第六話「固有魔法」
特異属性管理機構――SAMAの漆黒の建物を後にして、私たちは夜の街を歩いていた。
街灯の光が、二人の影を長く伸ばしている。
「家まで送るよ」
燈火くんが自然な口調で言った。
「え、でも……悪いよ。もう遅いし」
私は遠慮した。時計を見ると、もう午後九時を回っている。
「いや、柳瀬さんに厳命されたから」
燈火くんは苦笑いを浮かべた。
「『必ず無事に送り届けろ。途中で何かあったら、今後一ヶ月の訓練を倍にする』って」
「え……倍って……」
「地獄だよ、あの人の訓練」
燈火くんは肩をすくめた。でも、その表情には柳瀬さんへの信頼と尊敬が滲んでいた。
「じゃあ……お願いします」
私は素直に頷いた。
並んで歩く。
少し肌寒い夜風が、髪を揺らす。新しいセーラー服の襟が、首筋に触れる。
ふと、何かを思い出した。
スカートのポケットに手を入れる。そこには――。
「あ……」
黒縁眼鏡。
魔獣との戦闘前に、燈火くんが私に預けたもの。
「これ……返すね」
眼鏡を取り出して、燈火くんに手渡した。
彼は眼鏡を受け取り、少し照れたような顔をした。
「ありがとう。忘れてた」
そして、眼鏡をくるくると指で回しながら、ぽつりと呟いた。
「実は、伊達メガネなんだよな、これ」
「え?」
「度が入ってない。ただの飾り」
その告白に、私は一瞬呆気に取られた。
それから――思わず、噴き出してしまった。
「ぷっ……あはは……」
「な、何だよ」
燈火くんが少し困ったような顔をする。
「だって……そうなんじゃないかって、薄々思ってたから」
「マジで?」
「うん。だって、眼鏡外したときの方が、視線が鋭かったもん」
燈火くんも、クスクスと笑い出した。
「参ったな。バレてたか」
「どうして伊達メガネなんて?」
「カモフラージュだよ。弱そうに見えるでしょ、黒縁眼鏡かけてると」
「あー……確かに」
私たちは顔を見合わせて、また笑った。
その笑い声が、静かな夜の街に溶けていく。
こんな風に、他愛もないことで笑い合える。それが、何だかとても嬉しかった。
しばらく歩いた後、私は気になっていたことを口にした。
「ねえ、燈火くん」
「ん?」
「さっき、魔獣と戦ったときの魔法……」
燈火くんの表情が、少し真剣になった。
「あの、水の壁とか、水の刃とか……ああいう魔法には、名前が付いてるの?」
燈火くんは少し考えるような仕草をした。それから、優しく微笑んだ。
「ああ、ある。固有魔法っていうんだ」
「固有魔法……」
「術者が独自に開発した、その人にしか使えない魔法。基本魔法とは違って、個人の魔力特性や制御技術に依存する」
燈火くんは、街灯の光の下で立ち止まった。
そして、右手を掲げる。
掌から、透明な水が湧き出した。それは空中で形を成し、薄い膜のように広がる。
「これは『水鏡の盾』。水の分子を高密度に圧縮して、防御壁を作る魔法」
水の膜が、街灯の光を反射してきらきらと輝いていた。
「次に……」
燈火くんが手を横に振る。
水の膜が瞬時に形を変え、刃のような形状になった。鋭く、研ぎ澄まされた、透明な刃。
「『水刃斬』。水を極限まで薄く引き伸ばして、切断力を持たせる魔法」
その刃が、空中で優雅に舞った。
「それから……」
水刃が消え、今度は細長い水流が鞭のようにしなった。
「『水流鞭』。柔軟性と破壊力を両立させた魔法」
水の鞭が、空中で弧を描く。美しい軌跡。
「最後に……」
燈火くんが指を天に向けた。
水流が凍結し、鋭い氷の槍が形成された。
「『氷槍投』。水を瞬間凍結させて、投擲武器にする魔法」
氷の槍は、月明かりを浴びて青白く輝いていた。
私は息を呑んで見つめていた。
どれも、美しかった。そして、恐ろしいほどに洗練されていた。
「すごい……」
心からの感嘆が、口から漏れた。
「これ、全部……燈火くんにしか使えないの?」
「多分ね。魔力の制御パターンとか、発動イメージとか、全部俺独自だから」
燈火くんは魔法を解除した。水と氷が霧散し、夜の空気に溶けていく。
「十年かけて、少しずつ開発した。最初は水滴を出すのがやっとだったけど……」
彼の表情には、誇りと、そして少しの寂しさが混じっていた。
「ねえ……」
私は勇気を出して聞いた。
「あの、魔獣を倒したときの……火の魔法も、固有魔法?」
燈火くんの表情が、一瞬だけ硬くなった。
彼は視線を逸らし、夜空を見上げた。
沈黙が降りる。
長い、長い沈黙。
私は待った。彼が話してくれるのを。
やがて、燈火くんが小さく息をついた。
「……『焔帝光線』」
その名前を、まるで呪文のように呟いた。
「火属性の固有魔法。俺の魔力を、レーザー光線のように収束させて放つ」
彼の声が、震えていた。
「これは……本当は、使いたくなかった」
「どうして?」
「破壊力が強すぎる。制御を誤れば、街ごと焼き尽くしてしまう」
燈火くんが拳を握りしめた。
「でも……美月が傷つけられて、頭が真っ白になった。気づいたら、発動させてた」
その言葉に、胸が熱くなった。
私を守るために。
私が傷つけられたから。
だから、彼は――。
「ありがとう」
私は言った。
「守ってくれて」
燈火くんが顔を向けた。その瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。
「でも、俺は……」
「私も」
私は彼の言葉を遮った。
「私も、固有魔法を使えるようになりたい」
燈火くんの目が、少し驚いたように見開かれた。
「自分にしか使えない魔法。燈火くんみたいに、格好いい魔法」
純粋な憧れだった。
彼の魔法を見て、心が震えた。
私も、あんな風になりたい。
燈火くんの隣で、一緒に戦えるように。
「美月なら……できると思う」
燈火くんが優しく微笑んだ。
「六つの属性全てに適性がある。組み合わせ次第で、誰も見たことのない魔法が作れるかもしれない」
「本当?」
「ああ。俺が、手伝うよ」
その言葉が、嬉しかった。
私たちは再び歩き出した。
話しながら、笑いながら。
気づけば、私の家の前に着いていた。
「ここだよ」
「そっか。じゃあ、また明日」
燈火くんはいたって軽く挨拶した。
「うん。今日は……ありがとう。送ってくれて」
「いや、柳瀬さんの命令だし」
彼は肩をすくめた。でも、その顔は笑っていた。
「じゃあね、美月」
「うん。おやすみ、燈火くん」
燈火くんが歩き去っていく。
その背中を見送りながら、私は思った。
今日、彼の秘密を知った。
固有魔法の名前。
その一つ一つに込められた、技術と努力と想い。
そして、私を守るために使われた、最強の魔法。
この帰り道で知ったことは、燈火くんとの時間を大切に思うのに、充分すぎるものだった。
家に入ると、両親がリビングで待っていた。
「おかえり、美月。遅かったわね」
母が心配そうな顔をした。
「ごめん。ちょっと、友達と話してて」
嘘ではない。燈火くんは、友達……なのだろうか。それとも――。
考えないようにした。
夕食を食べながら、私は意を決して切り出した。
「あのね、お父さん、お母さん」
「ん?どうした?」
父が箸を置いた。
「私……特異属性管理機構っていう所で、魔法の訓練を受けたいんだけど」
その言葉に、両親の表情が曇った。
沈黙が降りる。
重い、重い空気。
やがて、父が口を開いた。
「美月……お父さんは、今は特異属性管理機構に入らなくても、もう少し学校で練習すれば魔法が発現するんじゃないかと思ってる」
父の声は優しかったが、その奥には明確な反対の意志があった。
「どうして……?」
「危険だからだ」
父は真剣な目で私を見た。
「特異属性管理機構に入れば、対魔獣戦闘に駆り出される。それは、命の危険を伴う」
「でも……」
「美月はまだ高校一年生だ。そんな危険なことをする必要はない」
母も頷いた。
「お母さんもね、美月には普通の高校生活を送ってほしいの。魔法は大切だけど、それ以上に美月の安全が大切よ」
二人の気持ちは、分かる。
親として、子供を危険に晒したくない。当然の想いだ。
でも――。
燈火くんの魔法を見てしまった。
あの美しさ、強さ、確かさ。
私も、あんな風になりたい。
早く、魔法を発現したい。
でも、今日は無理に押し通すべきじゃないと感じた。
「分かった」
私は一歩引いた。
「じゃあ、まず特異属性管理機構について、詳しく知ることだけ許してもらえる?説明を聞くだけ」
父と母が顔を見合わせた。
「……それなら、いいだろう」
父が頷いた。
「ただし、お父さんも一緒に行く。ちゃんと話を聞いて、判断する」
「うん、ありがとう」
私は微笑んだ。
これで、とりあえず第一歩は踏み出せた。
夕食後、お風呂に入った。
温かい湯船に浸かりながら、体の力を抜く。
リラックスした状態で、掌を見つめた。
魔法を発現するイメージ。
風。
そよ風。
優しく、柔らかく、でも確かに存在する風。
掌に意識を集中させる。
魔力を、そこへ。
すると――。
ふわり。
微かに、風が吹き出した。
掌から、ほんの少しだけ。
でも、確かに。
「できた……!」
小さく声を上げた。
嬉しかった。
初めて、自分の意思で魔法を発現できた。
これは、始まりだ。
燈火くんのような固有魔法を使えるようになるための、最初の一歩。
私は掌を見つめた。
そこから吹き出す、微かな風。
これが、私の魔法。
まだ弱くて、小さいけれど。
いつか、きっと――。
燈火くんの隣で戦えるくらい、強くなる。
そう、心に誓った。
湯船の中で、私は静かに微笑んだ。
明日からも、頑張ろう。
燈火くんと一緒に。
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