二話
気だるげな様子のセシル様を急がせて、支度を素早く整える。
まとめ上げた髪に薔薇を飾り、セシル様がお気に入りである香水をつけると完成である。
いつもよりは簡素な装いだが、美しく着飾った姿は女神のようである。
「ミーシャ、どうかしら?
ユーリと並んでも大丈夫かしら」
少し不安げな主の姿に私はため息を漏らす。
セシル様はご自分をまったく分かっていらっしゃらないわ
まぁ、そんなところがセシル様らしいのですが
「セシル様と陛下ほどお似合いのご夫妻はいませんわ」
そのミーシャの言葉に勇気付けられたのかセシルが満面の笑みで頷く。
その瞬間扉がノックされ
セシル様もとい私さえ返事を出す前に扉が開かれ、身構える間もなく噂のユーリ陛下が入ってこられる。
いくらなんでもお行儀がよろしくないですね、陛下は
「セシル、迎えに来た。準備はすんでるようだな
。」
「ユーリ」
近付いてくるのが待てないとばかりにセシル様は走り寄り、ユーリ陛下の胸に飛び込む。
セシル様を受け止め、ユーリ陛下は蕩けそうな眼差しで見つめていらっしゃる。
その視線を受けるセシル様の瞳も潤んでいる。
どうやらまたもや二人の世界に入り込んでしまったようである二人に
しかたないとばかりに覚悟を決めて近付く。
「セシル様、陛下
お時間も迫っておりますので広間の方へ」
やんわりと告げるとセシル様は赤く染まる頬で頷き、ユーリ陛下はその麗しい眉を寄せて私を見て、それから黙って頷いてセシルに腕を差し出す。
自然とした動作でセシル様はユーリ陛下と腕を組み、足を踏み出し瞬間
なにかを思い出したように立ち止まり振り返られた。
「ねぇ、ミーシャ、今夜のパーティーに貴女も出てくれないかしら?」
「私も、ですか?
セシル様、それはとても畏れ多いです。」
突然のセシル様の言葉に戸惑ってしまう。
私は滅多にセシル様に付き添い、パーティに出ることはない。
元々人前に出る事は苦手だし、裏方の仕事のほうが合っているからだ。
だからいきなりの誘いは困惑しか出てこない。
「セシル様、私は」
「はいはい、もう拒否権はないから覚悟して」
そう言われるともう抵抗出来ない。
「セシル様の御心のままに」
こうしてミ私はセシル様に付き従い、パーティーに出る事となった。
着替えはしなくても良いですよね?
時間ギリギリにおっしゃったのですから、着替える時間はどう見てもないですわ
「可愛らしい方をお連れになってますわね。」
「あまり見掛けたことがないのですがお名前は?」
興味津々とばかりに注ぐような視線を寄越されるのは帝国のうら若き貴族の令嬢だ。
皆、セシル様に後ろに控える私のことが聞きたくてしかたないようだ。
珍しい事にいち早く群がるのはどこの令嬢も同じようだ。
「この子は私の侍女長を務めるミーシャ・ハーストよ
故国から一緒にきてくれた数少ない侍女なのよ」
紹介されたので、礼儀作法に習い一礼する。
「まぁ、お若いのね。もしかして私達と同じくらいでは?」
「私より一つ下なんですよ」
華やかな雰囲気の会話にただ伏し目がちに黙って聞いていると
一人の令嬢が私の顔を覗き込んできた。
「ミーシャ様の事を昔、どこかで見たことがあるのだけど
何時だったかしら」
首を傾げて不思議がる令嬢を不躾ではない程度にみやり、私はひやりとした。
どこかでお会いした?
いや、見た事はないはず
だって私は一度見たことがあることは忘れないから
それならば一方的に見られたと言う事になるが
あれから幾年も経っている。
大分面変わりしている今、果たして自分に気付くだろうか?
面に出さないようしながらも心配でしかたない。
「もしかして、三年前でなくて?
ちょうどミレーユ様が、初めて『転移』魔法を習得されたと
私の所に遊びにいらした時に見掛けたのではないかしら」
セシル様のそのフォローに感謝する。
一方ミレーユはまだ首を傾げていたが頷いて「そう言われたらそうかもしれないわ」と納得してくれている。
『転移』魔法を既に覚えていらっしゃる、ミレーユ様?
どこの令嬢だっただろう。