第一話 満を持して
「ランマルさん! ヒキガさん! ついに届きました! メサイアに戻ってください!」
メサイア全体に響き渡るメーガンの弾んだ声。金属の壁に反射して、嬉しさが何倍にも膨らむ。
「ラ、ランマル! 俺たち、ついに……やったのか!?」
ヒキガが振り返る。腕にはまだ岩粉がついている。
「そのようです! 行きましょう、ヒキガさん!」
ランマルは息を弾ませ、トンネルを駆け戻った。
――――
メサイアの操縦席中央。
ノブナが待っていた。巨大なパネルに青白い線が光り、一直線のルートを描いている。
「ランマル、ヒキガ。よくやり遂げてくれた。これを見ろ」
ノブナは誇らしげにパネルを指す。
「約四ヶ月半……長かったが、バースから掘り進めてきた道が、ついにここまで繋がった。この真上がシルヴァリス王都の地下施設だ。」
「くーっ! ついに届いたか! ランマル、本当によくやった!」
ヒキガの目がうるんでいる。
「ヒキガさんが壁を固めてくださったおかげです。それに――コウブの能力《黒球》がなければ成し遂げられませんでした。」
ランマルは謙遜する。
「そうだな。我には宿せなかった力だ……悔しいが、こればかりは仕方ない」
ノブナは苦笑しつつも、誇らしげに二人を見た。
「ノブナ様、あとは工員が磁場道を敷設するだけです。一週間……いえ、五日で仕上げてみせます!」
メーガンが胸を張る。
「メーガン。その五日の間に、我らは一度バースへ戻りたい。可能か?」
「メサイア本体は動かせません。でも――大丈夫です!」
メーガンはにっこり笑った。
「私がハク様と共同開発した、小型移動メサイアがあります!」
「小型メサイア?」
三人は声を揃えた。
「はい! 磁場道を自動で走行できる高速移動体です。案内します!」
――――
メサイア後部の整備区画。照明がぱっと点り、中央の台がせり上がる。
「こちらが、小型メサイア改め――自動高速移動体“ラビット”です!」
メーガンの指差す先に、丸くて愛嬌のある白いボディの乗り物がぽん、と姿を現した。
「お、おお……かわいいな」
ヒキガが思わず漏らす。
「は、はい……! わたしの、しゅ、趣味が……だいぶ……入っております……」
メーガンは耳まで赤い。
「よいよい。お前とハクが造ったのなら、性能は折り紙つきじゃろう」
ノブナは笑い、ラビットの表面を軽く叩いた。金属が澄んだ音を返す。
「では設定をするので乗り込んでください。ラビットならバースまで、約二時間で到着します!」
「俺たちが四ヶ月半かけて掘った道を……二時間……?」
ヒキガが遠い目をする。
「み、皆さん、座席は少し狭いですが……我慢してください。ではどうぞ!」
三人は中へ。キャノピー越しの光が柔らかい。
「座ったら必ずベルトを。かなりの高速ですので、体が振られます!」
「こうか?」
ノブナがベルトを締める。
「はい! 大丈夫です。ではランマルさん、前方のパネルで行き先を選択してください。黒梟の全拠点が登録済みです」
光るアイコンの中から、ランマルは“バース”をタップした。
「操作は、それだけです。あとはラビットにお任せを!」
「試験運転は……したのか?」
ノブナがわずかに不安気に聞く。
「はいっ! ノブナ様たちが初めてです!」
メーガンは胸を張る。
「おい! それを試験って言うんじゃないのか!?」
ノブナの声が裏返る。
「い、行ってらっしゃーい!」
メーガンが手を振ると、キャノピーが閉じ、外界の音がすべて消えた。
三人の喉が、ごくりと鳴る。
メサイア後部ハッチが開く――。
そして。
ラビットは、矢のように発射された。
「ぐ、ぐおおおおおおおおっ!?」
ノブナの顔がめちゃくちゃに歪む。
「な、な、なんじゃこりゃあああああっ!?」
座席に押し潰されるような圧。
「あわわわわわわわ……」
ヒキガは白目ぎみだ。
「か、かあさん……ぼ、僕、これは……苦手です……!」
ランマルの声が震える。
「メ、メーガン……! これは……キツいぞ……! あとで……お仕置きだーーーー!!」
ノブナの叫びが狭いラビット内部に響き渡った。
ーーーーー
乾いた地面が砕け、砂塵が舞う修行場。
蝕人の影がうごめくたび、空気がざらつく。
「ショータ殿! 気をつけろ、後ろだ!」
鋭いライラの声が背中を突き刺した。
反射だけで“光剣”を振り抜く――だが。
頭上で嫌な気配が膨らむ。
「くっ――!」
「うらぁッ!」
影の向こうから飛び込んできたライラの斧が、上から襲いかかった蝕人の頭部を粉砕した。
黒い土煙が弾け散る。
だが息をつく間もなく、ライラの左右から二体が爪を振り上げ迫る。
「速い……! 間に合わない――!」
その刹那。
シュンッ、シュッ!
二筋の“光の矢”が水平に走り、蝕人二体の胸を貫いた。
「助かったぞ、ショータ殿!」
「まだだ、ライラ! 地面を見ろ!」
砂利がボコボコと盛り上がり、六体の蝕人が地中から生まれ落ちた。
「舐めるなよ……! 《雷撃斧》ッ!!」
雷光を纏ったライラの大斧が唸り、三体をまとめて粉砕。
破裂した閃光があたりを青白く照らす。
俺は同時に“光の矢”を三本生成し、弓を引き絞る。
息を止め、放つ。
ーードンッ! ドンッ! ドンッ!
矢は吸い込まれるように残り三体の額を貫いた。
蝕人たちは力なく崩れ落ちる。
「ショータ殿! 来るぞ……親玉だ!」
ライラの声に顔を上げると、遠方の瓦礫の向こう――
“山”のように巨大な影がゆっくり立ち上がった。
大地が唸り、空気が震える。
俺は息を絞り、エルフの弓を限界まで引き絞り、光の矢を一筋放った。
「……消し飛べ。」
だが――
矢は親玉の肩に小さく火花を散らすだけで消えた。
「……やっぱり、駄目か。」
「ショータ殿、もう一度だ! 炎はどうだ!?」
「燃えろッ!」
焔を纏った矢を放つ。
烈火の尾を引きながら巨大蝕人に突き刺さり――今度は効果があった。
ーーゴォオオオオオッ!!
燃え上がった蝕人は仰け反り、そのまま崩れ落ちた。
「ショータ殿、ここまでにしよう。」
ライラが肩で息をしながら言った。
「ああ……。」
俺はその場に座り込んだ。
胸が焼けるように熱い。呼吸がうまく入らない。
「ショータ殿、今回も……駄目だったか。」
「……分からない。コウブを消した、あの時の“圧倒的な力”は……一体なんなんだ。」
ライラは空を見つめながら静かに言う。
「私も見た。コウブの暗黒を飲み込み、なお上回った白い光……。
黄色から赤へ、そして純白へと変わり――奴を一瞬で塵にしたあの“白光の矢”を。」
「炎も、氷も、雷も……全部使えるようになった。
“光の矢”も創造できる。それなのに……あの時の力だけが出せない。」
ライラは俺の隣に膝をつき、そっと目を向ける。
「ショータ殿……やはり、深層で恐れているのではないか?
あの力を解放することを。」
胸を撃ち抜かれたようだった。
「……そうかもしれない。
あの力があれば、きっと、シルヴァリス王さえ倒せる。
でも……一つ間違えれば国ごと吹き飛ばすかもしれない。
……怖いんだ。」
(あの力は、“人類が手にしてはいけない力”なのではないか…。)
ライラは優しく言った。
「ショータ殿、あなたはもう十分に強い。
あの力を無理に求める必要はない。私はそう思う。」
「すまない……あの力さえ使えれば、勝ちは確実なのに。」
「戦に“確実”はない。今ある力でやり切るだけだ。」
「……ありがとう、ライラ。」
「胸を張れ、ショータ殿。
私との修行で、あなたは見違えるほど強くなった。
ハクが造った“蝕人モドキ”にすら苦戦していたのに……今では私を守るほどの腕だ。」
「そうだな。あの頃より、ずっと強くなった。
ライラのおかげだ。」
「頼むぞ、ショータ殿。
あなたの背中は、私たちが護る。
――皆で必ず魔王を斃す。」
――――
修行場からバースに戻ると――
明かりがついた整備通路に、小柄な影が手を振って駆けてきた。
「ショータさん、ライラさん! お帰りなさい!」
「ハク、何かあったのか?」
「ノブナさん達が先ほど戻りました。
ついに――道が繋がったようです!」
「……本当にか!」
「はい! ショータさん達も、お風呂と着替えを済ませたら会議室に集まってください。」
「分かった。すぐに行く。」
――――
会議室の扉を開くと、すでに多くが集まっていた。
「ショータ殿、ライラ。急がせて済まない。」
ノブナが立ち上がった。
「いや、俺達も早く状況を知りたかった。道が無事繋がったと聞いたが……。」
「ああ。この四ヶ月半――ランマルとヒキガがよくやってくれた。
ついに成し遂げた。」
「では、いよいよ作戦決行か?」
「五日後だ。」
ノブナが机上の地図を叩く。
「メーガンと工員たちが磁場道の最終敷設を急いでいる。
完成は五日後。
完成と同時に作戦を開始する。」
「ついに始まるのね……。」
リアナが胸に手を当てて呟く。
「作戦を開始した後は……本格的な戦となる。
皆、覚悟はあるか?」
全員が力強く頷いた。
「リアナ様、血清の配布状況はどうなっていますか?」
ヒキガが尋ねる。
「血清は黒梟――暁の環の全拠点へ、すでに配布を完了しています。
ただし、サンサーラへの配布だけは、暁の環が“動く時”を慎重に見定めているようです。」
静かに報告するリアナの声は、冷えた空気を震わせた。
「サンサーラは、今のところ敵とも味方とも言えません。」
オウルが続ける。
「ターナの頭領ランドルフの話では、血清も魂還薬の存在もサンサーラにはまだ伏せているとのこと。万一敵対した場合、交渉の切り札にする意図があるようです。」
「――リオンの魂還薬はどうだ?」
俺はリアナに視線を向けた。
リアナの肩がわずかに揺れ、眉が下がる。
「リオンさんは、この四ヶ月半、ほとんど休まず水晶石に力を注ぎ続けています。必要な翠玉は五つ。
そのうち四つを完成させ、今は最後の一つに入ったところです。
……シルヴァリスの蝕人五十万人に渡すには、私が造った翠玉の五十倍の労力を強いることになります。大変な負担を――背負わせてしまっています。」
不安を滲ませるリアナを、そっと包み込むように声が重なった。
「リアナ様、リオンさんは大丈夫ですよ。」
柔らかな声音でリーネが微笑む。
「昨日も、私が運んだお菓子とご飯を山盛り食べていました。最後の翠玉も間も無くです。」
「さすがはリーネ。リオンさんのことはあなたが一番、分かっているようね。」
リアナの頬が緩み、リーネは顔を赤らめる。
それを見て、隣のセリウスが悪戯っぽく軽く肘で小突いた。
「魂環薬の生成も順調です。
私とリーネで三十万人分をすでに完成させました。必要とあれば、すぐにでもお渡しできます。」
セリウスは淡々と報告する。
「ありがとうございます。薬の準備が間に合いそうで……本当に安心しました。」
ノブナは深く頭を下げる。
だが、安心ばかりではない。
胸の奥に刺さる棘のような不穏が、まだ消えてはいなかった。
「気になるのは――ファルゴと、サンサーラの間者だ。オウル、他に何かわかったことはあるか?」
俺は尋ねた。
オウルは一拍置き、真剣な眼差しで口を開いた。
「サンサーラ政府の間者ですが……今は気配すらありません。ショータ様と星牙を見失って以降、目立つ行動はなく、おそらくサンサーラへ戻ったと推測されます。しかし、サンサーラ国内の緊張は高まっており、女王奪還の混乱に乗じて再び動く可能性はあります。」
「……そうか。引き続き暁の環には背後を任せる形になるな。」
ノブナは腕を組み、視線を落とした。
そして、空気がわずかに変わる。
「もう一つ――ファルゴについてです。」
オウルが声を潜める。
「ターナのマルコが“天竜貿易商”を通じて情報を入手しました。
ファルゴは……サンサーラ国内を飛び回る、名うての豪商の一人でした。」
「豪商……?」
「はい。暁の環の拠点にも彼の部下が定期的に出入りしていたようで、その商団の名は商人の間でも広く知られています。
――“サンドリッジ商団”。
サンサーラ経済を動かすほどの影響力を持つ商団の長。それがファルゴです。」
一同の間に、静かな驚きが走る。
「ファルゴ……“商の力”を握る者か。」
「ええ。今のサンサーラ政府の方針に疑問を示す人物の一人で、悪い噂は特にありません。
信用するかどうかは別ですが、少なくとも現状では危険性は低いと見ています。」
「……サンサーラ側の状況は概ね把握できた。」
ノブナはゆっくりと立ち上がる。
「では、ここからは――五日後の女王奪還作戦。その最終確認に入る。」
静寂が広がる中、全員の視線がノブナへと集まり、戦いの気配が濃く漂い始めていた。




