その2わ
中途半端ですみません
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ロージッタス辺境領の北にそびえるエータゥ山脈。その麓には未踏樹海が広がっている。人の分け入らぬその地は数多の生物を育み豊かにしていた。
そして樹海の所々には霊素溜まりという生命の源という神秘の場所があちらこちらに点在していた。それは森に豊かな生命の息吹の福音をもたらしていた。また100年以上前の人魔戦争で撒き散らされた魔王の残滓も大地のあちこちに点在して魔獣の発生の素となっている。
そんな森の中で1体の魔獣が森の中を闊歩していた。いわゆるベアーガと呼ばれる魔獣である。体躯は2メドル半をを越え2本足で立ち上がりのっしのっしと森の中を闊歩していた。
「グッガグッガガガガ―――――――ッ、グガガガガっ(俺の名前はガルガノだ―――――――っ、森を守るは俺さまだっ)」
鼻歌?を歌いながら森の中を果実をとりつつ見回っている。変な魔獣だ。通常イヴェルナに侵された魔獣は意識を失いただ凶暴に全てを破壊する衝動に覆われるはずなのだ。しかし、このベアーガは他の生き物を襲うでもなく、意志を持ちあまつさえ鼻歌まで歌う始末。
けれど、この森に住まう魔獣は概ねこんな感じだった。森にとって邪魔なものは追い払い、静かに穏やかに過ごすのが好きと言う。変わった魔獣だった。
ときおり“われに従えぇ〜われの元に集まれぇ〜”と謎の声が聞こえてくるが、ベアーガは特に気にも留めなかった。
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その日の午後、エミュティアは中庭にある東屋でおやつを食べていた。レリアとの出会いからひと月ほど経って皆落ち着きを取り戻したようだ。
少しだけ不満気にしながらもおやつのスィートベリータルトを上手に切り分けながら口にする。その隣りでは次席侍女のゲーレメーテが茶毛栗鼠のように口の中を膨らませながら、タルトを頬張っている。
“エミューっ、あっそびまっしょー”
そこへ聖霊白馬の仔馬であるレリアがエミュティアの元へと遊びにやってきた。しかしエミュティアにしか見えないのか、ゲーレメーテは幸せそうにタルトをもぐもぐ口に入れている。
「いらっしゃいレリア。今日は何をして遊ぶんですの?」
“遠駆けしよう。とおがけぇー”
エミュティアと知り合ったレリアは、度々辺境伯邸に遊びにやってきていたのだ。
その事に“あの”マリアでさえ気づいて無い。
「遠駆けですの?何処まで行くのです?」
“んーとねぇ、あっちぃー”
レリアが鼻で北の方を示す。遠駆けと言っても仔馬であるレリアであればそれ程遠くでもないと思って、その言葉に承諾する。
「そうですね。行ってみましょうか」
“レリアに乗ってぇ―”
ドレスのままでははしたないと思ったが、レリアの背中に横座りして乗ってみると問題ないみたいだった。
「ゲーレメーテ。少し遊びに行ってくるわね」
「あぐあぐ。ひめさま。ぬぐもぐもぐ。わかりました」
きっと食べるのに夢中になって、何を言ってるのか自分でも分かってないのだろう。
“じゃあ、いっくよぉー”
「はい、出発です」
レリアはエミュティアをのせて、何の痕跡も残さず気付かせず旋風のように駆け出した。
東屋にはタルトをむしゃむしゃ食べる次席侍女が残るのみであった。
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ロージッタス辺境伯邸の中を1人のメイドが早歩きで歩いていた。視線はあちらの部屋こちらの部屋とちょろちょろ動き誰かを探しているようだ。この邸は行政部署も兼ね備えており公私の場所は分けられてはいるが、色々混在した変な邸である。
なんて事!姫様がどこにもいない。傍にいた時は何か言ってたような気がするがおやつのスィートベリータルトを頬張って夢中になって聞いてなかったのだ。結果、姫様がどこにもいない。
本当は走り出したい気持ちを抑えながら、早足で館を探し回る。声を上げて探しにも回れない。
何故なら侍女頭にこんな事がばれたら間違いなく、お説教フルコースが待っているからだ。マリア様こあい。
これだけ邸中を探し回ってもいないという事は、間違いなく外へと出て行ったと考えるしかない。もはや進退窮まったと次席侍女であるゲーレメーテが思った時、1人の文官が前が見えない程の書類を抱えてやってきた。
きゅぴーん!即座に彼女はその文官に“命令”を与える。
「そこの方、あなたに命令を下します。外にお出かけになられた姫様を屋敷に連れ戻してくるのです!」
彼女には他者の能力を見ることが出来る力を持っており、その文官にはそれだけの力を持っている事が分かったからだ。
次席侍女の言葉に訳が分からずもその文官は、条件反射ではい!と答え書類を抱えヨタヨタ走り去って行った。
ゲーレメーテは少し安堵しておやつを食べなおそうとして後ろを振り向くと、そこには笑顔のマリアが立っていた。
「ひいぃ―――――――ーぃっ!!
邸の中に侍女の悲鳴が響き渡る。
☆
エーリックは混乱していた。書類運びをしていると突然に次席侍女様に声を掛けられて姫様を探してくるよう命じられた。
文官見習いであるエーリックはどうあっても命令には逆らえないので、慌てて書類を資料用倉庫に運び込んで先輩たちに説明をし、辺境伯邸を出て姫様の追跡の準備を始める。
いつもは手厳しい先輩達もしぶしぶとエーリックの受けた命令を優先するように指示する。
ロージッタス辺境伯において文官・武官は1番下なのだ。
ちなみに順番はというと、マリア〉奥様〉辺境伯〉侍女〉文官・武官となる。侍女こあい。
とは言え、どこに出掛けたのか誰に聞いても見てないとの言葉だったので、途方にくれようとしていた時、エーリックの肩に1羽の小鳥が止まってきた。
“お困り?えーりっく”
エーリックが腕を手前に掲げると小鳥は腕に飛び乗り向かい合うように顔を覗かせる。
幼い頃から仲良しの紅姫藍鳥のシズメさんだ。
「えーと、うちの姫様じゃなくて、小さな女の子がここから外へ出でて行ったみたいなんだけど、シズメさん見てないかな?」
〝ああ、聖霊白馬に乗った女の子なら見かけたわよ。北の方へずびゅーんと駆けて行ったわ”
それを聞いてエーリックは青褪める。北の方と言えば未踏樹海の方しかない。いや、そこ迄行けるとは思わないけど確認はした方がいいかもしれないと、エーリックはシズメさんに聞いてみる。
「今どの辺りにいるか分かるかな?」
エーリックの問いに紅姫藍鳥は上空へと飛び上がり少し旋回してからエーリックの腕へと止まり答えてくれた。
〝えーたぅ山脈の麓の森の近くにいるわよ。何かはっちゃけてるみたいね”
ひーっと声を上げて、エーリックは武器を携えるため邸へと逆戻りする。もちろん報・連・相は忘れずにである。
(-「-)ゝお読みいただき嬉しゅうございます