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行政の鎖

作者: 相模

 昼の社内放送が鳴った。休憩時間だ。

 少しばかり仕事から解放されるのはうれしい。

 私は仕事が嫌いなうえ、そう簡単に仕事を休むこともできない。

 だからこの合間合間の休みは貴重だった。

 だが、この休憩もそう気の休まるものではない。

 手元にはまだ雑務が残っていたが、後回しにすることにした。

「部長、休憩行ってきます」

「おう。ついでに俺の手続きもやっといってくれ」

「はい」

 私は部長から書類を受け取り、会社を出た。外はまだ人が少ない。

 混乱を避けるために休憩時間をずらしているので、じきにそこかしこに行列ができることだろう。

 会社の出入り口から左に曲がり、歩道を歩き続けること徒歩五分、役所に着いた。

 役所の出入り口からは人の列が伸びていて、この列はたぶん窓口まで続いている。

 列は大体二十秒に一人消化される。四、五年前はもっと時間が掛かっていた。

 列は私の務める会社近くまで伸びていたというのに、ずいぶんと早くなったものである。

 さほど待たぬうちに、私の番が来た。

 私は自分と部長の休憩時間確認書を提出する。ついでに食事許可証の申請もした。

 休憩時間確認書は滞りなく受理され、食事許可も難なく降りた。

 ここに来ると毎度のこと思うが、食事一つするのにも行政の許可がいるなどとは、なんとばかばかしい話であろうか。

 国が言うには、食料は大切な資源であり、国は国民一人一人の食事量、消費された食品などをつぶさに確認し、予算案を作るにあたって考慮する一つの指標にするらしい。

 だがそのために弁当一つ食べるのにも、食品と重量を窓口で記入しないといけないのは結構な手間である。

 部長はこの手間を惜しみ、昼食を抜いている。

 さて、ここまで来てやっと休憩と呼べる休憩に入ることができる。

 会社に戻り、自分のデスクに着いて、弁当の包みを開けた。

 日の丸ご飯と、おかずにしょうが焼き、レタスのサラダ、玉子焼き、リンゴが詰めてある。

 妻が毎朝作ってくれるのだが、中身を知っているがために何だか期待も無い。

 少し前はわざわざ蓋を開けてから中身を記録し、重量を計っていたのだが、ただでさえ手続きに十分は削られる時間をこれ以上減らすような真似はやめた。弁当はうまかった。

 休憩時間が終わると、先ほど残していた雑務をさっさと片付け、次の仕事に取り掛かる。

 長時間のデスクワークは結構腰にくる。気付かぬうちに前かがみになっているので、だいぶ痛めているに違いない。

 とはいえ、病院には行きたくないので気を付けることにした。


「おい」

 部長が私の肩を叩いた。

「何ですか」

「コピー用紙の予備がないのを思い出してな、買ってきてくれないか。ついでこの書類も提出してくれると助かる」

 部長は私に有無を言わせず、金と書類を手渡した。

 私の目にはまだプリンターの用紙トレーには、充分に紙が入っていた覚えがある。

 こんなこと、後でいいだろうと思った。

 けれど、昼過ぎの部長は空腹で、あまり機嫌が良くない。

 反論は得策でないと考えた私は、仕方がなくそれらを受け取った。


 私はまた役所に訪れた。

 昼ほどではないにしろ、やはり役所の前には行列ができている。中高生や主婦が多いようだった。

 そういえば今頃は学校の授業が終わる時間帯だった。

 おそらくここの中高生たちはコンビニで買い食いでもして買えるのだろう。

 今の子供が買い食い一つ自由にできないのは気の毒だ。

 主婦にしても大変である。

 今日の献立などは、買い物かご片手に食材の値段、産地を吟味し、その場で決めるものだろう。

 しかし、買い物をするには目的、購入品目をある程度明確にしておかなければならない。

 多少大雑把でも構わないのだが、目的が夕食の購入では済まされないだろう。

 それに、家の備品で足りない物があるのを思い出そうものなら、追加で購入した物も報告せねばならない。

 セール時の値段が載った広告でもあれば良かったのだが、広告を出すのにも県あるいは市の認可が必要になる。

 その際に何部刷って、どの地域にどれだけ配るのかも知らせる必要もある。

 その手間を惜しんで、今では多くの店が広告を出さなくなった。


 列が進み、私の番が回ってきた。

 書類を提出して、購入許可証を貰う手続きをする。

 私の場合は、幸い買う物がコピー用紙だけだったので、手続きは早く終わった。

 現代はコンビニでちょっと買い物するにも役所に行かねばならない。

 一昔前は自由に出入りして、自由に買い物できる、名の通りの便利店だったのに、今では許可証がなけれぱ入ることすら許してくれない。

 まるで、この国中に私たち国民を縛る鎖が張り巡らされているようだった。


 生活に規制がかかり始めたのは二十数年前だった。

 だが、ここまでひどくなったのはここ二、三年のことだった。

 しかし、不満を出さないため、政府は巧妙にゆっくりと規制を強化した。おかげで市民の生活に上手く馴染んでいる。

 だからといって、不満がない訳ではない。

 役所の列にはイライラしながら足踏みをしている人をよく見かける。

 それだけではない。例えば、今車道を走っている車。これが公道を走るには、県から認可を受けている証明書を、車体の見える位置に貼らないといけない。車好きの人はこれのせいでダサくなると、それはもうカンカンである。

 一時期、熱狂的な車オタクがホームページを立ち上げ、同好の士と共に政府に抗議活動をしようと話題になったが、すぐにその話は去った。

 ホームページが国の認可を受けていなかったので、数日と経たぬうちに、サイトが閉鎖されたのである。

 連絡のつかなくなった彼らは、ついに最度集結することはなかった。

 国民はこの話をニュースで知った時、諦めてこの生活を受け入れることに決めた。


 私がおつかいから戻ってくる頃には、もう退社時間だった。社員は各々帰り始めている。

 残業はない。残業をすると、それに対して報告書を書かなければならない。

 正しい残業の仕方でないと、問題になりかねないので、残業をすることは激減した。この点はありがたかった。

 私も家に帰ることにした。

 意外にも電車は相変わらずだ。

 ラッシュ時には車通勤だった人たちが電車を使うようになったが、その分部活帰りの中高生が減った気がする。

 国は子供の健全な成長を図るためだとか言って、学校の部活動にも規制を掛けてきた。

 運動部の練習はより安全な物にと、国の調査が入った結果、今ではろくな練習にならないとか。

 部長も息子の部活がどうだとか、俺が若い頃はだとか、よくぼやいている。

 文化部にしたって子供の健全な成長に悪影響を与える物は一方的に禁止された。

 聞いた話では今の学校には、美術室にデッサン用の石膏像が一体もないとか。過剰反応とは思うが、裸体を学校に置いておくのはよろしくないとか。

 おかげで今では部活動をする生徒は少数派で、下校時間と退勤時間が重なることはない。


「ただいま」

 家に帰り、リビングに行くと、妻が化粧をしている。

「あら、お帰りなさい」

「どこか行くのか?」

 何気なく尋ねると、彼女は少しむすっとして答える。

「ええ、あなたとね。今日は結婚記念日よ。一緒に外食でもと思って」

「ああ、そうだな。うっかりしてたよ。許可書はあるのか?」

「不粋なこと聞くのね。今日くらいはそんな単語聞きたくなかったんだけど、昨日の内にね」

「ならいつものあそこに行くか」

 妻が外食許可書の入った鞄を携え、私たちは行きつけのレストランに行くことにした。


 レストランに着くと、店の前では人だかりが出来ており、しきりに頭を下げる従業員に男性客がにじり寄って怒声を浴びせていた。

「ふざけるな! こっちは予約して来ているんだぞ!」

「申し訳ございません。お詫びとしてこちらの食事券をお渡ししますので、何卒ご理解下さい」

「そういう問題じゃない! 責任者を出せ!」

 何か嫌な予感がして、私は従業員に事情を訊ねた。

「実は…店の営業許可の失効日が今日でして、延長手続きがなされていなかったのです」

「私も今来たのだが、ということはなんだ。レストランは営業できないということか?」

「申し訳ございません」

 もはや、怒る気にもなれなかった。

 ただの会社員である私ですら、一日に取る許可の数は十を越す。

 飲食店であれば、その量は想像も及ばない。

 営業許可の失効日を忘れていても仕方ない部分もあるのだ。

 やはり、この国は狂っている。

 私にそう思わせるには、この出来事は実に大きかった。


 某日、国会前には多くの人が集った。

 水面下でこの許可証社会をぶち壊すための同士を集めたのだ。

 そして今日、自衛隊すらも傘下に置くことを成功し、クーデターを起こそうとしていた。

 こんな馬鹿げた社会は武力を以て変えるしかないのだ。

 しかし、私は今あることに気づいた。

 これではクーデターどころではないかもしれない。

 私はしまったと思いつつ、叫んだ。

「集会の許可取るの忘れた!」

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[一言] C国「むくり」
2016/04/19 12:10 退会済み
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