その11わ
☆
ロージッタスの屋敷にある小食堂の中で3人の少女が忙しなく口を動かしていた。
いや、忙しないのは1人だけで、他の2人はのんびりゆったりとおやつを味わっている。
「あいかわらずえーりっくのお菓子はおいしーのです」
「むむっ、あのでかくで武骨なパプーキンがこんな繊細な味になるとはっ!侮れませんわっ!」
“はちみつついたこれ、おいしーね”
“でやんす。こっちのきのみもカリカリしてるでやんすぅ。ぬふー”
“なんかわるいわね、ごしょうばんにあずかっちゃって〜”
聖霊獣達には、果物や木の実を加工したものを食べやすく切って置いてある。
「はぐはぐ、あぐあぐ、んっんっんぅ!お替りっ!」
1人だけ今迄食べていなかった分を取り戻すように、むしゃむしゃパクパクと料理を貪っていた。
そう見事に矢の3射を受けたリディエンテ・バウ・レイデアンツその人であった。
その身体に入るとは思えない量の料理を、次々と食べていった。
その様子を見たエーリックはさすがに焦りを覚える。
その体格に見合わぬ健啖ぶりに、作りおきの料理が足りなくなるのは火を見るより明らかだ。
エーリックはやむ無く密かに取っておいたの食材を戸棚から取り出す。
☆
「えっ!?そんなものを使うんですかっ!それって家畜の飼料ですよね!?」
側でエーリックの様子を観察していた副料理長が思わずと言った感じで声を上げる。
しまった、いるのを忘れていた。いや、気付かなかったというのが正しい。
この副料理長いつの間にか隠形スキルを駆使してエーリックを観察し始めていたのだ。
恐るべし。
「ええ、そうなんですけど、作り様によっては結構イケるんですよね、これ」
「ふえぇえ………」
少しばかり引き気味になりながら声を漏らす副料理長。
この人も何故か王都の料理店からこの片田舎にやって来た変わり種の1人だ。
どうやら料理長(女性)に憧れてわざわざこの地にまでやって来たらしい。
らしいと言うのは、侍女達のお茶会でエーリックが小耳にしただけだからだ。
料理長への注目がエーリックに向かって行ったのは自明の理であろう。
侍女達の要求に屈してしまったエーリックの失敗である。
「ど、どこでそんなものの料理法を識ったんです?私気になります」
ジーと見つめるその視線に負けてエーリックは話し始める。
その間にも手は料理の作りせわしなく動いている。
「ご先祖様の日記からですね」
☆
それは子供の頃に、たまたま本家に用事で来ていた時だった。
使用人が倉から古い書物を荷車に山積みにしている様子が目に入って来たのだ。
この当時からある種本の虫とか化していたエーリックは気になって使用人へと話し掛ける。
『何をしてるの?これ』
『ああ、ご当主様から処分しろと命じられたんだ』
使用人はエーリックが近所の子供か、誰か使用人の子供と思い気安く話をする。
そして荷車に載せた1冊の本を手に取る。
いやそれは本ではなく、何かを書き付けたものの様であった。
『何の本なの?』
『どうやら昔の御家の方の書き付けのようだな。邪魔なんで燃やせとさ』
何やら武器防具の類を飾るため倉の整理をした所、大量の書き付けが見つかったとかで邪魔なので燃やせと御当主が言ったとか。
それを聞いたエーリックは、子供心に馬鹿じゃなかろうかと呆れてしまった。
英雄兵士の血脈を受け継ぐと言われ武の名門謳われているとは言え、その血脈の源である御先祖の記録したものをそんな簡単に捨ててはいけないだろうに。
書付けの1つを見せてもらうと、そこには綺麗な筆跡で当時の出来事が本人の感想も混じえて記録されていた。
これ燃やしたり処分したりしたら、まじヤバイ奴だ。
エーリックは慌てて自分が分家の人間であることを使用人に説明して、その書付けや書物を貰い受けることにした。
もちろん御当主には処分したと説明してくれていいと説得してだ。
その頃からエーリックは武官ではなく文官になろうと決意する。
武官は駄目だと。
そうして荷車を必死に引っ張り家に戻ると、さっそく御先祖様の日記や書付けを読み始めた。
その中で特に気に入ったのは、御先祖様が旅の途中で食べた料理やお菓子の著述であった。
この地の食材は、とかこれの作り方はナニナニとか、何ともそんなものが数代に渡って引き継がれるように書かれていた。エーリックはそれを夢中で読みこんでいった。
この家畜の飼料と言われるものを使った料理も、もちろんその日記から覚えたものだった。
☆
「御先祖様ですか。もしかしてあのお菓子もですか?」
「ええ、大体それを見た応用みたいなものですね」
話しながらザルに食材―――コゥメィという粒上の穀物を大量に入れて軽く水洗いをしてゴミや汚れを落としていく。
これは殻の状態から棒で撞いていきもみ殻を剥いたもので、エーリックが処理したものである。
それを鉄の大平鍋へと移していき、ストックしてあるスープを流し入れる。
軽く塩コショウをした後、その上に野菜や肉を散りばめてフタをして中火で炊いていく。
これで作業はおしまいだ。
「これだけなんですか?」
「はい、これだけですよ」
10分程して炊きあがったコゥメィをふたを開けて確認してみる。
白かった穀物はスープを吸って琥珀色に染まっている。
味見のためにスプーンで端っこを掬ってみると、横から同じようにスプーンの姿が見えてくる。
「…………」
何も言うまい。エーリックははふはふ息を吹き付けながらそれを口に入れる。
まーまーかな。と満足して火を止めて濡れた手布巾を使って大平鍋を持っていこうとすると、再びスプーンが伸びてくる。
「だめですよ。味見は一回きりです」
「そんな~………」
スプーンを加えながら涙目の副料理長を横目に小食堂へと向かう。
そこにはリディエンテが食べ終わった空の皿が山と積まれたいた。よく食ったものである。
「これで最後です。ゆっくり食べてください」
大平鍋の料理を見て、リディエンテは目を見開き声を上げる。
「おコゥメィですっ!おコゥメィがっ!ふおおぉぉっ!」
リディエンテがすぐさまスプーンを手に取りガツガツと夢中で食べ始める。気になった2人がエーリックをじーっと見やると、仕方なしと取り分ける。
「おいしーです!えーりっく」
「むむむっ、旨いですわっ」
家畜の飼料なんてと後で怒られそうだが、しょーがないと諦め気味に3人の姿をエーリックは眺める。
このコゥメィのいいところは、腹持ちの良さと満腹感が味わえることだ。
これならばと思い、出しては見たものの結局半分以上をリディエンテがぺろりと、残りを2人が食べてしまった。
そのせいで夕食を残すはめになってしまい、エーリックはマリアに怒られることとなったのだった。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
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