第一話「希少なる力」
桜の花びらが舞い散る四月の朝、私・白鳥美月は新しい制服に袖を通しながら、鏡の中の自分を見つめていた。少しきつめに結んだリボンを直し、深呼吸をする。今日から私は高校生だ。
星ヶ丘魔法高等学校――この国に存在する数少ない、魔法教育を専門とする高校のひとつ。中学までは普通の学校に通っていた私にとって、ここは憧れであり、同時に不安の源でもあった。魔法の才能があるかどうかは、遺伝や環境に左右されると言われている。両親はごく平凡な、日常生活に役立つ程度の魔法しか使えない。だから私も、せいぜい火を起こすとか、水を出すとか、そういった基礎的な属性のどれかだろうと思っていた。
学校の門をくぐると、同じように緊張した面持ちの新入生たちが、あちこちで小さな声で話していた。入学式は体育館で行われ、校長先生の長い挨拶と、在校生代表の歓迎の言葉が続いた。私はぼんやりと壇上を見つめながら、午後に予定されている「属性判定」のことばかりを考えていた。
属性判定――魔法使いとしての基本的な性質を測定する、入学初日の恒例行事。火、水、風、土といった基本四属性から、光、闇、治癒、強化といった応用属性まで、個人の魔力がどの系統に適性を持つかを判定する。この結果によって、今後三年間の履修コースが決まる。私の人生の方向性が、今日この日に定まるのだ。
入学式が終わり、クラスごとに分かれて移動が始まった。私は一年A組。教室に入ると、まだ誰とも話していない同級生たちが、ぎこちない空気の中で席についていた。
私は窓際から三番目の席に座った。隣の席には、黒縁眼鏡をかけた、少し猫背気味の男子生徒がいた。彼は教科書も出さず、ただじっと机の木目を見つめている。話しかけづらい雰囲気を纏っていた。いわゆる、陰キャというやつだろうか。
でも、なぜだろう。彼の横顔を見たとき、胸の奥が少しだけざわついた。特別にイケメンというわけではない。むしろ地味で、目立たないタイプだ。それなのに、視線が引き寄せられてしまう。
「あの……」
思わず声をかけそうになったが、担任の先生が教室に入ってきたため、言葉を飲み込んだ。
「はい、みんな席について。午前中の説明はこれで終わり。午後からは特別教室で属性判定を行います。緊張するかもしれないけど、リラックスしてね。判定結果に優劣はないから」
優劣はない――そう言われても、やはり気になってしまう。クラスメイトたちも、ざわざわと不安そうに話し合っている。
昼休みを挟んで、午後二時。私たちは学校の地下にある特別教室へと案内された。そこは広い円形の部屋で、中央には巨大な水晶でできた球体が置かれている。周囲には複雑な魔法陣が描かれ、壁際には測定機器のようなものが並んでいた。
「では、出席番号順に一人ずつ、中央の判定石に触れてください。魔力を込める必要はありません。触れるだけで、あなたの属性が測定されます」
先生の説明を聞きながら、私は列に並んだ。前から順番に、生徒たちが判定石に触れていく。
最初の生徒は「火属性・中程度」と判定された。次は「水属性・やや高」、その次は「風属性・中程度」。ごく普通の結果が続いている。クラスメイトたちは安堵したような、少し物足りないような表情を浮かべながら、列から離れていった。
そして、私の前にいた男子生徒――さっき隣の席に座っていた、あの眼鏡の彼が判定石に手を伸ばした。
瞬間、部屋全体の空気が変わった。
判定石が、これまでとは比較にならないほど強く発光した。測定機器の針が激しく振れ、警告音のようなものが鳴り響く。
「これは……!」
先生が驚愕の表情を浮かべた。しかし次の瞬間、測定機器の表示が突然消え、判定石の光も弱まった。
「……エラー、ですか?」
彼が小さな声で尋ねた。その声は、驚くほど落ち着いていた。
「あ、ああ……測定機器の不調かもしれません。一旦、保留ということで。後ほど再測定しましょう」
先生は明らかに動揺していたが、何かを隠すように慌てて彼を列から外した。彼はそのまま部屋の隅へと歩いていき、何事もなかったかのように壁に寄りかかった。
その様子を見ながら、私は妙な違和感を覚えた。あれは本当にエラーだったのだろうか。それとも――。
「次、白鳥美月さん」
私の名前が呼ばれた。
緊張で手が震える。深呼吸をして、判定石へと歩み寄った。周りのクラスメイトたちの視線が、一斉に私に注がれる。
判定石は透明で、内部に淡い光が揺らめいている。私はそっと、両手を石の表面に置いた。
冷たい。
そして――何かが、体の奥底から引き出されるような感覚。
判定石が光り始めた。最初は淡い白色だったが、次第に色が変化していく。赤、青、緑、紫――次々と色が移り変わり、やがて見たこともない、虹色とも言えない不思議な光に包まれた。
測定機器が、甲高い音を立てて停止した。
「な、なんだこれは……」
先生の声が上ずっている。
私は判定石から手を離した。光はすぐに消えたが、部屋中の視線が私に突き刺さっている。
「先生、これは……どういう……」
「ちょ、ちょっと待って。今、データを確認します」
先生は慌てて測定機器に駆け寄り、何やら操作を始めた。その間、教室は静まり返っていた。誰も何も言わない。ただ、私を見つめている。
心臓が早鐘を打つ。手のひらに汗が滲む。私は何か、おかしなことをしてしまったのだろうか。
「白鳥さん……あなたの属性は……」
先生が振り返った。その表情は、困惑と驚愕が入り混じったものだった。
「既存のどの属性にも分類できません。データベースに該当するものがない……つまり、極めて希少な、特異属性ということになります」
「特異属性……?」
聞いたことのない言葉だった。
「ええ。数百人に一人、いえ、もっと少ないかもしれません。過去の記録を見ても、この学校では十年に一度出るかどうか……」
先生の言葉に、教室がざわめいた。
「すごい」「特異属性って何ができるの?」「最強じゃん」
様々な声が飛び交う。でも、その中に羨望だけでなく、警戒や不安の色も混じっていることに気づいた。
「ただし……」
先生が言葉を続けた。
「特異属性は、その性質が未知数です。強力な力を秘めている可能性もありますが、逆に実用性がまったくない場合もあります。つまり、あなたの魔法が最強なのか、それとも……正直なところ、今の段階では誰にも分かりません」
その言葉を聞いた瞬間、教室の空気がまた変わった。今度は同情や、安堵の色が混じっている。
私は立ち尽くしたまま、何も言えなかった。
特異属性。希少。未知数。
つまり私は、この先どうなるか分からない、不確定な存在だということ。
「詳しい分析は、後日専門の機関で行います。今日のところは、これで……」
先生の声が遠くに聞こえた。足元がふわふわとして、現実感がない。
列から離れ、壁際へと歩いた。そこには、先ほどエラーとされた彼がいた。
彼は私の方を一瞬見たが、すぐに視線を逸らした。その瞳には、何か深い意味が込められているような気がした。
判定は続き、残りの生徒たちも次々と測定を終えていった。でも私の頭には、もう何も入ってこなかった。
特異属性。
それが祝福なのか、呪いなのか。
私にはまだ、分からなかった。
放課後、一人で校舎を出ようとしたとき、校門の近くで彼を見かけた。黒縁眼鏡の、あの男子生徒。彼は誰かと電話をしているようだった。
「……ああ、分かっている。今回の件は、まだ公表する段階じゃない。あの子のことも、様子を見ておく」
その声は、昼間の教室で聞いた声とは全く違っていた。低く、落ち着いていて、どこか大人びている。そして何より、確信に満ちた、強い意志を感じさせる声だった。
彼は電話を切り、ふと私の方を見た。
目が合った。
その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。彼の瞳には、昼間の弱々しさはなかった。鋭く、深く、何かを見透かすような光が宿っていた。
「……見てた?」
彼が小さく笑った。その笑みは、少し困ったような、でもどこか楽しそうな、不思議な表情だった。
「え、あ、その……」
言葉に詰まる私を見て、彼は眼鏡の位置を直した。
「まあ、いいか。どうせそのうち分かることだし」
そう言い残して、彼は校門の方へと歩いていった。その背中は、昼間の猫背とは違って、まっすぐ伸びていた。
私は立ち尽くしたまま、彼の姿が見えなくなるまで見送った。
陰キャだと思っていた彼。
でも今見た彼は、全く別人のようだった。
あの強い眼差し。自信に満ちた態度。そして、何かを知っているかのような余裕。
彼は一体、何者なのだろう。
そして彼が電話で言っていた「あの子」とは、もしかして私のこと?
胸の奥が、また、ざわついた。
今度は不安ではなく、違う感情――それが何なのか、まだ私には分からなかったけれど。
帰り道、桜の花びらが風に舞っていた。
今日から始まった私の新しい生活。
それは、予想もしなかった形で幕を開けた。
特異属性の少女と、正体不明の少年。
私たちの物語は、今、動き出したばかりだった。
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