序
落ち着かなげに女性が馬車の中でため息を漏らす。
「どんな方なんでしょうね。
やはり噂されるように非道な方なのかしら?
私、これから花嫁になれるかしら?」
不安げに潤む瞳は同性でもさえも思わずクラッと来てしまうくらい儚げで可憐である。
「セシル様、落ち着いて下さいませ。何も心配することはありませんわ」
静かに寄り添いながら控え目に少女が向かい側からたしなめる。それに落ち着いたのかセシルと呼ばれた女性は少女を見る。
「でもね、あの方は私より四つも歳上でいらっしゃるし
もしかしたら他に女性の方々がいらっしゃるかもしれないわ」
沈んだ表情のセシルの手を取り、少女は安心させるように笑う。
「セシル様はこれから王妃として嫁ぐのです。ならば堂々となさいませ」
労るような眼差しにセシルが笑う。
「これでは私の方が子どものようね。貴女は私より年下なのに」
「年下とは言っても一つ違いなだけです。」
「どう見ても成人した女性に見えないよね、ミーシャは」
少女、ミーシャは落ち込んだように視線を馬車の外にやる。
窓に映る姿はどう見ても15~6歳の少女
18歳で成人なのがこの大陸の常識で、今年成人したミーシャにとって自分のこの姿はコンプレックスだ。
「ブロッサム城が見えてまいりました。」
外からの声にミーシャとセシルは顔を見合わせる。
そしてゆっくりと深呼吸し、気を引き締めるとミーシャはセシルのドレスや髪などを直して準備を整える。
「準備はどうかしら?」
「完璧です。
セシル様ほどお綺麗な方はおりません」
賛辞の言葉に頬を染めて頷き、セシルは高鳴る胸を押さえる。
ミーシャは伏し目がちに俯き、その時を待ち構える。
そう、だから知らなかった。
この時、いやこの結婚話が持ち上がった段階で大きな陰謀が張り巡らされ
幾重にも巻かれほどけない糸に自ら飛び込んで行っていたことに
なおかつ、ありえない王の一言によって引きおこされる騒動を
そして同時に不幸としか言えないミーシャの災難が幕を開けたことに
まだ二人は知らず、幸せな日々が始まるのだと信じていた。