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ありふれた毎日

作者: 静樹 太郎

「ありがとうございました」


日が暮れてカラスが鳴き始める頃に、私は最後にお坊さんに頭を下げて葬式場を後にした。



妻が死んでから1週間、気付けばあっという間の出来事だった。こう言っては冷たいかも知れないが泣けるのなんて最初だけ。


その後の葬式の手続きやら病院の後処理なので、まさにてんやわんやだった。



「はぁ…疲れた」



誰もいない部屋で一人呟く。 といってもこれにはもう慣れている。


私の妻は32歳と若くで亡くなった。

元々妻は身体が弱い事もあり子どももいない。


体調不良を訴え病院に行った所、既に色々な場所に悪性の癌の転移が見られ奥さんの体力では手術に耐えられない、と実質的な余命宣告を受けたのが3年前。


闘病生活を送ってきたが、最後にはどうしても自宅に帰りたいと彼女の願いで数日家で2人で過ごし、いつも通りに起きたその朝彼女は息を引き取っていた。



「…耳掻きでもするか……」


耳掻きが入っている戸棚を開けると、そこには白い便箋が入っていた。


「んっ…?」


不思議に思って、中身を見ると少し震えた字で妻の名前が入った手紙が入っていた。



「亡くなる前日にも耳掻きしたけどこんなの無かった…という事は俺が寝た後に置いたのか…?」



無理をして…と少し苦笑をしながらその手紙を開いた。




『ヤッホー、これを見てるって事は耳掻きしようと思ったからかな? あなた毎日のように耳掻きしてたもんね。さ・す・がに私が死んだ日にはさすがに耳掻きしてないよねぇ?


まぁ、いいや。 ホントはね、もっと素敵な…それこそあなたが号泣するような内容を書くつもりだったのよ?


それであなたが寝ている間とか買い物に行ってる間に何枚も何枚も書いたんだけどダメ。


だって、ぶっちゃけそんな素敵な思い出ってこの結婚してから7年何もなかったんだもの。


まぁ仕方ないよね、私も身体弱くて出掛けられなかったし。あなたも最初は仕事優先人間だったもんね。


でも、私達喧嘩したことなかったよね。


それはあなたがいつも私を優先してくれていたから。


いつも優しさに溢れて気付かなかったけど、それは素敵な事だって。


ありふれた優しさだけど、私にはそれで充分だった。


そう、何枚も何枚も書いてやっと気付いたの。 素敵な思い出なんてなくたって私は毎日幸せだって。


あなたと結婚して、何か特別なイベントはなかったかも知れないけど、私は幸せじゃなかった日なんて1日もなかった。


いつも何気なく毎日が過ぎて気付かなかった。


ありふれた毎日をありがとう。 私にとってはとっても幸せな毎日だった。


だからホントは私もゴタゴタ重苦しく書くの止めたの。

あなたがくれた毎日を大切にしたくて。


私があんまりしんみりとした雰囲気嫌いなの知ってるでしょ?だから、最後もいつもの私らしく。


素敵な毎日をありがとう。 あなたがいたから私はここまで頑張ってこれた。


あんまり耳掻きばかりしてると、耳痛めるからやっちゃダメだよ。


早く新しい人…は悔しいなぁ。 出来れば私一筋で!! …なんてね。


最後になるけど、ホントに幸せな日々をありがとう。私は、あなたといれたありふれた毎日が大好きです。


愛してます。




…あぁーぁ…最後にこんな単純な事に気付くなんて。やっぱり死にたくないなぁ』




「あのバカ…最後の文章、消すならちゃんと消せっての…」


最後の文字は消しゴムで消した跡があったが、薄く残ってしまっていた。


「アイツの事だからわざとかも知れないけど…あぁ、もう。 ホント…ホントに…」


涙が溢れて止まらない。 あぁ、今やっとわかった。


アイツはもういないのだと。








ひとしきり泣いた後、夜空を見上げればアイツが好きだった満月。


満月の日は無礼講だと言ってアイツは笑顔で酒を飲んでいた。 私はあまり得意ではないが、この日は彼女の笑顔がよく見れて好きだった。


杯は2つ。 さぁ、今日もアイツが好きだったありふれた毎日を。




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