一話
この部屋は甘い囁きで満ちて、居心地があまりよろしくないですね
そう、華やかな室内には幾人もの侍女が傅き、寄り添ってソファーに座る青年達を見つめていた。
とても絵になる二人であることは間違いない
だが、それは節度ある距離であればの話だが
「もうユーリったら恥ずかしいわ」
「セシル?なぜ恥ずかしがる必要がある。」
「だってみんな見ているわ」
セシル様は頬をうっすらと染め、周りにいる侍女達を一瞥し俯く。
するとユーリ様はセシル様の顎を軽く掬い、輝くばかりの笑顔で顔を近付けている。
「見せとけば良い。そんなことより私をもっと見ろ」
「ユーリ」
潤んだ瞳でセシル様がユーリ様を見つめ始めたのを感じて
私は退室するタイミングだと察して一礼する
と同時に他の侍女も習うように一礼し、音も立てずに部屋を次々と退出していく。
最後に自らも再び一礼し扉を閉めた。
その瞬間、静かに行動していた侍女達が顔を見合わせてため息を漏らす。
「陛下は本当に皇妃様が大好きなんですのね」
「仕事の合間を見つけてはいらっしゃいますもの」
「半年前までの陛下でしたらありえないことですわね」
口々に感嘆の声を上げている侍女たちに手を軽く鳴らす。
「おしゃべりは後にして、それぞれ仕事に取り掛かっていただけない?」
優しい促しに皆少し残念そうにしながらそれぞれの持ち場に散って行く。
それを見届け、セシル様付き侍女長となった私、ミーシャは自らも仕事を片付けるため動き始めた。
今の内にセシル様が夜に行かれるパーティー用のドレスを出しておかなければ
それと薔薇を取りに行って来よう。
色はドレスに合わせて大輪の薄紅の薔薇を
衣装部屋から丁寧な手つきでドレスを取りだし、皺にならないように掛けておく。
そして部屋にちょうどやって来た小柄な侍女にお風呂の準備を頼み、庭園へと急ぐ。
セシルが身に着けるすべての物を吟味し、選ぶことを一任されているため
一応専任の下級侍女がいるが私はセシル様の髪を飾る薔薇を自ら行って選ぶようにしていた。
お陰で上級侍女、しかも皇妃付き侍女長であるにも関わらず私は庭園の庭師と親しくしている。
元々侍女長はこのアガルティ帝国が用意しており、セシル様と共に母国クリーガナから来た私を含めた侍女達はその下で働く事が、決まっていたのだ。
だがある事でその侍女長は身を退き、セシル様を溺愛する皇帝陛下がセシル様の願いを叶えて
私は若干19歳で大国の皇妃付き侍女長になったのだ。
「誰か連れて来るべきだったかしら
いえ、誰かに任せてしまったら良い髪飾りとなる薔薇の生花も良いオイル用の薔薇を摘むことは出来ないわね」
たどり着いた庭園で条件に合う薔薇を切り、丁寧に棘を抜きながら辺りを見回す。
私の趣味の一つにローズオイルと薔薇水を作ると言う物がある。
このローズオイルも薔薇水もセシル様の大のお気に入りで
つい最近、新しい物を作るように頼まれていた。
「セシル様も困ったお方だわ。
陛下と一緒に使われたら無くなるのが早くなるのも当たり前ですのに」
ため息をつきながらも棘を抜く。
「仕方ありませんから
後でアンドレに頼んで持って来てもらうしかありませんね」
アンドレとは厚意にする庭師である。
そのアンドレは近くで薔薇の手入れをしているようだ。
持って来ていた籠に棘を抜いた薔薇を入れて大事に抱えてからアンドレに近付いていく。
「アンドレ、忙しいところ申し訳ないのですが」
声を掛けるとアンドレはその温かい笑顔で向かえてくれた。
無理なお願いとも思える頼みにアンドレは快諾し、明日中に届けてくれると返事があった。
「それではよろしくお願いいたしますね」
「ミーシャ様もお気をつけてお帰りを」
ここは皇宮の奥まった皇帝とその家族が住む場所で
皇帝が認めた者以外は入れないのですれ違うとするなら同じ使用人ばかりなのだ。
まぁ、危険があるとすれば少しドジな私が転んだりして怪我をするくらいだ。
「あとは、陛下からセシル様を引き離すだけね
陛下は一度セシル様を独占されたらいつまでも離してくださらないから
まぁ、それはあの二人に任せたら大丈夫はず」
忘れている事がないか確かめながらミーシャは足早に歩く。
「今日は内輪と言え、セシル様と陛下の結婚半年パーティーですものね
気合いを入れてセシルを綺麗に送り出さなければ
一番に着飾られたセシル様はそれはとても綺麗なはずですわ」
私は沸き立つ嬉しさを抱えてセシル様の部屋に急いで帰って行く。