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英雄だけれど愛されすぎではないか。

【短編版】英雄だけど愛されすぎではないか。

作者: 西屋べに



 生きるためには、理由が必要だった。

 親には捨てられ、孤児院では愛に飢え、どうして生きなくてはいけないのか、わからない。

 孤独の時間を過ごす時に、魔法の本を読み漁っていくうちに、魔法を使いこなす楽しさを覚えた。

 そして、誰に言われるわけでもなく、魔王を倒したいという夢を抱いた。

 それはありきたりの夢かもしれない。魔王を倒す勇者となり世界を救いたい。誰もが一度は抱く願望。

 私は魔王を倒すほどに、魔法をたくさん使いこなしたい。ただそれだけだった。

 魔王は不老不死。略奪や戦争も起こす魔物の王。封印をするしか、魔王を倒す術がない。

 孤児院の子はほとんどがその被害者。私はどうかは知らない。親がいないという事実があれば、それで十分だったから、知ろうともしなかった。

 十歳になる前から魔法の練習をした。

 十三歳になってから、孤児院を出て旅を始めた。

 文無しだが、それなりに生きるために必要な知識を得て、野外で生活した。

 武器や旅の道具は、戦って倒した魔物の牙や目、薬草等を詰んで、売って作った金で揃えた。

 街から街へと移動しながら、図書館の魔法の本を読み漁った。新たに使えるようになった魔法も多い。

 それだけでは、勿論足りなかった。ただ魔法を学ぶことに時間を費やしただけで、魔王を倒せるわけはない。私が出来るなら、とっくに誰かが封じている。

 妖精や精霊のいる森などに足を踏み入れて、力を与えてほしいと頼んだ。

 魔王を倒すためだと言うと、嘲笑われることもあったが、大抵は試練を乗り越えれば力を与えて貰えた。

 敵は魔物だけではない。魔物とは別の生き物、聖獣だったり、妖魔だったり、鬼族だったり。中々手強い相手ではあったけれど、勝てば自分の成長を実感した。

 時には、敗北を認めた聖獣や妖魔が服従をし、契約を求めてきた。それは新たな力となるため、私は受け入れた。

 必ずしも、勝つわけではない。魔王を倒す、その目的を果たすために、生きないと。負けを感じた瞬間に、逃げる。

 何度も、絶体絶命の危機にまで追い込まれた。何度も、ここで死んでもいいのではないかと過った。

 乗り越えたところで、疲労と怪我の苦痛があるだけ。ここでくたばってしまえばいいではないか。

 そう過る度に、魔王を倒すまでは死ねないと奮い起こされた。そして、その度に起死回生の手段がパッと思い浮かび、勝利をしたのだ。

 私は、結構強いのかもしれない。まだまだ魔王には及ばないとわかっていながらも、窮地を生還すると自惚れることもあった。

 しかし、どしゃ降りの雨の中、木の穴で雨宿りをすると、自分は不幸なのかもしれないと憂鬱な気分となる。

 生きる理由にしがみつくこと。それは不幸なのかもしれない。必要なものばかり思っていたが、生きることに価値なんてあるのだろうかと考えてしまう。

 振り返れば、価値あるものなんてない。親には捨てられ、愛情はもらえなかった。孤児院の大人は義務感で接してきたから、優しいとは思ったことがない。同年代は子どもすぎ。私は近寄り難い雰囲気を放っているらしく、友だちも出来なかった。どちらかと言えば、嫌われていたのかも。

 帰りを待つ人はいない。帰る場所もない。生きて戻れる保証もないから、そんな心配は必要ないのかも。

 憂鬱になったあと、晴れた空を見上げたら、吹き飛んだ。青く澄んだ空を見ているだけで、足が進む。

 魔王を倒す、その目的のために、気持ちも進んだ。

 帰りを待つ人はいない。帰る場所もない。そんな私にあるのは、魔法の力と目的だけ。それだけが、私には価値あるものだ。

 それを持っているのこそが、私。


 十六歳になった少しあとに、私は魔王の国に入る前に、備えられるものを全て手に入れられるよいに様々な場所に足を踏み入れた。

 人間嫌いな獣族の森、侵入者を許さない神秘の地、未知の獣がいると噂される谷底。強いものを倒しに、経験を得るために、力を増すために、あらゆる旅を続けた。

 そして、黒の女神と出会った。

 漆黒の肌をした魅惑的な女性の姿。瞳も黒く、睫毛は白い。長い髪は水の中で靡くように揺れて、闇の色。

 侵入した魔物を倒した縁。静かな深い森の中で、黒の女神の許可の元、滞在した。旅を始めてから、一番長い滞在だった。

 妖精に世話されて、色々と指摘された。女なのだから、化粧をしろ、髪をとかせ、着飾れ。口煩い妖精達だった。

 妖精の一人は怒った風に、私を一生世話すると言い出した。迷惑だと断ったら、絶対に世話するとしがみつかれた。

 気に入られたな、と黒の女神がケラケラと笑う。

 私はそれよりも、魔物を倒すための力を得たいと切り出した。

 魔王を封じるための魔法は知っている。しかし、圧倒的に魔力が足りない。女神の加護の元、魔力を増やすしかない。

 沈黙のあと、黒の女神は答えた。引き換えに寿命を減らす覚悟はあるのか、と問う。

 どれほど減るのかと問い返せば、女神は残りは十年の命となると答えた。

 私は笑う。多すぎるくらいだ。

 私は魔王を倒すことに人生を捧げた。というより、魔王を超えることだけが、生きる理由だ。他にはなにもない。目的を達したそのあとに、長生きしたい理由なんてない。


「この命、この生き方でいいと決めた。来世くらいは、普通の幸せを手に入れられるだろう?」


 そこで初めて、自分は来世に期待していることに気付いた。

 親に愛され、普通の子どもとして過ごして、たくさんの友人と笑い合い、大人になる。

 そんな得られなかった幸せを、来世では期待している。

 得られなかったこの人生。見付けた生き甲斐に突き進むと決めた。これもまた、人生。


「ならば、その命の残りが尽きるまで、ここで暮らすがいい。魔王を封じ、生きて戻れ」


 黒の女神は、勝ち気な笑みでそう告げた。

 そして、私の命を、魔力に変えてくれた。

 それは数日、苦痛を味わうものだったが、妖精達の世話もあり、コロッと元気になった。

 黒の女神は、ついでのようにもう一つ、与えてくれる。魔法を相殺する加護を、剣に与えてくれたのだ。

 今後、戦う中で心強い武器であり、楯となり、私は感謝した。

 結局、私を一生世話すると言い出した妖精は私についてきた。足手まといだと追い払おうとしても、しがみつかれて離れなかった。


 魔王の国に入れば、魔物の遭遇が多くなり、油断ならない日々。

 多くなった魔力と、魔法を相殺する剣を使いこなすためには、都合がよかった。

 魔王のいる城に近付くにつれて、魔物の強さは増していくようにも感じる。魔法を駆使して、次々と倒す。

 逃げるような強敵には会わなかった。それは、私が強くなったからなのか。それとも魔物はそれほど強くないのか。

 契約を交わした聖獣を気まぐれで召喚すれば、こんな弱者相手に我を召喚するなと怒られるほどだった。

 流石に数が多いと逃げると手段をとるが、全てが順調のように感じた。


 準備は十全。持っているもの全てを使い果す、そのつもり。魔力は封印のために取っておき、あとは使い果たす、そのつもり。

 十八歳になった年の冬。

 魔王の城に辿り着いた。禍々しい巨大な城を見上げ、なんとも言えぬほどざわめく胸で深呼吸。

 妖精にはいつでも逃げろと告げた。生きて黒の女神様の元に帰るのです、と言われた。

 私は魔王を封じられなかったら、殺されるつもりだ。それは言わない。

 目的を果たしたそのあとに、行く宛があることに、嬉しさが感じて口元をつり上げたら、妖精に怒られた。なにを笑っているのだと。本当に口煩い。


 さぁ、これから私の生きざまを証明する時だ。


 契約を交わしたもの達を、全員召喚する。

 妖鬼は誇り高い戦闘種族。故に負かした私をいつか超えるために、戦いをともにしたいと懇願した。彼に城の門をこじ開けてもらい、兵達を凪ぎ払ってもらった。

 空を飛び回る翼を持つ魔物の相手は、霊鳥に任せる。

 宙を駆ける聖獣とともに突き進み、城の中に飛び込んだ。

 中の魔物の兵は、既に幻を使うことが得意な妖魔の餌食となった。常に妖艶な美女の姿で現れるが、惑わし好きの彼女の真の姿かどうかはわからない。

 魔法の薬で作り上げた爆弾を使って、扉も罠も吹き飛ばして、ひたすら進んだ。聖獣と妖魔とともに。

 魔王の側近らしき魔物が立ちはだかれば、妖魔が強力な幻を使い足留め、私を先に行かせた。そして、美女の姿をした魔物と退治する。

 聖獣も足留めをするために、私に背を向けて残った。

 一瞥するだけで、私はまた進む。

 いかにも魔王がいそうな巨大な扉も、魔法の爆弾で吹き飛ばす。

 一つ深呼吸をして、中に入れば、長年目指してきた魔王がそこにいた。

 その姿はドラゴン。広々としているはずの広間に、その身体は大きすぎて溢れそうだ。

 黒光りする身体は、硬そうな皮膚。普通のナイフでは傷一つ、つけられないとわかる。

 大きな口には牙がずらりと並び、火の粉が溢れた。その顔は、私の身長の三倍はある。ギロリと睨み下ろす紅い瞳に、笑っている私が映った。

 挨拶もなしに、戦闘開始だ。

 吐かれた炎は、たたっ切って道を作る。顔目掛けて、魔法の爆弾を放ち、攻撃を食らわせる。

 踏み潰されれば一たまりもない前足まで、滑り込んで剣で切った。やはり堅い。だが、この剣は魔法で強化した私の傑作品だ。ぱっくりと傷を作った。

 しかし、不死身の魔王。忽ち、自己治癒されて傷が塞がる。

 そんなこと、十歳の頃から知っている。驚きはしない。

 首を切り落とすつもりで、氷の魔法を掛け合わせた斬撃を放つ。太い首は、半分も切れなかった。

 魔王は反撃に出る。噛み付こうと顔を近付けたから、一端離れると、床から火柱が私を追って幾つも飛び出す。

 逃げ道を塞がれると気付き、炎も凍らせる氷の魔法を詠唱した。

 凍りついた炎を階段にして、魔王に向かえば、深紅の翼で阻まれる。一振りで広間は竜巻が発生したかのように、広間に風が吹き荒れる。

 飛ばされる私を飲もうと魔王が大きな口を開くから、そこにありったけの爆弾を投げた。

 爆風を食らうが、距離も取れた。

 広間の柱を駆けるように移動しながら、詠唱する。魔王は尻尾で先の柱を壊してきた。尻尾とぶつかる前に、力一杯蹴り上げて魔王の頭に向かう。

 と、見せ掛けて、落雷のような斬撃を放って、翼を切り落とした。

 ドラゴンの悲鳴が、巨大な城を揺さぶる。

 私は攻撃の手を緩めない。背中に着地して、詠唱しながらも、魔法道具を転がす。発動すれば棘となり、爆発するものだ。ドラゴンの背に突き刺さっては、爆発する。

 全てが爆発し終わったと同時に、詠唱も終わった。

 私の周囲で、鋭利な風が暴れまくる風の魔法。さっきのお返しだ。

 背中の傷を広げていく。このまま畳み掛けたかったが、そう簡単にはいかなかった。

 尻尾に叩かれて、壁に叩きつけられる。痛みに悶える暇もなく、炎が吐かれて、私は避けるために転がってから立ち上がり駆け回る。

 目を疑う光景を目にした。火柱が四方八方から襲い掛かり、岩も頭上から降り注ぎ、炎まで吐かれる。逃げ場がない。

 一瞬、混乱したが、ならば切るしかない。

岩を避けながら、火柱を切り進む。しかし、その先に尻尾が迫り、振り払われて、また壁に叩きつけられた。

 すぐに起き上がれなかった私の目の前に、牙。

 食われかけて、咄嗟に瞬間移動の道具を使った。十メートルほど移動出来るように調整したものだ。五つも使い、天井に移動したあと、最後の爆弾を使った。

 天井を崩したあと、尻尾を切り落とそうとしたが、残った翼が生み出した竜巻に阻まれて、柱に叩き付けられる。

 その後も、邪魔なものを削ろうとしたが、駄目だった。翼も背の傷も完治してしまい、私のダメージは計り知れない。

 触れたものを吸い尽くす黒い塊の攻撃を叩き切っても、尻尾の攻撃を受けて身体が悲鳴を上げる。

 床に倒れて、身体が重すぎると感じれば、もう死んでいいのではないかと過った。

 もう十分じゃないか。全力で戦ったのではないか。もう、ここで食われて楽になってしまえ。

 瞼を一度閉じたが、またいつものように奮い起こされた。

 これが最期ならば、全てを使い果たせばいいじゃないか。魔力どころか、命さえも使い果たせ。これが最後だ。

 気付けば、全てを振り絞るように、腹の底から声を張り上げて立ち向かっていた。

 これが最後だ。

 これが私の最後だ。

 私の全てを、ぶちこんでやる。

 全力で走り、ドラゴンの下を滑りながら棘爆弾を放り投げる。爆風を利用して尻尾の下まで移動したあと、雷鳴の斬撃で切り落とした。

 詠唱なしで、氷の塊を落として、翼を磔にした。

 詠唱しながら、こちらに炎を吹こうとするドラゴンに向かい、顎に剣を突き刺す。そして、剣を通して電撃を放つ。

 怯んだ隙に、私はとっておきの魔法道具を出す。これは何年も考えて考えて、そして仕上げた傑作。

 ドラゴンのような巨大な魔物も拘束できる魔法道具。発動すれば、四方に釘が刺さり、鉄よりも固い縄が締め上げて、拘束する。

 息を吸い、私は最後の詠唱をした。魔王を封じる魔法。何度も何度も念じて練習したそれは、歌うように簡単だ。

 だけれども、もしも魔力を使いすぎていれば、失敗に終わる。

 私の命も、終わる。失敗の代償だ。

 魔王が詠唱を邪魔しようと暴れたが、傑作の魔法道具は暴れるほど締め上げ、激痛を走らせる。翼も動かない。尻尾も治癒が終わっていない。口も開かない。

 背中から魔王の目を見つめながら、唱え続ける。そして、終わってから笑った。


 ◆◇◆


 次に目を覚ました時、真っ先に目にしたのは妖精。涙ながらにぺちぺちと私の頬を叩く。私の小指よりも小さな手。痛くはない。

 広間には、ドラゴンの代わりにクリスタルに溢れていた。魔王を封じているクリスタルだ。まるで氷付けにしまったようにも見えるが、中はなにも見えず、ただ私達を映す。

このクリスタルに、魔物は近付けない。発生した時点で、魔王軍は城から逃げたらしい。

 私と戦った聖獣達は、皆が無事だった。私を含め、既に治癒の魔法で回復を済ませている。

 聖獣は魔王を封じたことが信じられないと褒めているのか、貶しているのか、わからない言葉を吐いた。聖獣のくせに、口が悪い。

 妖鬼は流石だと豪快に笑う。妖魔は抱きつき、キスをしようとしたから、押し退けた。


「お前達もよく生き残ったな。今戦ったら、勝てる気しない」


 下剋上されそうだと、見上げながら笑えば、魔王を倒した者に勝てる気がしないと聖獣に返される。

 そうだ。私は、目標を達成した。私は魔王に勝った。魔王に勝ったのだ。

 床に寝転がれば、クリスタルをきらきらと照らす陽射しが、天井からきていることを知る。空は青く澄んでいた。

 達成感と満足感を抱いて、魔王の城をあとにする。

 契約を破棄しようとしたけれど、それぞれ勝手に帰ってしまった。

霊鳥はまた何かあれば、と契約続行を望んだ。妖魔は投げキッスをするだけで消えた。妖鬼は次会った時は勝つと言って消えた。聖獣はもう喚ぶなと吐き捨てたが、契約を破棄せず消えてしまった。

 残った口煩い妖精とともに、黒の女神のいる森へ戻る。盛大にもてなされて、住む準備まで始められていたが、私は人間の国に戻らなければならないと話す。

 大昔に魔王に奪われた国宝の首飾りを、届けなければならない。クリスタルと同じく、魔物を寄せ付けない魔法の城壁を生み出す。

 魔王退治に行かされる者に、与えられる任務の一つ。私は勝手に魔王を倒しただけだけど、魔王を倒した義務として届けることにした。

 またもや、妖精はついてきた。口煩いな、と思いつつも、馬で人間の国に入る。

 どの街も、平和が来たとお祭り騒ぎで賑わっていた。一体誰が封印したんだ、という話を耳にする度に、妖精が鼻を高くしていた。お前じゃないでしょ。

 真っ直ぐに王都に行く。初めて足を踏み入れたが、迷うことはない。魔王とは比べられないが、立派な城は見えている。

 王都も平和を祝う祭りで賑わっていた。

 人混みを苦労して、門番に「国王に国宝を届けてくれ」と布に包んだ差し出せば、祭りとは違う騒ぎとなり、私は国王と会うはめなった。国宝を渡しにきただけなのに。

 フードの中では妖精が鼻息を荒くした。ほらやっぱり身なりを整えてよかったでしょ、本当はドレスがいいんですがねっ! と煩かったのでフードの奥に押し込んだ。


「ルアリスと申します」


 名前だけ手短に自己紹介。

 国王が代表して、感謝を告げた。私に爵位を与えるとか、褒美がどうのこうのという話になったけれど断る。どれも私にとって、価値ないものだ。

 これからは黒の女神の森に滞在させてもらうと正直に話したが、私に感謝と敬意を示すためにもてなしてほしいと言われた。

 国王にここまで言われて滞在するしかありません! と耳打ちする妖精をまたフードに押し込み、渋々城の滞在を承諾した。

 彼らは真っ先に私の素性を問う。私が何者で、何故、どうやって、魔王を倒したのかを、質問の山を投げてきた。

 城の魔術師の青年が、先ずは休息を与えるべきだと言い出したおかげで、嫌な質問に答えずに済んだ。

 城の中にある客室まで案内されたあとは、入浴場も案内された。妖精が張り切り、私の髪を丁寧に洗っている間に、私はお湯に浸かり気持ちよさにうたた寝する。口煩い手入れを受けながらも身支度を済ませて、ベッドの上でぼんやりしていたら、扉がノックされた。


「ティレオンです」


 扉越しで名乗られても、誰一人として名前を覚えていないのだが。

 魔術師ですよ、と妖精に囁かれて思い出す。質問攻めで助け船を出してくれた魔術師か。


「今夜はあなたを讃えるパーティーが行われます。このドレスをどうぞ着てください」


 魔術師の腕には、一着のドレスがあった。

 明るい金色の小さな宝石が散りばめられた純白のドレス。こんな高価なドレスは着たくない。なにより、パーティーに参加したくもない。

 妖精を喜んで飛び付き、ドレスを勝手に受け取る。

 魔術師は興味深そうに妖精を眺めたあと、腕を組んで立ち尽くす私に、にこりと笑みを向けてきた。


「私はずっと、妹が欲しいと思っていました」


 脈絡のないことを言い出したものだから、ポカンとする。


「魔王を倒したほどの魔法の使い手。その実力を是非とも拝見させていただきたいです。よろしければ、滞在中にお手合わせ願いないでしょうか?」


 魔法対決の申し込み。

 魔王を倒したほどの魔法の使い手。その誉め言葉に少々舞い上がり、こくりと頷いた。

 魔術師は笑みを深める。髪は明るいオレンジ色で、ボリュームある短髪。彼の顔を、くるりとはねた毛先が包んでいた。目元は優しげ。背も高い。


「国一の魔法の使い手と呼ばれ、国王陛下のそばに置いてもらえる魔術師となりましたが、きっとルアリスさんには及ばないでしょう」


 魔術師とは、国一の魔法の使い手の称号。それなりに強いのかと思えば、彼との対戦が楽しみだ。


「滞在中は私がおそばにいます。兄のようにどうぞ甘えてください」


 それで妹が欲しいという話が出たのか。兄どころか親を知らない私には、聞き慣れないことだったから、返事はしなかった。

 妖精は無駄に張り切り、私にドレスを着せると、髪をセットしては化粧まで施す。慣れないことにうんざりとしている間に、パーティーの時間となった。

 街を一望できるバルコニーから、国王に国民へ紹介された。美しい英雄、だと。

 爆音にも勝る歓声が続く中、城の中では貴族達のパーティーが行われた。

 料理は美味しいと妖精と一緒に堪能していたが、仮にもパーティーの主役。次から次へと話し掛けられ、挙げ句には囲まれた。

 自分は貴族でこんな功績を持ち、こんな財力を持つ。そんな自慢話ばかりをされて、私は「興味ありません」と一蹴して、貴族の輪から逃げた。

 今度は国王と魔術師に捕まり、魔王との対決の話を詳しく聞かせてくれとせがまれた。

 私が誇るその戦いを、上手く語る自信はないが、話すことは好きなのかもしれない。

 すぐに召喚した仲間とともに乗り込んだ話をした。そして魔王の風貌と、激戦について話していく。

気付けば、その場にいる全員が注目して耳を傾けていた。

 封印成功まで話して、私は一度離脱させてもらう。魔術師がどんな魔法かを詳しく、と呼び止めようとしたが逃げる。魔術師は相当の魔法好きみたいだ。

 パーティー会場よりも上にあるテラスで夜風に辺り、一息つく。

 妖精がくるりとカールさせた白銀の髪が、舞う。手摺に凭れて、夜空を泳ぐ自分の髪をぼんやり眺めていれば、気配に気付く。

 灯りの届かないテラスの隅に、青年が音もなく降り立つ。

毛先が白い青い髪と鋭い眼差しを持つ青年に、見覚えがあるような、ないような。


「誰だっけ?」

「チッ。馬鹿者め」


 吐き捨てる低い声を聞いて、誰かわかった。

 青年が青い靄を撒き散らしたかと思えば、聖獣となる。

 馬のような犬のような姿の青い聖獣、リューベルだ。


「喚んでないけど」

「ハン。貴様が人間に持て囃されていると風の噂で聞き、見に来てみただけだ」

「早い噂だこと」


 リューベルはまた人の姿となり、手摺に座る。


「その様子では、人間には馴染めぬようだな」

「馴染めなくとも支障はない」

「何故ここにいる。黒の女神の元で暮らすのではなかったのか?」

「私が何処にいようとも、リューベルには関係ないでしょ」


 ここにいる理由は国王に頼まれたからであり、あと魔術師と対決する時を楽しみに待っているからだ。

 リューベルは、物凄く不機嫌そうに顔をしかめた。とは言え、彼は常に怒っている風だ。


「フン……なんだその格好。貴様らしくもない。不格好でみっともない!」


 そう吐き捨てると、テラスから飛び降りた。空中で姿を変えて、そのままリューベルは走り去る。

 初めてのドレスを貶したのはリューベルだけ。確かにその通りかもしれない。でも、何しにきたのやら。

 見送ったあと、もう寝てしまおうとパーティーに一度戻り、国王に許可を貰いに行く。

 すると、呼び止められた。また貴族だろうか。魔術師よりも若く、ルビーのような髪色の男は、容姿端麗だった。その眼差しは強く、私を見つめる。かと思えば、指を差された。


「このオレに興味を抱かせてやる。だから、次会う時付き合え。オレはユーリウス。覚えておけ、ルアリス」


 まるで宣戦布告。ポカンとしている間に、その男は去る。


 パーティーから解放されたあと、部屋で眠っていたが、気配を感じて目を開く。

 ベッドの隅に、女がいる。それは妖艶な美女。ゆっくりと迫り、顔を近付けてきたから、鷲掴みにして離す。


「喚んでない」

「やあん、つれない!」


 妖魔、アリリス。


「お前も風の噂を聞き付けてきたの?」

「誰か来たの? なにもされてないよねー。んふふ。人間の男がルアリスのだぁいじなものを食べちゃう前に、あ、た、し、が食べにきたの!」

「喧しい」


 抱きつこうとしたアリリスの頭を、床に叩きつけるようにベッドから落とす。しかし、後ろから柔らかいものが押し当てられて、抱き締められた。


「ルアリスの初めては、あたしが食べるって決めてるから、だぁーめ」


 妖魔のアリリスは、煙みたいなもの。目で見ていては惑わされるだけ。目を閉じて、魔力を高めて弾けさせる。それでアリリスは離れた。


「いやん! おっぱい痛い!」

「喧しい。疲れてるんだ、帰れ」


 私はもうアリリスを視界に入れず、枕に顔を埋める。


「ルアリス、あたし本気なんだからね? 誰かが先に食べたら……容赦しないんだから」

「帰れって」


 懲りずに触れてくるアリリスを、魔法の結界を作って追い出した。やっと休める。



 翌日、魔術師のティレオンと魔法対決をした。

 流石は、国一の魔法の使い手。巧みな魔法の使い方は、こちらが勉強になる。だが戦いとなれば、私が上手。詠唱中に攻撃を仕掛けるのは、至極簡単だった。


「負けちゃいましたか」


 ティレオンは悔しそうではなく、少し楽しそうに笑う。

 私も楽しいので、一つの魔法と魔法をぶつけあってどれが強いか競ってみようと提案してみた。

 城の滞在中は、パーティーが多くてうんざりしたが、ティレオンと魔法遊びは楽しい。


「妹と遊ぶってこんな感じなのでしょうかね」


 ティレオンは笑いながらそう漏らした。兄と遊ぶことは、こんな感じなのだろうか。ぼんやりと思った。

 ユーリウスという名の貴族は、私を庭園に呼び出しては自分の話をする。全然興味が沸かなくて、庭園を横目で眺めていれば、聖獣を見付けた。


「お前は微塵も他人に興味を示さないのか?」


 屈辱そうにしかめた顔が、ずいっと近付けられて、覗き込まれた。


「私は興味を持たれることに疑問を抱きます」

「求婚するほどの価値ある女だからに決まっているだろう」


 国王からも、求婚の話をいくつも持ち掛けられた。英雄を妻にしたいということなのだろうが、全く理解が出来ない。


「何度も言っているだろう。オレと結婚すれば、優雅な暮らしを送れる。森に住むよりは快適だ。なにが不満と言うんだ? 何故オレに興味を抱かない? オレに魅力を感じないのか?」


 覗き込みながら、ユーリウスは問う。見惚れるほどの美しい顔立ちだ。それは魅力だろう。


「あなたが魅力的な男だからこそ尚更。私よりも相応しい女性に求婚するべきだと思います」


 私には、求婚するべき価値なんてない。それに、寿命ははっきりわかっている身。結婚なんて、する気もない。


「お前をその気にさせたいんだ……」


 そう囁くように告げたユーリウスは、もの苦しげに私を見た。顔を更に近付けてきたから、避ける。

 失礼して、城の中に戻れば騎士が待ち構えていた。

 近衛隊長の騎士、キリエルだ。

 魔王討伐隊に名が上がっていて、魔王を退治する準備をしている最中に私が倒したから、その因縁で決闘をした。

 魔王退治に行かされようとしていただけあって、これまた剣豪だ。楽しくて、よく剣の相手をしてもらうようになった。

 ティレオンとキリエルを同時に相手すれば、本気で戦えるのだけれど、二人に共同戦は無理のようだ。


「またユーリウスに口説かれていたのか、お前」

「何度断ればいいんだろうか」

「いっそ決闘で負かしてきっぱり断ってしまえ」

「貴族のお坊っちゃま相手に決闘なんて面倒すぎる」


 肩を竦めてから、待ち構えていた理由を問えば、別の貴族から呼び出しだと知らされた。ユーリウス以外にも、何度も会いに来る貴族がいて、心底うんざりしている。

 ティレオンとキリエルがいなければ、とっくに城を出ているのだが。

 もう十分国王の相手もしたし、黒の女神の元に戻ることを考えたある夜。リューベルが部屋に現れた。


「次から次へと……求愛されて、幸せか? ルアリス」


 妙な質問に顔をしかめる。求愛、か。妙な言葉だ。


「愛されたことないから、わからない」

「なにを言っている。貴様は愛されているぞ」


 またもや妙な言葉に、ベッドに横たわっていた私は起き上がる。

「誰に?」と問うと、長い長い沈黙になった。答えられないならいいと言いかけたが。


「――――我だ。我が、貴様を愛している」


 リューベルは、そう静かに告げた。


「……め、女神だって、妖精だって、貴様を愛しているだろうが」

「ああ……それは好いているの間違いでは?」

「大体貴様はいつまで城にいる気だ! 不格好のままで居座る気か! 貴様は戦っている姿こそ美しい! 馬鹿者めっ!!」


 いきなり怒鳴り始めたかと思えば、リューベルは消えた。いつものリューベルだ。

 愛している、か。

 現実味のない言葉。

 今まで誰にも愛されたことなんてない。愛したことさえもない。

 愛して愛し合う幸せなんて、来世に期待している。

 今手に入らなくていい。

 今の人生、欲しいものなんて、もうなにもない。

 目的をなくして、脱け殻状態の私に魅力的なんてものはないだろう。英雄という名だけが、彼らの目を眩ましているだけ。もう、城を出よう。

 そう決めて、目を閉じた瞬間。身体が硝子のように砕け散る音を響かせた。激痛に襲われ、ベッドから転がり落ちる。


「ルアリス!? どうしたの!?」


 また夜這いにきたアリリスに抱き起こされた。全身が粉々にされた痛みに堪えながらも、私は事実を告げる。


「封印がっ、破られた」


 魔王が、復活した。


 あまりにも早すぎる。封印は私の死までは持つはずだった。死ぬ前に、魔力を注ぎ続けて百年は封じるつもりだった。

 原因はわからないが、復活したのならば、再び挑むまで。

 私は国王に、魔王を封じると告げた。今度は華麗に勝利して見せる。

 魔王退治の旅に、アリリスもリューベルもまた行くと言い出した。そして、ティレオンとキリエルも力になりたいとともに行くことになる。心強い。

 待ち構えている魔王軍を相手してもらい、私は心置きなくあの魔王と再び戦える。

 魔王の城には、ティレオンの移動魔法で行った。魔王軍不在のうちに、念のため召喚陣を仕掛けたのだと言う。

 魔王の城を見上げて、深呼吸。

 前回と同じく、魔物の兵はリューベル達に任せて、先を進む。復活したばかりのせいか。

 兵が少ないと思ったが、都合がいいと私は魔王の部屋に飛び込んだ。

 そこに、ドラゴンはいなかった。人の姿をして、玉座で私を見下ろしている。


「――――遅かったな」


 ドラゴンの姿と同じ、角を持ち、黒く長い髪で、紅い瞳の男の姿。

 ドラゴンでは分が悪いと判断したのか。魔法を中心の戦いとなるだろうと予測できた。それはそれで面白い。

 真っ直ぐに魔王に向かい、剣を振り下ろす。魔力を纏う右手により、止められた。流石だ。

 蹴り飛ばしてから、魔法を使おうと思ったその時、仲間の気配に気付き、振り返ってしまった。

 蜘蛛の魔物の糸に絡まったティレオン達が、吊るされている。捕まってしまったのか。

 気を取られた私の足を掴んだかと思えば、転ばされ、魔王の膝の上に倒れた。


「我が花嫁よ」


 そう魔王の口から出た言葉に、魔法道具を掴んだ手が止まってしまう。


「……は?」

「そやつらは国にでも送り返せ。要らん」


 ティレオン達は忽ち、魔法で追い返されてしまった。

 攻撃体制に入ろうとしたけれど、手が拘束される。まずいことに、魔力を封じる呪文がかけられた手錠だ。

 魔王に、捕まってしまった。


「我をあれほどの深傷を負わせた上に、封印までした。貴様は魅力的な女だ。戦う貴様の姿は美しく、封印されるまで見惚れてしまった。気に入った。我が嫁にする」

「は……はぁああ?」


 私の顎を掴んで、至極愉快そうに口元を歪ませた魔王に、私は困惑を隠せなかった。

 魔王を倒すためだけに魔法を極めて一人で生きてきた。誰にも愛されず、誰かに愛されることもなく、孤独に突き進んでいた。

 なのに……。

 英雄とはこういうものなのか。国民から国王にまで感謝され、祭り上げられ、数多くの求婚をされるのか。

 一度は倒した魔王にさえも、求婚をされるものなのか。

 愛されすぎではないか。





今日、思い付いて、プロットも書かずに勢いで書き上げてみました。

濃厚にじっくりと、連載で書きたいと思いました。女神とのシーンなど、求愛者達視点とかも。

しかし、連載を増やせないので、今は短編だけで満足しようと書いてみました。

落ち着いたら、設定やら魔法やらをちゃんと考えたいですね。

きっと誤字多発しているであろう作品ですが、ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!


20151003

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