第4章 第3話:学術界の闇
あらすじ:西田浩二教授の論文データの不正が、村上准教授の詳細な分析により、ほぼ確定的となる。智也と美優は、複数の学術雑誌の編集委員会への通知と、大学倫理委員会への調査依頼を、正式に行う。だが、その動きに対して、学術界から予想外の抵抗が生じる。複数の著名な研究者が、西田教授を擁護し始め、その背後に、シャドウ・ネットワークの影響が、まだ残存していることが示唆される。智也は、権力と権威が絡み合う、新たな形の陰謀と向き合い始める。
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村上准教授による、西田浩二教授の論文データの技術的な分析が完了したのは、調査開始から一週間後のことだった。
その分析結果は、極めて詳細なものだった。
「全部で十七本の論文を分析しました」
村上は、智也と美優の前に、複数のグラフと表を広げた。
「その全てに、共通した不自然な点があります」
「どのような点ですか」
「まず、データの構造についてです」
村上は、一枚のグラフを指した。
「正常な研究データであれば、複数の変数の間に、自然なばらつきが生じます。ですが、西田教授の論文データには、そのばらつきが、異常に少ない」
「それは、何を意味しますか」
「データが、特定の条件下で収集されていることを示唆しています。具体的には、複数の生徒たちが、同じような環境で、同じような刺激に対して反応していることを、意味しています」
「つまり、学園内の、コントロールされた環境で、データが収集されていたということですか」
「そう考えられます。そして、そのコントロールされた環境とは、学園内のゲームシステムに他なりません」
村上は、さらに、別の分析結果を提示した。
「次に、データの収集時期についてです。複数の論文のデータが、特定の期間に集中しています。その期間は、複数の学園でゲームが実施されていた期間と、ほぼ完全に一致しています」
「それは、偶然ではありえませんね」
「その通りです。確率的に計算すると、この一致が偶然である可能性は、ほぼゼロです」
「では、証拠として十分ですか」
「学術的な基準では、十分です。ただし、法的な基準では、さらに直接的な証拠が必要になるかもしれません」
その分析結果を基に、智也と美優は、以下の手続きを開始した。
まず、**複数の学術雑誌の編集委員会への通知**だ。
西田教授の論文が掲載されている、主要な四つの学術雑誌に対して、以下の内容の正式な通知を送った。
「西田浩二教授の論文に使用されているデータが、不正に収集された可能性があります。具体的には、複数の学園の生徒たちから、同意なく収集されたデータが使用されている可能性があります。ついては、当該論文の一時的な撤回と、データの出所についての調査を、正式に要請いたします」
その通知に対する、編集委員会からの返答は、まちまちだった。
一つの雑誌は、即座に、論文の一時的な撤回を決定した。
「データの正当性が確認されるまで、当該論文を撤回いたします」
だが、別の雑誌は、以下のような返答をした。
「西田教授は、我が学術コミュニティにおいて、極めて尊敬される研究者です。具体的な証拠なしに、その論文を撤回することは、学術界の慣行に反します」
その返答は、智也に、新たな障壁を感じさせた。
学術界は、その内部のルールと権威構造によって、外部からの批判を、容易には受け入れないのだ。
同時に、美優は、独自の取材を通じて、興味深い事実を発見した。
「西田教授を擁護している研究者たちの中に、共通した人物との繋がりがある」
「誰ですか」
「**河合信也**という人物だ。複数の大学の顧問を務め、複数の学術賞の選定委員を務めている、いわゆる『学術界の実力者』と呼ばれる人物だ」
「その人物と、シャドウ・ネットワークとの関係は?」
「まだ、直接的な証拠はない。ただし、田中隆太郎の供述の中に、『学術界への工作』という記述があった。その工作の窓口が、河合信也だった可能性がある」
智也は、その情報を頭の中で整理した。
シャドウ・ネットワークは、学術界への影響力も持っていたのだ。
それは、単に、西田教授を研究協力者として使っていただけでなく、学術界全体に、複数の関係者を植え付けていたことを意味していた。
「河合信也について、さらに調査する必要があります」
「同意する。でも、学術界への正面突破は、難しいかもしれない。別のアプローチが必要ね」
「どのようなアプローチですか」
美優は、少し考えた後、答えた。
「西田教授のデータの被害者、つまり、実際にデータを収集されていた生徒たちの証言を、集める。彼らが、自分のデータが論文に使用されていたことを証言すれば、学術界も、無視できなくなる」
「その証言を収集するには、複数の学園での協力が必要になりますね」
「そう。でも、今は、複数の学園が、私たちの調査に協力的だ。可能なはずよ」
その方針が決まった後、美優は、複数の学園のカウンセリング担当者に連絡を取り、被害者たちへのインタビューの許可を求めた。
複数の学園から、許可が下りた。
その週の後半、智也と美優は、複数の学園を訪問し、複数の被害者たちとの面談を行った。
その過程で、複数の生徒たちが、以下のような証言をした。
「私が、テクノフューチャーの学習支援システムを使っている時に、突然、変な動作をしたことがあった。その時、スマートフォンの通信量が、急に増えていた」
「私が、ゲームに参加している時に、自分の行動が、どこかに記録されているような感覚があった。だが、何が記録されているのかは、わからなかった」
「ゲームに負けた後、自分の秘密が暴露された内容が、あまりにも正確だったので、怖かった。誰かに、全て見られているような感覚だった」
それらの証言は、技術的な分析の結果と、見事に一致していた。
村上は、その証言を聞いて、以下のようにコメントした。
「スマートフォンの通信量が急増したのは、バックグラウンドで、データがサーバーに送信されていた可能性があります。そして、学習支援システムの変な動作は、データ収集プログラムが起動していたサインだった可能性があります」
その証言と技術的分析の組み合わせが、西田教授とテクノフューチャーの不正を、より強固に立証するものとなった。
一方、進藤刑事は、刑事的な調査を進めていた。
「岩本達也専務取締役について、新たな情報が入った」
進藤刑事は、智也に報告した。
「彼は、テクノフューチャーの学習支援システムを、全国の複数の学園に販売した際、その契約書に、**特殊なデータ利用条項を含めていた**らしい」
「その条項の内容は、何ですか」
「表向きは、『サービス改善のためのデータ利用』という、ごく一般的な条項だ。だが、その条項の解釈を極めて広く行うことで、生徒の行動データの収集と第三者への提供が、合法的に行われていたように見せかけていた」
「つまり、法律の抜け穴を利用していたということですか」
「そうだ。そして、その契約書に署名していた学園の校長や理事会は、その条項の本当の意味を、十分に理解していなかった可能性がある」
その事実が、智也に、新たな認識をもたらした。
悪質な行為が、法律的に巧妙に偽装されている場合、被害者は、自分が被害を受けていることすら、気づかないのだ。
そして、それを指摘することも、法的には、極めて難しい。
「その契約書の条項は、法的に問題があるのですか」
「法律の専門家に確認したところ、複数の問題点が指摘された。特に、未成年の生徒のデータを収集する際に、必要とされる、保護者への説明と同意の取得が、十分ではなかった可能性がある」
「では、その点を、法的に追及できますか」
「その可能性はある。ただし、長い時間がかかる可能性もある」
その週の金曜日、学術界からの予想外の動きが生じた。
河合信也が、複数のメディアに対して、以下のような声明を発表したのだ。
「西田浩二教授への一部の批判は、学術的に根拠のないものだ。彼の研究は、適切な倫理審査を経た上で行われており、その研究成果は、日本の教育改革に大きく貢献している」
その声明は、明らかに、智也たちの調査に対する、学術界内部からの牽制だった。
その声明に対して、美優は、翌日、複数のメディアで、以下のように反論した。
「河合信也氏の声明は、具体的な証拠に基づいていません。私たちは、技術的な分析と複数の被害者の証言に基づいて、データ不正収集の可能性を指摘しています。学術界は、この問題を、真摯に調査すべきです」
その反論が、複数のメディアで報道されたことにより、社会的な関心が、再び高まり始めた。
智也は、学園の図書館で、この状況を分析していた。
河合信也という人物の存在が、学術界という新たな戦場を生み出している。
シャドウ・ネットワークの残存影響力が、学術界という権威ある分野に、まだ根を張っているのだ。
だが、智也は、その状況に対して、恐れよりも、挑戦意欲を感じていた。
なぜなら、この種の権威への挑戦は、かつての彼には、想像もできなかったことだからだ。
一人で図書館の奥に座っていた少年が、今、学術界の権威と向き合おうとしている。
その変化が、智也に、自分自身の成長を、改めて感じさせた。
「河合信也について、もっと詳しく調べましょう」
智也は、美優に言った。
「彼とシャドウ・ネットワークとの関係を、具体的に立証できれば、学術界内部での擁護の動きを、止めることができるはずです」
「わかった。調査を続ける」
美優は、そう言いながら、新たな取材計画を立て始めた。
第四章の戦いは、学術界という、新たな戦場へと移っていた。
だが、智也と美優には、その戦いを続けるための、確かな力があった。
推理と信頼。
その二つが、彼らの最大の武器だったのだ。
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第4章 第3話「学術界の闇」完




