その6わ
☆
蒼々と雲ひとつ無く広がる大空を大きく翼を広げて1羽の鳥が我が物顔でその空を飛んでいた。
実際その姿は空の王というに相応しい風格と威厳を備えていた。
透き通るような銀色に輝く腰まで届く白髪、清らかなる白い翼を羽ばたかせ優雅に風を切り裂いていく。
アメジストの円らな瞳はその白皙たる幼げな顔立ちに美しく映えている。
すっと通った鼻筋、薄桃色をたたえた小さな唇。幼い顔立ちからまだ7、8才の少女といったところか。
そう、まさに美少女といった容貌に、ただし首から下はその様相が違っていた。
腕は白き羽毛の翼、フワフワとした羽毛に包まれたその身体。
ピンと風に靡くまっすぐに伸びた尾羽根。
脚は鋭く尖った鉤爪を伴っている。
人の頭に鳥の姿を纏ったある意味異様の者であった。
そして少女は誰かに呟くように言葉を紡ぐ。
「待ってなさい。私の好敵りゅっ………」
あ、噛んだ。
「………待ってなさい。私の好敵手!フフフッ、オーホホホホホホホ―――――ッ!!」
無かったことにして大きな声で言い直した。何となく少女の性格が垣間見えていた。
少女は翼をバサリとはためかせて北へと空を駆ける。一路ロージッタス辺境伯領へ。
☆
青空が広がり、空気が程よく澄んだ昼下がり。メイド姿の女性達がテーブルを囲んで午後の休憩を楽しんでいた。
その手元には瑞々しい果実を使ったお菓子を携え、それぞれがそれらを口にして至福のひと時を過ごしていた。
「このパリアン。土台がサックリしているのに上の果実が何ともジューシィーなのです。いくらでも食べれるのです」
「このシュウレットも生地がふわふわサクリで中のクリームが果実のつぶつぶと相まって堪りません。くふぅん」
「お替りお願いします」「こっちもお替りです」「全部おねがいします」
サバトだ。
エーリックは果実を切り分け、生地をかき混ぜ、オーブンの温度を確認しながら調理をしていた。
その後方では、副料理長と見習いの女子がエーリックの様子をつぶさに観察し、手にした用紙に何かを書き込んでいる。ギラギラと突き刺さる視線が痛い。
何で自分がこんな事をと思わないでもないではないが、防衛団の皆が持ってきた“貢ぎ物”を何とか使わないと、腐らせて無駄になってしまうのでやむを得ないのだと思い込む。
でもこれはいくら何でも酷すぎるよなぁ、とエーリックは思わず独りごちる。
そのお陰なのか、今回の貢ぎ物も何とか使い切ることが出来るようだ。
エーリックは最後のお菓子を作り上げて、菓子魔人となっている欠食婦人達の元へ運んでいく。
救いといえば奥の席でリンゴのクレプルを美味しそうに噛み締めはむはむ食べているエミュティアの姿を見れることだろう。隣ではリンゴのバター炒め砂糖添えをはぐはぐ食べているレリラの姿もある。
まぁ、こんな日もあるかなとエーリックは口元を緩める。
☆
その日の午後は侍女頭のマリアの命で、レリアとの心身合一の訓練を行うことになっていた。
今迄はレリアがそれしちゃダメって言われたと誰かに厳命されていて心身合一はやっていなかったのだが、最近になって許可がでとかでさっそくやってみたらしい。
先日までその事を隠していたにも拘らず、あっさり川に飛び込みマリアにばれてしまったせいである。
侍女頭のマリアは何事も実践主義で、何はともかくやってみるという人だったのである。
1年近く森まで行ってやっていたのに、なんだかなぁーとエーリックは思ってしまう。
なんにせよ、ばれても何の問題もなくこんな風に過ごせる事をエーリックは感謝している。
おそらくロージッタス辺境伯領だけのことだとは思うが、下手をすれば宗教裁判ものに発展しかねないものなのだ。
幸いこの地の宗教はさまざまな神様を崇めるものなので、それほどしゃちほこばったものでもない。
王都なんかに行ったら何を言われるか分かったものじゃないけども。
以前知り合った知人を思い出し、少しだけ気持ちが暗くなってしまう。
そこへ運動用の衣服に着替えたエミュティアとレリアがやってきた。
「エーリック。待たせたのです」
“まったぁ~?”
2人がそれぞれエーリックに挨拶をしてきたのでエーリックもそれに応える。
「いえ、大丈夫ですよ。それでは訓練を始めましょうか」
エミュティアとレリアに問題ないことを伝えて、訓練を始めることにする。
何はともあれ、まずは彼女を呼び出さなければとエーリックは声を上げる。
「シズメさぁ――――――ん!!」
エーリックが手を口元に添えてシズメさんへ声を掛けると、ふわりと音も立てずにエーリックの肩に飛び乗ってくる。
“はいはい、じゃさっそくやってみましょうか”
シズメさんの言葉にエミュティアとレリアがやる気満々に漲らせた時、その声が上空から聞こえてきた。
「見つけましたわっ!私の好敵りゅっ!!」
噛んだ。
☆
エーリックとエニュティアとレリアの3人はポカーンとそれを見ていた。
白に彩られた髪。白に彩られた白皙の肌。白に彩られた大きく広げられた翼。
“あらあら、こんどは聖霊人鳥のおじょうさんね。☓☓☓さま、かいきんなさるのかしら”
シズメさんがエーリックの肩で謎言葉を漏らしている。エーリックは経験上こういったものは聞き流すのがとても良いと学んでいるので、何も言わず上空の少女?を眺めている。
少女はしばらく顔を赤くして悶えていたが、こちらに気付いて右の翼をヒラリと回すとくるりと回転しながら地上へと降りてきた。
「見つけましたわ。私の好敵手!」
さっき噛んだのは無かったことにしたらしい。だが、それを許す程エミュティアとレリアは甘くなかった。
「さっきライバりゅをライバルって言ったのです。何故ライバルって言い直したのですか?」
“うん、れりあもきぃーたー。ねぇ、なんでぇ〜?”
天然って容赦無いなぁ―とエーリックは心の内で呟く。
聖霊人鳥の少女は顔をまた赤くして涙目で反論をする。
「噛んでなどいみゃせんみゃっ!!」
また噛んだ。
しばらくエミュティアとレリアの、容赦無いツッコミが繰り返される。答えを返すことが出来ずに少女はポロポロ泣きだした。
「ふっああああぁぁ〜〜〜〜〜〜ん」
何なんだろうなこれ………。エーリックは思わず独りごちる。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます