かつての転生者達
「よくよく見回せば、仕事場で台車と自転車を使ってますし、井戸にもポンプが設置してありましたね、むしろ井戸のポンプは『向こう』で見た事がありませんでしたが。」
外部から隔離されていた牢内で感じていた、自分の優位性が『馴染む』につれて次々に崩れて行き、自分の周囲に溢れている、あきらかに『向こう』から持ち込まれたと解るアレコレに、ザワルはずいぶんしょぼくれていた。
「動力を内蔵していないものなら、こちらの職人にも再現可能だからな。」
ドレイクの仕事は、ザワルの釈放で一先ず終わりだが、この後アラマド会長から時期を見ながら告げなければいけない事がいくつかある。
軽率なお調子者の『藤沢』と、臆病な程に慎重だった『ザワル』の人柄がどう馴染んだかは、まだ解らない。
困った事に二人に共通しているのは、どちらも強者に弱く流されやすい、という一点だ。
ドレイクもアラマドにも、ザワルが信頼できる人間かと聞かれれば疑問と言わざるを得ない。
場所を互助会の会議室に移動し、アラマドがラジオ体操とかオセロとか、軽い話題から振っている。
「私の知識で、こちらで使えるものなど有るのでしょうか?」
ザワル的には一々精神的な打撃にしかなってないが。
「さて、お前さんの中に何が有るのかは俺には解らんが、迂闊に話して良いように利用されたり、監禁されたりしないようにな。」
「私、利用されるんですか?」
善人ばかりの日本から来て、巻き上げる蓄えも何も無い小作農家の出身だと、逆に詐欺の的にされる経験も無かったろう。むしろ『向こう』で加害者だったか?
「お前さんは最初が派手だったからな、いろんな奴が寄って来るぞ、流行歌一曲だって旅芸人一座が目の色を変える、こっちに著作権なんて無いからな、盗んだ者勝ちだ。」
商人職人、裏社会の人間、果ては国の上層部の人間まで、甘い汁を絞れるだけ絞って、彼には報酬無しでもおかしく無い。
「前世の特技が漢字検定2級とか言う使えない奴もいたが、逆に『前世の知識が害になる、世界にとって危険な存在』だとか言われて、始末されないようにな。」
『漢検』の単語を口にした時、アマラドがちらりと視線を鏡に向けた。
「あぁ、銃や紙の普及ですか?」
「銃はともかく、何で紙が駄目なんだ?そんなもんそこらじゅうに有るだろうが。」
「ラノベではよく……、あぁ、い、いやなんでも無いです。」
小説のエピソードらしいが、説明できる程覚えていないらしい。
「俺は戦後の生まれだったが、鉄砲鍛冶なんて古臭い職業は廃れてたぞ、『アメリカさん達』だって銃は機械で作って既製品を店で買うものだったから、図面すら正確に再現出来てない、何より魔法より威力が弱い。」
前世では日本でも、ネットから情報を手に入れて、銃や爆弾を手作りして事件を起こした『奴』もいるが、今はそのネットが無い。
『藤沢』に負けず劣らずのお調子者で、自分を軍部に売り込んでくれと言っていたが、いざ図面を起こそうとしたら記憶があやふやで出来なかった。
再現可能だったら、魔獣と戦えなくても人は殺せる武器なので、互助会がなんらかの手を打って、公開させないが。
真実と嘘を織り交ぜながら、アラマドがそれこそ詐欺師のようにスラスラとまくし立てる、ザワルがまだ信頼出来ない以上『外』へ漏らせ無い話しは教えない。
「転生者達側からトラブルになってるのは、前世の信仰を頑なに守って周囲に強要してる奴、狼男や八尾比丘尼伝説をこっちでしゃべっちまった奴、逆にこっちの連中は転生者を利用しようとして権力を振りかざす、人権なんて単語はこっちに無いと思え。」
第二期転生者の初期の生まれであるアラマドは、転生者だと知られた途端に身柄を拘束されて、能力を調べられた事がある。
大量の転生者達が確認された時、各国上層部は当然彼らに期待した。
ザワルが夢想(妄想)したようなチートな『正統派の転生者』たちが、この世界に存在してエルフやドラゴン達と協力して魔王を倒したからだ。
彼らを第一期転生者と呼ぶ、大半は既に天寿を全うしているが、生存していても迂闊に『国の為に活用』などとんでもない。
各国上層部は狂気乱舞して、自国の為に転生者達の身柄を確保し、自分達に都合の良い(洗脳)教育を施そうとしたが、あらゆる意味で貴族や官僚にとって、『期待ハズレ』だった。
『能力』が無いのはともかく、『中身』がアラマドの様な壮年熟年のタヌキばかりだったからだ。
ちなみに、第一期転生者の一人が、実はこの街に住んで居る、人間ではない文字通り『逆鱗』に触れたら国が滅びる程の相手と結婚したが、伴侶の住拠では暮らすのが困難だったので別居を提案したら、相手が折れたそうだ。