その1 子曰く、学びて時にこれを習う。亦た説しからずや。
もともと短編だったものです。
内容は基本変わってないです。
「【子曰く、学びて時にこれを習う。亦た説しからずや。朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。人知らずして慍おらず、亦た君子ならずや。】」
先輩が今日の教えを提示する。
ここは私立立川高校論語部部室。
僕こと、琴浦怜が在籍する高校の部活の部室である。
軽く自己紹介をすると先日ここ立川高校に入学した1年生、身長は日本人の平均くらいでちょっと女顔っぽい……らしい。周囲の人談であるが。
とまぁ、自己紹介はこのくらいにするとして論語部である。
……まず論語部ってなんだってとりあえず突っ込みたい。どうも元々は中国の文化とかを研究する部活だったらしい。それがどういうわけか論語部などという得体のしれないものにいつの間にかなっていたと先輩からは聞いた。まぁ、先輩も入学する前の話だといっていたので詳しいことはよくわからない。
その先輩というのが先ほど論語の一説をそらんじていた人である。名前を湯梨深月、 ここ私立立川高校の2年生にして論語部の部長である。
身長は160㎝ないくらい。
いわゆる白磁のような肌というやつで清楚な感じのする容姿である。
「ちょっと琴浦君聞いてる?この部室私と琴浦君しかいないんだから琴浦君聞いてくれないと私一人でなんかしゃべってる痛い人じゃない!」
……黙ってさえいればであるが。
「大丈夫ですよ先輩、ちゃんと聞いてますって。それに先輩は僕が聞いてる聞いてないに関わらず痛い人です」
「ちょっと私が痛い人ってどういうことよ!私たちって出会ってまだ数日よね?なのにこの態度!」
「いやー、先輩ならこんな感じでいいかなぁと」
「むきゃーーー」
先輩が声にならない声を上げている。
ところで先ほど先輩が言ったが、この部室現在先輩と僕の2人しかいない。…部員が2人しかいないともいうが。まぁ、こんな見るからに得体のしれない部活である。当然といえば当然である。かくいう僕もなんで入ったのか考えてしまうこともある。きっと先輩に目を付けられてしまったのが運のつきだったのだろうが……
「まぁいいわ。私は無礼な後輩も許してあげる寛大な先輩だから。そんなことより論語よ、論語。今日も読み解いていくわよ!」
そんな感じで僕らの部活が今日も始まる。
「それで先輩、今日のテーマはなんでしたっけ?」
「だから、【子曰く、学びて時にこれを習う。亦た説しからずや。朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。人知らずして慍おらず、亦た君子ならずや。】よ」
「それって確か、『学問をしてそれを復習する。なんと喜ばしいことか。自分と同じく学問をしている友が遠方から来る。なんと楽しいことか。自分のしている学問が世間に認められないこともあるが不平不満を言わない。なんと君子に値することか』みたいな感じの訳でしたっけ。」
「あら、よく知ってるじゃない」
「まぁ教科書にも載ってる内容ですし。それでこれがどうしたんです?」
「私思うのよね、孔子っていわゆる中二病だったんじゃないかって」
「……は?」
先輩が何かおかしなことを言いだした。
「まぁ聞きなさい。復習が大事、話の分かる友達が来てくれるのはうれしい、これは理解できないでもないわ」
「そうですね。するとなんですか?【人知らずして慍おらず、亦た君子ならずや。】の部分に何か問題でも?」
「これってつまり『これを理解できるのは俺だけか。だがしかしこれが常人に理解できないのは初めからわかっていたこと。これからも俺はこの孤独を愛すぜ』みたいなことじゃないの?」
「……は?」
「そんなわけわかんないことを部屋の中でずっとやってる人のことを君子なんて言ってるのよ。……はっ!?そう考えるとこの君子というのもわけわかんないことやってる部屋の主。つまりニート。これ実は中二病だけじゃなくてニートの勧めでもあったのよ!」
「……どうしてその結論になった!?」
「うんうん。これは新発見ね。孔子ニート推奨派説」
先輩が本当におかしなことを言いだしている。
孔子もこの一文でニート呼ばわりされるとはまさか思っていなかっただろう。なのでとりあえず反論はしておく。
「普通に学問は自分のためにするものだから外からの評価は気にする必要ないとかそういうことでは?」
「ふっ、バカね。そんなことやってるのはぼっちか変人って相場で決まってるのよ」
「いやいやいや、別にそれだけじゃないでしょ。ノーベル賞とるような人とか!」
「そういう人たちだってある意味では変人じゃない。それにそこまで行くのは圧倒的に少数よ。これをやった場合生み出されるのは大半がぼっちで変人でニートよ」
なんだろう、この微妙に反論しづらい感じ。
「つまりあれよ。孔子はこれによって中二病なニートを大量生産することこそが目的だったのよ。いうならば人類ニート化計画。孔子、恐ろしい子」
とうとうよくわからない計画の首謀者に仕立て上げられている。
そして先輩はなんかすごい言ってやったぞみたいな雰囲気を醸し出している。……なんでこの人はこんな自信満々なんだ。
「それでニートを生産して何か目的でもあるんですか?」
「そんなの知らないわよ。孔子に聞きなさい。孔子に」
「そこでなる投げですか」
「なら琴浦君考えてみなさいよ」
「そういわれましても。ニート増やしてもただ国の力が落ちるだけでしょ」
「……国の力が落ちる。それよ!さすが琴浦君あなたは天才よ」
「えーと。参考までにいったいどんなろくでもないことを思いついたので?」
「ふっふっふっ。つまりこれは自国民に対して向けたものじゃなかったのよ。目的は国外に広めることで、国外にニートを増やすことで他国の国力を低下。侵略もしやすくなるというものよ。」
「……そうですかー」
「これは新しいわ。孔子テロリスト説」
とうとうテロリストにまで仕立て上げられたよ。
こうして談義(?)は深められていく。
「今日は我ながら実のある談義ができたわ」
「そうですかー」
実が……あったか?
「そろそろ時間だし、今日はこの辺にしましょう。お疲れさまー」
「お疲れ様です」
その言葉とともに先輩は部室を出ていく。
自分もその後を追う。
「さーて、明日はどの教えを読み解いていこうかしら」
「明日もやるんですね」
「なによ、その目はー」
そんな会話をしながら先輩と一緒に歩く。
正直、何の薬にもならないような気がする活動であるとは思う。
活動といえるのかさえ謎である。
でも……そんなしょうもなさが楽しく感じ、これはこれでいいかと感じる僕なのだった。