その4わ
☆
跳びあがる高さを次第に下へと向けて駆けていると未踏破樹海の先で眩く輝く白い光が出現していた。エーリックは焦る気持ちを抑え込みながらその光へ向かって跳び駆けて行く。
地面へと降り立ちその勢いのまま森の中をひた走る。光が収まり周りの風景が見て取れるとそこには姫の後ろ姿とその前に腕を振り上げ今にも襲いかからんとしている大きな魔獣が目の前にあった。
「姫様っ!」
エーリックは腰に差していた柄だけの剣を手に取り光を纏わせる。光は柄元から伸びていき小剣の形へと変化していく。この剣はエーリックの祖父から譲り受けた―――というか誰も引き取らなかったものをエーリックにさも大切な剣だといい含め無理矢理渡されたものだ。
しかしこれこそが英雄兵士であったと言われる、御先祖が使っていた剣だったと理解したのは、エーリックが精霊魔法を剣に使った時だった。
エーリックは剣から教わり徐々にその剣身を伸ばしていった。
その銘を精霊纏剣。己の血と肉を刃に替えて獲物の血で恵みを奉納するという英雄武具のひとつだった。
それを知ったエーリックは、その事を誰にも話さず手元に置いていたのである。ただエーリックが保有欲に駆られたわけではなく、資格のないものが所有すると呪いを受けると託宣を受けたのだ。
そう“託宣”を受けてしまったのである。
エーリック自身は英雄兵士になんてなるものじゃないと思ってるし、自分にそんな資格も覚悟もないと自覚している。だから自分は兵士などでなく、文官を目指していま文官見習いとしてここにいるのだ。
自分の想いとは裏腹に事態は、エーリックとは正反対の道を進ませようと何かの力が働いているかのようだ。
エーリックは精霊纏剣を手に姫の前に出ようとしたが、思わず立ち止まってしまう。
そこには光の星衣を纏う姫とその前に跪く魔獣の姿があった。
え?ナニコレ。
☆
ベアーガのガルガノは困惑、いや混乱していた。人間を、俺達を浚い殺す人間を倒そうとしたら光が辺りを眩しく照らし出し光が収まるとそこには半人半馬の理解できないものがいたのである。
そしてその存在は、ガルガノに力の格を見せて戦意を失くさせ跪かせていた。
ガルガノは自身自分の身に何が起こったのか全く理解出来なかったが、目の前の存在に逆らってはいけないと本能が精神と身体に訴えていた。
人間のように汗腺が無い筈なのに汗がダラダラと流れて伝う。ガルガノが今まで生きてきて初めて感じる“畏怖”という感情だった。
一方畏怖の対象となっている本人達?も自分達に何が起こっているのか全くさっぱり訳が分からなかったのだ。大きな魔獣の爪が目の前に向かってきて、そこにレリアがエミュティアを庇うように前に出た瞬間、守らなきゃという思いが胸の中で爆発した。
光が周囲を眩しく覆って、気づくとレリアは目の前からいなくなって代わりに大きな魔獣が跪いていた。
「どういうことでしょう」
“ねぇー、なんだろう?”
レリアの声はすれども姿は見えず、これは周りを見回してもレリアはどこにもいない。ちょっと心寂しくなって涙が溢れそうになった時、後ろから姫様と声が聞こえる。
「ご無事ですか?姫様」
そこに青の文官服を身につけた少年が心配そうにこちらを近付いて来た。
「えーと………」
「文官見習いをしているエーリックと申します」
お城の人だと気付き、エミュティアは少しばかり安堵しレリアの事を聞こうとすると、逆に問い掛けられる。
「姫様。そのお姿はどういう事なのでしょうか?」
そう問われ、自分の姿を見下ろしてみると、そこには人の足ではなく白い透き通った仔馬の足がついていた。
「のほぉあっ!?」
ビックリした。
☆
側で跪いている魔獣をよそに、エミュティアは身体をパンパンと叩いて確かめる。胸とかお腹まわりは自分の身体の様だがそこから下がまるで馬の身体のように変わっていた。
{あわわわあわっ!」
頭の中が混乱して思わず足踏みすると、パカラパカラと軽やかな蹄の音が響いてくる。自分は一体どうしてしまったのか、恐怖が心を支配していく。
“エミュっ!”
「姫様っ!!」
思わず駆け出しそうになったエミュティアを、レリアとエーリックが声を掛けて落ち着かせる。
その声に何とか驚きを抑え心を落ち着かせると、足踏みも何とか収まる。俺いつまでこのままなんだろうかとガルガノは思ったが、空気を読んで動かずにいることにした。
落ち着いたエミュティアがエーリックを見て周りを見る。
「レっ、レリアがいないのです………」
“ここにいるよー”
ポツリとそう呟くとどこからかレリアの声が聞こえてくる。その声に慌てて辺りを見ても、レリアはいない。心細くなり目に涙がぷわりと浮かびそうにたった時、別の声がエミュティアへと響いて来る。
“珍しいわね。霊神の血をひいてる人種《ひとしゅ」がいるなんて”
新たな声にエミュティアは声のした方を見やると、エーリックと名乗った少年の肩に1羽の小鳥がパタパタと降り立った。
「シズメさん。これが何なのか知ってるの?」
“ええ、知ってるわ。戻る方法もね。あなた達、それぞれ別のことを考えて見なさい。そうねぇ、どちらかが好きな食べ物をもう1人が苦手な食べ物を思い浮かべなさい”
その言葉にエミュティアは苦手な食べ物を、レリアは好きな食べ物を思い浮かべるとエミュティアの身体が光り輝きそれが収まると半身半馬の姿から、少女と仔馬の2人が現われる。
“もどったぁー”
「ふぇえええん!レリアがいるのですぅーぅ!!
エミュティアはレリアに抱きつきわんわん泣き始める。
これで1件落着かなと、エーリックは安堵の息を吐いた。
いや、俺はどうしたらいいんだろう。ガルガノは跪いたまま動けずにいた。
☆
その後シズメさんからエミュティアの身に何か起きたか教えてもらう。
“あなた達は心身合一という状態になったの。これは霊神の血族が聖霊と心を合わせることによって可能な力なのよ”
「レリアと一緒になったのですか?」
“いっしょー?”
“ありていに言えばそういうことね。心が通えばこれからもなれるかも知れないわね”
「おおおおおっ!」
“すっごーい”
2人がきゃっきゃうふふしてるところに、エーリックが水を差すように忠告をする。
「姫様。こんな所にまで来て皆に心配をかけたのですから、マリア様に叱られるかと思います。覚悟して下さいね」
未踏破樹海の説明をうけて、エミュティアは思わず頬に手を当てて叫んでしまう。
「のぉぉぉおおおおうっ!!!」
“えへっ”
それを見てペロリと舌を出すレリア。それを見てエーリックはつい溜め息を漏らしてしまう。
「では、お城に帰りましょうか姫様」
“えーりっく、その前にその魔獣をどうにかしないといけないわ”
シズメさんの言葉にそう言えば魔獣がいたんだったと、改めて気付き剣を構えてそちらに対峙する。
“だいじょうぶよ、えーりっく。この子は鎖外れし獣だから、話せば理解する者よ”
その言葉にエーリックは話かけると、その魔獣はホッとした表情を見せて涙目の顔を見せる。
どうにも悪い事をした気になって申し訳なくなる。
「ガウががガウガウがガッ(俺は、俺は、俺は…………)」
その魔獣の言葉にエミュティアもエーリックも了承する。
こうしてエミュティアとレリアの初めてのカプラリアは成功して、みんなでお城へと戻ることとなる。
もちろんエミュティアはマリアにたっぷりお説教を食らうことになった。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




