カードを配る伯爵令嬢
フェルナー伯爵家の遊戯室には客人が四人そろっていた。長いテーブルの中央には茶器と焼き菓子が置かれている。書類を広げる余地も十分にあったが、リディア・フェルナーが席に着いたときその手に帳簿はなかった。
「慈善会の件で話があると聞いていたが」
ロシュ子爵ギデオンは、出された茶に手を付けずに娘のエミリアを見た。エミリアは彼の隣で背を伸ばしている。向かいのマティアス・ベルンは膝の上に置いた手を組み直し、レオン・ノースは茶器に視線を落としていた。
「そのためにお招きしました。父は今夜、屋敷におりません。お話は私がお聞きします」
リディアは引き出しからトランプを取り出した。紙の箱を開ける音に、四人の視線が集まる。
「今夜はこれを使います。五枚ずつ配って一度だけ交換する遊びです。勝った者は負けた者に一つ質問できます」
ギデオンが笑った。「伯爵令嬢の気まぐれに付き合えば、寄付金の話も進むのかな」
「進めます。調べた資料の一部はすでに司法官へ預けました。残りも明朝提出するつもりです。今夜は皆さんがご自身の言葉で話せるようにしたかったのです」
「勝ったら答える義務があるということ?」とエミリアが尋ねる。
「ありません。質問を断っても席を立ってもかまいません。私も負ければ答えます。勝負の結果で資料の提出を取りやめることはありません」
「ずいぶん変わった話し合いですな」
ギデオンは菓子皿を自分の方へ寄せ、ひとつ取った。「伯爵家の客人を四人も呼んで、勝った順に話せと言うのだから」
「同じ質問を四人にするつもりはありません。それぞれ違うことを確かめたいのです」
「私も人数に入るのですか」とレオンが聞いた。
「あなたに来ていただきたい理由があります」
レオンは菓子にも茶にも手を出していない。元の雇い主がすぐそばにいるためか、椅子を引いたときから部屋の出口を確かめていた。リディアが彼の方を向くと、目を合わせるより早く視線を引っ込める。
マティアスは初めて顔を上げた。何かを確かめようとする顔だったが、口は開かなかった。リディアがトランプを切る間、レオンの手は膝から動かない。
「わたしから始めます」
エミリアが山札に指を掛けた。ギデオンはその手を止めず、隣で再び笑みを作る。リディアは五枚をエミリアの前へ、次の五枚を自分の前へ滑らせた。
初めの勝負でリディアには同じ数字が二枚しかそろわなかった。エミリアは交換した一枚を手札に差し込むと、二組の同じ数字をテーブルに並べた。
「わたしの勝ちですね」
「ええ。質問をどうぞ」
エミリアはカードを伏せた。勝ちを喜ぶはずの口元が動かない。
「どうして一か月も、あの事故を調べていたのですか。慈善会のお金なら、帳簿を調べれば済むでしょう」
リディアは自分のカードを集めてから答えた。「ミラ・ノースが寄付金を盗んだとは思えなかったからです」
レオンの肩が上がった。マティアスもリディアを見たが、ギデオンは茶を一口飲んだ。
「ミラには別の場所で過ごしてもらっています。本人の了承を得て、伯爵家の領地にいる人たちに頼みました。無事です」
「それなら、いつからご存じだったんです」
レオンは身を乗り出した。リディアは箱にしまいかけたカードを置く。
「行方を調べて連絡が取れたのは、解雇されてしばらくしてからです。会いたいのであれば、本人にあなたの希望を伝えます」
「私は探しました。でも妹は戻ってこなくて」
それ以上はギデオンのいる前で言いたくないらしい。レオンは唇を結んだ。ミラを保護していると聞いても、まだ自分が彼女に会えるとは思えなかった。
「本当ですか」
レオンの声はかすれていた。リディアがうなずくと、彼はようやく顔を上げた。
「あの娘は寄付金を盗んだ疑いをかけられた使用人だ」
ギデオンは茶杯を置いた。「伯爵家が保護すれば、疑いまで消えると思っているのか」
「疑いが晴れたとは申し上げていません。ただ、お金の行方には別の説明があります」
リディアはカードを箱に戻さず、山をそろえて切り直した。レオンはミラの名前を口にしかけ、結局何も言わなかった。会いに行けるのか。そこでどう暮らしているのか。今聞いてもよいのかを、まだ決められずにいる顔だった。
「先ほどのお返事にはなっていますか、エミリア様」
「ええ。でも父と一緒にいたことまで疑われるとは思っていませんでした」
「まだその話はしていません」
ギデオンは娘に目を向けた。エミリアは失言を取り消す代わりに水を飲み、空のグラスを慎重に置く。リディアは彼女が質問を変えるのを待たず、約束した一つに答え終わったことだけを確かめた。
「事故の夜のことをお聞きになるなら、わたしが知っていることはもう話しています」とエミリアは続けた。「父と遊戯室でカードをしました。父が勝った回も覚えています」
「一晩中のことは伺っていません。時刻を区切って、もう一度お聞きするかもしれません」
「あの日は人の出入りが多かったもの。時刻まで言われると、わたしだって自信がありません」
それまで父親と一緒にいたと話していた人が、時刻だけは曖昧だと言い直した。リディアはそこを指摘せず、二組の手札を分けた。エミリアは自分が伏せたカードを見下ろし、重ねられるまで指を離さなかった。
エミリアは口を閉じた。リディアは新たに五枚ずつ配る。ギデオンが娘の手元を見たが、エミリアは父親の方を向かなかった。
今度はエミリアが二枚交換した。リディアは三枚を山札のそばに置き、必要な枚数を引く。二人が手札を開くと、リディアの組み合わせが勝っていた。
「事件当夜、二十一時四十五分から二十二時二分まで、お父様はずっと遊戯室にいらっしゃいましたか」
「もちろんです。前にもそうお話ししました」
エミリアの答えは早かった。リディアは手元の紙束から一枚を取り出し、彼女が読める向きに置く。給仕係の日誌の写しだった。
「二十一時五十五分にはあなた一人に茶をお出ししています。二十二時二分にはお父様が遊戯室へお戻りになったと記されています」
「給仕係が見間違えたのではないかしら」
「本人にも確かめました。あなたがお一人でいらしたことと、お父様がお戻りになったことを覚えています」
ギデオンが日誌を引き寄せた。「ひと月も前のことだ。給仕の記憶をそこまで信用するのか。途中でエミリアが別の席に移っていた可能性もある」
「日誌だけを見ればそう考える余地はあります。ですから、席の様子も本人に聞きました」
「それならわたしにも確かめてほしかったわ」
エミリアは父親に話しかけた。ギデオンは日誌から目を離さない。
「そんな昔の些細な出入りを覚えていられるものか。お前も曖昧な記憶で話を変えるな」
エミリアは彼の横顔を見つめた。しばらくして、テーブルの上に置いた自分の手を引く。
「父は部屋を出ました。戻ったとき、わたしに一緒にいたと言うよう頼んだのです」
「エミリア」
「会計のことで話をしたと知られれば、慈善会の評判が傷付くからって。人が亡くなったこととは関係ないと聞きました」
「だから事故の調査をした人にも、部屋を出ていないと話したのですね」
「父が遊戯室を離れた理由を知られなければ、寄付金について余計な疑いが出ないと思っていました。アランさんとは……父がその時間に会っていたなんて、知りませんでした」
エミリアは最後の言葉で顔を上げた。リディアはすぐに否定も肯定もしない。手元の写しからエミリアの出した茶の時刻をもう一度確かめる。ここに書かれているのは父親がいなかったという事実だけだ。
「その説明を信じたのですね」とリディアは言った。
「信じました。あの日は信じたのです」
エミリアはリディアを見ていた。父親がもう一度名前を呼んでも、すぐには振り向かなかった。リディアは日誌の写しを手元に戻し、二人のカードを集める。
「給仕係にも、明日お話しいただく予定です」
「わざわざ娘に嘘を言わせたと決め付けるのか」
「娘が自分でそう言ったのでしょう」とエミリアが返した。「父が部屋を出たことだけなら、今ここで認められます。どうしてわたしにあんな証言を頼んだのかは、父から聞きたいです」
ギデオンは応じなかった。エミリアは彼の肩へ手を伸ばしかけたが、途中で引っ込める。リディアは二人の答えがそろうのを待つつもりはなかった。次に聞くべきことは、会計を預かっていた者にしか答えられない。
ギデオンの問いに答える前に、マティアスが椅子を動かした。立ち上がったわけではない。だがその音は、次は自分だと知っている者のものだった。
「ベルンさん。お相手をお願いできますか」
「帳簿のことをお聞きになるのでしょう」
「ええ。私が確認したいことはあります。あなたにもあるのでは?」
マティアスは眼鏡を直し、配られた五枚を取った。リディアが自分の手札を見ている間、彼はギデオンへ目を向ける。ギデオンは背もたれに寄り掛かり、無言で手を組んでいた。
「冬の燃料費が、昨年より大きく増えています」
リディアの言葉に、マティアスはカードを一枚抜いた。「値上がりしました。納入の手配も難しい時期で」
「救貧院にはその量の燃料が届いていません。納品を受けた人と記録を確かめました」
「記録の付け忘れでしょう。現場ではよくあります」
「燃料だけではありません。寝具と冬用の備品もです。支払いはノルク商会へ行われていますが、入金後すぐに別の口座へ移されています」
マティアスが交換用に抜いたカードを握ったまま動かない。リディアも交換を待った。彼が二枚を置いて新しいカードを受け取ると、ようやく自分の一枚を交換した。
「そこまでお調べなら、私に聞くことはないでしょう」
「口座の名義だけでは、ノルク商会を実際に動かしていた人は分かりません。支払いを命じた書類があれば話は進みます」
「そんなものは知りません」
マティアスは手札を閉じたまま、テーブルに裏返して置いた。勝負を降りる合図だった。リディアも手札を伏せる。
「では私の勝ちです。お尋ねします。支払指示書をお持ちですか」
マティアスは答えない。代わりにギデオンが口を開いた。
「会計を預かっていたのは彼だ。帳簿に架空の数字があるというなら、まずその数字を記入した本人に聞くべきだろう。私の名前を持ち出す前に」
「子爵様の指示で記入しました」
言い終えると、マティアスはギデオンから目をそらした。服の内側から折った紙を取り出し、リディアに渡す。ノルク商会への支払いを命じる文の末尾に、ギデオンの署名があった。
「この書類を見たとき、何を買うための支払いだと聞かされましたか」
「冬の備えだと。納入の記録は後から届くと言われました。でも届いたのは数字だけでした。商会からの請求に合わせて帳簿を書けと指示されて、それを続けました」
「途中で実際の納入量を確かめませんでしたか」
「確かめれば、何かを決めなければならない。私には妻も子もいます。仕事を失うのが怖かった」
マティアスは説明しながら、書類の端へ伸ばした手を引いた。家族のためだったと重ねればリディアが許すと思っているわけではない。それでも口にしたのは、自分がどこで判断を放棄したかを初めて言葉にしたからだった。
「写しです。原本は別にしまってあります。もし私一人の仕業にされたら、出すつもりでした」
ギデオンが紙に手を伸ばした。リディアは押さえずに、見える位置へ置いておく。
「その紙を破っても原本は残ります」とマティアスが言った。
ギデオンの手が止まる。エミリアは指示書の署名を見つめていた。父親の手紙で何度も見た文字だった。
「私は帳簿を偽りました。そのことは認めます。でも、アランさんが亡くなったことは知りませんでした」
「亡くなった後も記入を続けたのですか」
「はい。そのころには請求書を見ただけで、何を書けばいいか分かるようになっていました。手を止めれば以前の分も調べられると思って、同じ数字を重ねました」
マティアスは給仕のために置かれた水差しへ目をやった。手を伸ばさないまま、乾いた唇をなめる。紙には金額と日付が並んでいる。実際に燃料を待っていた人がいたことを、彼は先ほどまで帳簿の数字だけで片付けようとしていた。
「あなたのしたことは、改めて調べられます」とリディアは答えた。「原本も提出してください」
「分かりました」
マティアスは両手を膝に戻した。勝負を降りる前より背筋が伸びているが、その指先はまだ固く組まれたままだった。
「紙一枚で私を商会の持ち主にする気か」とギデオンが言う。
「支払いを命じた事実を確かめているところです。商会の名義を貸した人物への調査も、これから必要になります」
リディアは指示書の写しを紙束に重ねた。商会とギデオンの関係は調べる余地が残る。それでも、金がミラの手で救貧院から持ち去られたという話には合わなかった。
レオンはその紙を見たまま動かなかった。妹は金を盗んでいない。そう言いたいのに、言えば自分が隠したものにも話が及ぶ。彼は茶杯を持ち上げ、飲まずに戻した。
「ノースさん。次にお願いできますか」
レオンはうなずいた。リディアが五枚を配り終えるまで、彼はカードに触れない。
「妹に会わせてもらえるんですか」
「本人に希望を聞いてからになります。あなたが話したいことも伝えます」
「私から聞いてみましょうか」
ギデオンの声に、レオンの手が止まった。「妹の立場を案じるなら、余計な話はしない方がいい」
「もう屋敷を追われています。あなたの言うとおりにした後で」
ギデオンは口をつぐんだ。レオンはカードを持ち上げたが、数字を追う目は長続きしない。二枚を交換してから、彼は手札を伏せた。
「勝負になりません。降ります」
「では一つだけ。アランさんの手帳から抜かれた紙は、今もお持ちですか」
レオンの顔がこわばった。アランの手帳にはとじ目に一枚だけ破った跡が残っていた。リディアはその事実を述べた後、次の言葉を待つ。ギデオンの手が肘掛けを握っているのが見えた。
「私が取ったと、いつから」
「誰が取ったかは分かりませんでした。あなたが何かを隠しているとは思っていましたけれど」
「答えなくていい」とギデオンが言った。
リディアはレオンから目を離さない。「ミラさんは今、事情を話すかどうかを自分で決められます。すでに話したいと伝えてくれました」
レオンはカードをテーブルへそろえて置いた。内ポケットから小さく折り畳んだ紙を出す。何度も広げたらしく、折り目のところが白くなっていた。
「事件の後、手帳から抜くよう命じられました。これを処分すれば、ミラに盗難の疑いが及ばないと。私は妹のことばかり考えて、取ってしまった」
リディアは差し出された紙を開いた。事件当夜、ギデオンに会って帳簿の支払いについて尋ねる予定が、アランの字で書かれていた。時刻と書斎の名もある。
「結局、ミラは解雇されたでしょう」
「ええ。私は取った紙を捨てることもできませんでした」
「そのとき妹さんに、何があったか話しましたか」
「いいえ。紙を見せれば、私がしてしまったことも分かります。先に謝らなければならなかったのに、会う方法を探すと言うばかりで」
レオンは紙の折り目を指で押した。今夜これを渡しても、妹にしたことは消えない。だからこそ折り畳んだまま持ち帰るのはやめたのだと、リディアには見えた。
「正式な調査では、取った経緯をそのまま話してください。紙を隠した事実も調べられます」
「分かっています」
「ミラさんが横領に関わっていないことも、証拠とともに調べてもらいます」
レオンは返事をする前に、いったんギデオンを見た。子爵は妹の名前が出ても、もう彼の方を見ていなかった。
「ミラはあの夜、旦那様を裏廊下で見ています」
ギデオンが顔を上げる。エミリアもレオンに向き直った。
「妹からその話を聞いていました。けれど私が紙を隠したことを話せないまま、妹に証言しろとも言えなかったんです」
「それもあなたが決めたのですね」とリディアが言う。
「ええ。妹が盗んだと疑われた後は、なおさら言えませんでした。これを出したら、今度こそ妹の話を聞いてもらえるのか分からなくて」
レオンは手帳の紙を見た。疑いを晴らす書類だと思って持っていたのではない。自分が命令に従った跡でもある。妹の証言とこの紙を一緒に出すなら、自分が妹を守り切れなかったことも話さなければならない。
「何時ごろですか」
「本人は二十一時五十七分ごろだったと言っています。遊戯室とは反対側から歩いてきて、左袖が破れていた。腕を押さえていたそうです。争ったのかと思ったけれど、声を掛けられなかったと」
「その話を私にもしてくれました」とリディアが言う。「最初から公にするつもりだったわけではありません。自分の証言が疑われることを怖がっていました」
「使用人一人の話だ。夜の廊下で別人を見たのかもしれん」
ギデオンは左腕を肘掛けから外した。袖に傷はない。ひと月が過ぎ、事件当夜の上着を着ているはずもなかった。
「今の服のことを尋ねてはいません」とリディアが言う。
「私も今の服の話などしていない」
レオンは顔を伏せた。リディアはミラの証言を書き留めた紙の写しを出し、アランの手帳から抜かれた一枚の横に並べる。ギデオンが書斎へ行った可能性は高くなった。そこで何が起きたかまでは、まだ分からない。
リディアは別の写しを一枚出した。「アランさんを診た医師の記録です。後頭部の傷と、石段に残った血の状態が合わないと書かれています」
「事故として調べられたはずだ」
「当時の判断はそうです。ただ、医師は疑問を残していました」
「疑問なら誰にでも持てる」
「ええ。翌日に書斎の敷物が交換されたことも、それだけで理由は決まりません」
敷物を運び出した使用人は、表面に血のような染みがあったと話していた。リディアがそう続けると、マティアスは指示書を置いたあたりへ視線を落とす。ギデオンは何も言わない。
「アランさんはあなたと書斎で会う予定でした。あなたは遊戯室を離れ、裏廊下で目撃されています。アランさんは石段で発見されましたが、傷と現場の血には説明の付かないところがある。私は書斎で襲われ、後から石段へ運ばれた可能性を考えています」
リディアは書類を指でたどった。給仕係が書き残した時刻と、ミラが覚えていた裏廊下での出来事はつながる。ただし文鎮を使った者が誰かを示す記録はなく、敷物の染みも当時のまま残っていない。医師の疑問を示しただけで、死の場所を決めることはできなかった。
「もし書斎を調べ直せるなら、敷物の交換を命じた人にも聞いていただきたいのです」
「私だと言いたいのか」
「誰が命じたかを確認したいと言っています」
ギデオンは医師の記録をつまみ、文字を数行読んでから元へ戻した。そこには書斎という言葉はなかった。
「それで私が殺したと?」
「そこまでは分かりません」
ギデオンは椅子を引いて立った。「ならば終わりだ。私が書斎へ行ったことと、アランを殺したことは別だろう」
「そのとおりです。今夜ここを出られても、調査は進みます」
リディアは立ち上がらなかった。カードの向きをそろえ、山を切る。扉まで数歩の所でギデオンが足を止め、リディアの紙束へ目を向けた。
「司法官への資料には今夜の話も書き足すのだろう」
「はい。誰がどの話をしたか分かるようにします」
「私の否定もか」
「それもお話しになったことです」
ギデオンは扉の取っ手に触れなかった。エミリアが顔を上げるまでその場に立ち、リディアの手元にある紙束を見ていた。
「私とも勝負をするつもりだったな」
「お願いできれば」
ギデオンは席へ戻った。エミリアは父親の椅子が引かれる音にも顔を向けず、敷物の証言が記された紙を見ている。
リディアはそれまでと同じように五枚ずつ配った。勝敗に金は懸けない。カードを交換した後で手札を比べ、勝った者が一つだけ尋ねる。最初に伝えた取り決めをギデオンも確認し、二枚を伏せて新しいカードを受け取った。
リディアは三枚を交換した。思うような組み合わせにならない。ギデオンは彼女の顔を見たが、リディアは手札を閉じてテーブルへ置く。二人が開いたカードでは、ギデオンの方が強かった。
「私の勝ちだ」
「ええ。ご質問を」
ギデオンはリディアの前にある紙束を見た。「慈善会の帳簿の原本はどこにある」
質問を口にするとき、ギデオンは紙束ではなくリディアの顔を見た。帳簿そのものが手元にないなら、今夜彼女が見せた写しには何が残っているのか。リディアは紙束を開かずに答える。
「司法官に預けました。帳簿と送金記録は今、そちらで保管されています」
エミリアが父親を見た。ギデオンはカードを持ったまま、リディアの返事を待っている。
「いつだ」
「今のご質問は一つでした」
「そうだな」
ギデオンは手札を置いた。勝った者が質問できる。それを最初に確かめたのは自分だった。勝ってから調べても、帳簿はこの部屋にない。
「原本を預けたからには調査が始まるのでしょう」とエミリアが言う。
「送金の経緯は調べられます。今夜誰が何を話したかに関係なく」
「あなたは初めからそのつもりで、私たちにカードを配ったのね」
「明日お渡しする資料もあります。ここで伺った話はそれぞれが話したとおりに記します。帳簿は先に預けました」
エミリアは父親が勝ったカードを見た。「勝てば父の疑いが消えると思ったわけではないけれど、少しは違うのかと思っていました」
「お父様が勝ったので、私が質問に答えました。そこは約束どおりです」
リディアは開かれたカードを箱へ戻す。ギデオンは自分の手札だけを目の前に残した。何かを引き換えにできると思っていたカードが、今はただの五枚になっている。
「私は署名のある支払指示書も出します」とマティアスが続けた。「帳簿を書き換えたことも、自分の言葉で説明します」
「手帳の紙も提出します」
レオンが折り目のついた一枚をリディアから受け取り、今度は広げたまま持っていた。エミリアはその紙を見るより先に、父親へ向き直る。
「わたしが証言を変えなかったら、ミラに罪を押し付けるつもりでしたか」
ギデオンはすぐに答えなかった。帳簿の話には反論を重ね、医師の記録にも反論した。娘の問いには口を開いてから閉じる。リディアは二人の間へ言葉を差し込まず、残りのカードを集めて箱に戻した。
「あの娘は私を見ていた」
ギデオンはテーブルの木目に目を落とした。「疑いを向ければ、あの夜の話をしても信用されまいと思った」
エミリアの指が膝の上で動いた。「盗んでいない人を、盗んだように見せたのですね」
「そうだ」
「では、アランさんのことは」
「書斎に来た。支払いを調べたと言って、私に説明を求めた。最初は話すつもりだった」
「アランさんは、書類を持っていましたか」とリディアが聞いた。
「帳簿の写しを持っていた。救貧院に渡った品の数まで照らしていた。あれを持ち出されたら、寄付金の行方が知られると分かった」
「説明を求められたときに、返したのですか」
「できなかった。ノルク商会へ払わせた金は、私の事業で作った借金に使った。アランがそれで納得するわけがない」
マティアスは署名の写しを見てから顔を伏せた。ギデオンはその視線を追わず、話を続ける。
マティアスが息を止める。ギデオンは指示書の写しには触れず、手の平をテーブルに置いた。
「口論になっただけだ。殺すつもりなどなかった」
リディアは彼の返事を待ってから聞いた。「アランさんは、その後書斎を出ましたか」
「出ていない。持っていた資料を取ろうとして争いになった。私は机の文鎮で後頭部を殴った」
エミリアは何も言わない。父親の顔を見たまま、足元に落ちた自分のハンカチにも気付いていなかった。
「倒れて動かなくなったとき、初めは気を失ったのだと思った。だが呼んでも返事がない。私は書斎から運び出して、屋外の石段に置いた。転落したように見せたかった」
ミラが見た破れた袖の理由を、ギデオンは尋ねられる前に話した。重い体を運ぶ際に戸口へ引っ掛けたという。書斎の敷物に付いた血を見て交換させたことも認めた。
「遊戯室へ戻ってからエミリアに頼んだ。私と一緒にいたことにしてほしいと。レオンには手帳の紙を抜かせた。ミラが裏廊下で私を見たと知り、盗難を疑わせた」
「なぜわたしに本当のことを言わなかったの」
エミリアの声が出たのは、ギデオンが話し終えてからだった。
「言えば、お前まで巻き込む」
「もう巻き込んでいます。わたしは父のために嘘をつきました」
「そう言えばお前は黙っていてくれると思った。お前が人前で私を疑わないことも分かっていた」
「今は疑っています。聞かないで済ませたくない」
エミリアは足元のハンカチを拾い、膝の上へ置いた。涙をふくことはなく、端をそろえて握っている。ギデオンはその手を見たが、娘にもう一度自分を信じろとは言わなかった。
ギデオンは娘を見た。弁解する言葉を探すように唇が動いたが、声にはならなかった。
リディアは机の端にある紙を引き寄せた。「お話しになった内容を文書にしていただけますか。署名もお願いします」
ギデオンは紙を受け取った。人に代筆を頼まず、自分の手で書き始める。リディアはマティアスとレオンの書類を別にそろえ、書き終えるまで待った。
「エミリア様も、以前の証言について説明していただくことになります。お父様が話されたからといって、あなたの証言がなかったことにはなりません」
「分かっています。給仕係にも謝らなければ」
リディアはうなずいたが、許されたとは言わなかった。ギデオンが書き終えた紙を読み返す間、エミリアは自分の手を見つめていた。レオンは手帳の一枚を折り直さず、机に置く。
ギデオンは最後の行に署名した。署名の下へ日付を書き、紙をリディアに渡す。リディアは内容を確かめ、彼の前へ戻さず自分の紙束に重ねた。箱に収まらなかった一枚のカードが、二人の間に残っていた。
数日後、ギデオンの告白を受けて、アランの死について正式な再調査が始まった。慈善会の帳簿と送金記録も調べられている。マティアスは帳簿を書き換えた経緯を、レオンは手帳の紙を隠した経緯をそれぞれ説明することになった。
エミリアも証言を訂正した。彼女に対する判断はまだ出ていない。ミラにかけられた寄付金盗難の疑いは、金の移動を調べた結果、晴らされた。
領地から戻ったミラを、リディアは伯爵家に招いた。ミラは客間の入り口で立ち止まり、出された椅子を見た。リディアが座ると自分も席に着き、勧められた茶杯を受け取った。
「兄はどうなりますか」
「紙を隠したことについて調べられています。今の段階で処分は決まっていません」
「会計の人と、子爵様のお嬢様も?」
「ええ。それぞれ話をしています。決まっていないことまで、決まったとは言えません」
ミラは茶杯を置いた。「あの日、わたしがすぐ話していればと思うこともあります。でも、疑いをかけられた後では、誰に言っていいか分からなかった」
「今話してくださったことは、記録に残っています」
ミラはうなずいた。リディアに感謝を言うより先に、聞きたいことをもう一つ思い出した顔をする。
「皆さんでトランプをしたそうですね。兄から聞きました。あの場で、どうして遊ぼうと思ったんですか」
二人は遊戯室へ移った。あの夜の茶器は片付けられ、テーブルの上には何もない。リディアは引き出しからトランプの箱を出した。
「四人をただ座らせても、互いの顔を見ながら答えを選んでしまうと思ったんです。カードを見ていれば、すぐに返事をしなくても済みますから」
「黙って考える時間を作ったんですね」
「ええ。誰かに言われた答えではなく、自分で決めたことを話してほしかった。誰も話さずに帰るかもしれませんでしたけど」
「伯爵令嬢でも勝算はなかったんですか」
「ありませんよ。現に一番聞きたいことのあった相手に負けました」
ミラは笑い、リディアから渡された箱を開いた。「わたしも強くありません」
「今度は質問なしです。普通に遊びましょう」
ミラが最初のカードを引いた。リディアは残りを切り、二人の前へ五枚ずつ配った。




