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前編 獅子の王冠に呪われし者


遥かな神話の時代――。

女神イシュキはアハの王と民に、二つの聖なる贈り物を授けた。


ひとつは、支配の象徴たる竜の王冠。

その持ち主は他者を意のままに従わせ、比類なき権威をもって統べることができた。


もうひとつは、勇気の象徴たる獅子の王冠。

その持ち主は悪に抗い、比類なき力で無辜の民を守ることができた。


やがてイシュキは人の世を去る前に、ひとつの予言を残した。


『竜はアハを偉大な時代へと導くだろう。

だがもし彼の者が道を誤り、暴虐と闇へと堕ちるならば――

その時、獅子が現れる。

獅子は竜に挑み、王国を救うのだ』


神託の巫女が尋ねた。

「では、数多の偽りの救世主の中から、いかにして真の獅子を見分ければよいのでしょう?」


女神は微笑んで答えた。


『真の獅子を見分けるのは容易い。

彼らは決して敗れぬ。止められぬ。

不死なる存在――悪しき竜が最後の息を引き取るその時までは』


――皇帝サジャー・イラドノリが先王を討ち、玉座を奪ったとき。

アハの民は息を殺して、獅子の出現を待った。

予言は救済を約したのだ。

ならば必ず獅子が現れ、暴君を討ち、王国を解き放つはずだと。


だが、民は長きにわたり待ち続けることとなった。武勇の将、智謀の軍師、数多の戦士たちが次々と現れ、

自らこそ獅子の冠の真の継承者だと名乗り、皇帝に抗った。


彼らは一人、また一人と倒れていった。

サジャーの鉄の軍勢に粉砕され、あるいは呪われし剣「竜牙ドラゴトゥース」に斬り伏せられて。


英雄たちは、冬を前に落ちる林檎のように――勇敢に、堂々と、だが無惨に散っていった。


それから百年近くが過ぎた。

サジャーの暴政は世代を超えて続き、

民は重税にあえぎ、搾り取られた富は天を突く宮殿と、街ごとに乱立する皇帝自身の巨像へと費やされた。


そしてアハの民は――

獅子を忘れ始め、予言を疑い始めた。

それはただの神話であり、女神の言葉など存在しなかったのだと。


その時、ジョカ卿が現れた。

銀の仮面と影の鎧に包まれた謎の騎士。

彼は自らを、アハ最後の正統王の末裔と名乗った。


無双の剣技で皇帝最強の将を一騎打ちに討ち倒し、燃え尽きていたはずの希望の炎を再び灯した。

その声は民の胸奥に眠る勇気を呼び覚まし、各地から老若男女がその旗のもとに集った。


やがて彼は、王国史上最大の反乱軍を築き上げた。


長く苛烈な戦いの末、百年の闇に亀裂が走る。

ジョカ卿とその軍勢は宮殿の門を打ち破り、暴政の心臓部へと突入した。


血に塗れた道の果て――

彼らは玉座の間へと辿り着いた。

そこには、皇帝が待ち構えていた。


---


玉座の間の決戦は、すべての戦いの中で最も凄惨で苛烈だった。

大理石の床は屍で埋め尽くされ、反乱軍も近衛も、血と鉄と肉片の山へと変わった。


生き残っていたのは三人。


皇帝サジャー。

ジョカ卿。

そしてその若き弟子、狩人の娘リリアナ。


少女は弓を引き絞り、死そのもののように正確な矢を放つ。

皇帝は巨体を揺るがせ、扉のような大盾でそれを弾き返した。


――だが、それは囮だった。


稲妻のごとく駆けるジョカ卿が、盾の死角へと滑り込む。

その瞬間、サジャーは不可能な速さで旋回した。

呪剣《竜牙》が風車のように唸り、騎士を真っ二つに裂こうと迫る。


――だが、ジョカの剣はより速かった。


閃光の一撃が弧を描き、皇帝の腕を肘から叩き落とす。

サジャーは絶叫し、盾を突進させて騎士を押し潰そうとする。

だが、その一撃は届かなかった。


「今です!」


リリアナの矢が皇帝の足甲を貫き、巨体は悲鳴とともに崩れ落ちる。


「呪われし獣よ! 今こそ長年の罪を清算せん!」


ジョカ卿の剣が振り下ろされる――。


しかし響いたのは肉を裂く音ではなく、鉄と鉄が噛み合う鈍い衝撃音。

皇帝は素手で聖剣を掴んでいた。


「虫けらがッ!」サジャーは咆哮する。「この私に勝てるとでも思ったか!」


髪は逆立ち、肉体は瞬時に倍へと膨張する。

鎧を裂き、岩山のような筋肉が盛り上がる。

灼熱の光を放つ霊気オーラが全身から噴き出し、玉座の間を溶鉱炉のように照らした。


「お師さま!」リリアナが駆け寄る。

「下がれ!」ジョカは叫び、魔法の風で少女を吹き飛ばした。


その隙を突き、皇帝の拳が振り下ろされる。


「我こそ、不敗なり!」


神罰の如き一撃が大地を震わせ、窓も壁も砕け散り、石と硝子が嵐のように降り注いだ。


兜の隙間から血を吐き、ジョカは崩れ落ちる。

銀の胸甲は蹄鉄に踏み潰された錫のように凹んでいた。


「我こそ、無敵なり!」


皇帝は巨足を振り下ろし、何度も何度も叩きつける。

大理石の床は裂け、玉座の間そのものが崩落していく。


やがて、凄まじい沈黙が訪れた。

瓦礫と埃に埋もれた広間から、ただひとつの影が立ち上がる。


皇帝サジャーは――無傷であった。

その身体は輝き、神のごとき威容を誇っている。


足の傷は消え、失われたはずの腕さえ再生していた。

頭上に浮かぶ金環は、黒き穢れに染まりながらもなお、 間違いようのない象徴を残す。


――咆哮する獣王の顔を。


「我は不滅なり!」


サジャーは天を仰ぎ、両腕を掲げた。

「なぜならば――この私こそが! 真の、唯一の、獅子の冠の継承者だからだ!」



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