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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第4章

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第4章 第5話:河合の証言


あらすじ:家族の保護を条件に、河合信也がついに口を開く。その証言は、シャドウ・ネットワークが学術界に侵食していった経緯と、複数の研究者が取り込まれていった過程を、詳細に明かすものだった。同時に、西田浩二教授とテクノフューチャーの岩本達也専務も、相次いで供述を開始する。三者の証言が重なり合うことで、シャドウ・ネットワークの残存活動の全容が、ついに明らかになっていく。


---


河合信也が、正式な証言に応じることになった翌週の月曜日。


東京都内の、とある警察署の会議室に、複数の人物が集まった。


進藤刑事と、その部下が二名。


美優と智也。


そして、弁護士を従えた、河合信也。


河合の表情は、穏やかだった。


以前、美優と面会した時の、防御的な雰囲気は、消えていた。


その代わりに、長い間、重いものを背負ってきた人間が、ようやく、それを下ろす準備ができたような、静かな覚悟が、漂っていた。


「では、始めましょう」


進藤刑事が、そう言った。


「河合さん、最初に確認します。今日の証言は、自発的なものですか」


「はい。自発的なものです」


「では、お話しいただけますか」


河合は、ゆっくりと、語り始めた。


「私がアレクサンダー・ヴァイスと出会ったのは、今から十五年前のことです。当時の私は、研究費の不正使用という疑惑で、学術的な評価が低下していました。その状況を、彼は、正確に把握していました」


「どのようにして、把握していたのですか」


「後になってわかったことですが、彼は、複数の学術機関の内部情報を、複数のルートから収集していたようです。各研究者の経歴、業績、資金状況、そして、弱点まで」


智也は、その言葉を聞きながら、かつての学園内のゲームを思い出した。


生徒たちの個人情報を収集し、弱点を把握し、そこに介入する。


アレクサンダーは、その手法を、学術界に対しても、同様に適用していたのだ。


「彼が、あなたに最初に接触してきた時、どのような形でしたか」


「国際学術会議でのパーティーでした。彼は、私の研究に強い関心を示し、研究資金の提供を申し出ました。当時の私には、その申し出が、どれほど危険なものかを、判断する余裕がありませんでした」


「その後、どのような経緯で、シャドウ・ネットワークへの関与が深まったのですか」


「最初は、単純な研究資金の提供でした。次に、研究成果の共有を求められました。そして、次第に、特定の研究テーマへの誘導が始まりました」


「特定の研究テーマとは、何ですか」


「**個人行動予測AIの開発**です。特に、人間の意思決定プロセスに影響を与える要因の研究を、重点的に行うよう、求められるようになりました」


「その研究が、民意操作AIの開発に利用されたということですか」


「はい。私の研究成果が、そのような形で利用されるとは、最初は、思っていませんでした。だが、次第に、その可能性に気づき始めました。それでも、その時点では、関係を断ち切る勇気がありませんでした」


河合は、そこで、一瞬、言葉を止めた。


「研究資金への依存だけでなく、脅しもあったのです」


「どのような脅しですか」


「研究費不正疑惑の証拠を、公開すると言われました。その証拠が本物かどうか、今となっては確認できません。だが、当時の私には、その脅しが、極めて有効だったのです」


その言葉が、河合という人物の、長年の苦しみを、如実に示していた。


取り込まれ、脅され、しかし、抜け出せない。


その状況の中で、十五年間、生きてきたのだ。


「学術界への工作について、具体的に教えていただけますか」


「アレクサンダーの指示は、主に、三つの方向性がありました」


「三つとは、何ですか」


「一つ目は、**特定の研究者を、シャドウ・ネットワークに誘導すること**です。私は、複数の若い研究者たちに、アレクサンダーの組織を紹介しました。その研究者たちは、研究資金という形で、組織に取り込まれていきました」


「具体的に、何名くらいですか」


「私が直接関与したのは、十名程度です。ただし、他の経路を通じて取り込まれた研究者も、複数いると思われます」


「二つ目の方向性は、何ですか」


「**不正なデータを含む研究の、学術的な正当化**です。西田浩二教授の論文は、その典型的な例です。私は、彼の論文の査読委員として、データの正当性に疑問を持ちながらも、承認しました」


「なぜ、承認したのですか」


「アレクサンダーの指示でした。西田教授の研究が、学術的に正当だと認定されることで、そのデータを基にしたAIシステムの開発が、学術的な根拠を持つことになるからです」


「つまり、学術界の権威を、AIシステムの開発に利用しようとしていたということですか」


「そうです。そして、三つ目の方向性は、**不都合な研究の抑圧**です。もし、シャドウ・ネットワークの活動に疑問を呈するような研究が行われた場合、その研究が発表されないように、複数の手段を使って、阻止するよう、指示を受けていました」


「その手段とは、何ですか」


「査読プロセスでの否決、研究費の打ち切り、あるいは、当該研究者の学術的な評判を、意図的に低下させることです」


その証言は、学術界という、社会的に信頼度の高い分野が、いかに深く侵食されていたかを、明らかにした。


智也は、その話を聞きながら、複数の推理を組み立てた。


学術界への侵食は、三方向で行われていた。


研究者の取り込み、不正データの正当化、そして、不都合な研究の抑圧。


この三方向の工作により、シャドウ・ネットワークは、学術界を、自分たちのAIシステム開発のための、安全な基盤として確立しようとしていたのだ。


その日の午後、別の会議室では、西田浩二教授が、別の刑事に対して、供述を開始していた。


美優は、その供述内容を、後で進藤刑事から入手した。


「西田の供述は、河合の証言と、ほぼ一致しています」


進藤刑事は、そう報告した。


「西田は、最初から、データの出所について、詳しく確認しなかったことを認めました。そして、研究資金の提供元が、シャドウ・ネットワークに関連していることを、途中から気づいていたにもかかわらず、続けたことも認めました」


「西田は、なぜ、続けたのですか」


「研究成果への執着です。彼の研究は、個人行動予測AIの分野で、極めて高い評価を得ていました。その評価を失いたくなかったのです」


その動機は、河合とは異なるものだったが、根底にあるものは、同じだった。


自分が失いたくないものを守るために、倫理的な判断を曲げてしまう、人間の弱さ。


その弱さが、シャドウ・ネットワークによって、巧みに利用されていたのだ。


そして、その夜、進藤刑事から、さらに重要な知らせが届いた。


「岩本達也専務が、弁護士との協議の結果、供述を開始することを決めた」


岩本の供述から、テクノフューチャーの学習支援システムに埋め込まれた、隠れたデータ収集モジュールの詳細が、明らかになった。


「そのモジュールは、私が開発したものではありません」


岩本は、そう供述した。


「シャドウ・ネットワークの技術チームが、開発したものを、私たちのシステムに組み込むよう、指示されました。その代わりに、巨額の開発費の支援を受けました」


「その指示は、誰から来たのですか」


「株式会社テクノ・ブリッジの黒川さんを通じて、です。彼から、具体的な技術仕様と、組み込み方法の指示を受けました」


「あなたは、そのモジュールが、生徒のデータを不正に収集するものだと、理解していましたか」


「最初は、理解していませんでした。ただし、途中から、その可能性に気づきました。その時点で、やめるべきでしたが、既に、深く関与してしまっていました」


三者の証言が出揃ったことで、シャドウ・ネットワークの残存活動の全容が、ついに明らかになった。


智也は、その全容を、改めて、整理した。


**学術的工作ライン:**

アレクサンダー・ヴァイス → 河合信也 → 西田浩二(論文データの正当化)→ 複数の研究者(取り込み)


**技術的侵食ライン:**

アレクサンダー・ヴァイス → 黒川誠一郎 → 岩本達也(システム組み込み)→ 複数の学園(データ収集)


**データ活用ライン:**

収集されたデータ → AIシステムの学習 → 民意操作への利用


この三つのラインが、相互に絡み合うことで、極めて巧妙で、かつ、広範な影響を持つ、陰謀の構造が形成されていたのだ。


その全容が明らかになった時、美優は、以下のように言った。


「これで、書籍の核心部分が、完成した」


「書籍化の原稿が、整いましたか」


「そう。三者の証言、技術的分析の結果、そして、複数の被害者の証言。全てが揃った。これを書籍にすることで、シャドウ・ネットワークの全容が、国民に伝わる」


「それが、最終的な目的の一つでしたね」


「そう。アレクサンダーが望んでいたこと、つまり、自分の理論を世界に伝えることを、私たちが引き受けた。だが、その伝え方は、彼が望んでいたものとは、全く異なるものになる」


「どういう意味ですか」


「彼は、自分の理論を、実行することで、世界に示そうとした。だが、私たちは、その理論の問題点を、明確に示した上で、世界に伝える。それが、真の意味での、知識の共有よ」


その言葉が、智也の心に、深く刻まれた。


知識を伝えることと、それを実行することは、全く異なる。


真の意味での対話は、知識を一方的に実行するのではなく、その問題点を含めて、共有することなのだ。


その週の金曜日、複数のメディアが、以下のような報道を行った。


**「シャドウ・ネットワークの学術界侵食:三者が供述」**


**「複数の著名研究者が関与を認める:学術界への衝撃」**


**「テクノフューチャーのシステムに隠れた収集機能:国内全学園で調査へ」**


その報道により、社会全体に、新たな衝撃が広がった。


学術界という、社会的な信頼の砦が、侵食されていたという事実は、多くの人々に、深い不安をもたらした。


だが、同時に、その侵食が明らかになったということは、それを修復することが可能になったということでもあった。


智也は、学園の図書館で、その報道を確認しながら、一つの確信を持った。


この旅は、まもなく、一つの区切りを迎えようとしている。


全ての真実が明かされた後、社会は、その真実を基に、前へ進んでいく。


そして、自分も、新たな段階へと進んでいく。


その確信が、智也に、静かな平穏をもたらした。


---

第4章 第5話「河合の証言」完


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