表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『限界魔王を餌付け中。 ~生贄令嬢は、死にかけの魔王様を「唐揚げ」と「ビール」で完全蘇生させました~』  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 クラーケンは「イカ焼き」のためにある

魔王城での生活にも慣れ、居酒屋『エレノア』の経営も軌道に乗ってきたある日のこと。

私は厨房で、ランチ営業の仕込みをしていた。


今日の予定は『ドラゴン・ミートの生姜焼き』だ。

ドラゴン肉は筋張っているが、すりおろした『雷鳴玉ねぎ』に漬け込むと驚くほど柔らかくなることを発見したのだ。


鼻歌交じりに玉ねぎを刻んでいると――


ズズズズズ……ッ!


突如、城全体が激しく揺れた。

棚の皿がガシャンと音を立てる。


「きゃっ! 地震!?」


私が調理台にしがみつくと同時に、城内にけたたましい警報の鐘が鳴り響いた。


カンカンカンカンッ!!


「陛下! 大変です!!」


厨房にヴァルガスが血相を変えて飛び込んできた。

その後ろから、武装したゼッド様も現れる。

その表情は、居酒屋で見せる緩んだ顔ではなく、冷徹な魔王の顔だった。


「エレノア、無事か!」


「魔王様、一体何が?」


「『嘆きの海』からグラン・クラーケンが現れた。城壁を触手で破壊しようとしている」


グラン・クラーケン。

魔界の海に潜む、山のように巨大なイカの魔物だ。

その足一本で船を沈め、口から吐く墨は海を猛毒に変えるという。


「クラーケン……」


その名前を聞いた瞬間、私の脳裏にある映像がフラッシュバックした。


夏祭り。

屋台。

鉄板の上でジュージューと焼かれる、醤油色のアイツ。

そして、揚げたてサクサクのリング状のアイツ。


私の目が、キラーンと怪しく光った。


「ゼッド様。私も行きます」


「なっ、馬鹿を言うな! 危険すぎる! 奴はSランク級の魔物だぞ!」


「大丈夫です。戦うのは魔王様ですから。私は……その後の『後片付け』担当として同行します」


私はエプロンの紐を締め直し、愛用の包丁セットと巨大な鉄板(特注品)を亜空間収納に放り込んだ。

私の目には、もはやクラーケンが恐怖の対象ではなく、泳ぐ巨大食材にしか見えていなかった。


   ◇


城の裏手に広がる『嘆きの海』は、荒れ狂っていた。


ザパァァァン!!


黒い波間から、ぬらりと光る巨大な触手が何本も伸びている。

それは城壁よりも高く、先端には鋭い吸盤がびっしりと並んでいた。

中心には、不気味に光る巨大な単眼。


「グルルルルォォォォォ……!!」


耳をつんざくような咆哮。

兵士たちが恐怖に震えている。


「ひぃっ、あんな化け物、どうやって……」

「おしまいだ……城が潰される……」


しかし、魔王ゼッド様は一歩前に出ると、マントを翻した。


「騒ぐな。今の余は、満腹だ」


彼は右手を空に掲げた。

以前のようなガリガリの腕ではない。

私の料理で筋肉がついた、力強い腕だ。


「エレノアの飯で養ったこの魔力、貴様ごときイカ風情に負けるはずがない!!」


……セリフはちょっとアレだけど、魔力は凄まじかった。

彼の手のひらに、漆黒の雷が収束していく。


「消え失せろ! 『ヴォイド・サンダー』!!」


ドォォォォォォン!!


黒い稲妻が、海面を焼き尽くす勢いでクラーケンに直撃した。

閃光。

そして轟音。


「ギィィィヤァァァァァ……!」


断末魔と共に、巨大な巨体が海面に横たわった。

一撃だ。

さすが魔王様。完全復活している。


兵士たちが「うおおおお!」と歓声を上げる中、私はヴァルガスに指示を飛ばした。


「ヴァルガスさん! 兵士たちに指示して、あのイカを引き上げてください! 急いで! 鮮度が落ちちゃう!」


「は、はいっ!? いや、しかしあれは魔物で……」


「いいから! 今夜は宴会ですよ!」


   ◇


海岸に引き上げられたグラン・クラーケンは、近くで見ると圧倒的な大きさだった。

足一本が丸太より太い。

これなら、城の兵士全員分のお腹を満たせるだろう。


私は即席で海岸に調理場を設営した。

魔魔法で石を組んでかまどを作り、その上に特注の巨大鉄板を乗せる。

火魔法使いの兵士たちに火力を調整してもらい、準備は万端だ。


「まずは、この足からいくわよ!」


私は兵士たちに切り分けさせた巨大な足を、さらに輪切りにしていく。

その断面は白く透き通り、新鮮そのものだ。


メニューその1:『屋台風イカの姿焼き』


熱した鉄板に油を引く。


ジュワッ!


そこに、イカの切り身を豪快に並べる。


ジューーーーーッ!!


水分が蒸発し、凄まじい音が響き渡る。

海岸にいた兵士たちが、何事かと振り返る。


「タレを投入!」


醤油、酒、みりん、そしてたっぷりの生姜を混ぜた特製ダレを、鉄板の上から回しかける。


ジュワワワワワァァァァァ!!


その瞬間。

爆発的な香りの暴力が襲いかかった。

焦げた醤油の香ばしさ。

みりんの甘い香り。

それらがイカの焼ける匂いと混ざり合い、潮風に乗って戦場(だった場所)全体へ広がっていく。


「な、なんだこの匂いは……!?」

「さっきまで戦闘で死ぬかと思っていたのに、急に腹が減ってきたぞ……」


兵士たちが鼻をヒクヒクさせながら集まってくる。


「まだまだ! こっちでは揚げ物いくわよ!」


隣に用意した巨大鍋では、油が適温に達していた。

小麦粉と片栗粉、そして数種類のスパイスを混ぜた衣をまぶしたイカリングを、次々と投入する。


メニューその2:『サクサク・イカリングフライ』


シュワシュワシュワ……。


きつね色に揚がったリングを引き上げ、油を切る。

そして、ここに取り出したるは、私が夜なべして作った『悪魔のマヨネーズ』だ。

魔界の『コカトリスの卵』の黄身だけを使い、酢と油で乳化させた濃厚な一品。

そこに一味唐辛子を混ぜれば、最強のディップソースの完成だ。


「さあ、みんな並んで! 戦勝祝いのイカ祭りよ!」


私が声を上げると、最初は恐る恐るだった兵士たちが、一人、また一人と手を伸ばした。


まずは一人のオーク族の兵士が、イカ焼きを口にした。


「……!」


彼の小さな目がカッと見開かれる。


「う、うめええええええ!! なんだこれ!? このタレ! 噛むと汁が出る! 柔らかい!!」


その叫び声が合図だった。


「俺にもくれ!」

「こっちには揚げたやつを!」


あっという間に大行列ができた。

鉄板の前は戦場のような忙しさだ。


「エレノア、余の分は?」


後ろから、待ちきれない様子のゼッド様が顔を出した。

戦闘後の高揚感もあってか、瞳がギラギラしている。


「もちろん、特等席を用意してあります」


私は焼き立てのイカ焼き(一番柔らかい部分)と、揚げたてのリングフライを皿に盛り、冷えたビールと共に手渡した。


ゼッド様は、岩場に腰を下ろすと、イカ焼きにかぶりついた。


ガブッ。


弾力のある肉に歯が食い込む。

だが、決して硬くはない。

プツンと噛み切れる絶妙な食感。


「んんっ……!!」


口いっぱいに広がる醤油の焦げた風味。

噛むたびに溢れ出すイカの甘み。


「これは……酒泥棒だ……! この焦げた醤油の味だけで、酒が飲める!」


彼はビールをぐいっと煽り、次はイカリングを手に取った。

たっぷりとピリ辛マヨネーズをつけて。


サクッ。


「……ッ!! なんだこのソースは!!」


ゼッド様が驚愕の声を上げた。


「これが『マヨネーズ』です。カロリーの化身ですが、揚げ物との相性は世界一です」


「罪深い……! これは罪の味がするぞ! 酸味とコクが、油っこさを消し去り、旨味だけを増幅させている!」


ゼッド様のとビールが止まらない。

周囲を見渡せば、ヴァルガスも両手にイカ焼きを持って幸せそうな顔をしているし、兵士たちは「エレノア様バンザイ!」「イカ最高!」と叫んでいる。


かつては恐怖の象徴だったクラーケンが、今やみんなを笑顔にするご馳走に変わっていた。


「……すごいな、其方は」


ふと、ゼッド様が呟いた。

夕日が海に沈み、空が茜色と群青色のグラデーションに染まっている。


「余は力で魔物を倒しただけだ。だが、其方はその魔物を『幸せ』に変えてしまった。……殺伐とした戦場を、こんな楽しい宴に変えられるのは、世界で其方だけだ」


彼は私の手についたすすを、優しく指で拭ってくれた。

その指先が熱くて、私は思わずドキッとしてしまう。


「私はただ、美味しいものが食べたいだけですよ」


照れ隠しにそう言うと、ゼッド様は優しく笑った。


「その『食欲』が、余とこの国を救っているのだ。……ありがとう、エレノア」


真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は顔が赤くなるのを感じた。

鉄板の熱気のせいだけではないはずだ。


「あーもう! そんなこと言ってる間に焦げちゃいますよ! ほら、おかわりです!」


「おお、すまん。……マヨネーズ多めで頼む」


「はいはい」


宴は夜遅くまで続いた。

魔王城の海岸には、美味しそうな匂いと、楽しげな笑い声がいつまでも響いていた。


この一件で、私は兵士たちから『戦場の料理長』あるいは『食の聖女』と呼ばれるようになり、魔王様との距離もぐっと縮まった気がする。


だが、そんな幸せな日々の裏で。

人間界では、私を追放した元婚約者たちが、とんでもない事態を引き起こそうとしていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ