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白馬が王子さん.  作者: 古森 登夢 
2/2

泣いてますよ.王子さん.

連続投稿になります.よろしくお願いします.

「ふぅ,ひどい目にあったんですよ.山田さん.聞いてくださいよ.」


「さっきから聞いてるじゃねえか.ちょっとは集中させてくれや.」


そう言って山田さんは手を休めない.依然,休憩所のテントの柱で懸垂を続けている.

30分後の15時からヒーローショーがあるというのに,

この人はきっとギリギリまで筋トレを続けるのだろう.

やはり20年間もトップヒーローを続けてきた人は意識が違う.

40台半ばとは到底思えない上腕筋と大胸筋が,その肉体美を主張している.

僕は一度大きく紫煙を吐き出す.


「おまえも煙草やめてまた筋トレしてみたらどうだ.」


「ははは.」


僕は生返事を一つこぼす.山田さんは目を見ずに続けて言う.

それはさっきまでの口調とは違った.


「まだまだお前は伸びる.おまえになら譲ってもいいと心から思ってるんだぞ.

今日にでも引退してやる.俺は本気だぞ.」


「その言葉は本当にうれしいです.でも.」


その先を口に出すのはやめた.いまの僕には必要ない言葉だったから.

代わりに飲み込んだ言葉とは違う言葉を付け加えた.

返答には少し妙な間を作ってしまったかもしれない.


「僕にはいまこいつがありますから.」


そう言ってデロデロの舌を振りながら馬の被り物を見せる.


「そうだったな.」


それ以上山田さんは強引には勧めてこなかった.


「お疲れさまッス.」


そう言ってテントに入ってきたのは林だった.

どうやら飯に行っていたらしい,彼から強烈なカレーの匂いが漂ってくる.

彼はヒーローショーの悪役のボスであり,そして俺の着ぐるみのチャックを閉めた張本人でもあった.


体の内側からふつふつと何かが湧き上がってくる.

なぜならこんなことがあったのは一度や二度ではないからだ.

彼と関わるときに限ってチャックの閉め忘れがあったり,

トレードマークのデロデロの舌が引きちぎられていたり.

つまりは,僕も,そして彼もお互いにそりが合わないらしい.

僕はなるべく冷静な声を取り繕って話を切り出す.


「林,ちょっといいかな.」


「忙しいんで後にしてもらってもいいっすか.」


「大事なことなんだ.」


「こっちも大事なことなんです.ヒーローショー出ないといけないんで.」


そして彼は言わなくてもいい言葉を付け加えて僕に突き刺す.


「何しろ干された誰かさんと違って俺は悪役のボスなんで.」


「おまえ調子に乗るなよ.仕事に大きい小さいなんてあるかよ.」


「そうですかね.あんたの代わりなんていくらでもいるとおもうんすけどね.」


「それとも今日代わりに出てみますか.お馬さんの姿で.」


もはや,自分を抑えることは出来なかった.

言い返すことのできないいら立ちを込めて,彼の右頬へ弾丸のような一発を打ち込む.


「ゴスっ」


予想以上に低い音とともに,彼は体をくの字に曲げながら尻もちをついた.

瞳孔は痙攣していたが,彼は即座に立ち上がりむき出しの感情を顔いっぱいに

溢れさせて僕に皮肉を言う.


「その左手にまだ人を殴る力は残ってるんッスね.」


言葉とともに彼が殴り返そうとしたまさにその瞬間,

山田さんが柱から飛び降りて僕らの間に割って入る.


「林,ここは俺に免じて許してやってくれ.なぁ.大路,身の程をわきまえろ.謝れ.」


山田さんはキッと僕を睨みつけながら言葉をつづける.


「ショーに出る人間の顔を殴っておいてそれでいいと思ってるのか.大路.」


僕は躊躇した.しかし,大路さんの言う言葉には共感できた.

その言葉だけを頭の中で反芻させながら僕は情けない声を絞り出す.


「申し訳ありませんでした.」


涙のため込んだ目じりを見せまいと,僕は頭を深々と下げる.

彼の拳が僕の頬に突き刺さることはとうとうなかった.

殴られた方が幾分か惨めな思いをせずに済んだのかもしれない.


「情けない男ッスね.40代のおっさんに助けられないと自分を守れないなんて.

あんたはバカみたいな馬の被り物がお似合いッスわ.」


できるだけ彼の言葉の意味を感じないように,文字の羅列として聞き流すように心がけた.

頭がおかしくなってしまう前に,僕はそそくさとテントを出た.

そしてぼそりと独りでつぶやく.


「あいつに人の前に立つ資格なんてない.」


「そうかもしれないね.」


そう言って大きなクリクリの瞳がこちらを覗き込んでいる.

キミちゃんはすでにヒーローショーのお姉さんの衣装に着替えて準備万端だった.

どうやらテントの中の声は外にまでダダ漏れていたようだ.


「でも大路さんはもうヒーローショーには出ないの?

私,ステージの上に立つ大路さんの姿もう一度みたいな.」


そう言ってショートカットの髪を揺らしながら,もう一度首をちょこんと傾ける.


「誰よりも優しく,そして皆の目を奪って離さない悪者さんに私をさらってほしいな.」


キミちゃんのまるで子供のような瞳は見ていられなかった.


「悪者はいつか滅びるんだよ.」


それだけ言い残して僕はご飯を食べにフードコートへ行くことにした.

カレーは絶対食べないと心に決めていた.

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