十話
しばらく二人の応酬を見守っていたレイだったが
二人が膠着状態になったのを見計らい、口を開く。
「お二人には申し訳ないと思いますが
それ以上の話し合いが必要でしたら戻ってからにして頂けると良いのですが
実はこれから会議に出るためにまとめたい物がありますので
ニール、トアにこれ以上苦労かけると去られますよ?
トア、団長を上手く使うのにひたすら飴とムチを使い分けるといいですよ?」
その言葉に隠された真意を悟り、ニールとトアはレイを窺い
ゆっくりと互いに顔を見合わせた。
「トア、ニールの会議サボり阻止のために探しにきたのでしょう?
馬鹿ですが、これでも団長ですから会議出席をお願いしますね?」
「はい、引き摺ってでも出席させるように厳命が下っております。」
「陛下からですね。
ニールはサボりの天才ですから、陛下も困っているんです。」
「まったくです。」
レイの気遣いに感動したようなトア
そのトアを嫌なものを見たような顔で見るニール
「団長、行きますよ。
これ以上いるのは宰相閣下の邪魔にしかなりません
では、我々はこれで失礼します。
動いてください。団長重いから運べないんです。」
そしてニールの腕を掴み、出ていこうとする。
だがニールが抵抗し、レイに視線をやるがレイは笑顔を振り撒くばかりで黙っている。
「おい、おれは絶対に参加するからな」
舌打ちし、ニールはレイを睨み据え参加すると言い切る。
しかし答えはトアがその前にニールをレイの執務
室から追い出してしまったため聞けずじまいであった。
「ダメ、だと言っても付いてくるでしょうが」
そんな呟きがレイから漏れた。
「あのね、ミーシャにお願いがあるの聞いてくれる?」
その言葉を聞くべきではなかったと今更ながら後悔していた。
セシル様のお願いは今まで断れた試しは一度もないが
今回のお願いはセシルが開く茶会の招待状を届けること
相手はクロニクル家ご令嬢ダリア様
「ダリア様は宰相さまの妹様、とても活発な方だと聞き及びますが、本当にこちらにいらっしゃるのでしょうか」
今、ミーシャがいるのは城の裏手にある
ダリア様の侍女の方に聞いてここに来たのだ、間違いはないはずだが
人がいる気配がない気がする。
もしや擦れ違いかしら
「もしかしたらすでに移動していると言うこともありますし」
引き返そうと元来た道を戻り始めた途端、身体が浮き
誰かの息遣いを首の後ろに感じた。
「どこ行くんだい?目的地から離れてどうするのさ」
背筋に冷たいものが走る。
得体が知れない何者かに後ろから抱き竦められていることに恐怖を感じ、固まる。
「顔はいまいちだけど抱き心地は悪くないな。」
手がミーシャの腰の辺りを触り、息が首筋に掛かる。
嫌悪感に肌が粟立つ。
「放して、放してください。」
「悪いが、こっちも金を貰ってるんだ。
諦めて・・・・・」
「諦めるのはそちらかと思うが、暴漢が」
暴れようと力を込めた瞬間後ろからの拘束がなくなり、女性の低い声が響く。
慌てて後ろを振り替えると
長い金の髪を高く一つに結い上げ、男装をする女性が剣を男に突き付けていた。
「まったく、騎士の端くれとして恥ずかしいと思わないのかい?
力弱き女性に乱暴を働こうとは
兄上に進言して一度根性を叩き直してもらわなければ」
憤慨する女性を思わず見つめ、それから正気に返り近付いて行く。
何を黙って立っているの、自分。お礼を
「あの、ありがとうございました。助けていただき」
「気にしないで貴女は悪くないよ。
悪いのは悪巧みをした奴とそれを手伝ったアホ共よ
あ、紹介が遅れたね。
私はダリア、ダリア・アナスタシア・クロニクルよ
もしかして、貴女はミーシャ様かしら?皇妃陛下の侍女長でいらっしゃる」
「はい」
どうやら彼女がミーシャが会いにやって来たダリアのようであった。
「とりあえずこいつを引き渡しちゃわないとゆっくりと話しも出来ないし
おっと、良いところに来たわね。」
「早すぎだ。何かあったらどうするつもりなんだ。」
気配もなく真横から登場した男性に思わず、一歩退いた。
だがその男性はミーシャを一瞥しただけで興味がないのか、ダリアに肩を叩かれてため息をつく。
「事情はなんとなく分かってる。こいつは任せろ
あちらで暇そうにしていた騎士達が見掛けたから」
そう言うと男を素早く縛り、とっとと行ってしまった。
あまりの素早さに何も言えなかった。
いやその前に誰か聞き損なった。