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『限界魔王を餌付け中。 ~生贄令嬢は、死にかけの魔王様を「唐揚げ」と「ビール」で完全蘇生させました~』  作者: 月雅


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第10話(最終回) とりあえず生と唐揚げで世界平和

月日が流れるのは早いもので、あの騒動から三ヶ月が経った。


かつては「死の地」と恐れられた魔王城の周辺は、今や大陸で一番の観光名所――もとい、グルメスポットに変貌を遂げていた。


城門には、ドワーフの職人が作った巨大な看板が掲げられている。

そこには、魔界の言葉と人間界の言葉の両方で、こう書かれていた。


『居酒屋 魔王城』

『営業時間:夕暮れから星が消えるまで』

『※人間のお客様も歓迎。ただし、泥酔して暴れた場合は農場行きです』


日が落ちると同時に、城の前には長蛇の列ができる。

魔族、人間、亜人。種族の垣根を超えた客たちが、空腹を抱えて暖簾をくぐるのを待ちわびているのだ。


そして今夜は、特別な夜だった。

人間界と魔界の『恒久平和条約』の締結式。

その記念すべき祝賀会が、ここ魔王城で開催されるのだ。


「姉御ー! 樽生ビールの追加、搬入完了したぞ! 今日は百樽用意した!」


厨房に、ヴァルガスの元気な声が響く。

彼はもうすっかり、騎士団長兼ホールマネージャーの顔つきだ。

背中の翼を器用に使って、ビール樽を軽々と運んでいる。


「ありがとうヴァルガスさん。グラスの冷却は?」


「氷結魔法部隊が完璧に仕上げてる。キンキンだ」


「よし。じゃあ、料理の方もラストスパートね」


私は割烹着の袖をまくり、厨房を見渡した。

そこには、私に指導されたオークやゴブリンの料理人たちが、戦場のような勢いで鍋を振るっている。


今日のメインディッシュは、平和の象徴にふさわしい「あの料理」だ。


   ◇


「ひぃ、ひぃ……。つ、着いた……」


厨房の裏口から、泥だらけの二人が入ってきた。

薄汚れた作業着に、麦わら帽子。

肌は健康的に日焼けし、腕には以前とは比べ物にならない筋肉がついている。


元王子のカイルと、元聖女のリリィだ。


「遅いですよ、二人とも。食材の納品は時間厳守って言ったでしょう」


私が声をかけると、カイルは背負っていた巨大な籠を下ろした。


「う、うるさいな……。『地獄カボチャ』の収穫は命がけなんだぞ。噛み付いてくるし」


「でも見てよエレノア! このツヤ! 私が毎日、愛情込めて(呪歌を聞かせて)育てたのよ!」


リリィが得意げに見せたのは、不気味な顔がついているが、丸々と太ったオレンジ色のカボチャだった。


「うん、いい出来ね。これなら美味しい『カボチャのそぼろ煮』ができるわ」


私は素直に褒めた。

奈落農場での重労働は、彼らの腐った根性を叩き直すのに十分だったようだ。

最初は泣き言ばかり言っていたが、労働の後に食べる「おにぎり」の美味さに目覚めてからは、憑き物が落ちたように働き始めたのだ。


「……なぁ、エレノア」


カイルが厨房の匂いを嗅ぎながら、モジモジと言った。


「き、今日の宴会……俺たちも、参加していいのか? その、納品業者枠として」


「もちろんよ。働かざる者食うべからず。でも、働いた人にはお腹いっぱい食べる権利があります」


私は揚げたての『コカトリスの皮せんべい』を二人の口に放り込んだ。


「ほら、つまみ食い。本番まで待っててね」


「んぐっ……! う、うめぇぇぇ!」

「パリパリで……塩加減が最高ぉぉぉ!」


二人は涙を流して喜び、ハイタッチをして去っていった。

たくましくなったものだ。


   ◇


そして、宴の時間がやってきた。


玉座の間――改め、大宴会場は、数百人のゲストで埋め尽くされていた。

上座には魔王ゼッド様と、人間の国王代理であるグランツ宰相。

その周りを、魔族の将軍や人間の騎士たちが囲んでいる。


かつては剣を交えた者同士が、今はジョッキを片手に隣り合っている光景。

それは私が夢見た、一番平和な形だった。


ゼッド様が立ち上がり、ジョッキを高々と掲げた。

今日の彼は、正装のマントの下に、私がプレゼントした「I LOVE BEER」と刺繍された前掛けをしている。


「諸君。堅苦しい挨拶は抜きだ」


よく通る声が、会場のざわめきを静める。


「我々は長い間、互いを憎み、血を流してきた。だが、流すべきものは血ではない。……そう、肉汁だ!」


ドッ、と会場が沸く。


「この平和は、一人の料理人と、彼女が作る偉大なる『メシ』によってもたらされた。今夜は種族も身分も忘れ、ただひたすらに食い、飲むがよい!」


ゼッド様は私の目を見て、優しく微笑んだ。


「それでは、世界で最も平和な呪文を唱えよう。……乾杯の準備はいいか!」


全員がジョッキを構える。


「とりあえず――生で!!」


「「「かんぱーーーーーい!!」」」


数百のジョッキがぶつかり合う音が、新たな時代の幕開けを告げた。


ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァァァァッ!!


あちこちで歓喜の声が上がる。

最初の喉越しを楽しんだ後は、いよいよ料理の出番だ。


「お待ちどうさま! 本日のコース、まずは『伝説の唐揚げ』です!」


大皿に山盛りにされた唐揚げが、各テーブルに運ばれる。

今回の唐揚げは、第2話で作ったものからさらに進化している。

衣に『魔法の粉(砕いた米粉煎餅)』を混ぜることで、ザクザク感を極限まで高めた『ハイパー・クリスピー・唐揚げ』だ。


「おおっ! これだ、これが食べたかったんだ!」

「熱っ! うまっ! 肉汁が飛び出したぞ!」


人間も魔族も、夢中で唐揚げにかぶりつく。

ニンニク醤油の香りが会場を支配し、ビールの消費速度が加速する。


しかし、今夜の主役はこれだけではない。


「さあ、メインディッシュですよ!」


私とヴァルガスたちが運んできたのは、各テーブルに設置されたコンロと、平たい鉄鍋。

そして、見るだけでよだれが出るような、霜降りの赤身肉の山だ。


「こ、これは……ベヒモス肉の薄切り!?」


グランツ宰相が眼鏡をずり落とす。


「はい。今夜は平和条約締結を祝して、みんなで鍋を囲みましょう。名付けて**『魔界風・極上すき焼き』**です!」


「すき焼き……?」


「私が手本を見せますね」


私はゼッド様のテーブルのコンロに火をつけた。

鉄鍋が熱くなったら、『ケンタウロス牛の脂身』を溶かし、鍋全体に馴染ませる。

そこへ、ざく切りにした『月光ネギ』を投入。


ジュワッ!


ネギの焼ける香ばしい匂いが立ち上る。

続いて、主役である『ベヒモスロース肉』を広げて乗せる。


ジューーーーーッ!!


肉の脂が溶け出し、極上の音を奏でる。

肉の色が変わった瞬間、特製の『割り下』を回しかける。

醤油、酒、そして魔界の『蜜蜂の巣』から採った濃厚な蜂蜜をブレンドした甘辛いタレだ。


ジュワワワワワァァァァァ……!!


甘く、濃厚で、どこか懐かしい香り。

醤油と砂糖が焦げる匂いは、もはや暴力だ。

会場中の視線が、この鍋一点に集中する。


「さあ、ゼッド様。この溶き卵につけてどうぞ」


小鉢には、『フェニックスの卵』を溶いた黄金色の液体。

ゼッド様は、タレが絡んで茶色く染まった肉を鍋から引き上げ、卵にたっぷりとくぐらせた。


「……いただきます」


パクリ。


瞬間。

魔王様の背後に、お花畑の幻覚が見えた気がした。


「……甘い。そして、濃い」


彼はうっとりと呟いた。


「ベヒモスの力強い脂を、割り下の甘みが引き立てている。そして、この卵だ……。濃厚な卵が全てを包み込み、口の中でとろけるようなハーモニーを生んでいる!」


「野菜も入れていきますね」


私は鍋に『魔界豆腐』『しらたき(のような透明なキノコ)』『春菊(薬草)』を次々と投入し、グツグツと煮込む。

野菜から出た水分と割り下が混ざり合い、スープはさらに深い味わいへと進化していく。


「うまい! 野菜に肉の旨味が染み込んでいる!」

「この豆腐、熱いけど最高だ!」

「卵のおかわりをくれ!」


会場は興奮の坩堝るつぼと化した。

人間が魔族に肉を取り分けてやり、魔族が人間のグラスにビールを注ぐ。

「同じ鍋をつつく」という行為が、彼らの心の壁を完全に取り払っていた。


「……大成功ですね」


私は厨房の入り口で、その光景を眺めながらほっと息をついた。

額の汗を拭う。


「エレノア」


背後から、温かい腕が私を包み込んだ。

振り向かなくてもわかる。

香ばしい醤油の匂いと、大好きな人の気配。


「ゼッド様。まだ食事の途中でしょう?」


「我慢できなくてな。……すき焼きも美味いが、それを作った料理人を褒めたくて戻ってきた」


ゼッド様は私の肩に顔を埋めた。


「ありがとう、エレノア。……余が夢見ていた景色が、ここにある」


彼は会場を指差した。

そこには、笑い合うカイルやリリィ、宰相、ヴァルガス、そして多くの兵士たちの笑顔があった。


「武力では決して成し得なかった平和だ。其方が、余の胃袋だけでなく、世界まで救ってしまったな」


「ふふ。大げさですよ。みんな、ただ美味しいご飯が食べたいだけなんです」


私は彼の方を向き、その首に腕を回した。


「でも、これからはもっと忙しくなりますよ? 人間界からも観光客が押し寄せますし、支店も出したいですし、新メニューの開発もしなきゃ」


「望むところだ。……余の一生をかけて、其方の経営(と味見)を支えよう」


「契約成立ですね。……期限は、死ぬまで更新なしで」


「ああ、永久契約だ」


ゼッド様は優しく微笑むと、厨房の影でそっと口づけを落とした。

それは、すき焼きのタレのように甘く、唐揚げのように熱く、ビールのように爽やかな、幸せの味がした。


「おーい!! 姉御、陛下! イチャイチャしてないでシメのうどん持ってきてくれ! 鍋の残り汁が待ってるんだよ!」


ヴァルガスの無粋な声が雰囲気をぶち壊す。

私たちは顔を見合わせ、吹き出した。


「はいはい、ただいま!」

「まったく、余の側近は食い意地が張っていて困る」


私たちは手を繋ぎ、光と喧騒が溢れるホールへと駆け出した。


元・悪役令嬢と、元・引きこもり魔王。

二人が切り盛りする『居酒屋 魔王城』は、今夜も大繁盛だ。


美味しい匂いと笑顔がある限り、この世界の平和は揺るがない。

そう、合言葉はいつだって一つ。


「おかわり、大盛りで!!」


(完)


最後までお読みいただきありがとうございます!


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