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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

健やかなる身

掲載日:2026/02/07

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 健康。

 生きているうえで出くわす、大きな関心事のひとつだと思う。

 これってさ、なまじっかフルスペックな自分を知っているから起こる、不満のひとつでもないかと思っている。

 自分が本来できることを知っているから、その衰えを歯がゆく思い、また怖がりもする。自分がそもそも周囲と劣る、というと語弊があるかもだが、低いスペックしかないのだと分かりきっているなら、できないことが当たり前に思いやすいだろう。

 能力があればあるほど、その落差が大きくのしかかってきて、それを補うために消費するものが多くなっていく。ものを持たないことを進めるのも、ややもすればデッドウエイトになるであろう事柄をパージして、身も心も軽くする……という点では理にかなっているにかもね。

 しかし、失われそうなものを補わんとするときのエネルギー、どこから持ってくればいいのだろう? 君はどう考える?

 僕がいとこから聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?


 いとこの、かつての友達の話だ。

 その年は、いつにも増して寒い日続き。ちょっとした擦り傷などでも、肌がじんじんと痛むものだから、寒さよりも傷の痛さを警戒して長袖長ズボンが流行っていく。

 いとこの友達もまた長袖長ズボン派であったのだけど……その年はちょっと厚着が過ぎる気がしたそうだ。

 いとこたちのいる地域であれば、冬になっても3枚は重ね着すれば十分。ちょいと寒さに自信がないとしても4枚も着ればなんとかなった。それも屋内に入るまでの辛抱で、みんなほいほい脱ぎ始めるのだけど。

 その子の場合は、違った。Tシャツ、ポロシャツ、トレーナー、セーター、ダウンジャケット……そりゃもう、マトリョーシカ人形かと思うほど着込んでいた。手袋に帽子に耳当てに……いとこのいるところからすれば、これからスキーなりをするために寒冷地に出かけるんか? という勢いだったとか。

 さすがに授業中は先生に「取れ」といわれて、外すところは外したらしいんだけど、いとこはやがて友達の異常に気付く。


 ひとつ。友達がやたらけがをしやすくなっている。

 先に話したようなすり傷などをもたらす、転倒なんてレベルじゃない。鉛筆をしばらく握っただけで、指の皮膚が破れて血がにじみ出すほどの敏感さ。

 うかつな接触、毛ほどのふれあいもすべて血につながった。歩くこと、走ることが何事もなくできている、という時点で、ますますただ身体が弱っているだけとも思えない。


 ふたつ、それらのけがをするたびに友達はトイレへ引っ込んでしまうこと。

 けがの手当てのためと考えれば、さほどおかしいことではないかもしれない。しかし、彼がトイレへ行ってしまってからほどなく、何かを壊すような音が響いてきたのだそうだ。

 長くはない。ドンとかグシャとか形容される音が、短くいっぱつ響くだけ。同じトイレ内かすぐ外の廊下でもなければ、聞こえないくらいだからボリュームだってさほどでもない。

 でも、耳へ届いたならば音源を疑うだろう。それは木製のドアたちをメインとするトイレの個室たちを満たすには、甲高すぎる金属音めいたものだったからだ。

 いとこも、その音を聞きとがめて様子を見に行ったところ、友達は個室の中であるものを足で踏みつぶしているところだったんだ。


 ドールハウス。

 手のひらに乗せることができるほど小さいもので、この手のものではいとこがあまり見たことがない武家屋敷を模したタイプだったらしい。

 それを足で踏み砕いていた。粉々になればポケットに入れられなくもないそれを見て「なにやっているんだ!」と反射的にいいたくなったという、いとこ。

 が、「なにをやっているか」という点では、一目瞭然だったという。

 このときには、机の中から教科書を出そうとして手を突っ込んだ折りに、真っ赤になった手を抱えてトイレへ駆けこんでいた。本の表紙をつかんだら、手の皮全体が引っ付いて……ひどいありさまだったそうだ。

 それが、すっかり治ってしまっている。トイレに入るまでは血が止まらなかったのに、いまや完璧な皮が友達の手に張っていたんだ。ガーゼやばんそうこうなどという治療を経ることなく、だ。


 けがの手当てのため。

 その想像は間違いじゃなかったが、方法が思いもよらないものだった。その瞬間は見ていないが、おそらくドールハウスを踏みつぶすと、友達の傷はたちまち完治する。

 詳細を聞きたいところだったいとこだが、そうすると言葉を濁してしまい、ただ「やらなきゃいけないことだからね」とだけ返されたそうだ。

 3月に入り、例年なら寒さも緩んでくるころになっても、かの地域では凍えるような日が続き、やがて友達も学校へ姿を見せなくなってしまった。

 けれども、終業式を間近に控えたその日。友達の一家は突然、行方が知れなくなってしまったんだ。


 住んでいた家が倒壊してしまったのさ。

 それは外へは1ミリも被害を出さない、芸術的とも変態的ともいえる美しさでもって、友達の家の敷地内にあるいっさいがっさいが、ぺしゃんこに押しつぶされていたんだ。

 地震のたぐいなら、よそにも被害が出ているはず。これほど計画的な壊し方を成すにはとてつもない準備が要るだろう。

 それこそ、でっかい足がきっちりと狙いすませて踏みつぶしでもしなければ、とても。

 今でも友達一家のゆくえはしれないが、その日を境に寒さはどんどんやわらぎ、4月にはいつも通りの気候を地域は取り戻したとのことだ。

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