八話
「なぜ、そう思われたんですか?」
「それは・・・・
偶然ですが、その方がエネル語を流暢に話されていたのです。
イース語は少し訛りがあったようです。
それにその女性の方の片耳には銀のピアスが
あれはエネル語を母国語にする国々に伝わる伝統ですので」
自分が感じた全ての情報を根拠立てて話すと、宰相閣下は微笑みを浮かべたまま拍手する。
「素晴らしいです。
どうやら貴女はこちらが思ったよりも博識のようですね。」
椅子に座りなおしたレイ冷めてしまったであろう黒茶を一口飲み、そしてミーシャを見た。
「ありがとうございます。
やはり貴女に頼んで正解でした。
こちらが思うよりも多くの情報を頂けた。
これで事案は解決出来そうですよ。」
爽やかなに言い切られ、ミーシャは困惑げに眉を寄せ、そして意を決したようにレイを見上げた。
「今の話とその書類とは関係があるんですか?」
すると事も無げに頷き返された。
「勿論です。
頬に傷を持つ男こそこちらに書かれていた、新しいイスダラス子爵です。
この人物になってから納められるものが納められなくなってしまいました。
前代のイスダラス子爵が落馬事故により亡くなり、跡継ぎとなる男の実子がいなかったため
爵位は甥で養子である現在のイスダラス子爵に移りました。」
本当に私ごときに話して良いのかと疑うが、宰相閣下が話しているのだからと黙っている。
「とても良い噂があるような人物でないため、密かに警戒していたのですが
まさか前代のイスダラス子爵が亡くなる前に
この王都に送っていた《イラ・カミーラ》を現子爵は巧妙に盗賊の仕業と見せかけて奪い去りました。
運んでいた自らの家人達も護衛の傭兵達も皆殺しにしてね」
その話しに眉を寄せ、ミーシャは顔を俯かせる。
「本当に申し訳ない
女性の前で血なまぐさい話をしてしまいましたな。
少し口を開き過ぎたようだ。」
口を閉じた宰相閣下に、落ち着こうと紅茶を一口飲むが冷めてしまったのか美味しくなくなっていた。
ぼんやりと考え込んでいると、宰相閣下が立ち上がったことに気付き、慌てて顔をあげる。
「この時間まで付き合わせて申し訳なかった。
部屋まで送ろう。
この東側から君の知る西側までは距離もある。」
それには目を見張る。
どうやらここは城の東側だったようだ。
この国に来て半年、自分が行動を許されたのは西側のみだったのだ。
東側は政務を行うため、立ち入りが禁止されていたためで
ようやく一月半前に東側の立ち入りが一部許可されたばかりなのだ
だが、許可されたものの用がないので東側にはまだ一度も入ったことがなかった。
おまけに今来る時も追われて挙げ句、宰相閣下に引っ張ってこられたためほとんど道順をみていなかったため記憶が良い自分でも西側に戻れない。
ここは大人しくお言葉に甘えるしかない。
「お願いしますわ。」
差し出された手に右手を差し出せば、簡単に立ち上がらされ、入ってきた時とは違う反対側の扉から外に出た。
やはり全く知らない場所だった。
「こちらです。
人目に付かないようにご案内しますので、ハースト侍女長もなるべく音を立てないようお願いしますね。」
それに頷き、歩き出す。
音を立てないように口を開かなかったがミーシャはレイを不思議そうに見ていた。
絶えず微笑みを浮かべる顔
本当にこの人は『穏和の宰相』 と呼ばれる人物だと自覚する。
宰相閣下は常に柔らかい物腰と口調しか見せない。
それ故に油断する者は多く、数々の経歴を身に纏う相当な切れ者である。
彼を怒らせた者は皆揃って言うらしい
「クロニクル宰相を見掛けたら、逃げろと
じゃないと、地上で地獄を見る羽目になると 」
だが、自分から見ると宰相閣下はそんな恐い人には見えない。
見ているのを感じたのか宰相閣下がクスッと笑いをこぼす。
「そんなに見られたら恥ずかしいですよ」
「え?あ、申し訳ありません。
宰相様は本当に宰相様なのかと考えていたのです。」
「ハースト侍女長は可愛らしく面白い方だ。
皇妃陛下が大事にされているのが分かります。」
ミーシャの言葉に笑いを深めて、レイが振り替える。
「宰相様?」
「本来ならばお部屋まで送りたいのですが
これ以上は噂が立ってはいけないのでここで失礼しますよ。」
一歩横にずれてくれたところで最近見慣れた西側に続く廊下が見えた。
そして軽く私に一礼をすると、元来た廊下を戻っていく宰相閣下にただ深くお辞儀をしてミーシャは自室に戻ったのだった。
翌朝質問責めに合い、精神的にぐったりとした一日になったのは自分だけの秘密である。