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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第7章

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第8章 第1話:スタンフォードからの招待


あらすじ:サラ・チェン博士とのオンライン会話が実現する。彼女が発見した問題は、日本での調査と深く繋がっていた。アメリカの複数の大学で、日本の行動科学研究所と酷似したシステムが、密かに稼働していたのだ。さらに、そのシステムは、単一の組織によるものではなく、複数の国が連携した、より大規模なネットワークの一部だった。サラは、智也に、スタンフォードへの渡航を求める。智也は、大学の夏季休暇を利用して、アメリカへと渡ることを、決断する。


---


サラ・チェンからの返信は、翌日の朝に届いた。


「Thank you for your quick response. I am available for a video call this Saturday at 10 AM JST. Looking forward to our conversation. Best, Sarah Chen.」


土曜日の朝十時。


智也は、大学の図書館の個室ブースに入り、ノートパソコンを開いた。


美優も、オンラインで同席することになっていた。


定刻より少し前に、ビデオ通話のリクエストが届いた。


接続すると、画面の向こうに、四十代と思われる女性が現れた。


短い黒髪。鋭い目。だが、その目には、温かさも宿っていた。


「こんにちは、千葉さん。初めまして。サラ・チェンです」


彼女は、流暢な日本語で、挨拶した。


「日本語が話せるのですか」


「はい。七年間、日本で研究していたことがあります。東京大学との共同研究でした。その経験が、今、とても役立っています」


「こちらこそ、初めまして。隣に、鮎川美優がいます。私の長年の協力者です」


美優が、画面に顔を出した。


「はじめまして。鮎川美優と申します。記者であり、特別報告者を務めています」


「鮎川さんの書籍は、読みました。素晴らしかった。あの書籍を読んで、私が研究していた問題が、日本での問題と深く繋がっているのではないかと、確信しました」


「では、早速ですが、発見されたことを、教えていただけますか」


サラは、深呼吸をした後、説明を始めた。


「私が最初に異変に気づいたのは、半年前のことです。スタンフォードに在籍する複数の大学院生が、特定の思考パターンを、急速に形成している様子を、観察しました」


「特定の思考パターンとは、どのようなものですか」


「社会問題への批判的な視点の、急速な均質化です。本来、多様な背景を持つ大学院生たちが、全員、驚くほど似た結論に至るようになっていた。最初は、学術的な議論の成熟と、考えていました。ただし、そのスピードと均質性が、通常の学習では説明できないレベルだったため、詳しく調べることにしました」


「その調査の結果、何が分かりましたか」


「複数の発見がありました。まず、その大学院生たちが、共通して使用している、特定のオンライン学習プラットフォームが、存在していました。表向きは、学術的なリソースを提供するプラットフォームですが、その内部に、学習コンテンツの閲覧パターンから、ユーザーの認知傾向を分析し、特定の方向に誘導するアルゴリズムが、組み込まれていることが判明しました」


智也は、その説明を聞きながら、デイリーモーメントとの類似性を、即座に感じた。


「そのプラットフォームの名前は、何ですか」


「**AcademicMind**というプラットフォームです。アメリカの複数の大学で、標準的な学術支援ツールとして、採用されています」


「その背後にいる組織は、特定できましたか」


「一部は、特定できました。ただし、その特定の過程で、日本との繋がりが見えてきたのです」


サラは、画面の前に、複数の書類を広げた。


「AcademicMindの資金の一部が、日本の行動科学研究所と、同じ資金源から来ていることが、判明しました。具体的には、北条慎之介が管理していた、複数の投資ファンドです」


その事実が、智也に、事件の真の規模を、改めて認識させた。


北条の人材育成計画は、日本だけではなかった。


アメリカでも、同じような仕組みが、稼働していたのだ。


「他に、どの国で同様のシステムが確認されていますか」


「現時点で、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、そして、複数のヨーロッパの国々で、AcademicMindが使用されています。そして、その全ての国で、同様の認知均質化の傾向が、一部の学術コミュニティで見られています」


「つまり、英語圏の主要な大学を、網羅しているということですか」


「そうです。しかも、AcademicMindは、非常に高い学術的な評価を受けているため、疑いの目を向けられにくい状況にあります」


その説明が、智也の推理に、決定的な方向性を与えた。


AcademicMindは、デイリーモーメントよりも、行動科学研究所よりも、はるかに洗練された形で、学術界に浸透していた。


学術ツールとしての信頼性を装うことで、批判を回避しながら、複数の国の次世代の知識人層を、同時に操作しようとしているのだ。


「千葉さん、一つお願いがあります」


サラは、真剣な表情で言った。


「この問題を解決するために、スタンフォードに来ていただけますか。私だけでは、この規模の問題に対応することが、難しい。あなたの推理の力と、鮎川さんの報道の力が、必要です」


「スタンフォードへの渡航ですか」


「はい。夏季休暇中に、一ヶ月程度。私の研究室で、共同で調査を進めたい。インターポールやFBIとの連携も、すでに検討を始めています」


智也は、その提案を、即座には答えなかった。


美優が、智也の表情を見ながら、代わりに答えた。


「少し、確認させてください。千葉君と相談して、今週中に返事します」


「もちろんです。急ぐことはありません。ただし、一つだけ伝えておきたいことがあります」


「何ですか」


「AcademicMindの開発者たちは、あなたのことを、知っています。日本での調査の影響で、すでに、警戒態勢に入っている可能性があります。時間が経つほど、証拠の隠蔽が進むリスクがあります」


その言葉が、決断を迫るものだったが、智也は、慌てなかった。


「わかりました。今週中に、返事します」


通話が終わった後、美優が言った。


「行く?」


「行くべきだと思います。ただし、準備が必要です」


「何を準備するの?」


「まず、大学側に、夏季休暇中の長期不在の届け出を行う。次に、委員会としての正式な海外調査の許可を得る。そして、木村刑事と進藤さん(退職後も連絡を取り合っている)に、状況を報告する。さらに、村上先生に、技術的な分析のための事前準備を依頼する」


「相変わらず、準備が丁寧ね」


「以前の失敗から学びました。準備なしで動くと、後で対処できない問題が生じる」


美優は、その言葉を聞いて、小さく笑った。


「では、私の方は、スタンフォードでの取材許可と、出版社への連絡を進める」


「よろしくお願いします」


その週の内に、複数の準備が、着実に進んだ。


大学への届け出は、国際的な委員会活動の一環として、正式に許可された。


木村刑事からは、以下の言葉があった。


「AcademicMindについては、私たちも、独自に情報収集を始めていた。スタンフォードのサラ・チェン博士との連携は、FBI側との協力関係を構築する上でも、有効だ。積極的に動いてくれ」


進藤刑事(退職後も、大学講師として活動中)からは、以下のメッセージが届いた。


「君の旅は、止まらないな。誇りに思う。気をつけて行ってこい。そして、また、会いに来てくれ」


村上准教授からは、以下の提案があった。


「私も、AcademicMindのアルゴリズムの技術的な解析を、遠隔で支援できます。サラ・チェン博士とも、研究者として連絡を取り合うことが可能です。国際的な共同研究の形にしましょう」


全ての準備が整い、智也は、サラへの返信を書いた。


**「Dear Dr. Chen. I have completed all necessary preparations. I will come to Stanford. My colleague, Miyu Ayukawa, will also join remotely for the reporting aspect. I am bringing my reasoning approach and the experience from the Japan cases. I look forward to working with you. Best regards, Tomoya Chiba.」**


送信した後、智也は、図書館の席で、推理ノートを開いた。


アメリカ渡航の前に、これまでの旅全体を、改めて整理したかったからだ。


**第一章:田中陸斗の死から、学園内のゲームシステムの解明へ。**


**第二章:国際条約の締結、政治的陰謀との対峙。**


**第三章:シャドウ・ネットワークの核心、アレクサンダーとの対話。**


**第四章:学術界の侵食、書籍の出版、決着。**


**第五章:デイリーモーメント、橘哲也、デジタル感情操作。**


**第六章:エリック・ノース、高校卒業、新たな旅立ち。**


**第七章:行動科学研究所、北条慎之介、大学での人材育成計画。**


**そして、第八章:AcademicMind、サラ・チェン、複数の国に跨がる認知操作ネットワーク。**


その流れを見た時、智也は、一つのパターンに気づいた。


各章で、敵の規模が、拡大し続けている。


一人の生徒の死から始まった事件が、学園、国内、国際、そして、今や、複数の国の大学における学術コミュニティ全体へと、その舞台を広げていた。


だが、同時に、智也自身も、それに比例して、成長してきた。


孤独な高校生から、信頼できる仲間を持つ推理者へ。


局所的な推理から、国際的な視点を持つ分析者へ。


そして、真実を明かすだけでなく、真実を伝える責任をも担う、社会的な存在へ。


その成長の軌跡が、推理ノートの全ページに、刻まれていた。


渡航の前日の夜、美優と、最後のオンライン打ち合わせをした。


「明日、出発ですね」


「はい。初めてのアメリカです」


「緊張してる?」


「していません。驚くことですが、している感覚がない。以前、スイスに行く時は、少し緊張していたのに」


「成長の証ね。未知の場所への恐怖が、減ってきた」


「美優さんも、リモートで同行しますね」


「そう。スタンフォードの資料にアクセスできるよう、サラ博士が手配してくれている。できる限り、リアルタイムで動く」


「心強いです」


「一つだけ、忘れないでほしいことがある」


「何ですか」


「日本に帰ってきてください。必ず」


その言葉は、シンプルだったが、その中に、この長い旅を共に歩んできた二人の関係の、全てが込められているように、智也には感じられた。


「必ず、帰ります」


翌朝、成田国際空港。


智也は、搭乗ゲートの前に立った。


荷物は、スーツケース一つと、肩掛けのバッグ。


バッグの中には、推理ノートが、何冊も入っていた。


搭乗のアナウンスが流れた。


「サンフランシスコ行き、ユナイテッド航空○○便の搭乗を開始します」


智也は、そのアナウンスを聞きながら、推理ノートの最初のページを、頭の中で思い浮かべた。


**「飛び降り事件。田中陸斗。なぜ、彼は死んだのか。」**


あの問いから始まった旅が、今、大西洋を越えようとしている。


その旅の終わりは、まだ、見えない。


だが、それでいい。


推理者の旅に、終わりはない。


あるのは、次の問いへの扉だけだ。


智也は、搭乗ゲートを通り抜けた。


第八章が、今、本格的に幕を開けた。


---

第8章 第1話「スタンフォードからの招待」完


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