四話
別にこの方を疑ってはいない。
このパーティーにいるということは間違いなくセシル様もしくは皇帝陛下が招かれたに違いないのだから
ここは誤解を解くためにも礼儀正しく振る舞わなければ
「失礼いたしました。
私は皇妃陛下の侍女長を務めさせていただきますミーシャ・ハーストと申します
以後お見知りおきを」
正式な淑女の礼をして自己紹介をする。
「君があの皇妃様付き侍女長か
思ったよりも若いんですね。」
すると青年の輝く瞳には形容しがたい感情が見え隠れする。
果たしてこの人物は?
身元が正しいことは分かっていたが、いまだに名前を知らないことはとても不安なことだと気付く。
「私は、」
「あ、ここに居たのね。
言い訳があるなら今聞いてあげるわ、クロニクル宰相
て、ミーシャ何をしてるの?」
セシルさまが割り込むように飛び込んできた。
えっ?今なんて言われたんですか?
この方を今なんと呼ばれました?
「なんの話でしょうか?皇妃陛下」
「とぼけても無駄ですわ
既に聞きましたわよ。白状なさいませ」
「どうかいたしましたか?
何か私に不手際が、皇妃陛下?」
困ったように笑う青年、宰相閣下にセシル様が眉を上げて抗議をするが
宰相閣下はまったく意味が分からないとばかりに肩をすくめた。
あの私どうしたら良いのでしょう?
間に挟まれてしまいましたわ
セシル様とそして噂のクロニクル宰相を交互に見る。
しかし、互いにニコニコと笑い、戸惑うミーシャなど気付かない。
「まったく私だけを見ろと言ってるだろう?セシル
何故セシルは言う事を聞かないんだ?」
少し苛ついた声に振り返れば素晴らしく不機嫌な皇帝陛下がいらっしゃる
「今夜、セシルは部屋に戻らせないから
明日の昼に迎えを寄越してくれ」
私を一切見ずに言い切り、ユーリ陛下はひきつり顔のセシル様を否を言わさず抱え上げた。
「我々はここで下がるが、皆の者は引き続き楽しむと良い。
後は頼むぞ、クロニクル宰相」
「ユーリ!離してちょうだい。
まだ私の話しが終わってないわ
だから離してったら、私はまだ退出はしないの
ああ、ミーシャ助けて、私拐われてしまいわ」
しかしユーリ陛下はセシル様を抱えたまま、有無は言わさない勢いで退場していった。
こちらに助けを求めた気がするが、どう考えても無理である。
セシル様が本気で嫌がっているなら命に代えて助けるつもりだが
本気で嫌がってるようには見えなかった。
結局、私はセシル様が連れ去られるのを黙って見送った。
「行ってしまいましたね。」
傍らに立つ宰相閣下に私は二、三歩退く。
「申し訳ありません。
セシル様から良く聞いています。
宰相閣下だと知らずに、ご無礼を」
「畏まる必要はないよ
改めてよろしくハースト侍女長
レイ・アルバート・クロニクルと申します。」
握手を求めるように手を差し出される。
その手にとまどい、私は手をなかなか差し出せない。
「もしかしてまだ私は警戒されているのかい?」
「あ、いえ。違いますわ。
使用人である私が宰相であられる方の手に触れる訳にはいかないのです」
「本人が良いと言ってるのに?」
渋る私に笑顔で迫る宰相閣下
ほとほと困りきった表情でやんわりと断るも納得してはくれない。
こうなったら仕方ない。
「よろしくお願いいたしますわ。」
大人しくここは言う事を聞くしかない。
おずおずと差し出した手を握りしめられ、輝かんばかりの笑顔を向けられる。
「よろしくお願いしますね」
その瞬間、歳上のマダム達にキツい眼差しを注がれた。
内心ドキッとしたが、セシル様の侍女長として醜態は見せちゃいけない、と顔に出すことは避けたが
何か絶対に見当違いな嫉妬を買った気がする。
私のような者を一国の、しかもさぞおモテになりそうな宰相閣下が一時の気の迷いでも相手にするはずがありません。
だから大丈夫ですよ、もう存分にアプローチなさっても
ええ、ちゃんとわきまえはついていますから