向こうは上下へ向かう階段だけだった。今回は剣なので上へ昇る。その間、正光はさっきの番号をずっと詠唱し続けていた。一度折り返すとすぐに頂上に辿り着き、目の前には扉がある。ドアノブの隣に番号を入力する端末があった。

「正光」「いちさんななろくにー」俺が言うと正光はすぐ答えた。「ナイスだー」ピコピコピコ。入力完了。ドアが開いた。

 ドアの向こうはオフィスのような場所だった。いや、社長室とでも言うべきか? 壁には名画っぽい油絵が数点並び、そのそばに背の高い観葉植物が置かれてある。中央にはガラステーブルと、その四方を囲むように高級なソファーが置いてある。一番奥には大きな木の机があり、そこに一人の男が座っていた。

「お久しぶりです、矢島さん」

 俺は頭を下げて丁寧に挨拶する。それに習い、全員が礼をした。

「なんだ、エルベレスと聞いてレイの奴が来たのかと思ったら……お前らか」

 矢島さんはそう言って煙草をくわえた。彼は細い顔立ちのオールバックで、日本人だ。紫色のシマシマワイシャツにネクタイを締めた、かなり極道っぽい風格の男である。というか、彼は本物のヤクザだ。

「睦月に、正光。久しぶりだな」矢島さんの声は明るめだった。「お久しぶりです」「ウス!」俺と正光は気合を入れて返事を返す。

「そっちのお嬢さんは確か……泉、だったか?」「あ、はい。その、先日はどうもありがとうございます」泉さんもお辞儀を返す。彼女は前回、この人の厄介になった事がある。彼は笑って少しうつむき、煙草を持った手をひらひらさせた。ヤボな事は言わなくていい、といった様子だ。

「そこの振袖の嬢ちゃんは知らんな」「あっと、私はこの度エルベレスに配属された、大槻瑞穂と申します」さすがに瑞穂は慣れているのか、キチッとした態度を取った。「以後お見知りおきを」

「ほう、誰かさんらとは違って、穣ちゃんどうやら人に対する態度ってぇのが、わかってるみてーだな」

「ぐぬぬ……」

 俺と正光はいきなり汗まみれになった。

 しかしマッコイもさっきのチンピラも、矢島さんがブチギレしてるみたいな言い方であったが、今の彼はそうは見えない。それとも俺たちには当たらないようにしてるのだろうか? まぁなんにせよ、助かった。

「それで? 今日は剣が見たいんだったな」

 矢島さんの言葉に反応するかのように、突然部屋が一瞬だけ小さく振動した。するとどうだ。壁に飾られていた油絵が次々に裏返ると、その裏側から横に陳列した太刀が現れた。観葉植物も床ごと一回転し、裏からやはり数種類の長刀が立った状態で現れる。中央にあった椅子やらテーブルやらは床にへこんでいくと、代わりにガラスケースが浮き上がってきた。やはり中には相当数の剣やナイフが収納されている。

「わわっ!」

 瑞穂が驚いた。俺もこれを見たときは騒然そうぜんとしたものだ。まったく手の込んだギミックである。

「まぁゆっくり見ていけよ」

 矢島さんがそういうと、ガラスケースやその他の金具がガチャリと音を立てた。多分鍵が外れた音だろう。

 俺達はそれぞれ部屋中一杯にある刃物を見物した。かなりの量だ。大小さまざまな刀やいろんな形をしたナイフ、そして近代的な剣まである。俺はその近代的な奴を見ていた。部屋の真ん中のガラスケースだ。

「あの、これ、抜いてもよろしいでしょうか?」「あぁ、いいとも」瑞穂が太刀を持って聞くと、矢島さんは簡単に了承した。

「す、すごい……」鞘から抜き出して白刃を眺める。「目がいいな嬢ちゃん。そいつぁ玉鋼たまはがねで作った上物だ」瑞穂が太刀を持つと何故か似合う。だが、体格に全然見合ってない大きさだ。

「そういや、今日は誰の買い物なんだ?」「えっと、あにさむぁ……あいや、ムツキさんのです」奴にしては無難な言い回しだろう。矢島さんは俺のほうを向いた。

「睦月、お前か。でもお前、確かクリスタルソードをモリエイトしてたよな」「えぇ……あの、なんつーか……」俺が言葉に詰まると、彼はフフンと笑った。

「まぁ経緯はどうでもいい。で? どんな剣を探してんだよ?」

「えぇっと。そんなに長くない剣です。ちょうどこれくらいの長さの」

 俺は手元にあった直刀の剣を手に取った。長さは大体六十センチといった所か。

「ホウ、意外と小ぶりなのを使うんだな」

「コッチのほうが小回りも効くし、携帯性もいいと思いまして」

「用途は?」

「作戦での使用です。おもに市街地戦」

「刀身の形状は?」

「あーっと……出来れば直刀のほうがいいです。ソリがある奴だと鞘に収める時あれだと思うんで」

「その辺は人にもよるが、なるほど。材質は?」

「特に決めてません。でも、錆びにくい奴がいいです」

「ふむ……んじゃその辺だな」

 彼は俺が見ていたガラスケース回りを指差した。

「大体その辺の奴はステン製だ。耐食に優れて切れ味も良好。あとはお好みだな。向こうで嬢ちゃんが見てるような刀は手入れが面倒だから、よっぽどのもの好きでなきゃこの辺が無難だろう。刃付けも簡単だし、何より他のと比べて安い。それに、最近の奴だからオプションパーツも豊富だ」

 確かにこの辺にある奴はどれも近代的な雰囲気がした。全然日本らしくないが、別に刀が欲しいわけじゃない。むしろ、師匠も言っていたように実用性重視だ。

 俺は色々眺めていたが、目を引いた奴があった。グリップは硬いゴムっぽい材質で、刀身がブラックの片刃の直刀である。持った感じはやはり長さ相応の重量があったが、アストラルコーティングする事を考えればさして問題にはならなかった。

「黒い剣は珍しいか?」

「うーんそれもありますけど……コッチのほうが反射しないし、いいかもと思いまして」

「正しい判断だな。ソイツは『シティマチェット』と言ってな。ブレードはステンレス銅だから錆びにも強い。グリップは半硬質カーボンラバーで、持ちやすさと滑りにくさはピカいちだ」

「これを腰にくっつけるホルダーなんてのは、ありますか?」

「もちろん。ベルトを巻いて、刀みたく帯刀できる」

「おお」

 決めた。これにしよう。長さも丁度いいくらいだ。俺は早速手続きを済ませた。

「あ……出来れば領収書ももらえますか?」

「お前も細かい奴だな」

「す、すいません……」

 それは師匠に渡すものだ。手続き自体はカード払いだったのですぐに済んだ。矢島さんが電話で何かを言うと、来たところとは別のドアからスーツ姿の男が入ってきて、まるで軍で使われてるみたいな分厚いケースを持ってきた。そしてそれを俺に渡す。

「それが現品だ。中にホルダーも入ってる」

「えっ……もう持って帰れるんですか?」

「お前、剣を買いに来たんだろ? それに俺は金をもらった。だから俺はお前に商品を渡す」

「う、うむむ……」

 しかしやけに大掛かりな外装だ。くそ、どうしよ……。俺が困っていると矢島さんはハハハと笑った。

「冗談だよ。そんなブツを持って帰られちゃ、すぐ警察にとっ捕まっちまう。中をあけて確認させるために持ってこさせたんだよ。後でこれはエルベレスに届けてやる」

 焦った……。俺はそのケースを開けると、見本と同じ奴が入っていた。うむ。ホルダーもある。

 バチンとフタを閉めると、俺はまたスーツ姿の男へそれを渡した。彼は無表情のまま部屋を出て行く。

「あとはなんもないのか? 新型の仕込み刀とかあるぜ」何気にマッコイと似たような口ぶりだ。「あ、いや、えっと、一応終わりです」俺は申し訳なさそうに言った。

「ふむ。んじゃ、気をつけて帰れよ」

「はい、それでは失礼します。ありがとうございました」

「あぁ。それと」俺たちは背を向けたが、矢島さんの声に全員が振り返った。「レイの奴に言っといてくれよ。次に出来根市でドンパチやる時は、ぶっ壊す場所に気をつけろって、な」

「はッはい、言っときます」

 最後はドスの聞いた声だったので、俺は正直ビビッた。



 俺の買い物はこの二軒で済んだのだが、いちおう一通りの店を回った。スパンクマイヤーの所で服を見てしまったため、フォーカットモールを出る頃には既に太陽は沈んでいた。

「はぁ。やっぱり都会は違いますね。いろんな物が売ってます」「いやまぁ……あんなもんは普通買えねーもんだが」瑞穂が嬉しそうにしていたが、正光はうーむと唸りながら言った。

 俺達は西口正面にある大きな道路の信号を待っていた。空はまたもや雲に覆われている。月は見えないが、フン。あんなもの無いほうがいいやい。歩道の信号には赤の間に減るメーターが設置されてある。数秒間、全員は沈黙しながらそれが減っていくのを見た。

「……そういや」

 何気なく正光が思い出したように言った。

「睦月は今日どうなんだ?」「む、なにのだ」「あれよ、見回り」「イーブルアイのか」「それそれ」

「うーむ、まだなんも言われてねぇな……」

「ふむ。っつーかよ、見回りとは言うものの、俺には夜の散歩にしか思えねーんだよなー。んだってそれらしい気配なんぞさっぱりしねぇし、毎日起こる殺しだって、それこそ超マイナーな場所で一分足らずで終わっちまうんだぜ?」

 奴は信号が青になるまでずっとグチり続けた。「本職レコンの美咲さんですら探知できねーんじゃ、俺らじゃどうにもならねっつーんだ」

「うーむ。だからこそ総出で足を使うって訳か……」

「まぁ睦月の剣をブチ折ったクソ野郎だからな。ぜってー見つけだしてやっけどよ。な! 泉さん!」

「えっ!? あ、うん」

 いきなり泉さんに振りおって。彼女は唐突なそれに対し何とか反応した。「私もそれには賛成です」以外な事に、瑞穂もそれに乗っかった。

「兄様が復帰するまで、私も及ばずながらがんばります」「おぉ! ナイスだ〜ッ、一緒にがんばろうぜ!」珍しい瑞穂の言葉に正光のテンションが上がった。瑞穂はそれから俺のほうを見たが、俺はフンと息を吐くくらいしか出来なかった。

「おっしゃー! んじゃ早速基地に向かうとしようぜ!」



 それからしばらくして俺達はバーわけありに到着した。俺はレイの所へ、その他はロッカールームへ移動する。

 吸殻で山盛りになった灰皿を手元に置いて、レイはパソコンの前にいつものようにして座っていた。

「よお、武器の調達は済んだのか?」

「はい。つがい石の同調測定も終わりました」

「ほ〜、えらく早い仕事じゃねーか。さすがじいさんだな」

 俺はあえて同調測定の値段が高かった事については言わなかった。

「そういや、お前の剣が届いてるぜ」「え!?」「矢島んトコからだ」

 なんて速い宅配だ。まぁ車でよこせば徒歩の俺たちよりそりゃ速いわけだが……。

「お前のロッカーんとこに置いてあるから確認しとけよ」「わかりました」

「んで、俺達は哨戒しょうかいに出かけるが、お前、どうする?」

「あ……はい。行きます」「よし。準備しろ」

 剣があるとなれば断然行く気になった。即答するとレイも簡単に言ってのけてくれる。やはり人員は多いほうがいいのだろう。

 ロッカールームへ行くと、中にいた全員が俺のほうを見た。正光、泉さん、瑞穂のほかに、師匠とマッキーがいた。

「睦月、なんかしたのか?」正光がにやけた顔で俺に聞いてくる。返答しなくてももはや分かっているような態度だ。「あぁ。今夜野郎をぶっ殺すにゃ、剣が必要だろ」俺がそういうと、奴の表情がパッと輝いた。「マジかよ! なんだいなんだい、今日から睦月もこれんの!?」「あぁ」「ニャホーー!」

 まったくコイツは。ぴょんぴょんウサギみてーに跳ねながら喜びだしやがった。しかし、この場の空気はとても良くなったようだ。

 俺のロッカーの前にはさっき見たものと同じケースが置かれてあった。それを師匠の前まで持っていく。

「剣を買ってきました」

「うむ」

 それを目の前で開いてみせると、師匠は中にあったシティマチェットを持った。鞘から抜くと、刀身を左右に傾けて見つめ、クルリと手首をひねらせて一回転させる。何気にその仕草は貫禄があり、しかもかっこいい。俺も結構やる仕草だが、やはり他人がしてるのを見るのは違うな。

「ふむ。若干軽いが、いたしかたあるまい」「うーむ……」

 師匠はシティマチェットを鞘に収めると、箱の中に戻した。

「だが、この程度であればお前なら問題なく運用できるだろう。……して、これの料金は?」

「あ、これ、領収書です」

 領収書を渡すと、そこに記されたお値段を見て、また剣を見る。「ふむ。最近のヤツは安くなったものだな」「……安い、スかね……?」

 俺はケースを持ってまた自分のところに戻り、早速それを装備した。ズボンのベルトが二重になる感じだが、ふむ。いいね、これ。

「ほほ〜、睦月かっちょいーな。なるほどその上にさっき買ったロングコートを着るって訳か」正光は珍しそうにシティマチェットを眺めた。「持たして持たして! ねぇそれ持たしてもたしてむつきっちゅわん!!」

「うるせぇな。そんなに言わなくても貸すっつーんだ」

「おぉー! すっげーかっけー! っつーかいいなぁ。こんなもん携帯できて」

「うーむでもそうでもないぞ。実際現物があると持ち運びが面倒だ。やっぱAOがいい」

「ぬーむむ、一長一短というやつか」

 腰に帯刀した状態では目立ちすぎる。ぶっちゃけなんかのコスプレにも見えなくも無いが、こんな近代的な剣を私服でくっつけてるヤツなんてのはただのアホだ。先ほどスパンクマイヤーで時間がかかったのも、これが隠れるくらいのコートを選んでいたためだ。早速着てみるとすっぽり剣が隠れた。

「うお! すっげ! かっけ! ブレイドみてー!」

 ちなみに映画のブレイドは背中に剣をくっつけている。

「フフン、かっこいいだろう」

「クッソ! いいな、いいな! いいにゃ!」

 正光は小刻みに体を上下させてまたはしゃいだ。俺がコートをバッと後ろにひるがえして抜刀のポーズを取ると、正光もいつもの戦闘スタイルを身構えた。

「兄ちゃん。アンタの剣、速いんだってな」

「試してみるか? お前が昼間に喰ったパンが顔を出すぜ」

「ヌフフフフフ」

「……お前ら何してんだ」

 ロッカールームに来たレイが呆れた顔で言った。何気に最後のほう、正光はヌフフと笑い出していた。

「全員。睦月と瑞穂が加わったんで、哨戒ポイントを若干変更した。各自GPSで持ち場を確認するように」彼の言葉にそれぞれが了解の返答をする。

「んじゃ準備でき次第移動。地味だが、みんな頼むぞ」



 俺達が外に出ると、パラパラと小ぶりの雨が降っていた。その事はさっき聞いていたので、ロッカーから携帯傘を持ってきておいた。

「睦月」

 正光が右のこぶしをぐいと突き出した。

「ぬかるなよ」俺も同じように左腕を伸ばしていつものように言う。「やってやろうぜ」正光も返してきた。まぁお決まりのやつだ。同時に肘を上に曲げ、二人のこぶしは空を仰ぐ。

 それから全員が分かれたが俺と瑞穂は途中まで一緒であったので、二人は傘をさしながら歩いた。

「うぅ、一人じゃ少し心細いです……」

「うーむそりゃ俺も同じだな。でもまぁ、見つけたら誰かが来るまで待ってりゃいいのさ」

「でもでも、その間に人が殺されちゃったら……」

「別に構うもんか。喰ってる最中なら奴の足も止まる。問題はあのクソを見失わない事だ」

「……」

 しょんぼりした顔になった。人を思いやる気持ちがあるのはよい事なんだが……。

 二人が分かれる場所に来ると、俺は瑞穂を呼び止めた。

「腕を出せよ」

「?」

 さっき正光にしたように俺がすると、瑞穂もマネしてこぶしを突き出した。

「ぬかるなよ」

「あ、えっとっ、ハイ」

 ……なんか締まらねーな。まぁいいや。俺はマントのようにコートをブワッとひるがえすと、別の方へ歩き出した。

「兄様!」瑞穂の声。顔だけそっちを向けると、アイツはまた右のこぶしを前に出した。「……やりますとも!」

 無言であったが俺はニヤリと笑い、再度こぶしを出してクイッと上に曲げた。

 それから決められた区画を歩き回った。それらしい反応を見逃すまいと、神経を集中させてゆっくり進む。奴の感覚ならムカツク程わかっている。

 大通りから脇にそれ、人気の少ない道に出た。雨は依然として降り続いている。意外にも買ってきたコートは剣を隠すだけではなく、普通に防寒と雨具の両方の機能を果たしてくれた。これは結構いい買い物をしたな。スパンクマイヤーはオカマでキモイが、商品を選び抜く才能は抜群らしい。

 道を進んでいると、向こうから傘をさしたサラリーマンの姿が見えた。俺はヒョイと横に軸をずらして歩く。そしてそのまますれ違おうとしたが、俺の目の前まで近づいたサラリーマンはいきなり傘を俺のほうに向けて、一瞬すぼめるとバッと広げた。子供が遊びでやるようなやつだ。傘に付いた雨水が勢いよく飛びかかる。

「うお!?」

 反射的に腕で顔をガードする。それにより飛来した水滴が体にかかったが、それらはまるで濃硫酸のように俺の衣服を煙を上げて溶かした。……インビュードハンターかよ! くそっ!?

「GH!」

 すぐさまGHを……しまった、『そうだった』。

 サラリーマンは傘をたたむと槍のように俺へ向けて突き出す。っすげぇスピード!

「ねぇいッ!?」

 とっさに体をくねらせてそれを回避する。回避できたのは幸いだったが、その突きの風圧で体勢が崩れた。勿論回りにはそんな突風は吹いていない。俺にだけ効果があるのだ。

 先の折れたGHをサラリーマンにブン投げて、俺は少しだけ距離をとった。だが……まずいなっ!?GHが無いんじゃDSができねぇ。アストラルガンナーは効く訳がねぇ。どうする!? どうするよ!?

 またもや傘を開いて濃硫酸の散弾を放った。GHはそれに当たるとすぐさま消失する。

 俺は横っ飛びしてそれを回避した。地面に手をついて転がらないように着地する。服が汚れちゃまずいからな。それからサラリーマンに向かって若干遅めに前進する。

 バスンッ!

 またもや傘を開いて濃硫酸を飛ばした。これだ……ッ! 勢いよくジャンプしてそれを飛び越えると、上空でクリスタライズをモリエイトして空中からサラリーマンの後方斜めに回りこむ。通り過ぎたあたりでもう一個モリエイトし、さらに向こう側へ飛んだ。跳躍地点から三角形を描く形だ。

 奴はこんな空中制御を見たことが無いのか、一瞬だけ俺を捉えるのが遅れた。上空から突っ込みながら柄に手を添える。奴も傘を向けた。だが遅いぜ!

 ザンッ

 シティマチェットで傘をぶった斬り、間髪いれずもう一手をサラリーマンのどたまにぶち込む。だがそのまま斬っては死んでしまうので、一瞬放して逆に持ち直し、刀身の背、切れない部分で思いきり叩き付けた。普通の人間なら脳しんとうを起こしてしまうだろう。いや、へたすりゃ頭蓋骨陥没だ。

 しかしサラリーマンはそれを喰らってもふら付いただけだ。しかしそれでいい。俺はその隙を付いて奴の背後に回りこみ、首を片手で鷲づかみにする。そしてアストラル体を強引にソウクする。

「んぬぉぉぉ……ッ!」

 インビュードハンターと化した人間のアストラル体は『硬い』……! 俺は気合を入れるあまりつい声を上げてしまったが、そのかいあってなんとかアストラル体を半分以下まですることが出来た。

 アストラル体を失ったサラリーマンは酸欠を起こしてその場に崩れ落ちた。地面は雨によって濡れまくっているので、起きた時には風邪でもひいている事だろう。俺は自分の傘を拾うとすぐにその場を去った。

 くっそ、しかしやっぱ人通りの無い所は危険極まりないな……。大通りをそれた途端にこれだ。臆病風に吹かれた俺はすぐにこの道を抜け出し、車が行き交う広い道へ逃げてきた。ここなら大丈夫だろう。

「……あー、エルベレスへ。こちらシルバー7。インビュードハンターに襲われやがったぜ畜生……」

 商店からこぼれる光で分かったが、折角のコートが穴だらけになってしまった。それこそ本当にショットガンを喰らったような感じだ。やっべ、これは恥ずかしいぞ。まぁ剣が見えるまでには至らなかったのが不幸中の幸いと言った所か。

 俺がわざと全員へ連絡すると、すぐにレイが反応した。

[シルバー7、やっちまったな。被害は?]「大有りだ。新調したコートがボロボロだぜ。ったくよ……」服を光に透かしながら答えたのだが……あれ? 結構オレいまウェットな返答したんじゃねーか?

[なんてこった、そいつぁ酷いな]

 レイの言葉が返ってくると、俺は可笑しくて笑ってしまった。なるほど、『こういうの』が『それ』か。うーむこういうのを外国の連中は普段からやっているのか。すげぇな。

「一応、ソウクしてリタイアさせた。いきなり攻撃してきたから、多分成り立てのザコだったんだろうと思う」

[だな。お前のハントランクは真ん中くらいだから、まだ下の連中から『たかられる』んだろう。作戦続行は可能か?]「無論だ」[了解。では引き続き探索を行え]「了解」

 こういう時、AIBを張れる奴が羨ましく思える。俺はコートの襟を正してまた歩き出す。

[兄様、大丈夫ですか?]

「へいよーラッキーセブン! このシックス様が助けに行ってやろうか!]

 レイの通信が終わると、奴らがごちゃごちゃと言ってきた。なにげに二人のセリフがかぶっている。

「うるせぇな。いっぺんに喋るんじゃねえ。6。お前には8がいるじゃないか。うーんしかしそうだな。よし、来てくれ」

[あーごめん、やっぱ無理! 一人でがんばれ! オーバー(通信終わり)!]

「クソ、酷い奴だ。シルバー9、俺の状況は聞いての通りだ。そっちどうなんだ?」

[私の方も定時報告通りです。インビュードハンターは……たまに見かけますが、がんばってやり過ごしてます]

「ナイスだー。俺もお前みたいにもっと穏便に……」


  ーーー……ッ


 喋ってる最中、何かが聞こえた。

[……あにさま?]

「あ、いや、すまん。ちっと切るな」

[あ、はい]

 車の通り過ぎるうるさい音だけが響き渡っている。しかしさっきの何かは、まるで頭に直接響くみたいな……なんつったらいいのか、でもホントにそんな感じの音だった。音? 音というよりはむしろ、声に近いような気もする。とにかく、そんな感じのなんかだ。

「…………」

 何だ。胸騒ぎがする。聞く事に集中するあまり、車の音がやけにうるさく感じる。俺は静かな道へとそれた。インビュードハンターとの遭遇の危険もあるが、さっき撃退したばっかりなんだからそうそう来る事は無いだろう。

 住宅地へ出たとき、不思議な感覚に陥った。何故か分からないが、無性に行き先が分かるような気がしたのだ。ぐいぐいと歩を進めるうちに、胸の鼓動も高鳴って行く。なんだ、この感覚。焦燥しょうそうしてイラ立ったのだが、しかしその理由がわからない。

 目の前に十字路が見えた。そこに来ていきなり血の匂いがした。俺は思わず顔をしかめる。だがおかしな話だ。周りにはそれらしいものはなく、しかも雨が降っている。こんな状態では匂いなどあがるはずもないのだが……。しかし俺の嗅覚は、かなり強烈な血の匂いを嗅ぎ取っていた。

 俺の両足は勝手に、その十字路の角にある公園へ向かった。広い公園であるが、何故かこの周りだけ街灯が点灯していない。これはおかしな事になってきたぞ……。だが、まだ報告するにしては早すぎる。ただ単に、この公園だけ電球の交換してるとか、そういうのかもしれない。

 公園は周りの道路より若干上に浮いていて、石の階段を数歩上がる。ビチャリ。砂が敷き詰められた地面はぐちゃぐちゃで、歩くとカカトまで泥水が跳ね上がった。

 しかし、この匂いは……。ここまでくると、さっきの血の匂いがさらに激しさを増した。なんだってんだこりゃあ、まるで港みたいに生臭い……。回りには別に変わったところなどないぞ。でも確かに、このあたりからそれがするのだ。しかもこの強烈さは異常だ。吐き気がするほどのそれは、そこらじゅう血の海にでもならなきゃ絶対おこるはずが無い。

「うっ」

 暗闇の向こうに子供が立っていた。だがそれは人間ではない。子供の魂だ。それは無表情で俺を見つめるとフワリと消えた。俺たちモリエイターは人間の炎を見ることが出来る。という事はつまり、魂自体も見える。すなわち、一般で言う所の幽霊ってのが見えるのだ。って事は……。

 それがいたのは鉄棒が立ち並ぶ場所の後ろ、樹木と雑草が生い茂った所だ。そこへ行くと、やはり見つけた。子供の死体だ。三つもある。

「……こちらシルバー7。手遅れだった。喰われたあとだ」

[クソ。了解。場所は]レイが答えた。「えーと……」

 詳細ポイントを伝えようとGPSをポケットから取り出す……。ふと下を見ると、また子供の幽霊が無表情で俺を見ていた。フン。死んだらそこで終わりだ。残念ながら、怨念を俺におっかぶせようったって、俺たちモリエイターはAOFがある。お前らが死んだ後だって、いつでも『八つ裂き』に出来るんだぜ。黙って死んでろよ。

 俺が唸り声を上げて睨みを効かすと子供は消えた。くそ、ジャマくせーな。

「ポイントB4、座標、656、927。なんつえばいいのか、東ジャスポ裏側の住宅地の公園だ」

[シルバー1了解。今から向かう。残念だが今日も空振りだ。シルバー7は辺りを警戒しろ。殺人犯に間違われるなよ]「冗談じゃねぇ、了解だちくしょう」

 死体を良く見ると、別に喰い荒らされた形跡はない。ただ首元を噛み切られたようだ。だが妙だな。普通血が噴出すはずなのに、死体には血痕らしきものが見当たらない。傷口からは多少流れ出ているものの、やはりそれはびびたるものだ。

 ……毎日味の濃いものばかりじゃ飽きるから、たまにはあっさり味の子供の血でも飲みたかったんだろう。

「…………」

 なんだ、今の『俺の考え』は……!?全く意識もしていなかったが、考え直してみると、ふに落ちない。俺が考えたのは確かだが、確かな違和感があった。まるで俺じゃない、誰かが頭にささやきかけたような……。

 子供の死体から少しばかり流れ出る血がとても気になった。ドクン。心臓が高鳴る。

 黒ずんだ血だ。舐めればきっと鉄っぽい、粘ついた味がするんだろう。ドクン。

 ドクン。

 飲んでみたい。

「……ッ!」

 俺は左手で柄を思い切り握り締めた。体を強張らせ、眉間にしわを寄せた顔を死体から無理やりそらした。な、な、なに考えてんだっ!? 莫迦か!? くそっ、さっきからおかしいぞ、畜生、この血の匂いはなんだ!

「シルバー9、早く来てくれよ、お前一番近いんだろ!?」

[あ、はいッ今向かってます! すみません!]

 俺は焦った。自分ではしっかり自意識を保ってるはずなのだが、どこかで実に莫迦らしい事を考えている自分がいた。しかも、その考えが全く持って莫迦らしいと思えるはずなのに、その欲求がとても甘美に思える。

 なんだよこりゃあ……吸血衝動でも出たのか? バンパイア気取りか? そんな風に自虐して鼻で笑い、無理やりその場をごまかした。しかし、何やってんだ、俺は。自分で自分をごまかすなどと……。

 しばらくすると瑞穂が到着した。俺は死体の位置と状態を伝え終えると、ドッと疲れが押し寄せてきた。

「兄様……大丈夫ですか? 顔色悪いですよ……?」

「ん、あぁ……大丈夫だ」

 口ではそういったものの、実際は結構キツい。傘にあたる雨が異様な程重く感じられる。

 それからレイやその他の連中が現れて、現場を収拾した。この事は後続の部隊がやるそうなので、俺達は帰る事となった。だが俺の体調は家に帰っても直らず、まるで風邪を引いた時みたいな倦怠を全身に感じていた。

「……あぁ、風呂に入る気すらおきねー。瑞穂、俺もう寝るわ」

「あのでも、ご飯まだ食べてないですよ?」

「なんか喰う気もおきねぇ……」

「う〜むむ。病み上がりで雨の中動いたから、風邪引いたのかもしれませんね。でも薬飲むにしたって、やっぱりお腹の中に何か入れなきゃ駄目です」

 瑞穂はそういうと、台所へ向かった。それからしばらくして、向こうから美味そうな匂いがしてきて徐々に食欲が湧いてきた。持ってこられたのは朝喰ったみたいなおかゆご飯だったが、朝とは違って色々中に入っていた。

「いただきマクベ」

「いただきま……えぇっ!?」

 今回は同時に開幕の合図をしたようであったが、俺のまさかの発言に瑞穂が出遅れた。いや、驚きすぎだろ。ちなみにコイツは普通の夜飯を喰っている。

「うーむ……しかし、朝から流動食しか喰ってねぇな俺」

「んむん、きちんと食べてるだけでもマシですよ。兄様、私がいなかったら、どうせなんにも食べないでいたんでしょう?」

「だろうな……」

 実際とてもありがたい話だった。朝夕の食事にありつける上、掃除やら洗濯やら全部任せておけるからだ。

「さ、今日はもう寝ましょう兄様。薬も飲んだし、ゆっくり眠ればきっと、明日には良くなってますよ」

 ……しかし、そのかわり男の性欲を刺激しまくる事を問答無用でしてくる。飯を片付けると、瑞穂はいつもの紺色の着物で俺の手を引いた。まったくありがたくない話である。

 電気を消して布団にもぐる。瑞穂も俺の腕に頭を乗せて、肩をすぼめる。月明かりは分厚い雲でさえぎられ、部屋は真っ暗だった。ただ雨の音だけが響いている。

「……風邪なら、お前にもうつるんじゃねーのか?」

「そしたらまた治すだけです」

「……」

 えへへと笑い、俺の胸へ頭を乗せた。またそんな事して、莫迦野郎。エレクチオンしてしまうではないか。瑞穂が足を動かしたとき、コイツの太ももがエレクチオンしたのにあたった。

「おわ、エレクチオン」

 いつぞやのセリフだ。クソ、うっせ。

「えへへ、こんだけ元気なら、大丈夫」

「……ハァ」

 結局俺も昨日みたく、瑞穂を両手両足でホールドして寝る事にした。

「ふみゅみゅ〜ん」

 モゴモゴと何か言っているようだが、俺は構わず眠った。

DDでぃーでぃー

デッドリー ドロージネス(Deadly Drowsiness)

 死の睡魔、死のねむけ。

 モリエイターがAOFを展開、アストラルストームを発生させた時に起こる一般人の昏睡状態のことを、一般人向けの病気として世界に広められたがこの病名。夢中の死、睡魔によって殺されるという意味で、この名前が付けられた。

 この病気は一般人にとって恐怖のなにものでもない。発生原因不明のこの奇病は、いつ、どこで、どうしてそれが起こるのか全く不明なのである。DDを発病した人間は急激な睡魔に襲われ昏睡状態となってしまう。運が悪ければ、そのまま死んでしまうのだ。最悪なのは、DDが発病した人間は本来の人格を忘れ、夢遊病のように辺りをさまよい、破壊活動を行うケースである。だが実際は、それをしているのはAOFを展開したモリエイターだ。しかしD3はそのAOF展開時の戦闘をなんとかごまかすために、そう誇示付けしている。そうとされた人間の将来は暗闇で閉ざされてしまうだろう。


 このDDをめぐり、世界中がそれはそれは大騒ぎしたが、モリエイターが日本に集結したため、このDDは日本でのみ見られる病気となった。無論それは、インビュードハンターによって日本以外のモリエイターが抹殺されたためだ。

 日本のみが発症し続けているという事で各国から嫌な目で見られるものの、D3がそんな姿勢をする各国に圧力をかける事でそれは表面的には見られなくなった。とは言うものの、やはり日本の風向きは悪い。

 このDDを治療すると歌った怪しげな医療薬などが日本で一大ブームを呼んでいる。D3はそれを否定し、購入を控えるよう訴えてはいるものの、それを購入する者は増加の傾向にある。もっぱらそれが政治家だったりして、DD関連のスキャンダルはいつになっても絶えることはない。


 本質的な意味でDDの治療を上げるならば、それはモリエイターの消滅である。一般人にとってみれば、インビュードハンターの活動こそがDDの治療に大きく貢献していえるのだ。皮肉な話ではあるが、そういった意味でもやはり、インビュードハンターという奴は地球の免疫抗体なのである。



◆D3(でぃーすりー)

DDDでぃーでぃーでぃー

デッドリー ドロージネス ディフェンダー(Deadly Drowsiness Defender)

 DDの早期発見、および治療を目的とした国際連合NGO(非政府組織)団体。国際政治をも揺るがすほどの巨大な権力、人材を有し、世界各国のありとあらゆる場所に存在する。この団体は一般的な組織として認知されており、テレビのCMやニュースで良く見られる。

 DDの発病が日本のみに限定された事でD3の規模は縮小すると思われたが、いつまでたってもその傾向が見られないこの団体に対し、国連や各首脳陣はとてもやきもきしている。しかも日本のDDは治る様子がなく、逆に悪化の一途を辿っているため、D3は本来の目的を忘れ私欲に尽くしているのではないのか、等と言う悪口もたびたび言われる。もちろん、それらは声を大にしてなど言えたモノではなかったが。毎回とは言いがたいが、そんなことをつい喋ってしまった政治家などは、決まって謎の死を遂げたり、それを言った次の日から世間には顔を見せなくなってしまう。しかも明らかにそれはD3がやったと誰もが思えるのだが、やはりそれも言えない。そんな見えない力を持つ団体である。

 裏の顔はモリエイターを支援する秘密結社である。政治、マスコミ、メディア、人脈。その他ありとあらゆるモノを駆使し、モリエイターを一般の世界から覆い隠しているのがこの組織だ。穏健派から派生した組織なのだが、強行派がたびたび起こす厄介ごとの尻拭いもしている。そのため、強行派もこの組織にはあまり手を出すことはない。


 評判は良くもあり、悪くもある。

 良い点は、ニュースなどで大々的にその成果や実績を報道されている事。日本以外のDDは全てこのD3が治療したという事になっているので各国からの信頼は厚く、資金面の援助も豊富である。民間に対する影響力の面からも良好と言える。白衣を着た外人が流暢りゅうちょうな日本語でDDを解説しているのを見れば、日本人なら誰しもが『すげぇ』と思い、それを本当だと信じきってしまうだろう。

 悪い点はかなり個人的な話になるが、この組織が運営するD3センターでひとたびDDであると診断された場合、その人物には永遠DD発病者というレッテルが貼られてしまう事。DDが発病したとなれば、もしかしたら再発するかもしれない。そういった事で、DDが発病した人間は、重要な仕事や依頼を任されなくなってしまうというケースが企業間に蔓延化している。仕事を任せた次の日、DDによって死んでしまうかもしれないからだ。

 よって日本の場合、D3関連のエージェントはあまりよく見られない場合がほとんどである。外国では、不治の病を治した英雄的存在として見られるだろう。


 そういう事もあり、かなり批判、批評の激しい団体である。

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