第二話「近づく距離」
入学式の翌日、私は校長室へ呼び出された。
廊下を歩きながら、胃の辺りがきりきりと痛む。昨夜はほとんど眠れなかった。布団の中で何度も寝返りを打ちながら、昨日の出来事を反芻していた。特異属性という言葉が、頭の中でぐるぐると回り続けた。
校長室の扉をノックすると、中から「どうぞ」という穏やかな声が聞こえた。
部屋に入ると、そこには校長先生だけでなく、見知らぬ三人の大人がいた。全員がスーツ姿で、どこか学者のような雰囲気を纏っている。
「白鳥さん、座ってください」
校長先生が優しく微笑んだ。でもその笑顔の奥に、複雑な感情が見え隠れしているような気がした。
「こちらは魔法属性研究所から来ていただいた専門家の方々です。あなたの属性について、詳しく調査させていただきたいのですが……よろしいですか?」
「は、はい……」
私は緊張で声が震えた。
一番左に座っていた、銀縁眼鏡をかけた女性が口を開いた。
「白鳥さん、まず確認させてください。昨日の判定後、何か体調の変化はありましたか?魔力の暴走や、制御できない力の発現など」
「いえ、特には……」
「そう。それは良かった」
女性は安堵したように息をついた。
「実は、過去の記録を調べたところ、あなたと似た反応を示した事例が、この百年で三件見つかりました」
三件。たった三件。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「その三人のうち、一人は光と闇の両方を自在に操る『双極の魔法使い』として歴史に名を残しています。もう一人は、生物の成長を加速させる『生命加速』という独自の魔法を開発しました」
「すごい……」
思わず声が漏れた。でも、女性の表情は曇ったままだった。
「ええ、確かに素晴らしい才能です。でも……」
女性は言葉を区切った。
「三人目は、魔法としての実用性がまったくありませんでした。その方の属性は『色彩変換』――物体の色を変えるだけの魔法。戦闘にも日常生活にも、ほとんど役に立たなかったそうです」
室内の空気が重くなった。
つまり、私の特異属性も、最強にも最弱にもなり得るということ。それは昨日聞いた話と同じだった。でも、具体的な事例を聞くと、その現実味が増してくる。
「今週中に、詳しい測定と分析を行います。あなたの魔法が、どのような性質を持っているのか。それが分かるまで、少し時間がかかるかもしれません」
「分かりました……」
私はただ頷くことしかできなかった。
校長室を出たとき、授業はすでに始まっていた。教室へ向かう廊下で、ふと窓の外を見ると、中庭で一人佇む人影が見えた。
黒縁眼鏡の、あの男子生徒だった。
彼は授業をサボっているのだろうか。いや、もしかしたら彼も何か特別な理由で呼び出されていたのかもしれない。
その時、彼が突然手を掲げた。
次の瞬間、中庭の噴水から水が一斉に舞い上がった。それは竜のような形を成し、空中で優雅に舞った。水の竜は陽光を浴びて虹色に輝き、まるで生きているかのように動いていた。
私は息を呑んだ。
あれは、ただの水属性の魔法ではない。あの精密さ、あの制御力――初心者にできる技ではない。いや、上級者でも難しいはずだ。
水の竜はゆっくりと噴水へ戻り、元の静かな水面に戻った。彼は何事もなかったかのように、眼鏡の位置を直した。
その動作が、昨日の放課後に見た彼と重なった。
彼は一体――。
三時間目が終わり、休み時間になった。教室では、早くもグループができ始めている。でも私は、まだ誰とも深く話せていなかった。特異属性のことが知れ渡って、みんな少し距離を置いているような気がする。
「ねえ、白鳥さん」
声をかけられて振り向くと、ショートカットの女子生徒が立っていた。
「私、桜井ひなた。よろしくね」
「あ、はい。よろしく……」
「大変だったね、昨日。特異属性なんて、すごいじゃん」
彼女は屈託なく笑った。その笑顔に、少し心が軽くなる。
「で、聞きたいことがあるんだけど」
ひなたは声を潜めた。
「隣の席の黒沢くんって、何者なの?」
「黒沢……くん?」
「ほら、眼鏡かけてる、あの子。昨日も測定エラー出してたでしょ。なんか謎じゃない?」
黒沢――彼の名前を、私は初めて知った。
「私も……よく分からない」
正直に答えた。でも、中庭で見た水の竜のことは言えなかった。あれを見たのは私だけで、もしかしたら彼が隠している何かを、偶然目撃してしまったような気がしたから。
「そっか。まあ、気になるよね。なんか、普通じゃない雰囲気あるし」
ひなたはそう言って席に戻っていった。
私は隣の席を見た。黒沢くんは相変わらず、机に突っ伏して寝ているように見えた。でも時々、わずかに目を開けて教科書を見ている。寝たフリ、なのだろうか。
放課後、私は図書館へ向かった。特異属性について、自分でも調べてみようと思ったのだ。
魔法学の書架の前で、古い資料をめくっていると、背後から声がした。
「それ、参考にならないよ」
振り返ると、黒沢くんが立っていた。
「え……」
「その本、五十年前の理論だから。特異属性の研究は、ここ十年で大きく進んだ。古い文献だと、間違った情報も多い」
彼は淡々とした口調で言った。昼間の弱々しい雰囲気はなく、落ち着いた、知的な印象を受ける。
「じゃあ……どの本を読めば……」
「こっち」
彼は躊躇なく書架の奥へ進み、一冊の本を取り出した。
「これが一番新しい。まだ一般には出回ってないけど、この図書館には入ってる」
手渡された本のタイトルは『現代特異属性論』。確かに出版年を見ると、去年だった。
「ありがとう……黒沢くん」
名前を呼ぶと、彼は少し驚いたような顔をした。
「名前、知ってたんだ」
「さっき、桜井さんに教えてもらった」
「そっか」
彼は小さく笑った。その笑顔は、昨日の放課後に見たものと似ていた。どこか余裕があって、でも優しさも感じられる。
「君の属性、多分だけど……『多重共鳴型』だと思う」
「多重共鳴型……?」
「複数の属性を同時に発現できるタイプ。だから判定石が虹色に光った。でも、それぞれの属性が完全には定まってないから、測定不能になる」
彼の説明は、専門家のようだった。
「どうして……そんなこと、知ってるの?」
私の問いに、彼は少し考えるような仕草をした。
「……興味があったから。魔法のこと、昔から調べてた」
嘘ではないけれど、全てを話しているわけでもない――そんな気がした。
「黒沢くんは……どんな属性なの?」
思い切って聞いてみた。
「俺?」
彼は眼鏡の位置を直した。この癖、緊張したときや何かを隠すときに出るのかもしれない。
「まあ、普通だよ。測定エラーは本当にエラーだったし」
明らかに嘘だった。中庭で見た水の竜を思い出す。あれが「普通」なわけがない。
でも、私は追及しなかった。彼には彼の、隠したい理由があるのだろう。
「そうなんだ……」
「うん」
沈黙が降りた。でも、それは気まずいものではなく、どこか心地よい静けさだった。
図書館の窓から夕日が差し込み、本棚の隙間を照らしている。
「あの……」
私は勇気を出して言った。
「この本、読み終わったら、感想とか聞いてもらえる?分からないところもあると思うから……」
黒沢くんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。
「いいよ。俺で良ければ」
「ありがとう」
心臓が早く打つ。これは緊張だろうか。それとも――。
その時、図書館の入り口から、先生の声が聞こえた。
「黒沢、いるか?」
彼の表情が一瞬だけ変わった。何か、困ったような、でも覚悟したような顔。
「じゃあ、また」
そう言って彼は足早に出て行った。先生と何か話している声が聞こえたが、内容までは分からなかった。
私は手の中の本を見つめた。
『現代特異属性論』
彼が選んでくれた本。彼と、また話すきっかけになる本。
胸の奥が温かくなるのを感じた。
これは何だろう。彼の強大な魔法力への興味?昨日見た謎めいた姿への好奇心?
それとも――。
言葉にはできない。まだ、自分でも分からない。
ただ、確かなことがひとつあった。
彼ともっと話したい。彼のことをもっと知りたい。
その気持ちだけは、嘘じゃなかった。
翌日の放課後、私は再び魔法属性研究所での測定を受けることになった。
特別な測定室で、様々な機器に囲まれながら、魔力を放出するよう指示された。
「リラックスして。自然に、魔力を解放してください」
研究員の声に従い、目を閉じる。
体の奥底から、何かが湧き上がってくる感覚。それは温かくて、でも少し怖くて、でも確かに「私」の一部だった。
目を開けると、私の周りに淡い光の粒子が浮かんでいた。それは虹色に輝き、ゆっくりと回転している。
「これは……」
研究員たちが息を呑んだ。
「やはり多重共鳴型だ。しかも、これは……六つの基本属性すべてに反応している!」
「信じられない……過去の事例でも、最大で四属性だったのに……」
ざわめく研究員たち。でも私には、彼らの言葉がよく理解できなかった。
六つの属性すべて?それは、すごいことなのだろうか。
「白鳥さん」
女性研究員が、興奮を抑えるように深呼吸してから言った。
「あなたの魔法は……もしかしたら、この時代の魔法理論を変えるかもしれません」
その言葉の重みが、ずしりと肩にのしかかった。
測定が終わり、学校に戻ると、もう夕暮れだった。
昇降口で靴を履き替えていると、先に帰ろうとしていた黒沢くんと鉢合わせた。
「あ……」
「お疲れ様」
彼は自然に声をかけてくれた。
「黒沢くんは、部活とかは……」
「やってない。帰宅部」
「そうなんだ。私も……まだどこにも入ってない」
会話が途切れそうになって、焦る。でも、彼が続けてくれた。
「本、読み始めた?」
「うん。昨日の夜、少しだけ」
「どう?難しくない?」
「ちょっと難しいけど……面白い」
本当だった。魔法の理論を学ぶのは、想像以上に興味深かった。
「そっか。分からないとこあったら、聞いて」
「ありがとう」
私たちは並んで校門へと歩いた。
夕焼けが、校舎を赤く染めている。
「あのさ」
黒沢くんが唐突に言った。
「君の属性、多分すごいことになると思う」
「え?」
「詳しくは言えないけど……まあ、頑張って」
そう言って、彼は先に歩き出した。
その背中を見送りながら、私は思った。
彼は知っている。私の属性のこと、そして自分自身のことも。
でも、まだ話せない理由がある。
それでも彼は、こうして少しずつ、私に情報をくれる。
距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。
この感情が何なのか、まだ言葉にできない。
でも確かに、私の心は彼の方へと傾き始めていた。
お読みくださり有難うございます!!
この作品を気に入ってもらえましたら、下にある☆☆☆☆☆やブックマーク、スタンプで応援いただけると大変励みになります!!
読者の皆様からの応援が次へのモチベーションになります!!




