かみ合わない二人
だからぶつかることも無い。そもそもかみ合わせようという気のない二人。主人公に成れない人と主人公に成り損ねた人。
ブックシェルフのメタ視点持ち関係のSS
「何であーくんが主人公じゃないんだろうね?」
準備室に入ってくるなりそんな事を言って勝手に椅子に座った男をオレは睥睨し、肩を竦める。
「物語が破綻するからじゃないか?」
そもそもオレは自分が"主人公らしい"人格はしていないと思っている。何処の世界に妹以外の人間は救わない主人公がいるというのか。もしそんな話があるのならば、読んでみたいものである。
大体、まずそもそもがこの世界は現実であって"物語"ではないのだから主人公も何もない筈だが。
「探せば一人くらいいるんじゃない?オレはこの世界以外の話は知らないからわからないけど。ヒロインだけを大切にするヒーローならいそうだし」
相変わらずいい加減な男だ。まあ、こいつは無駄話しかしないから真面目に取りあっても徒労にしかならないが。
「あーくん相変わらず妹と動物以外には手厳しい…何でそれで生徒の人気が維持できるわけ?外見美系だから?」
「知らないな」
そもそもオレは美系なのか、という問題がある。世間一般ではこの男の様な奴をイケメンと呼ぶんじゃないのだろうか。まあ、枕詞に残念な、と付くだろうが。
「そもそも主人公に成り損ねた癖に主人公補正が残ってるとか只のチートじゃん。あーくん主人公だと百合と妹弟っていう不毛なハーレムしかできないけど。まともに異性で加わりそうなのが一人しかいないしそいつもまともな異性じゃないし」
「オレの肉親は妹しかいないが」
とりあえずそれだけは訂正しておく。オレの家族は妹だけだ。他の家族は皆既に死んでしまったのだから。…しかし、百合とは何だ?
お兄ちゃんの妹ハーレムは私たちが存在した時点で既に形成されているわよ、という窓際の白猫の発言は聞き流す事にする。
「君の認識だとそうなってるんだよねー。まあ、ある意味それが今の悲喜劇の根源なんだけど。まあ、こうなったのは弟君の自業自得みたいなもんだし、仕方ないと言えば仕方ないのかなー」
相変わらずわけのわからない事を言う男だ。その内そこにいるライオンでもけしかけてみようか、と思う。多分やらないが。ライオンもこの男の様な奴を口にしては腹を壊すのがオチだろう。
「そこでオレへの心配じゃなくライオンに対する心配で思い留まるのがあーくんのあーくんたる所以だよね。あーちゃんは躊躇わずけしかけるだろうし、みーちゃんなら少なくともライオンの心配では思い留まらないだろうし」
いやー、本当あーくんってやさしーよねー、などと全く心のこもらない棒読みで男は言う。オレは妹と動物(人間は除く)以外にやさしくするつもりはないが。
「まあそもそも?モブじゃなく名前のあるキャラとして設定されている時点で神様に愛されてるわけだけどさ?あーくんはその中でも特に愛されてるよね、本当にさ」
「…特殊な事情がない限り名前のない人間はいないと思うが」
まあ、オレは未だにこいつの名前を覚えていないのだが。何かやたらとかっこつけた名前だったような気はするが、まあ基本的にオレは人の名前など覚えていないので仕方ないと言えば仕方ない。寧ろ生徒の名も覚えていないのだから、何の関係性も持たないただの知人であるこの男の名など覚えている訳がない。
「主人公じゃない脇キャラとはいえ、主要キャラのあーくんが君の生徒としか設定されてないモブの事を覚えてなくても別におかしくないんじゃない?この世界の神様はいい加減だしね」
印象に残りづらい相手だからとモブと呼ぶのはいかがなものか。正直美系とか皆同じに見えるオレでもそんな暴言は言わない。痛い人扱いされるだろうしな。
「まあ、この世界の主要キャラは大体頭おかしいし、モブってのはまともな人間って事でもあるのかもしれないけどね」
「お前には言われたくないセリフだ」
まあ、オレの頭がおかしいのは否定しないが。そもそも既にこいつは一人でべらべらしゃべる頭のおかしい人間というのが関わった奴の共通見解になっているらしいから他の関係者もオレと同じ事を言うだろう。頭のおかしい人間に頭がおかしいと言われるのは何かムカつく。
「オレもこの世界の中でも特に異常に異常なあーくんには言われたくないな。複数ルナ持ちとか他にいないよ?オレだって、ルナに二面性はあっても複数持ってるわけじゃないし」
「お前が知らないだけかもしれない」
「いや、それはない。そもそもあーくんみたいな考え方をする人間が二人も三人も出てきたらそれこそ物語が破綻する。そんなルナの意味がない人間がホイホイ発生したら困る」
そういえば、彼女もオレのルナに関してはそのような事を言っていたな。ルナがルナシーの精神を不安定にさせるのでは、ルナとして根本的におかしい、と。そんな事を言われても困るのだが。
「本来は主人公として生み出された存在なんだから、あーくんが個性的なのは当然の事なのかもしれないけどさ。あーくんはこの世界での自分の異質さを己が心に刻んでおいたほうが良いと思うよ?」
「…余計な御世話だ」
ところでこいつは何時まで此処に居座るつもりなのだろうか。最悪適当に放置して講義に行くが。いざとなれば此処にいる動物たちが適当にどうにかしてくれるだろうし。
「はいはい、邪魔なら出ていきますよって。ところであーくん今度の日曜って暇?」
「お前に裂く暇はない」
「暇があったらあーちゃんの出先に顔を出したらいいと思うよ」
男はそんな事を言ってにやにやと笑う。オレは多分物凄く嫌そうな顔をしていると思う。
「言われなくともアイツに何かあればオレは何を置いてもそこにいく」
「そうできない時もあるけどね?」
「あの子を助けられないオレに存在意味はない」
オレはあの子を守る為に存在しているのだから。
「…これはオレが否定しても意味ないんだよなあ」
男はそう言って苦笑の様な表情を浮かべた。何でこいつがそんな顔をするのかさっぱりだが、わりとどうでもいいので放置する事にする。
「あーくん相変わらずドライ…」
さて、そろそろ講義に行こうか。
「ガチで放置する気だこの人」
「最近は物騒だから出る時には鍵をかけて行けよ」
「ただの知人のオレに鍵を持たせることこそ物騒じゃない?」
「お前なら鍵がなくとも鍵がかけられるだろう」
誰が鍵を渡すと言った。それ位の分別はオレにもあるぞ。
「いや、それはおかしい」
解せぬ。