昼休み
「喰らえい! グぅングニィール!」
「なんの! エクスカリヴァー!」
ある晴れた日の昼休み。いつものように、教室の後ろのスペースで箒を持った二人が恥ずかしい事叫びながら昼ご飯をかけたチャンバラを始めていた。
「あはは。またやってるー」
了承も無しに私の席に椅子を持って来てお弁当を拡げているノンは、柔らかな笑みを湛えながらチャンバラ二人組を指差す。
「埃が舞うからやめて欲しい」
私はズレた眼鏡の位置を直しながら、あえて背後のドタバタを視界に入れないようお弁当に箸をつけた。
「もー、ネネちゃんノリ悪いー。暗黒魔神コージと聖なる騎士トモローの一騎打ちだよ!」
ノンはお弁当箱から取り出したコーンの缶詰を開けながら頭が痛くなるような名前を熱弁する。
「興味ないし。そんなにやりたいなら校庭でやればいいのに」
いわしハンバーグを口に運びながらそう言うと、ノンは缶詰にスプーンを突っ込んで「分かってないな~」と溜息を吐いた。
「校庭でやったら広すぎるよ。片方が逃げたら決着つかないじゃない」
だからって教室でやっていい事にはならない。
「っていうかノン、何でいつもお弁当が缶詰なのよ。そんなんじゃいつか体壊すわよ」
そう言ってやると、ノンは口をもごもごしゃきしゃきさせながら喋る。
「ん~、らっへおひひーお~?」
「飲み込んでから喋りなさい」
とりあえず飲み込むまで待ってあげると、「だっておいしいよ~?」との事。
「美味しいとかそんな問題じゃなくて、人間は色んな物食べてないといけない動物なの。偏食は体に毒。はいこれあげるから」
そう言ってノンの小さな口元に半分にしたいわしハンバーグを押し付けると、花のような笑顔で「ありがとぉ」と微笑んだ。
さすが学園一の美人と呼ばれるだけある。
「むふ~。いわひおいひー」
……私の説教は一体何だったのか。
「むぐむぐ。そういえば、ネネちゃんって好きな人いるの?」
予期しない角度からの質問に、気を取り直して口に運ぼうとしていたひじきを机に落としてしまう。
「…………………は?」
「ほへ?」
あまりに素っ頓狂な声を出してしまったのだろう。逆に目を丸くして首を傾げられた。
いや、首を傾げたいのはこっちなんだけど。
どう説明したものかと、ノンはこめかみに指を添え考える。
「えとねー。トモローくん見てたらちょっとね」
……うん?
何故、喜納の名前が出て来るのだろう。
私が飛躍した情報に疑問を抱き考え込んでいると、「みけんにしわ~」と言って軽く額を小突いてくる。
「……そりゃシワだって寄るわよ。何で喜納を見てて私の恋愛に会話が発展するのよ」
小突かれた額をさすりながら聞き返すと、ノンはコーンをもしゃもしゃ食べながら大きな目で私をじっと見る。
「……な、何?」
あまりにも真っ直ぐな視線にちょっと怯んでいると、コーンを飲み込んだノンが変な事を言い出した。
「だってトモローくん、ネネちゃんの事好きみたいだよ」
……自分の眉間のシワが深くなるのが分かった。
「……………根拠は?」
胡散臭い。そう思った事が伝わったのか、唇を尖らせて考え込むノン。
「うーん……だってトモローくん、よくネネちゃん見てるよ」
……いつも通り、ノンの悪い癖だ。隙あらば恋愛に発展させたがる。
「野中。いつも言ってますよね。視線で愛が伝わるなら、言葉はいらないって」
箸を置き、姿勢を正し、猫背で缶詰を貪るノンを見下ろすと、上目使いで見返してくる。
「何であだ名で呼んでくれな……あ、いや、何でもないです」
しかし私の気持ちを悟ったのか、スプーンを置いて頭を垂れた。
「はやとちりばかりしていると、大事な事を見落としてしまいますよ」
「はい……でも鈍感すぎるのもあれだと思うけど……」
説教を続けていると、ノンが恐る恐る呟いた。
「私……鈍感じゃないけど」
意外な事を言われ、思わず反論すると、ノンはやれやれと溜息を吐いた。
「授業中のトモローくん、よくネネちゃんに視線送ってるよ」
「それは私がいつも質問してるからでしょ」
「テスト中もよく見てる」
「どうせ成績がいいとか何とかで期待……って、あんたテスト中何やってんの」
「ないしょー。あと、ネネちゃんが本読んでる時、いつもトモローくんが遠くでずっと見てるよ」
「…………」
それは……よく解らないけど。
「そんな事で……喜納が私を好きとか決めつけない。有り得ないから」
そう返すと、「鈍感だなぁ」と笑われた。
その時、背後の人だかりから歓声が聞こえる。思わず体を捻って後ろを見ると、箒と箒で鍔ぜり合いの真っ最中だった。
喜納はクラスの中でも身長が1番低い。人だかりの隙間からようやく頭が見えるくらいである。
一方喜納の対戦相手である日野は中肉中背の普通体型だが、相手は自分よりも小さな喜納。鍔ぜり合いでは有利のようだ。
喜納は日野に押され一度は片膝を付くが、「ふんがー!」とか「くぬー!」とか言って何故か巻き返した。
「でえい!」
喜納が日野の箒を押し返すと、周囲から歓声が上がる。
再び始まった箒でのシバき合いでは、喜納が細かい連続攻撃で日野を圧倒した。
その顔は始終笑顔で、この時間がとても楽しいのだと分かる。
よく見れば、喜納ってカッコイイ気が……やっぱりしなかった。
そう簡単に恋心なんて生まれない。
お弁当の続きをしようと座り直すと、ご飯の中央にあった種抜き梅干しが消えていた。犯人であろう目の前のクラスメイトは、私の視線をものともせず、缶詰を傾けて汁を飲み干している。
「ぷあー、やっぱ缶詰はコーンに限りますなぁ」
ノンの言葉を無視して、私は残りのお弁当を片付けようと箸を動かした。
あと二口分の量になった時、何かがへし折れる音が響いた。
お弁当を片付けて観戦していたノンのほうけた表情につられて再び振り向けば、途中からボッキリ折れた箒の柄を持った喜納と、床の上へ俯せに倒れている日野。
日野は完全に伸びているようだ。レフェリー役の間中が日野の意識を確認し、「メディーック!」と保健委員を呼んでいる。
喜納は「えへ、やっちまった!」と、頭を掻いていた。
保健委員に両手両足を持たれ教室から退場する日野。それと入れ代わりに、顔と剥き出しの頭皮を真っ赤にした教頭が突如乱入してきた。
「うげっ、筋肉タコ……」
喜納は引き攣った笑顔で数歩後退る。
「またですか喜納先生! 今月に入ってもう7回目ですぞ! 今日こそは校長を説得してガミガミガミ……」
体育教師でもある筋骨隆々の教頭は、逃げ出そうとした喜納の襟首を捕まえると、まるで猫でも持つかのように引きずって行った。
周囲のクラスメイトは慣れたもので、「ドンマーイ」とか「がんばれトモロー」とか声をかけつつ見送っている。
引きずられながらしゅんとしていた喜納だったが、何故か私と目が合った瞬間、すっごい笑顔で手を振ってきた……ような気がした。
「やっぱりトモローくん、ネネちゃんに気があるんだよ」
その一部始終を見ていたノンは、楽しそうに微笑む。
「……馬鹿らしい」
私はそう呟くと、空になったお弁当を片付け、読み掛けの本を手に取った。
終