07:我剣流、飛影剣
07:我剣流、飛影剣
夢を見ていた。始まりはどこからか分からない。
夢の中の俺は子供であった。五、六歳くらいだろうか? まぶしい日差しで目を細めていた。照りつける太陽は肌を焼き、体から汗がにじみ出している。目の前に広がるのは広大な緑の山々と、広々と間隔をあけて立ち並ぶ木造の建物。俺のいる場所は、まるで宮殿のような木造の巨大な寺院だった。地面から二メートルほど離れたその縁側から足を投げ出して座り、瑞穂を待っていた。
「あにさまぁ〜」
小さな体を弾ませながら瑞穂がやってきた。危なっかしく走るので、いつ転ぶのかとひやひやしてしまうほどだ。しかし子供の俺にはそんな風に考えることなど出来ない。それを見つけた俺はその場から飛び降りて、瑞穂を連れて山へ遊びに出かけた。田んぼ道を走りぬけ、川の向こう側へ石を飛び越えて渡り、生い茂る草木をかきわけて、さらに奥へ、上へ。少し進むと山道が現れた。それを辿ると長い長い石の階段に突き当たり、それをどこまでも登ってゆく。着いたのは山のてっぺんにあるお寺だった。そこからはさっきまでいた所が一望できる。
そのお寺の基礎となる部分には、あり地獄が点々としていた。それに指を突っ込んで中の虫を捕まえては捨て、捕まえては捨て。
それからお寺の近くに大きな樹木があり、それに瑞穂と一緒に登る。何度か足を滑らせるか枝を折るかしてまっ逆さまに転落したが、AOFを瞬時に纏い、肉体へのダメージを食い止めていた。それは瑞穂も同じである。
いきなり時間が経過した。突如として夕暮れ時になり、帰路を戻る二人。最初にいた寺院まで来ると、二人の人物がそこにいた。母とその娘のようで、どちらも着物姿である。
「さ〜っつきちゃ〜ん!」
瑞穂が向こうの娘へ走りよる。皐月と呼ばれた少女も瑞穂と同い年のようだ。その隣の髪の長い女性が俺を見た。
「睦月君、おかえり」
優しげに微笑むが、俺はあからさま嫌な顔をした。その二人、どちらも俺は嫌いだったのだ。何も言わずに俺は境内へと走っていった。背中からその女性の視線を感じる。
「瑞穂! お前、一人で行くぞ!」
石の階段を登る途中、俺は振り返って叫んだ。瑞穂はあわててこちらへ向かってくる。皐月と目が合い、互いに嫌な顔をした。その隣にいた女性はなんだか寂しそうな表情をしたが、優し笑みを浮かべた。
「…………」
どこだ、ここは。目を覚ますと同時に体を動かす。左腕に暖かな感触を覚えた。真っ白な壁と医療機器、隣の窓から雨の降りしきる夕暮れの街が見える。ここは、病院か……。左側には椅子に座った瑞穂が、俺の腕を握るようにして眠っている。
俺は瑞穂の指をゆっくりほどいて、彼女の頭をそっと撫でてやった。それに気づいたのか瑞穂は顔を上げた。
「あにさま! わぁ、兄様!!」左腕をひしと抱きしめて、瑞穂が叫んだ。「よかった!」
「瑞穂……」
「よかった、兄様、よかった……ふえっ、ふぐうぅぅ……うう、うわああん」
ベッドにもたれかかって瑞穂が泣き出した。お前……何してんだ。しかしコイツならやりかねないだろうな……。俺の手のひらを自分の頬でさすりながらワンワン泣いている。しばらく瑞穂が落ち着くまで、静かにしていることにした。
「あにさまぁ……死んじゃったかと思いましたぁ……わたしぃ、わたしぃ……」
「……なんとかなったみたいだな……。自分でも信じられねぇが」
「正光さんと、泉さんが、兄様を助けて下さったのです……」
「……? ……。あぁ……なるほど、だからか……」
オーガの蹴りを防ぎ、その防いだ腕が腹にめり込んだ瞬間、自分はもう助からないと自覚した。しかし泉さんの力なら、なんとかなるかもしれないと今思った。結構前に正光が死にかけた時も、オリハルコンとしての力で治してくれたからだ。どうやら、今回もそれで助けてもらったみたいだ。……なさけねぇ話だ。
「兄様、ごめんなさいごめんなさい、私が、私が足を引っ張ったせいで、私が……」
「瑞穂」
俺が瑞穂を呼ぶとコイツは顔を上げ、俺の視線とぶつかる。しかし俺はずっと黙っていた。しばらくすると、耐え切れなくなった瑞穂が恥ずかしそうに顔を背けた。まぁ、『それ』が『狙い』だ。それを確認したあとで、俺は話を続ける。
「……俺はなんも言わねぇよ。あの時、お前ができた最高の行動をしただけなんだからな。いいか悪いかは別として、お前にはあれしかなかった。だからしたんだろ。んじゃ何も言う事はねぇ」
「……」
「しかし、それを教訓として次に生かすのは大事だ。……いい経験したんじゃねーのか?」
「あにさまぁ……! 怒って下さいよぉぉ!」
瑞穂が両手をベッドに突いて乗りあがってきた。
「私をもっと、しかって……くださいよぉぉ……。……あの時ッ、わたしがッ、もっと上手に出来ていれば……っ」
だが勢いをなくし、頭を下に向けた。長い髪がさらりと流れ落ちる。瑞穂の目からポタリと涙のしずくがこぼれ落ち、掛け布団に丸い染みを作った。俺はフンと息を吐いて、また頭を撫でてやる。
「泣き虫な奴だな……。まぁ、でも、この世界じゃ泣ける奴なんて少ねぇ。それができるお前はラッキーだ。瑞穂。泣いた分だけ強くなれるんだぞ? お前はまた、強くなる。だからその悲しみを、乗り越えろ」
「……もう、乗り越えました…………兄様が、起きてくれたから……えへへ」
「……コイツは」
さらに瑞穂は身を乗り出して、俺に抱きついてきた。
「えへへ」
俺も抱き返してやる。人のぬくもりを感じて、なんだか優しい気持ちになれた。生きているという実感がこみ上げてくる。死ぬと思った瞬間の衝撃と恐怖とは対照的な、なんとも幸せな感じだ。
「安心したか?」
「うん……ごめんなさい。……でも、もう少し、このままでだめですか……?」
「……お前は重てーなぁ」
「うむぅー、我慢して下さい」
心配してくれる人がいる、というだけでもありがたいと思うべきだろう。
「そういや、俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「よっかかんです」
「四日……そんなに寝てたのか」
「うん、お医者様は、体はもう治ってるって言うんだけど、全然起きなくて……」
「……」
四日も寝ていたのか俺は。自分としてはつい数分前にオーガのショットガンを喰らったように思える。しばらくすると瑞穂は名残惜しそうにしながらも、ゆっくり体を離した。
「……そういえば、夢を見た」
「夢ですか?」
「昔の夢だ……。里で……皐月の野郎と、そのかーちゃんがいた」
「皐月様と、紫電様ですか?」
「あとお前もいた」
「うむむ……」
「……紫電、か。懐かしい響きだな。そういや皐月のクソ野郎は、二十六代目紫電の名前をもらったのかよ?」
「んと、まだです。称号の寄与には、まだ結構かかるみたいです」
「そうか……ハン、ザマいいな。あのクソが」
「……」
俺は自分の右手を見た。不思議と夢の続きをまだ見ているように、子供の頃の手とダブって見える。夢から覚める直前、紫電の奴は俺を見ていた。寂しげな笑みを浮かべていたようだった。しかしその記憶はすでにおぼろげで、鮮明には思い出せなかった。
「兄様は紫電様の事を嫌いみたいだけど、あの方は、兄様の事をとっても心配しておらっしゃったんですよ?」
「……どうだろうな」
「本当ですよ。一度だって悪く言ったことなんて無いし、私がコッチへ来る時だって、紫電様だけが私を助けて下さったんですから」
「……そういやお前……なんでまた、こっちへ来たいと思ったんだ? まさか本当に俺を追っかけて来たわけではあるまい」
「う……」
痛い所を突かれたように瑞穂が身を縮こめた。
「……喧嘩したんです……。皐月様と……」
「……」
「ちょっとした事なんです。最初は……兄様の事をちょっと話に出しただけなんです。それが、ずっと尾を引いて。女って莫迦ですよね、だってそんな事ずっと気にしちゃって、やきもち焼いちゃって……。ほら、兄様、昔は皐月様より強かったから、じゃあ今はどうなんだ、みたいな話になって……」
「昔って……あれと最後にやりあったのは五歳頃だぞ」
「はぅ、ごめんなさい……」
「んで結局、戦花にいづらくなったって訳か」
「うん……皐月様と真剣勝負して、負けてしまったのです。それからいきなりいづらくなりました」
「……なにしてんだお前」
「うぅぅ、ご、ごめんなさい」
俺から突っ込みを入れられまくり、瑞穂がさらに小さくなってゆく。
「そ、それで、私、もうここから出ようと思って、紫電様に相談しに行ったんです。あの方は戦花の長ですから」
「だよな。クソ、あのアホ、あんな年中ボケッとした奴がよく長でいられるぜ」
「……それで、お話したら、それじゃあエルベレスはどうだって。ここには兄様と、父上もいるから、って」
「ふむ。あのクソの入れ知恵ってわけか」
それから瑞穂は少し間を置いた。
「本当に、嫌いなんですね……紫電様のこと」
「あぁ? いや、ちげぇ。嫌いなのは皐月のクソだ。あのアホはなんかあるとすぐ二十五代目だ。んで俺が紫電の側近からゴチャゴチャとうるせー莫迦みてーな事言われんだ。お嬢様気取りか? ハッ、笑わせんじゃねぇっつー話だクソ」
「……」
「なんなら瑞穂。今度俺が里に出向いてやって、お前をぶっ倒した皐月の野郎をギタギタに……」
「あっ兄様! 紫電様は、あの方は、兄様の事を大事に思ってらっしゃるんですよ!」
突然声を上げて反論した。
「兄様が父上と一緒に都へ移ってしばらくした時、あそこがインビュードハンターの手に落ちましたよね!? あの時紫電様は、誰でもない、兄様の事を一番心配してらしたんです!」
なんとも強い口調で言われたが……。しかし、パッとしない。何故だ? 俺には理解できない内容であった。何故二十五代目が俺を?
「……なんで俺なんだ?」
「く、詳しくは知りません……。でも、紫電様の所へ相談しに行った時に、そう教えてもらいました。兄様はまだ子供なのに、我剣流というとても残忍な技の使い手として育てられる事も、懸念されておられました。兄様の事を話すとき、なんだか紫電様の口調が、とっても優しくて……皐月様の事を言うときよりも、なんていうか、感情がこもってる感じがするんです。皐月様を恨む気持ちも分かりますが、紫電様まで悪く思われるのは、私……」
「……」
わからん、何故だ。
「都が落ちてから兄様がエルベレスに保護されるまでの数年間、紫電様、すごく落ち込んでらしたんですよ? 今は昔みたいに元気になったけど、やっぱりそのきっかけは、兄様が生きていた事がわかったからだと思うんです。それに、私に紫電様が言ったんです。私からあの子には何も与えてやれないから、せめて貴方がそばにいてあげてって」
またさっきの夢の内容が浮かんだ。夕暮れの寺院で、俺に向けられた紫電の寂しげな笑み。くそ、わけがわからん。あいつがなんだっつーんだ。母親ぶりやがって。二十五代目が落ち込んだのは、俺じゃなくて都が落ちたからだろうが。それにあの時落ち込んでたのは奴だけじゃない、みんながそうだったはずだ。
俺はすぐに考えるのを止めた。どうせもう会う事はないだろうし、考えているとムカついてくるからだ。視線を窓の向けると、先ほどと同じく雨が降っていた。時刻は六時十分。
「まぁ、その話はやめだ」
「……はい」
「どうやら体のほうはなんともないみたいだ。さすがオリハルコンのパワーは強力だな。瑞穂、だれか呼んできて、俺が起きたからとっとと退院させろって、言って来てくれ」
「……はい。わかりました」
瑞穂が部屋の外へ出ていった。しかし俺の中ではまださっきの話の余韻が残っている。紫電だと?笑わせんじゃねっつーんだ。
紫電というのは里をまとめる一族であった。その血統は古く、遥か古来から続いており、不思議な事に紫電の血は、女しか生まれる事がない特殊な性質を持っている。血族結婚を繰り返した結果だという見方もあるようだが、実際のところどうだか分からない。
だから娘しかいない紫電は俺を、我が子のように見ていたのかもしれない。だがそのせいで実の娘である皐月からやきもちを焼かれ、さんざん喧嘩したんだ……。
ちなみに戦花の長も、代々紫電が務める事になっている。レイが面接の時に里のことを『一つの国家』と例えたのはそのためだろう。国家は国家でも、独裁主義だろうがな。くだらねぇ話だ。二十五代目が今もその任についているようだが、あのクソ皐月が二十六代目になるのはいつになる事やら。
だが……紫電の血は他を圧倒する。それはエーテルドライブが可能な数少ない血統であるという事が物語っている。俺は正光がエーテルドライブしたのを一度だけ見たことはあるが、あんな状態で飛影剣を使われたらそれこそ最悪だ。……まてよ、っつー事は、皐月の野郎もできるって事か? ……クソ、しゃれにならんな。あんな癇癪持ちにそんなことされちゃ、あたり一面、月面みたいなクレーターだらけになっちまうぞ。
ちなみに何故正光がエーテルドライブ出来たのかは未だ持って分からない。彼が一体どこの血を引いているのかは謎だった。しかもそんなサラブレッドがあんなふうな莫迦に成り下がってしまったと思うと、先代は嘆き悲しむんだろうな、きっと。
「……」
唐突に、自分の剣、GHの事が気になった。記憶をかき回さないようにしていたが、やはり駄目だ。思い出してしまった。イーブルアイに折られた時の事を。
俺は右手を前に出し、GHをモリエイトした。
「……クソ」
やはり、折れていた。イーブルアイから完膚無きまでにやられた事で、俺の魂が今の剣術に自信をなくしてしまった結果だ。
こういう事例がある事は、師匠から聞かされていた。師匠ほどの腕を持つ人物ですらこれを経験しているらしい。師匠だけじゃない、獲物をモリエイトするイマジネーター全てにいえる事だった。自分が磨き上げてきたものが、それ以上の巨大な力の前にねじ伏せられ、踏みにじられる。その精神的なダメージが、自分の獲物にダイレクトに伝わる事でこの現象は起きるようだった。これを乗り越えるには……自分の自信を取り戻す事意外に手段はない。
「……」
『自身を取り戻す』などと簡単に言えはするが、そんなことが俺に出来るのだろうか……。
瑞穂が小走りで戻ってきた。
「兄様、正光さんと泉さんが迎えにくるそうです。すぐ病院を出ていいみたいですよ?」
「……そうか、さんきゅ。……瑞穂、これを見てみろ」
俺は瑞穂に切っ先の折れたGHを見せた。驚いた瑞穂は、両手で口を覆った。
「……折れちまったよ……。クソ、最悪だな」
「兄様……」
瑞穂とて、この事例の事は熟知しているはずだ。俺はベッドから出て壁のほうを向くと、GHを構えた。
「GH、ST!」
GHをSTの長い形状に変形させる。……やはり途中でやいばが無くなっている。
「ツインブレード!」
今度は両刃刀状に変形させる。やはりこれも同じだ。双方のやいばが無くなっていた。
「クソ、はぁ。やっぱ駄目か」
「あにさま」見ていられないといった様子で瑞穂が俺の右手を両手で握った。「兄様っ」フルフルと顔を何度も横に振っている。……俺が自暴自棄になったと思ったのか? 違う。
「ただ確認してみただけだ」
瑞穂は手を離して何か言いたげな顔をしたが、やめた。様子からコイツは、なんとかして俺を励まそうとしているみたいだ。
だが二人とも分かりきっている事だった。この状態は、他人ではどうしようもない、本人だけしか打開できないという事を。
俺は瑞穂と一緒に病院から外へ出た。どうやらここは、以前正光がお世話になった耶馬雌病院であった。出来根市の中で一番大きな総合病院なのだが駐車場が無駄に広く、明らかに作りすぎた感がする。
外は雨が降っていた。入り口で待ち合わせという事でしばらく突っ立っていると、向こうから傘差し運転の自転車が二台向かってきた。警察に見つかれば確実に待ったをかけられる行為であるが、それは正光と泉さんであった。
「ワーオ、睦月! やっと起きやがったかー! 心配したぜ〜」
正光はいつものテンションである。なんだか懐かしいような、ウザイような感じがした。
「睦月君、体の方は大丈夫?」泉さんも一言いってきた。「あぁ、どこも痛いところはない。医者からも、体はもう大丈夫だって言われたしよ」
「良かった……、あ、それと睦月君? 瑞穂ちゃんに、ちゃんとお礼言った?」
「ん?」何のことだ?「あ、泉さん別に……」瑞穂が会話を切ろうとしたが、泉さんは続けた。
「瑞穂ちゃんね、睦月君が起きるまで、ずっと病院で見ててくれたんだよ」
「ぬむ」
「あ、あのだから、あ、あぁ……」
最後まで言われると、瑞穂が脱力した。だから俺が起きた時隣にいたのか。……って、何してんだお前。
「まったくよー睦月、お前ってやつぁー本当に女泣かせな奴だな!」
「睦月君? ちゃんとお礼してあげなくちゃ駄目よ? 瑞穂ちゃんは女の子なんだから」
「ほんっっっとにどうしょーもねーやっちゃなーお前は!」
「うるせえええええ! 正光テメェ! お前のセリフがジャマだっつの!」
「あっりゃっば!?」
いつの間にやら雨はやんでいた。しかし空は厚い雲で覆われており、いつまた降り出すかはわかない。それから四人で、一度バーわけありに行く事となった。瑞穂は俺の意識が戻った事をレイに伝えたらしいが、一度俺を連れて来いと言われたらしい。
向かう道中、二人は自転車を降りて、俺と瑞穂の歩幅で歩いた。
「それにしても……泉さんに、助けられちまったな……まったく申し訳ねぇ」
赤信号を待っている時に俺は何気なく言った。
「え!? いや、私じゃないよッ、ほらあの、正光君が、……ねっ?」泉さんはいきなり驚いて、正光にキラーパスした。「ん!? あ、いや、なんつーか、ほらあれだ。前に俺が治してもらったろ? だったら今回もできるんじゃねーのかって思ったんだよ」何故か二人してしどろもどろだ。
「ふむ……」
「べっ、別に! この前助けられたからって、恩返ししたわけじゃないんだから!!」
正光が何故か強がり、だが恥ずかしそうに言い訳した。瑞穂だけが、あの時二人はボロボロに泣きながら俺を助けようとしていた姿を見ていたので、恥ずかしがっているのだろうという事を察していた。
「……まぁ、サンキュ。助かった」
「かまわねぇよ」
「うん。平気」
「しかし、泉さん、よくできたな。治すコツを掴んだのかい?」
「う〜んと……いや、そういうわけじゃないんだけど、なんていうのかな……」
「ふむ。まぁ、なんとなくできゃ上出来だ。もし傷を治すコツを掴めば、今後は回復役として大いに貢献できる。戦場でダメージの回復ができるとなれば、エルベレスはかなり強力な部隊になるぜ。そうなりゃ次の作戦だって……」
彼女の現実的な利便さを思うあまり熱弁を振るいそうになったが、泉さんの表情が少しずつ暗くなっていくのを察した。しまった、彼女は普通の女の子であった。そんな人に殺しの話をしてどうするんだ、クソ。
「……すまん、言い過ぎた」俺は素直に謝った。「ううん、いいの。だいじょぶ」泉さんははにかんだ笑みを浮かべて許してくれた。くそぅ、正光が惚れるのも無理ねーなこりゃ。とっても優しい人である。
「……でも、睦月君も正光君も、瑞穂ちゃんも。なんだか遠い人に思えてきちゃったなぁ」
「にゃ!?」「えっ」正光と瑞穂が驚いて顔を向けた。俺は別になんも言わなかった。
「だって、あんなにすごい事してるんだもん。私はただ、見てるだけだったけど……みんなやっぱり、その、違う世界の人なんだなぁって……」
「う、う〜むむ……」「ぬ〜むむ……」またもや同じようにして擬音を吐いた。
「いやいやぁ! 泉さんだって、十分活躍したってもんだぜ。だって敵の新型CSGをぶっ殺せたのもんがんぐ……あ、その、ソイツを『やっつけれた』のも、泉さんのおかげだし、なにより泉さんがいなかったら、睦月がくたばってんがんぐ……いや、なんつーんだ?」
正光は泉さんを褒め称えようとしているのは誰もがわかっていたが、如何せん言葉のチョイスがいけない。俺は助け舟を出した。
「まぁ、そういう事だ。泉さん。アンタがいなけりゃ、俺はここにいなかった」
俺は自分の言葉でそう言った。彼女は案の定黙ってしまったが、こういうのは俺の役だ。
「でも、アンタがいたから、俺はここにいる。正光だってそうだ。アンタに助けられた。泉さんは、俺達にとって、とても重要な、大事な人なんだよ」
「……うん」
「睦月よぉ、もうちょいオブラートに包めよな」
正光が突っかかってきたが、俺は腕を組んで口笛を鳴らした。
「ううん、率直に言われたほうが、すっきりするわ。ありがと。それに、変に回りくどい言い方なんて、睦月君らしくないじゃない?」
泉さんが俺をフォローしてくれた。俺はタコ口のままどこかを向く。
「何!? くそ、睦月、お前! 高感度、アップ! クソ! くそ!! くっそーこんやろ! ファッキンジャァアーップ!?」
「ぐおおアーー! イデデデッ! 莫迦! 止めろ! イデデッ! オイ! テメェ!!」
俺は胸倉を掴まれてグイグイ揺さぶられた。見ている側からすれば、俺は複数の分身を作っているように見えるだろう。
「あはは……。大丈夫、正光君? 貴方の言葉も、うれしいわ。私を励ましてくれたんでしょ?」
「えっ!?」
「ありがと」
「あッ! いや、はい! 喜んで!!」
全く単純な奴だ。最後やっぱり意味わかんねーけど。ちなみにかなりテンションが上がっているように見えるが、これが奴のノーマルである。ふむ、しかし泉さんも、正光の扱いに慣れて来たようだな。いい事だ。
そんな風に俺たちだけで盛り上がってしまっていたが、今まで黙っていた瑞穂が突然、俺の手を握ってきた。面白くなさそうな顔をしている。俺達が互いを褒めあっていたので、瑞穂にも何か言って欲しかったのだろうか? しかしコイツの話題に発展しないまま、俺達はバーわけありへ到着していた。
「二人はどうすんだ?」俺が言うと正光が答えた。「うーむ、いや別に何も決めてねーな」素直な返答だ。……まったく、お前は本当に単純な奴だな。
「こんな時間だ、さすがにもう帰ったほうがいいんじゃねーのか? つっても、飯時でもある」俺が言うと、正光がハッとした顔になった。その通りだ、正光。今頃気づきおって。「どっかで二人して行ってこいよ。帰るにしては早ぇが、最後のイベントには十分な時間だろ?」俺は腕を組んで双方の意見を聞く姿勢をとる。何故か知らないが、俺はこういうのがとっさに出る。
「だ、だなぁだなあ! うーんそういえばちょっと小腹が空いたなぁ」正光が腹の辺りを撫で回す。莫迦、ヘタクソめ。「泉さん、もし良かったら俺と、えっと、あのー……」……そして正光の言葉はそこで止まった。マジかよもう終わりなのかよオイ!? なんだい急にモジモジしちゃってさあ!
「あれだな。駅周辺で飯が喰えるっつーと……」「吉野屋か!」折角俺がフォロー入れてやったのに、オイ! 違うだろ!「莫迦かお前は! 何普通に飯喰ってんだ!」「えっ!? 違うの!?」……駄目だ、全然噛み合ってねぇ。
「もっとよ〜ほら、なんつーの? 小洒落た雰囲気の、イタリアぁ〜ノ的な所で、くつろいじゃったりすればいいじゃない!」「それだ!!」正光が肩を水平に傾け、俺に両手で横指をさした。遅ぇよ!「ナイス、アイディアぁ〜ノ」さらに奴が付け加えた。余計なこと言わんでいい、連鎖しろ連鎖!!
「イタリアぁ〜ノといえば、チロル!」お、奴にしては中々のチョイス。「チロルといえば、ピザ!」俺も乗っかった。「い、泉さん……! 僕はチーズのように、貴方にとろけてしまいそうだ……ッ」……あれ?いや、脱力すんなよ!? 違うだろおい!! まさみちゅぅぅうううう!!
「莫迦か!? 誘えよ! ザッツエスコートしとけよ!」あと一押しだろ!? 「くそっ!駄目だ、とろけちゃう僕! クソッ! だが、泉さんんんッ! どうですか? よろしければ僕と一緒に、お食事でも行きませんか……?」やっとこさ、やっとこさそのセリフに漕ぎ着けた。正光は『どうですか?』あたりからいきなり紳士的なゆったりとした口調になった。とろけていたはずの体はシャキンと伸びて、キラキラと彼の背後は何故かキラメキに満ちている。「ドゥフッ! バフフフフフ!?」俺は思わず笑った。
「え、えぇっとォ……」
苦笑いを浮かべながら、泉さんは明らかに一歩二歩とあとずさった。
「ピザ……美味しいですよ?」
キラキラキラ……。
ド真面目な顔をした正光が背後のキラメキを照射し、泉さんを襲う。俺からしてみれば、それはそれはきたねぇ光だ。「ぐぬぬぬ……」光を浴びた泉さんは眩しそうに手で遮り、さらに困った顔になった。本作品が漫画媒体であったならば、彼女にはきっと汗マークと縦の斜線が大量に付けられていただろう。
「あのッほら、じゃあさっ! 睦月君が早く終わるんであれば、瑞穂ちゃんもいるし、ね? 四人で行きましょう?ね、ね!?」
「酸だアアアアアーーー!!」
泉さんが隠しだまを出した。何もしてないのに正光は、背中からいきなり後方へすごい勢いで吹っ飛んでいった。まるでオーガのこぶしを喰らった時のようだ。表現を変えれば、ロケットランチャーを自分の足元に発射したとも取れる。
泉さんは瑞穂に助けを求めるようにして笑顔で向かっている。だが瑞穂の返答は意外であった。
「わ、私は、いいです……。三人でどうぞ。私は、いいですから……」
……俺は瑞穂を横目で見た。どうも病院を出た辺りからおかしいな。何むくれてんだ?
「お前も来いよ」「いいです、私は。いいです……」やっぱりむくれてる。こういう奴には何を言っても無駄だ。
「……んじゃまあいい。とりあえず俺、中で聞いてくるわ」俺はすぐに見切りをつけた。「えっ」泉さんは戸惑った様子だが、無理もない。
「外で突っ立ってんのもなんだ。中で待ってろよ」
「う〜む。そうするかー」
遠くから戻ってきた正光が言った。
「……」
瑞穂は黙ったままだった。
店内に入ると、俺は一人司令室へ降りた。そこにはレイ、美咲さん、師匠の三人がいた。一応レイが隊長なので、背中を向けている彼のそばに向かう。
「レイ」「むお、オウ」俺から呼ばれると彼は少し驚いて、椅子を回してこちらを向いた。「あ〜、あの、戻りました」名前は呼び捨てだが言葉は敬語という、なんとも不思議な感覚に俺は毎回戸惑いを感じる。どうも慣れないな、こういうのは。
「おう。どうだ、体のほうは」
「大丈夫です」
「フム。お前、本当は死んでたんだぞ? あのままだったら。泉と正光に感謝しとけよ」
「はぁ、一応お礼は言っときました」
「だな、懸命だ」
師匠が俺達のほうへやってきた。「睦月。早速だが、にさん話がある」レイがそれに答えるように言う。師匠は隣の椅子に座る。
「……長引きそうな話ですか?」
「あぁ? なんかあんのか?」
「いや、上に正光達を待たしてるもんで……」
「あぁ、そうだな。待つにしちゃちょっと長いかもしれんな……メシでも喰いにいくのか?」
「そんなとこです」
「うーむ」
「あ、いいっス。上の奴らには話してあるんで。長引くようなら俺抜きで行ってくれって」
「ふむ、そういう事なら俺から言とっいてやるが、どうする?」
「出来るならお願いします」
「うし」
レイが内線に繋いで上にいるチャコへ英語で何か伝えた。まったく流暢な英語で、俺にはさっぱり理解できない。
「OKだ。んで、本題」「はい」俺は椅子に座りなおす。
「まず、お前の剣だ……。折られたのか?」
「……はい」
「見せてみろ」
黙って腕組していた師匠がそこでやっと口を開いた。俺は右手を差し出し、GHをモリエイトする。やはり半分から先が折れたGHしか出てこなかった。レイは身を乗り出すようにして見てきたが、師匠はうっすらと開かれた瞳でそれを見た。
「……厄介だな」師匠が言う。「……」俺は反論する事もできない。
「俺はモリエイターであるが、刃やお前みたいに何かをモリエイトするわけじゃないから、こういう事例の対処はわからん。だから刃を呼んだ」レイが言う。「睦月、もういい」師匠が続く。GHを消してもいいという事だろう。師匠とて、こんな無様な剣は見たくもないだろうな……。師匠が続けた。
「剣が折れるという事は、お前の心が折れたという事に繋がる。睦月、つまりお前が、奴に勝てないと思ったから折れたんだ」「……」まったくその通りだ。
「だが実際、対等してみない限りそれは分からん。いくら負けないと硬く決意していても、あまりにも実力の差が歴然であったり、心身共に消耗していた場合、それは誰にでも起こりうる。しかもお前の場合、あのイーブルアイだ。はっきり言って、今のお前ではかなう相手ではなかった」
痛ぇ話だ、クソ……。
「睦月、だがな。剣だけが折れ、しかし本人は生かされる等という事が一番つらいのはよく分かっている。一昔前なら非難轟々と散々罵られただろうが、今やそれを言う者もいない。俺とて、お前をとがめる気など微塵も無い」
「……今後、どうすればいいでしょうか……?」
俺が言うと、レイは師匠を横目で見る。「問題はそれだ」師匠が言うと、同じようにレイを見た。「俺と刃で話をした」
「お前は我剣流と併用して銃をよく使うよな。他の流派から言わせれば邪道なんだろうが、我剣流はなんでもありだ。刃もそれには賛成しているようだ」
「はぁ」
「それに銃の腕もいい。剣はなくなったが、お前はまだ銃で戦える。だから今後、ガンナーとして作戦に出てもらおうと思う」
「それに平行し、再度剣術を極め、自分の刀を今一度鍛え治す」
「……」
レイと師匠の言葉を聞いたものの、俺にはいきなりすぎて、どう返答しようかと悩んだ。
「イマジネーターが何もモリエイトせずに前衛に出るってのもおかしな話だしな。それに剣を作り直すとしても、それまではやっぱりガンナーの位置に留まる必要が出てくる」
「……確かに」
「睦月、お前が望むのならば、真剣を所持する事も可能だ」
「本物の刀ですか?」
「うむ。しかし所詮、鉄の刀だ。アストラルコーティングするのを一瞬でも怠れば、すぐに刃こぼれするだろう。無論のこと、DSは不可能。だが物理武装で肉体を殺傷するという事で、インビュードハンターのハントランクは上がりづらい」
「……」
こうして考えるとモリエイトされた武器と言うのは非情に便利である。どれだけ刃こぼれしようが傷つこうが、一瞬にして再構成されるからだ。その点、実物の武器は消耗したらそれまでだ。いちいち研磨や焼き直しをせねばならない。
今までメンテナンスフリーな武器を使用していたので、実物を扱うのはとても抵抗があった。アストラル体で武器をコーティングする事で強度をかなり高めることができ、なおかつ重量という束縛から解放されはするものの、一瞬にして出し入れできるモリエイトした武器のほうが扱いやすいに決まっている。
しかし……もし接近されてしまったらどうする? 銃もCSGも強力な武器には違いない。だがやはり、一番頼りになるのは自分の腕だ。あの時初めて近距離打撃戦を経験したが、俺の纏ったアーマーレイトはモリエイトするのに数十秒は使う。出しっぱなしじゃAOFが消耗しすぎるので、やはり突然の攻撃には対処できない。
「……しかし、一応護身用には一本持っておきたいところです」
俺は剣を求めた。師匠は頷いて肯定してくれた。
「うむ、それがいいだろう。いい機会だ、モリエイトした刀と実際の刀の違いを確かめてみるといい」
また師匠はレイのほうを見た。彼は少し砕けた座り方になって、フンと息を吐く。
「だろうと思った。わかったよ」そう言ってポケットから煙草を取り出した。その様子だと、この話もそろそろ終わりなのかもしれない。長引くと言う話だったが、以外に早かったな。「まーんじゃ明日か明後日だな」フィルターを咥えて言う。火をつけた。
「マッコイじいさんトコに連絡しといてやるよ。ついでに、専用のCSGも作ってもらうといい。いい機会だしな」
「えっ……俺用の奴ですか!?」
突然の朗報に俺の声はうわついてしまった。
「あぁ。お前のメインが無いんじゃあれだろ? それにガンナーやるんだったら、汎用のCSGなんざ持たれても威力不足だ。それじゃ逆にこっちが困る」
「な、なるほど……」
「あと言っておくが、エルベレスから金を出すのはつがい石の同調測定の分だけだからな? それを装填したSVAやらSAGやら、カスタム代はお前の借金だ」
「う、うむす」
「無論刀の方もだ」
「う……うむす」
CSGにはつがい石という特殊な人工結晶が装填されているのは前記した通りである。その石を個人用に調整し、アストラル体の変換効率を上げたものが専用のカスタムCSGとなる。
ちなみにつがい石の調整費というのはウン千万円も掛かり、それを作るために行う同調測定という奴はその倍はするお値段である。CSG本体はそれらカスタムつがい石より『若干安い』ものの、やはり千万円以上は確実に超えるお値段だ。そう考ると、瑞穂の初任給五百万……。あの時、奴と一緒に驚いてみせた俺が嘘のようだ。少ない、それは少なすぎるぞ、瑞穂……。
本来、CSGや人工結晶製品を使用しないイマジネーターは自分のモリエイト能力のみで戦闘するので、そう金はかからないのだ。俺もそのはずだったのに……クソ、とんだ出費だ。最悪、借金だ。ど、どうしよう……。俺は通帳の中身を思い出してみたが、たしか二千万くらいしかなかったはずだ。二千万でバルキリーアロって、買えたっけか……? あ、そうか。本体プラス、装填代とか、調整済みのつがい石を買ったりとかしねーと駄目なのか。……あれ!? いや、買えねーじゃん!!
「睦月、お前の刀の分は俺が出してやる」師匠がありがたいお言葉をくれた。「ま、マジですか」いや、かなり嬉しい。「俺はお前の師である。好きなものを選んで来い。ただし、実用性を重視せよ。結果、費用がかさんだとしても構わぬ」「は、ハイ」なんてこった、剣に関してこの人は糸目を付けないってのか。
「今日連絡を入れてみるが、同調測定は専門家がこねーとできねぇから、明日は無理かな? まぁ早くて明日、遅くても明後日には来るだろう。……そうだ、ついでに瑞穂や泉も連れてったらどうだ? 泉は行ったかどうだか知らんが、瑞穂は初めてだろ。じいさんにもウチの新人を見せておきたいしな」
「あぁ、確かにそれはいいかもしんねーっすね」
「話は決まったな。んじゃ、二人には言っといてやる。つっても連絡すんのは美咲だが……」レイは横目で美咲さんを見たが、彼女は気づいていなかった。「まぁそんなトコだ。俺からは以上だ。あとなんかあるか?」
「終わりですか?」
「俺からは、な。あとは刃からある」
「……」
師匠は黙っていた。
「……あの作戦のあとは、どうなったんですか?」俺はレイに質問したが、煙草片手に彼は立ち上がった。「あぁ。それも含めて刃が話してくれるだろうよ。じゃ、俺は席をはずす事にしますか。刃、あとは頼むぞ」
「うむ」
レイは美咲さんを連れて上へと昇っていった。残ったのは俺と師匠だけである。個人的な何かでもあるのか?
師匠は俺に向き直ると、腕を組みなおした。
「……お前が対等した、イーブルアイ……」静かな口調だった。その名を聞いて、俺の顔も険しくなる。「奴が誰だか、お前には分かったはずだ」
「……アイツは、我剣流を使った」俺と師匠は、少し間隔をあけながら発言していた。「……そうだ」
「奴の名は『不動豪』。我が師の息子にして、我剣流、本家の血を引く最後の一人だ」
「……!?」
「昔、お前に言ったな。俺とお前の使う我剣流はこの不動家が長い年月を積み重ね、編み出したものだ。……その直系である奴が、イーブルアイなのだ」
「……奴が、本来の、継承者……」
考えたくもなかった。真の継承者になるべき男だった奴がDSPに犯され、そして強行派へと移った。それはすなわち、我剣流が地に落ちたという事に繋がる。……イーブルアイ自身も、そう言っていた。
「お前が生まれる以前。豪の父であり、我が師である『不動尊』は、飛影剣の継承者にして使い手である、二十三代目紫電、霜月とやいばを交えた。その勝敗により、その後の里や都における地位が確立される事となったのだ。……結果、我が師は破れ、二十三代目紫電に殺められた。我剣流は、飛影剣に負けたのだ」
「飛影剣が、我剣流を……」
「……その時はまだ我剣流の一派が存在していた。といっても、数十名程度だが。その中には俺もいた。が、しかしな、睦月。人の歴史というものは、時にしたたかで酷い。飛影剣よりも劣ると実証された我剣流の使い手たちはどう思う?無論、覆そうと目論むだろう。それを阻止するため、二十三代目紫電は既に、我剣流を抹殺するための準備をしていたのだ。そして決戦から二日の夜、我剣流の一派は全員殺された。二十五代目紫電率いる戦花の手によってな」
「にじゅう、ごだいめ……」
初めて聞く、自分の会得した剣術の経緯。俺の頭は真っ白になっていた。剣術の歴史とは血で血を洗う殺戮の歴史には違いないのだが、こうしてまともに聞くと恐ろしかった。なによりその歴史の波を自分も受けているという事。今現在も、俺自身がその血に染まった歴史のページを綴り続けているのだ。
「……師匠は」俺はやっとの思いで声を絞り出した。「師匠は、一体、どうやって」「……俺は、決戦に出る前夜、師からその話を聞いていた」師匠がまた静かに語り始めた。
「こうなる事は既に、我が師も予想していた事だった。師は……何故か、負ける事が分かっているようなそぶりであった……。そして、俺は言われたのだ。全員が生き残る事を否定しても、俺だけは我剣流を伝承しろ、と」
一瞬だけ、師匠が鼻で笑ったような気がした。まるで思い出話をしているようだったが、冷えて硬質化したマグマの塊みたいな男である師匠が、そんな風にして笑うのは初めて見る気がする。
「そして襲撃の日。俺と豪の双子の兄である『不動烈』は奴一人を逃がし、あとは全員で挑んだ。無論、豪とて反発した。だが、無理やり逃がしたさ。奴は伝承者。奴が生き残る限り、我剣流が根絶する事は無いのだからな」
「しかし……師匠は、我剣流の一派は、全員殺されたのでは……?」
「うむ。全員殺された……やはりエーテルドライブされては歯がたたぬ。俺とて最後まで戦った。それこそ、睦月。お前のように、己のやいばが折れる、その時までな……」
「……っ」
「睦月。何故それで俺が生きているか等という事は問題ではない。問題なのは、今やイーブルアイと名を変えた豪だ」
「……はい」
「奴のその後の経過は俺にもわからん。だが、一人逃がされたと知った奴は、復讐心と不甲斐なさからオブリヴィオンに侵食されたのだろう。そうなればもはや終わりだ。結果、暴走した奴の思考は破壊と殺戮を欲し、それが強行派と繋がった……と言った所か」
「オブリヴィオン……」
オブリヴィオン。その言葉は忘却を意味する。オブリヴィオンに侵食された魂は次第に汚染され、己を忘却し、そして乗っ取られる。
「歴史とは因果なものだ。身を呈して守り抜いた奴が、今度は敵として現れるのだからな。……だが、DSPとなった奴の腕は、俺が知るところでも最強だ。あれではもはや、俺でも手が付けられんかもしれぬ」
「そういえば、師匠、あの時」師匠は俺がGHを折られた時からずっと、奴と一人で対等していたのだ。「奴をしとめる事は……」
「……出来なかった。奴は本家だ。歯がゆい話ではあるが、俺などが使う我剣流の比ではない。そんな奴に、睦月。お前が『剣を折られただけ』で済んだ事のほうが驚きだ。奴相手にアレだけの時間を、よく持たせた」
「いや……」褒められたものではない。クソ、やな感じだ。
「あの作戦でお前は、泉に助けられたものの気を失っていたな。その後、俺とレイで奴を追撃する事にした。アストラルガンナーズから式鋭、式姫、ホイットニー。リベリオンカウンターから後藤、若本が分隊として合流した」
面子を聞く限りかなりの精鋭揃いだ。というか全員トップクラスのモリエイターじゃないか。やはり作戦をはしごできる奴というのは、それ相応の実力者って事か。
「だが集まったまでは良いが、ストラクチャーを超えた途端インビュードハンター共の洗礼を受けた。無論排除したが、その頃にはイーブルアイの姿は無かった」
「……くそッ」
「だが、奴はまだこの辺りにいるようだ。出来根市周辺に網を張っているが、それには引っかからない。が、昨夜から不審な殺しが次々に行われている。どれも刃物による殺傷だ。そして殺された遺体には所々食いちぎられたような跡が残っている」「食いちぎられた?」「そのままだ。喰われたのだ。奴に」……人を、喰ってやがるってのかよ……。
「明らかに人間のする事ではない。確実に奴の仕業だと見て間違いないだろう。今日も多分それが行われるはずだ。エルベレスは今後、イーブルアイを探索する任に就く事となった。泉を含めた全員だ」
泉さんも参加させたのか……。いよいよ彼女も腹を決める必要が出てきたな。
「詳しい話は後々(のちのち)レイからされるだろう。とりあえずお前は武器を調達し、作戦に備えろ」
「わかりました」
話は終わったようだ。俺が立ち上がると、師匠が唐突に呼び止めた。「睦月」
「もしイーブルアイ……豪を見つけたら、俺に知らせろ。奴に引導を渡すのは、この俺の役目だ」
「……わかりました」
俺が店内まで上がると、薄暗い部屋にポツンと瑞穂だけが残っていた。テーブルに突っ伏しているが、どうやら俺が近づいても起き上がらない所からみると眠っているようだった。
「瑞穂」
呼んでも反応はない。それとも、もしかして眠ってるんじゃなくて、むくれてるのか?
「オイ」俺が強めに叫ぶとビクッと体を振るわせた。「んあっ、おわっ兄様」驚いた顔をする。寝てたのかよ。
「帰るぞ」「終わったのですか?」「あぁ」
「んしょ、はい」椅子からすばやく立ち上がると、やんわりと微笑んだ。心なしか目が赤くなっているように見える。「……行くか」まぁ寝起きじゃそうもなるか、程度にしか俺は考えなかった。
外はすっかり暗くなり、パラパラと雨が降っていた。瑞穂が傘を持っていたので、仕方なく相合傘で帰路を辿る事になった。車道は混雑しており、どこまでも続くカーライトが二人を照らす。
「……父上と、お話してらしたのですか?」
「あぁ。知ってたのか?」
「隊長と美咲さんが外に出てこられたので。二人はこれから見回りだそうです」
「イーブルアイのか」
「えぇ。……それで、あの、父上と、は……?」
「別に普通の事だ。俺がくたばった後の全体の動きとか、今後の活動内容とか……。って、どうした? 気になるのか」
俺が尋ねると、瑞穂は顔を落とした。
「私には全然、見向きもしてくれないので……。他の皆さんは、全員いい人です。いろんなお話をして下さいますし……。でも、父上は……」
「……」
「私、来ちゃいけなかったのかなぁ、なあんて、えへへ」
無理に笑うようにして瑞穂は顔を向けた。痛々しいだろうがよ、そんなツラ。莫迦だな……。
「瑞穂……」名を呼んだものの、俺はその次のセリフが出てこなかった。こういう時はなんと言ったらよいのだろうか? くそっ、余計な時だけは無駄に思いつく癖に、こういうシーンではカラキシ駄目だ。「えへへ」瑞穂は表情こそ笑顔だが、また顔を下を向く。
「あ、そうだ。兄様? 今日はね、たら汁ですよたら汁。泉さんから教えてもらったデパートで買ったんです」それからしばらく、瑞穂は当たり障りのない会話を続けた。
「たまには魚も食べなきゃ駄目ですよ?」「あ、あぁ……」何言ってんだ莫迦。あからさまお前、『慰めてくれ』って言ってるようなもんじゃねーかよ、それじゃ。
「……」
もしこれが恋人とかそういうのであったなら、俺は何も言わずに抱きしめていただろう。だが瑞穂相手じゃそれも出来ない。うーむ、なんとも歯がゆい。しかしどうしたのだろう、瑞穂の奴は。何に対して悲しんでいるのだ? 師匠からシカトされる事に対して? それともここへ来る途中のやきもきに対して?
「瑞穂」「ん?」「……」戸惑った。俺はいつもの調子で『なんかしたのか?言ってみろ』と言おうとした。だが、何故だろう、それができなかった。畜生、女ってのは面倒なものだ。
「早く、帰るか」
「うん」
結局そんな感じで終わした。夜の雨風は冷たく、だが雨音は、二人の靄がかかった思考を静めてくれた。
それから家に帰ると、先ほどの言葉通りに瑞穂がそれを作ってくれた。
「すげ、なんで作れんだよお前」
「えへへぇ。刃物の扱いは手馴れたものです」
「……いや、関係ねぇだろ。むおっ!? うみゃ〜〜〜い!!」
「あぁっあーー! また勝手に食べたーー!」
暖かい部屋の中に入ったからか、瑞穂の調子も良くなったようだった。俺は満腹になるまで箸を止めることはなかった。またもや、腹八部オーバー、腹十二部である。くそ、腹いて……。
「喰った……喰いすぎた……」
「もう、あんなにガッつくからですよぅ」
「……眠てぇ」
「……まんじゅう」
メシを喰ってる最中思い出した事なのだが、そういえば結局瑞穂は正光達とはメシ喰いに行かなかったのだろうか? まぁあそこに居たって事は行かなかったのだろうが。何してんだかなーもう。
「風呂はいるぞー」
「あ、はーい」
コイツと風呂に入るのは三度目だ。毎度の事ながらエレクチオンしてしまうが、なんていうかもう、あれだ。こりゃ仕方ねーっつー話だ。
浴槽へ二人して肩までつかるとザブンとお湯がこぼれた。癒される。
「そういやお前。結局正光達とは行かなかったのかよ」俺は話を切り出した。「……」背中越しの瑞穂は一度だけ上を向いたが、また元に戻した。だが、今のテンションなら行けるぞ。
「お前、病院から出た時からなんかアレだったよな」「……」「なんかしたのか?」「……」だんまりである。俺は瑞穂の首へ腕を回し、片方の手で頭を撫でてやった。大雑把にいえばヘッドロックしてる感じだ。
「……わたし、別になんにも」「そうは見えねぇってんだよ。にーちゃんに言ってみろ」「……」
「だって……兄様達、すごいなって、思って……。……すごいんだもん」
フンと俺は息を吐いた。腕を元の位置へ、瑞穂の腹の上へ戻す。
「凄いとか凄くねぇとか、そういうのじゃねーんだよ、瑞穂」「……そうじゃないもん」「そうじゃなくねぇ、瑞穂。それぞれが相応の役割をしただけだ」「……」
「すげぇって点からすれば、くたばった俺はさっぱりクソだったって事だな」
「そんなっ、ち、違いますよ!」
勢い良く回転して俺のほうを向いた。水面が勢い良く揺れ動き、バシャリとお湯が飛び散った。
「だってアレは、あれは、私が……」「お前が下手に動いて吹っ飛ばされたから、か?」「う……っ」
「だがそれ以前に、美咲さんのブラスターを俺がミスらなきゃそれで終わってた」「それはっ」「そしてそれ以前に。マッキーと美咲さんが、あの野郎を挟み込んだ時にミスらなきゃそれで終わってた」「……」「そしてそれ以前に、レイと正光がもっと早く来てれば、くたばらずに済んだ」
黙ってしまった瑞穂に俺は笑いながらため息をつくと、コイツの脇から両腕を回してゆっくり抱き寄せた。
「そうじゃねーんだよ……。誰もが、どこかしこでミスってんだよ、瑞穂」「……」コイツの胸が俺に押し付けられ、ぷにぷにする感触がした。「お前だけじゃ、ねーんだよ」だが俺の声は冷静である。
「逆にお前はどこでミスった? 俺ん時だけじゃねーのか? となれば、お前は今回最優秀って事だろうが、瑞穂。どうだ……?」
「〜〜〜!」
とうとう瑞穂が言葉にならぬ声を上げて俺にしがみつき、「うみゅみゅ〜ん」と泣き出してしまった。俺は瑞穂の濡れた髪を撫でてやる。
「お前は良くやったんだよ、瑞穂。えらいぞ……」
まったく……やっとこさ、やっとこさこの言葉に辿り着いた。そのための前フリがあまりにも長すぎだ。まぁそのかいあって、この言葉がとても意味を持ったのだが……。
「瑞穂。えらいぞ。えらい」
ゆっくり頭を撫でながら何度も言ってやる。こういうのは子供も大人も関係ない。瑞穂みたいに、慰められる事を素直に受け入れられるのはとてもよい事で、俺からしてみればそれは羨ましい限りだった。俺なら逆に反発して、うるせーこの野郎と言ってしまうだろう。まったく、可愛い奴だな、お前は……。
「んむ、も、もういいよぉ」しばらくすると瑞穂が体を離した。「いいの」顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむく。俺がほっぺに指を突っ込んでやると、またもや「うみゅん」と言って嫌そうに手で払った。そのほほえましい仕草に、また俺はフンと息を吐く。
「ほれ。ドレんじゃ、体洗ってとっとと寝るかよぅ」コイツの濡れた頭をポンポン叩き、風呂から上がる。「うむす」瑞穂も続いた。なんとかなったみたいだな、瑞穂。
それからいつもの調子で体を洗い、風呂から上がった。
つい数時間前まで寝ていたはずなのに、俺はかなり眠たかった。四日間体を動かさなかったので、体がなまってしまったのだろうか?
「俺はもう眠たいから寝るが」テレビを見ていた瑞穂に言うと、すぐコッチを向いた。「えっ、もう寝るのですか?」「うむ」時刻は八時だ。
「ぬ、ぬ〜むむむ……」どうやらテレビが見たいらしい。んじゃ見とけよ、なんで悩んでんだ。
「まぁ、俺は寝る」
自室に戻って電気を消した。部屋越しにテレビの音が聞こえてくるが、いつの間にやら消えた。そしてすぐ、部屋のドアが開く。結局瑞穂も寝ることにしたようだった。
瑞穂の匂いをかいでいるととても心が休まる。そのうちに俺は、徐々に眠りに落ちてゆくのを感じた。今日あった出来事がハイスピードで頭を駆け巡って行く……。
だがパッと目を覚ました。様々な記憶がゴチャゴチャに繋がり、不安定ながらも一つの形を作ったからだ。
「瑞穂」「ん?」俺が呼ぶと、まだ起きていたようで返事を返して来た。
「お前のかーちゃんって……確か名前忘れたが、戦花なんだったよな」「はい、美雪って名前です」「ふむ……」
飛影剣を使う戦花の母に、我剣流を使う父。その間に生まれたのが瑞穂だ。
「師匠が、お前をシカトすんのは……」「……」「……」言葉が続かなかった。瑞穂は黙っていた。
自分の仇である戦花との間にできた子供。師匠は一体、どういう経緯でそうなったのだろうか?そこには何かしら、ドラマ的なものがあるように思えてならないが、しかし……ぬーむ、こういうのは苦手だ。しかもさっぱり興味がない。だが多分そこんとこに、師匠が瑞穂を避けてしまう要因がある気がするのだが……。
「父上は、真面目な人ですから。……そういうのなんだと思います」
止まっていた俺の言葉に、瑞穂がしばらくして続いた。
「……なんつーのかな、言葉にするのは難しいが……。うーむ」「えへへ」瑞穂はうつ伏せになり、その柔肌を俺の体に纏わり付けた。「なんだか今日の兄様優しいです。うふふふ」そりゃお前が慰めビームを放射してたからだろ、莫迦。
「なんつーのかな。師匠は、誰にでもそうだ。お前にだけじゃねえ。基本的に、あの人はレイとしか喋らねーんだよ」
「そうなのですか?」
「あぁ。それに、話す事もねえしな。共通の話題とか……そういうの以前に、あの人は普段何してんのかすら、検討がつかん」
「うむむ……なるほど」
「確かにお前は娘だっていうのはあるが……。つっても、結局数十年間合ってないんだろ?」
「うん。あ、でも、たまに……かなり間隔てますけど、数年に一度くらいは、里へ戻ってこられます」
「……そうなのか?」
「うん。それで、紫電様とお話したりしてました」
「紫電と……」
二十五代目紫電。師匠の話だと、そいつから我剣流の一派は皆殺しにされたのだ。それなのに、何故……?
「紫電様と父上は、仲がいいんですよ?」「我剣流と飛影剣なのにか?」「う……」コイツは言葉を詰まらせた。
「……何でなんだろうな……」
俺は窓から黒雲立ち込める夜空を見上げた。まったく不思議な感じだ。俺の最初の記憶は里で紫電と遊んでる所から始まった。だが里には女しかいなく、稀に見る男といったら、雑用なんぞをやらされる召使みたいな連中だ。だが俺はそれにはならず、師匠に付いて我剣流を学んだ。それ自体おかしい。飛影剣は、紫電は、我剣流を滅ぼしたにも関わらず何故それを許したのだ?
「……あぁ! くそ、意味わかんねー、俺は寝るぞJOJO」
「むぎゅ」
もはや瑞穂は俺の抱き枕みたいなものである。コイツを両腕で抱きしめ、両足も回してホールドした。力を入れて抱きしめると、コイツが全身複雑骨折してしまいそうだ。
「ふみゅみゅ〜ん」
もごもごと何か言おうとしているが、いつの間にやら俺はそのまま眠ってしまった。
◆CSG
つがい銃
Coupling Stone GUN(かっぷりんぐ すとーん がん)
穏健派の武器開発部『西木式』が考案した画期的なシステム。
人工的に精製したオリハルコン結晶『雄結晶』と『雌結晶』をぶつけ合う事で、アストラル弾を打ち出すといった仕組み。よって弾数は無限で、使用者のアストラル体がなくなるまで打ち続ける事が可能である。雄結晶、雌結晶を一まとめにして『つがい石、カップリングストーン』と呼ばれる。
使っているとつがい石が『窒息(アストラル体の過度の消耗により起こる現象で、人間で言う所の昏睡状態)』を起こし威力が弱まるので、ある程度開放して外気に触れさせ『呼吸』させる必要がある。
雌結晶の窒息は数秒間、早いときは一瞬外気に触れさせるだけでリフレッシュされるが、雄結晶の窒息は数時間から数十時間ととても長い時間呼吸させる必要がある。
近距離専門でないイマジネーターの護身用として開発されたものだが、製作にあたり、インテュインターが使用した場合の近距離戦においても大いに貢献可能という事で、モリエイター誰しもが使える万能兵器と姿を変えた。
CSGの特徴として、火薬を使用しないので水に浸しても問題がない(もっとも、物理的な問題が発生した場合は動作不良を起こす可能性が十分にある)。
ちなみに水中での射撃の場合、液体はアストラル体が流動的であるため、アストラル弾を制御するモリエイターの腕により、直進するかもしくは途中で拡散してしまう。
発射されたアストラル弾はエーテル・アストラル体を持つ標的のみを攻撃するDS(ディスティンクションショット)が可能で、遮蔽物に隠れた敵を壁越しに攻撃することが可能となる。壁に当たったアストラル弾は、水面に水滴が落ちるようなイメージでその壁に浸透する。目標以外のアストラル体を通過している最中は発射速度よりも遅いが、対面に出るとまた発射された時と同じスピードで直進してゆく。
熟練者はエーテル体、アストラル体、そして肉体それぞれを区別して撃ち抜く事も可能であり、用途は多岐に渡る。
アストラル弾の出力調整もモリエイターならでわで、ただ単に本人の感覚的なAOFの調整により、細かい出力調整をおこなうという単純な仕組みだ。しかし機械を操作するより的確にすばやく、なにより手作業でないというのが一番の利点であり、生かさず殺さずといった状態に追いやる場合の調整などがとても容易である。
CSGはモリエイター以外使用できず、一般人にはおもちゃかモデルガンにしか見えないため空港の検査等に引っかかることがない。重量にいたっては代表作となる『SPS18』は200g前後の重さしかない(もちろん材質にもよる)。
CSGを使用できるようになるには、モリエイターといえどある程度の訓練が必要とする。最初の頃は撃ち出したアストラル弾が途中で拡散したり、まっすぐ飛んだりしなかったりする。熟練に伴い、その密度と飛距離が向上する。
また、アストラル弾はあくまでもアストラル体を人為的に凝縮させたものであり、発射した時点でインビュードハンターの察知対象となる。
ちなみに発射するアストラル弾は風や空気の影響などを受けないので、狙ったところへ一直線へ飛ぶ。使い手ともなればアストラル弾の軌道を修正し、若干の誘導性を付けることすら可能だ。
個人的な『オーダーメイド』として専用のカスタムCSGが作られる事がある。男女の測定師二人からモリエイターの炎を見定めてもらい、それにあわせてつがい石を調整され、CSGに装填される。
専用CSGは汎用の物と比べて格段にAOFの消費効率、つがい石の消耗が抑えられ、比べ物にならない程アストラル弾の出力が向上する。
ちなみにそのカスタムCSGを作る前段階である、男女の測定師から各結晶との相性を見てもらう事を『同調測定』と言い、ウン千万円する。
炎を見定められ、それ専用につがい石を調整する費用も、同調測定よりは安いもののやはりウン千万円する。
更にそれらを購入しても、今度は各種CSGに組み込む作業が発生する。それはガンスミスの仕事ではあるが、やはりそこにも費用は発生する。無論それらを自分でするなら話は別だが。
そういう事で、専用CSGというのはやたらと金のかかる高級武装である。
もっとも、前線でバリバリ活躍するモリエイターならその分給料も桁外れなため、これら一式を揃えるのはさほど難しい事ではない。むしろ、ガンナーであれば専用CSGは当たり前という風潮となっている。
『雌結晶』
[通常弾]
一般的な雌結晶は『貫通弾』で、前記したとおり障害物に外傷なく貫通し、標的だけを狙えるアストラル弾を発射する。
その弾丸は一般人には見えず(といっても、実際に飛来する銃弾は誰も見えないものであるが)、モリエイターとして覚醒した人間だけが視覚化できる。モリエイターには青い光が高速で飛来する形となって視覚化されるが、実際は丸いアストラル弾が高速移動により横に引き伸ばされて、針のような形状になって直進している。さながら映画にでてくる近未来のレーザーガンである。