三話
私が悩んでいる間にも話は進んでいく。
「そう言えば聞きまして、皇妃様?」
「あら、なんの話しですの?」
また令嬢の一人が手を軽く胸のまえで組み、セシル様に微笑み掛ける。
「実は先ほど聞いたばかりなのですが
クロニクル宰相様がまた縁談を破談にしたそうなんですの」
その言葉にセシル様の眉が上がる。
「お相手は確か、ダイル侯爵令嬢のモニカ様でしたわね
もうユーリが聞いたら嘆きますわ」
憂いを含んだ瞳はかすかに怒りも内包していた。
そういえば私、この国にやって来て半年も経つが、皆が噂をする宰相閣下に会った事はなかった。
理由は三つある。
まず、今では考えられないが皇帝陛下は嫁いで来た日にあろうことか
セシル様に「愛さない」と告げ、お飾りの皇妃である事を強要した。
この事により、セシル様を支えるため私は常に側に付き従う事になった
二つ目は、何故かは知らないが仲間の侍女達がダメだと言って会わせてくれなかったのだ。
これは未だに謎である。
最後に、これが最大の理由かもしれない。
はっきり言って興味がなかったからだ。
セシル様の世話で精一杯なので考える余裕もなかった
一応皇宮内の内情を知るため常に噂などの情報を仕入れていたため宰相の噂は知っている。
かなり切れる頭脳を持ち
優秀で陛下から兄のように慕われているらしいこと
筆頭公爵家の現当主であること
他には結構な女ったらしなどと言ったことだ。
同じ皇宮にいるのだからいつか会えるだろうくらいしか思っていなかった。
「ミーシャ?どうかしましたか?」
セシル様の声に自分が思ったよりも考えに耽り、セシル様に心配をかけたのだと気付く。
「なんでもありません。
セシル様、グラスが開いてらっしゃいますね
何か飲み物を手配してまいりますのでお待ち下さい。」
心配げに揺れる瞳に淡く笑い、仕事を思い出す。
セシル様に心地よく過ごしてもらうことが今の私の使命
確か、こちらに移動する時に果実を搾った飲み物が用意されていたのをあらかじめ確認していた。
飲み物はそれを届けてもらうとして、何か軽く口に出来るものはどこに置いてあるのだろうか?
近くにいた給仕に飲み物の手配をまず頼み、壁側にある軽食とケーキに気付き、それも頼んだ。
それを確認し終え、安心して私はセシル様の元にと踵を返してもと来た場所に目を向ければ
「ダメよ、ユーリ」
「片時も放したくないと言わねばならないか?」
「・・・・私も、ですわ」
また主夫妻が人目も憚らず愛を囁きあっていた。
互いの想いが通じあって間もなく二月
今までは仕方ないことと放置していたが、そろそろ自重していただかないと
だからだろうかつい口にだしてしまったのは
「今日も人目も憚らずしておられるのですね。
皆様が目のやり場に困っていらっしゃることにお二人はいつ気付かれるか」
「ええ、まったくあれほど言い聞かせたのに
お二人はお仕置きですね。」
え?
同時に聞こえてきた声に驚く。
少々物騒な言葉は隣からのようで慌てて視線を向ける。
そこには背の高い、優しげな笑顔を浮かべた男性の横顔
思わず見つめてしまった。
先ほどの声の持ち主はこの方?
貴人らしき人物を許しなく直視するなど侍女としていけないことだ。
故に視線がこちらを向いた瞬間、目線を少し下にずらす
「貴女も同意見ではないんですか?」
そう囁きながら私を真正面から見つめ下ろす、青年
その紫の瞳に銀色の髪、端正な面は誰かに似ている。
果たして誰だっただろうか?
思考の海に入り込みかけた私の耳に忍び笑う音が聞こえた。
「申し訳ない。
怪しい者ではございませんからご安心を」
青年は本当に面白いそうに笑っている、気がする。
「大変失礼しました。
不躾な態度をしてしまいま・・・」
深く頭を下げて謝罪しようとしたが
「そんなことをしなくていいです。
それよりもお名前を伺っても?」
その言葉を聞いて戸惑ってしまう。
私の服はどう見ても侍女服、それなのにこの方は何故こうも紳士的なのだろうか?
「怪しくないと言われても信じられないのは当たり前かな」
苦笑気味に青年が一歩後ずさる。